愛の重さは人知れず

ゆきの(リンドウ)

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「こんなこと言いたくないんだけど、三田の友人として言う」
「うん」
「大丈夫って聞いたのはね、三田の計画を知らない詩音くんが、このことを偶然にも知っちゃったらどう思うかなっていう意味の大丈夫かってことなの」

 正直、ぼんやりとしすぎていてわからなかった。が、詩音に関わることなのだと思えば、ますます見過ごすわけにはいかない。

「ごめん、もっと具体的に言ってくれるか?」
 恥を承知で聞くと、藍田は組んでいた腕の先、指をトントンとさせて惣一郎を見た。

「だからね、つまり。三田はサプライズのつもりでも詩音くんはそれを知らないわけだよね?」
「そうだな」
「彼氏である三田の仕事は同棲してる詩音くんも知ってるし、残業があるのか今、忙しい時期なのかも、もちろん知ってると」

 惣一郎と詩音の生活をただ、振り返ってまとめられているようで頷いた。

「そんな時にね、突然、彼氏の帰りが遅くなったら、どう思う?残業だって言われても今の時期は仕事、忙しくないはずなのにって、疑わない?」
 はっきりと言われ、嫌でも気が付いた。たしかに、藍田の言うことは一理ある。

「詩音くんはそこのとこ、何も言ってない?」

 問われ、最近の詩音を思い出す。三月とのことを言い出した最初はたしか、季節が夏に変わる前のことでまだ、心地よい風がそよいでいた時期だ。三月と会う日に予定はあるかと誘われ、咄嗟に詩音の知らない人と会うと言ったような気がする。
 藍田に言われて思い出した詩音は、俯いていた気がした。コーヒーカップに小さい顔がすっぽりと入ってしまうのではないかと思うほど、詩音の項垂れた頭頂部しか思い出せなかった。

「言ってはいない、けど」
「様子がおかしかった。そうじゃない?」
 藍田が確信めいた言い方で言う。その答えに自信があるようだった。

「言われて見るとそうだな」
「ああ、もう!三田って本当、そういうところが不器用っていうか、とにかく詩音くんが心配だし、ある意味、三田のことも心配」
「俺も?」
「そういう時って妙に寂しくなるのよね。実際、私もそうだから」
「私もって、何かあったのか?」
 と、聞けばやはり藍田は、例の年下彼氏との間に新たなトラブルがあったのだという。

「今度はあいつ、どうしても数が足りないからとか言って合コンに出るとか言い始めたのよ?」

 話を聞く限り、年下の彼氏は人が良すぎるようだ。決して、自分の意思がないわけではないのだと思うが、人から頼まれると放っておけない性格なのだろう。惣一郎自身はその性格とは真逆な位置にいるが、同僚がそういうタイプの人でいつも、損な役回りをしているのを目にしており、顔も知らない年下彼氏が目に浮かぶようだった。

「それは、災難だな」
「そうでしょ?って、私の話はいいのよ、今は!」

 切り替えの早さはさすが藍田だ。そう言うと、今度は心配そうな眼差しで惣一郎を見て、そして「あのね」と力強い口調で言った。

「寂しい時ってどうしようもなく孤独感が襲うの。そんな時、三田ならどうやってその孤独感を打ち消す?」
「どうって」

 問われ、けれども今一つわからない。今までの惣一郎の人生は、使命感で一杯だった。早く自立しなければ、早く家族を楽にさせてやりたい、そんな思いに縛られ、孤独を感じる余裕すらなかったからだ。

 が、強いて言うなら、詩音が入院したあの夜だろうか。一人、部屋に残されたあの夜は、代わり映えのない見慣れた部屋だというのに、どことなく寒く、落ち着かなかった。
 あれが孤独感なら、あの夜を惣一郎はどうやって過ごしたのだろう。思い出そうと考えても思い出せない。もう、昔のことだからだろう。

 正直に「わからない」と言えば、藍田が「私はね」と、自分の話に置き換えて話してくれた。

「誰かに助けを求める。友達でも同僚でも、自分が話せる人で安心できる人に。それがもしかしたら元カレかもしれない」

 え?!と、出かかった言葉は寸でのところで呑み込んだ。別れたのに安心できるとは、そういうものだろうかと、理解できない気持ちが沸々と沸き上がる。

「わかるよ、三田。今、何で元カレにって思ったでしょ」
 心の中を言い当てられ、情けなくも少し、戸惑った。

「もう嫌いになったから別れたとかなら違うよ?でも、嫌いじゃなくても別れるパターンもあるよね」
 私たちみたいに―。

 そう言われるとぐうの音も出ない。思わず黙ると、藍田がふと、笑う。

「さすがにパートナーいる元カレにとかはないよ?けど、そうじゃなかったら、話聞いて欲しいなとかそう思っちゃうもんだよ」
「そういうものなのか?」
「少なくとも私はね」
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