愛の重さは人知れず

ゆきの(リンドウ)

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 もし、過去に戻れるのだとしたら、その時はもう一度だけ、チャンスをくれませんか―。

 神に祈り、けれど叶わない現実に、今の現実を受け止めなければならないと悟る。壊れて止まらない水道水のように、流れ続ける涙をそのままに座り込んだ時、無機質なインターフォンの音が鳴った。

 居留守をしようかと思った。時刻は十時半、来客といっても来るのは配達かセールス販売員だろう。
 何度目かのインターフォンを無視した。が、鳴り止むどころか一層、間隔を開けずに鳴るそれに、ついに我慢ができなくなった。
 涙を拭き、わざと足音を鳴らして玄関に近づく。古いアパートの玄関は薄く、廊下を歩く足音でも十分に聞こえる。

「はい、なんでしょうか」
「あの、詩音、いますか?」
 長身を少し屈めて、中を覗き込むように見た男は、優星だった。

「詩音は今」
「詩音に何かあったんですか?!」

 がっと肩を掴まれ、今度は顔を覗き込まれた。その力にも覗き込まれた瞳にも驚いた。

「詩音の友人の方、ですよね?」
「はい。あ、すみません。でも詩音は」
「落ち着いてください。中で話しましょう」

 焦っているような優星を中へと通し、一応、茶を出した。それから昨夜のことを一通り話すと、優星はもしかしたら自分よりも顔色が悪いのではと思うほどに、顔を白くさせていた。

「あの、大丈夫ですか」
「…大丈夫なわけないでしょ」
「え?」
「よく落ち着いてられますね?あなた、詩音と付き合ってるんでしょ?!」

 突如、目を血走らせながら怒鳴られた。付き合ってるなんて、詩音が言っていたのだろうか。いつも、惣一郎とのことを誰かに話す時は必ず事前に聞く詩音らしくないと戸惑っていると、優星が椅子から立ったまま、また叫んだ。

「詩音から聞いてはないです、ただ、前会った時にそうだろうなって俺が勝手に思ってただけです」
「そうなんですか」
「惣一郎さんですよね?」
 問われ、その迫力にはい、とだけ答えた。

「詩音のばあちゃんに連絡、着きましたか?」

 何故、詩音のばあちゃんのことを知っているのだ。率直に思い、思わず黙ってしまった。多分、恋人の自分が知らないことをただの友人が知っていたという、嫉妬心だろう。すると、優星は「連絡着いたのかって聞いてるんですよ!」と、口調を荒くして言う。

「着いてませんけど」
「病院には連絡したんですよね?」
「病院?そもそも、病院から連絡来たんですよ?」
「は?」
「は?」

 どうやら噛み合っていない。お互い、クエスチョンマークが頭に浮かんでいた。

「もしかして、惣一郎さん。あなた知らないんですか?」
「何を、ですか?」
「詩音のばあちゃんのこと」

 呆れたように問われ、悔しい気持ちが募る。が、事は一刻を争う。負の感情を押し込めて、惣一郎が頷くと、今度は憐みの目で見つめられる。

「だからあいつ、ちゃんと言えって言ったのに」
「すみません、話が見えないんですけど」

 あまりの蚊帳の外感に、そう問いかけると、優星がドサッと椅子に腰を下ろした。
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