愛の重さは人知れず

ゆきの(リンドウ)

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 その日の夜。足を急がせていた時刻は十八時。
 本当は三月としていた約束の時間だったが、惣一郎の足は詩音の待つ部屋へ小走りにすらなっている。

 やはり、朝の藍田の一言が尾を引いている。

 今日一日、業務をこなしながらふと、空いた時間に考えていた。詩音に寂しい思いをさせているのか、そして元カレはいるのか。
 一人で悶々と考え込んでいても仕方ない。そう、わかっているし、そういう性格でもないのについ、考えては最悪な妄想をしていたのだ。

 部屋の灯りが見える頃には、息を切らしていた。会社から近い部屋も、今日ばかりはやけに遠く感じた。

「ただいま!」

 そっと登ってもミシミシと煩い階段を、今日は気にもせずギシギシと音を立てて上がった先。三軒並ぶ部屋、一番手前の玄関を開けると惣一郎は半ば叫んで言っていた。

「おかえり、惣。って、どうかした?」
「いや…なんでもない」

 まず、ほっとした。詩音はいつもと変わらず、仕事の時にだけ掛ける眼鏡でパソコンデスクがある場所から立ち上がり、そう言ってくれたからだった。

「そう?にしても今日は早いね、仕事は?」
「ああ、今日は残業なしだったから」
「そっか。ご飯、これから作るとこだったからもうちょっと待っててくれる?」
 そう言うと詩音は、持っていた携帯をポケットに仕舞い、キッチンに立った。
 小さな冷蔵庫から取り出したのは、いくつかの野菜に厚く切られた豚肉。

「今日はカツにしようかな、惣」
「…ああ、いいな」

 やはり、思い過ごしだろうか。

 惣一郎の中で揚げ物ほど、手間のかかる料理はないと思っている。男二人暮らしなら、スーパーでカツの惣菜を買ったとしても千円はしない。なのに、敢えて一から作るのだから、そこに愛はあるような気がする。

 夕食後、詩音と二人、ソファで寛いでいた。コーヒーに部屋着で、見上げた時計は二十一時。テレビはドラマがいいか、バラエティがいいか。それとも映画にしようか。結果、レンタル店で借りるだけではなく、月額で料金を支払い、サービスを受けるといういわゆるサブスクを利用し始めたため、パソコンで見たかったドラマを見ることにした。

 ドラマを見ている間も詩音は変わらなかった。というのは、今日、休憩時間にどうしても気になり、藍田の言う寂しい時にする行動というのをインターネットで調べていたのだった。

 検索結果によると、恋人がいても寂しい時はとにかく、携帯を見ることが増えるらしい。恋人といても何をしていても、携帯を見る。
 が、夕食をとってから、携帯は変わらずテーブルの上にある。
 元々、惣一郎も詩音も携帯を四六時中見るタイプではない。時にはどこに置いたか忘れて、二人で狭い部屋の中を探すこともあるのだ。

 だから、この光景はいつも通りだ。

 とりあえず、安堵し、ようやく肩の力が抜ける。やはり、心配しすぎだったのかもしれない。

 ドラマも立て続けに三話見て、時間も二十三時近い。明日も平日、朝は早い。そろそろ寝るかと言いかけ、腰を浮かせた時、テーブルに置いていた携帯がバイヴ音を告げた。
 こんな時間に誰だ、と疑いもなく携帯を取った。が、通知は来ていない。
 ついでだからと、詩音の携帯を取ろうとした。

「詩音?」

 つい、窺がうような声で呼んでいた。取ろうとした手の前、詩音が凄いスピードでテーブルにある携帯を取ったからだ。

「あ、えっと、仕事の連絡かなって思って。ごめんね、取ってくれようとしたのに」
「あ、いや、それは大丈夫」
「惣は先に寝てて、明日も早いんだから」
 僕はメール確認してから行くね―。

 それから気付けば、寝室にいて。その間、自分が何を言ったのか、どうやってここまで来たのか、まるで覚えていなかった。

 覚えているのは詩音の焦った顔と声。

 疑っていない。疑うなんて、あり得ない。付き合って同棲して、詩音と一緒になってから五年。一度だって疑ったことなんかないのに。

 心臓が嫌な鼓動を上げている。まるで、疑えと本能が叫んでいるように。
 押さえても押さえても、静まらない。それどころか反対に、耳の近くでドンドンと太鼓を鳴らされているかのようで、いっそのこと耳を塞いでしまいたくなる。

 あり得ない、よな?

 必死で言い聞かせ、けれど抗えない疑念に、その夜は上手く眠れなかった。
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