愛の重さは人知れず

ゆきの(リンドウ)

文字の大きさ
上 下
50 / 79
(7)

(7)-3

しおりを挟む
 もし、過去に戻れるのだとしたら、その時はもう一度だけ、チャンスをくれませんか―。

 神に祈り、けれど叶わない現実に、今の現実を受け止めなければならないと悟る。壊れて止まらない水道水のように、流れ続ける涙をそのままに座り込んだ時、無機質なインターフォンの音が鳴った。

 居留守をしようかと思った。時刻は十時半、来客といっても来るのは配達かセールス販売員だろう。
 何度目かのインターフォンを無視した。が、鳴り止むどころか一層、間隔を開けずに鳴るそれに、ついに我慢ができなくなった。
 涙を拭き、わざと足音を鳴らして玄関に近づく。古いアパートの玄関は薄く、廊下を歩く足音でも十分に聞こえる。

「はい、なんでしょうか」
「あの、詩音、いますか?」
 長身を少し屈めて、中を覗き込むように見た男は、優星だった。

「詩音は今」
「詩音に何かあったんですか?!」

 がっと肩を掴まれ、今度は顔を覗き込まれた。その力にも覗き込まれた瞳にも驚いた。

「詩音の友人の方、ですよね?」
「はい。あ、すみません。でも詩音は」
「落ち着いてください。中で話しましょう」

 焦っているような優星を中へと通し、一応、茶を出した。それから昨夜のことを一通り話すと、優星はもしかしたら自分よりも顔色が悪いのではと思うほどに、顔を白くさせていた。

「あの、大丈夫ですか」
「…大丈夫なわけないでしょ」
「え?」
「よく落ち着いてられますね?あなた、詩音と付き合ってるんでしょ?!」

 突如、目を血走らせながら怒鳴られた。付き合ってるなんて、詩音が言っていたのだろうか。いつも、惣一郎とのことを誰かに話す時は必ず事前に聞く詩音らしくないと戸惑っていると、優星が椅子から立ったまま、また叫んだ。

「詩音から聞いてはないです、ただ、前会った時にそうだろうなって俺が勝手に思ってただけです」
「そうなんですか」
「惣一郎さんですよね?」
 問われ、その迫力にはい、とだけ答えた。

「詩音のばあちゃんに連絡、着きましたか?」

 何故、詩音のばあちゃんのことを知っているのだ。率直に思い、思わず黙ってしまった。多分、恋人の自分が知らないことをただの友人が知っていたという、嫉妬心だろう。すると、優星は「連絡着いたのかって聞いてるんですよ!」と、口調を荒くして言う。

「着いてませんけど」
「病院には連絡したんですよね?」
「病院?そもそも、病院から連絡来たんですよ?」
「は?」
「は?」

 どうやら噛み合っていない。お互い、クエスチョンマークが頭に浮かんでいた。

「もしかして、惣一郎さん。あなた知らないんですか?」
「何を、ですか?」
「詩音のばあちゃんのこと」

 呆れたように問われ、悔しい気持ちが募る。が、事は一刻を争う。負の感情を押し込めて、惣一郎が頷くと、今度は憐みの目で見つめられる。

「だからあいつ、ちゃんと言えって言ったのに」
「すみません、話が見えないんですけど」

 あまりの蚊帳の外感に、そう問いかけると、優星がドサッと椅子に腰を下ろした。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

灰かぶりの少年

うどん
BL
大きなお屋敷に仕える一人の少年。 とても美しい美貌の持ち主だが忌み嫌われ毎日被虐的な扱いをされるのであった・・・。

キサラギムツキ
BL
長い間アプローチし続け恋人同士になれたのはよかったが…………… 攻め視点から最後受け視点。 残酷な描写があります。気になる方はお気をつけください。

好きなあいつの嫉妬がすごい

カムカム
BL
新しいクラスで新しい友達ができることを楽しみにしていたが、特に気になる存在がいた。それは幼馴染のランだった。 ランはいつもクールで落ち着いていて、どこか遠くを見ているような眼差しが印象的だった。レンとは対照的に、内向的で多くの人と打ち解けることが少なかった。しかし、レンだけは違った。ランはレンに対してだけ心を開き、笑顔を見せることが多かった。 教室に入ると、運命的にレンとランは隣同士の席になった。レンは心の中でガッツポーズをしながら、ランに話しかけた。 「ラン、おはよう!今年も一緒のクラスだね。」 ランは少し驚いた表情を見せたが、すぐに微笑み返した。「おはよう、レン。そうだね、今年もよろしく。」

別れの夜に

大島Q太
BL
不義理な恋人を待つことに疲れた青年が、その恋人との別れを決意する。しかし、その別れは思わぬ方向へ。

傷だらけの僕は空をみる

猫谷 一禾
BL
傷を負った少年は日々をただ淡々と暮らしていく。 生を終えるまで、時を過ぎるのを暗い瞳で過ごす。 諦めた雰囲気の少年に声をかける男は軽い雰囲気の騎士団副団長。 身体と心に傷を負った少年が愛を知り、愛に満たされた幸せを掴むまでの物語。 ハッピーエンドです。 若干の胸くそが出てきます。 ちょっと痛い表現出てくるかもです。

初恋はおしまい

佐治尚実
BL
高校生の朝好にとって卒業までの二年間は奇跡に満ちていた。クラスで目立たず、一人の時間を大事にする日々。そんな朝好に、クラスの頂点に君臨する修司の視線が絡んでくるのが不思議でならなかった。人気者の彼の一方的で執拗な気配に朝好の気持ちは高ぶり、ついには卒業式の日に修司を呼び止める所までいく。それも修司に無神経な言葉をぶつけられてショックを受ける。彼への思いを知った朝好は成人式で修司との再会を望んだ。 高校時代の初恋をこじらせた二人が、成人式で再会する話です。珍しく攻めがツンツンしています。 ※以前投稿した『初恋はおしまい』を大幅に加筆修正して再投稿しました。現在非公開の『初恋はおしまい』にお気に入りや♡をくださりありがとうございました!こちらを読んでいただけると幸いです。 今作は個人サイト、各投稿サイトにて掲載しています。

【完結・BL】俺をフッた初恋相手が、転勤して上司になったんだが?【先輩×後輩】

彩華
BL
『俺、そんな目でお前のこと見れない』 高校一年の冬。俺の初恋は、見事に玉砕した。 その後、俺は見事にDTのまま。あっという間に25になり。何の変化もないまま、ごくごくありふれたサラリーマンになった俺。 そんな俺の前に、運命の悪戯か。再び初恋相手は現れて────!?

家族になろうか

わこ
BL
金持ち若社長に可愛がられる少年の話。 かつて自サイトに載せていたお話です。 表紙画像はぱくたそ様(www.pakutaso.com)よりお借りしています。

処理中です...