35 / 79
(5)
(5)-3
しおりを挟む
元カレと聞いてから正直、胸が騒がしい。詩音と付き合って、敢えてお互いの元恋人の話をしてこなかったが、あれだけ可愛いのだから元恋人の一人や二人くらい、いてもおかしくはないと思う。
「だから三田。サプライズで詩音くんを喜ばせてあげたいって思うのも、今までの三田からしたらかなり進歩だし、詩音くんも嬉しいと思うよ?」
「ああ」
「でもね、詩音くんが元カレに助けを求める前に、ちゃんと手を握っておかないと、大変なことになっちゃうかもしれないからね?」
もう騒がしいというレベルを通り越し、胸はざわついている。そよ風なんかではなく、嵐の前触れのような静けささえ、漂っている。
最近の詩音におかしなところはなかったか。思い出せ、と記憶の蓋を開けて見るけれど、おかしなところはなかった気がする。
朝はいつも通り、眠そうに起きて、惣一郎の作った朝食を食べ、そして行ってらっしゃいとまだ、眠そうな声で言ってくれる。帰宅した夜も、遅くても必ず、待っていてくれるしその時は笑顔でおかえりと言って出迎えてくれている。
恋人の夜は―。誕生日のあの夜に濃厚すぎる夜を過ごしてから、交わったのは一度だけだった。が、その時も嫌がる様子はなく、可愛い詩音が惣一郎の腕の下にいたのだ。
もし、藍田の言うことが本当ならば、もしかしたら惣一郎の知らないところで詩音は寂しさを抱えていることになる。詩音なら惣一郎とは違い、話せる相手はたくさんいる。
仕事仲間、趣味仲間。それから学生時代の友人と、穏やかな詩音にはたくさんの友人がいる。けれどもし、元恋人に助けを求めていたら。
惣一郎の知らないところでもし、二人が会っていたら。
一瞬にして震えがした。もし、なんてことは性格上、あまり考えない。けれど、詩音のことになると性格が変わる、それが惣一郎だ。
背中を這いずる嫌な予感が当たっていたら。そう思うだけで、今すぐ、今日の仕事のことなど全て放り投げて詩音のいる部屋へと帰ってしまいたくなった。
帰って扉を開けて、いつも通りパソコンの前に少し背中を丸めて座る詩音を、この目で確かめたくて堪らなくなった。
「って、話し込みすぎた!ほら、仕事、遅れるから行くよ?」
けれど現実はそう甘くはない。
ここに引っ張られてきた時と同じように藍田に腕を引き摺られ、今度こそ会社のエントランスへと向かった。
時計を見れば就業時刻の十五分前。今から家へ帰っても到底、間に合う時間ではない。
まずは仕事をしなければ。そう思うのに、足は縺れ、まるで仕事とは反対方向に向かおうとしている。
詩音を信じている、それは疑いようのない事実だ。けれど、もし、藍田の言うことが事実なら。
縺れる足と膨らむ疑念心に叱咤しながら、惣一郎はヒールを鳴らして歩く藍田の後ろを付いていくことしかできなかった。
「だから三田。サプライズで詩音くんを喜ばせてあげたいって思うのも、今までの三田からしたらかなり進歩だし、詩音くんも嬉しいと思うよ?」
「ああ」
「でもね、詩音くんが元カレに助けを求める前に、ちゃんと手を握っておかないと、大変なことになっちゃうかもしれないからね?」
もう騒がしいというレベルを通り越し、胸はざわついている。そよ風なんかではなく、嵐の前触れのような静けささえ、漂っている。
最近の詩音におかしなところはなかったか。思い出せ、と記憶の蓋を開けて見るけれど、おかしなところはなかった気がする。
朝はいつも通り、眠そうに起きて、惣一郎の作った朝食を食べ、そして行ってらっしゃいとまだ、眠そうな声で言ってくれる。帰宅した夜も、遅くても必ず、待っていてくれるしその時は笑顔でおかえりと言って出迎えてくれている。
恋人の夜は―。誕生日のあの夜に濃厚すぎる夜を過ごしてから、交わったのは一度だけだった。が、その時も嫌がる様子はなく、可愛い詩音が惣一郎の腕の下にいたのだ。
もし、藍田の言うことが本当ならば、もしかしたら惣一郎の知らないところで詩音は寂しさを抱えていることになる。詩音なら惣一郎とは違い、話せる相手はたくさんいる。
仕事仲間、趣味仲間。それから学生時代の友人と、穏やかな詩音にはたくさんの友人がいる。けれどもし、元恋人に助けを求めていたら。
惣一郎の知らないところでもし、二人が会っていたら。
一瞬にして震えがした。もし、なんてことは性格上、あまり考えない。けれど、詩音のことになると性格が変わる、それが惣一郎だ。
背中を這いずる嫌な予感が当たっていたら。そう思うだけで、今すぐ、今日の仕事のことなど全て放り投げて詩音のいる部屋へと帰ってしまいたくなった。
帰って扉を開けて、いつも通りパソコンの前に少し背中を丸めて座る詩音を、この目で確かめたくて堪らなくなった。
「って、話し込みすぎた!ほら、仕事、遅れるから行くよ?」
けれど現実はそう甘くはない。
ここに引っ張られてきた時と同じように藍田に腕を引き摺られ、今度こそ会社のエントランスへと向かった。
時計を見れば就業時刻の十五分前。今から家へ帰っても到底、間に合う時間ではない。
まずは仕事をしなければ。そう思うのに、足は縺れ、まるで仕事とは反対方向に向かおうとしている。
詩音を信じている、それは疑いようのない事実だ。けれど、もし、藍田の言うことが事実なら。
縺れる足と膨らむ疑念心に叱咤しながら、惣一郎はヒールを鳴らして歩く藍田の後ろを付いていくことしかできなかった。
0
お気に入りに追加
13
あなたにおすすめの小説


傷だらけの僕は空をみる
猫谷 一禾
BL
傷を負った少年は日々をただ淡々と暮らしていく。
生を終えるまで、時を過ぎるのを暗い瞳で過ごす。
諦めた雰囲気の少年に声をかける男は軽い雰囲気の騎士団副団長。
身体と心に傷を負った少年が愛を知り、愛に満たされた幸せを掴むまでの物語。
ハッピーエンドです。
若干の胸くそが出てきます。
ちょっと痛い表現出てくるかもです。
執着攻めと平凡受けの短編集
松本いさ
BL
執着攻めが平凡受けに執着し溺愛する、似たり寄ったりな話ばかり。
疲れたときに、さくっと読める安心安全のハッピーエンド設計です。
基本的に一話完結で、しばらくは毎週金曜の夜または土曜の朝に更新を予定しています(全20作)

目標、それは
mahiro
BL
画面には、大好きな彼が今日も輝いている。それだけで幸せな気分になれるものだ。
今日も今日とて彼が歌っている曲を聴きながら大学に向かえば、友人から彼のライブがあるから一緒に行かないかと誘われ……?

【完結】ぎゅって抱っこして
かずえ
BL
幼児教育学科の短大に通う村瀬一太。訳あって普通の高校に通えなかったため、働いて貯めたお金で二年間だけでもと大学に入学してみたが、学費と生活費を稼ぎつつ学校に通うのは、考えていたよりも厳しい……。
でも、頼れる者は誰もいない。
自分で頑張らなきゃ。
本気なら何でもできるはず。
でも、ある日、金持ちの坊っちゃんと心の中で呼んでいた松島晃に苦手なピアノの課題で助けてもらってから、どうにも自分の心がコントロールできなくなって……。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる