愛の重さは人知れず

ゆきの(リンドウ)

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 医者に通されたのは、レントゲンが透けて光るように見えるホワイトボードが置いてある部屋。診察室だった。
 この風景を惣一郎は見たことがある。入院を要する患者の家族が出入りする場所だ。つまり、今は詩音の親族が惣一郎ということになる。
 というのも、ここに通される前に看護師に確認されたのだ。

『卯月さんにご親族の方はいっらっしゃいましたか?』

 両親は事故で亡くなり、兄弟もいなく、祖父母に育てられたが祖父は他界しており、今は祖母しかいない。その祖母も持病のため、入院している、そう伝えた。
 すると、ここに通された。今、詩音の身近にいる人が自分だと、そう判断されたのだろうと惣一郎は思い、神妙な顔つきで丸い椅子に座っている。

「卯月さんの病状ですが、比較的重い症状です」
「重い、というのは」
「左足と左上腕に複雑骨折、全身打撲、首、足首、手首全て捻挫が見られます」

 言葉が出なかった。集中治療室のガラスから見た時、白い包帯が覆われていたからきっと骨折したのだろうと思っていた。が、複雑骨折とは思っていなかった。
 それに、全身の打撲に捻挫なんて、普通、考えられない。

 どれだけ痛いのか、なんて想像もつかない。

 痛みを想像し、思わず顔を歪めていると、医者が言いにくそうに「三田さん」と呼ぶ。

「奇跡的に脳は損傷していませんでした。が、一つ、気がかりなことがあります」
「なんですか?」
「記憶障害です」

 そう言うと、医者が指を組み直した。

「卯月さんのことを三田さんがお名前で呼ばれていたというのは事実ですか?」

 言われると、事実だったのにまるで妄想だったのではないかと疑念が生まれる。が、もちろん、事実なのだと思い出を張り巡らせ、はいと一言、答えた。

「後ほど、精密検査をしてみないとはっきりとは言えませんが、おそらく一部の記憶が向けている可能性が高いです」
「一部の記憶が?」
「はい」
「それって、いつ戻るんですか?」
「明日かもしれないし、一年後、十年後かもしれません」

 医者が淡々と告げる。医者なのだからそれで当たり前だ。なのに、それすら苛立つ。

 一年後、十年後かもしれない?そんなの、あり得ないだろう

 けれど、そう願う傍らで受け止めたくない現実を受け止めている自分もいた。

 きっと詩音は、惣一郎と付き合った思い出全てを忘れている―。
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