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 近くまで行くと更に圧倒された。周りに立つ二階建ての建物に比べ、頭一つ分高い外観もそうだが、庭が凄かった。
 玄関まで続く道は、洒落ているタイルがうねうねとした道を作り出しており、その傍らには点々とライトが光っている。両隣には人工芝なのだろう、綺麗な緑。テラスが左右一つずつあり、中央には綺麗に手入れされた花壇がある。
 庭に続く道の前には『リラッサンテ』と書かれたプレートが、洒落た字体で書かれていた。

「ここ、って」
「ここが今日、惣と来たかったところ。とりあえず、入ろう」

 あまりにも馴染みのなさすぎる場所に、空いた口を塞げないままでいると詩音は動揺することなく、惣一郎をエスコートしてくれた。
 玄関を詩音が引いて開けた。まず、一番に見えたのは壁に埋め込まれた大きな花だった。

「いらっしゃいませ、ご予約の卯月様でよろしいでしょうか?」
「はい」
「お待ちしておりました。では、こちらからご案内させていただきます」

 一階は事務所なのだろうか。人気はなく、入ってすぐにある受付と会計がある四角いブースしか見えなかった。
 白いシャツに蝶ネクタイ、腰から下に巻いたギャルソンエプロンを着けた店員にスマートに案内され、階段を登る。
 階段は思ったよりも急ではなく、一段一段、幅があり余裕がある。おまけにふかふかとした絨毯が疲れた足を和らげてくれているようで、心地が良かった。
 二階に案内されるかと思ったが、二階には寄らず、三階まで登った。二階を通り過ぎた時、人の話す声が聞こえた気がするからきっと二階も客席なのだろう。
 そして三階に着いた。

「本日はご来店いただきまして誠にありがとうございます」
 そう言うと、店員がテーブルの上に置いてあった本日のメニューの説明をしてくれた。が、正直、惣一郎の耳にはその言葉のほとんどが届いていなかった。
 案内された三階は席が一つしかないのだ。つまり、ほぼ貸し切り状態だ。

「では、もう少々お待ちくださいませ」
 店員が仰々しく、お辞儀をして席を後にした。詩音はそれをただ、にこやかに見守っている。

「詩音、ここ、何?」
 もう、我慢の限界だった。言われるがままに着いてはきたけれど、いつもの賑やかな居酒屋や少し敷居の高いフレンチとは別格だろうと、ある意味、興奮して高まりそうな声を必死で抑え、問う。

「ここはイタリアンレストランなんだ」
「詩音は来たことあるのか?」
「うん、仕事仲間に連れてきてもらって何回か。って言っても、ランチの時だけ」

 正直、意外だった。詩音が仕事仲間と仲が良いのは知っていたし、惣一郎も何回か、自宅で顔を合わせたこともあり、在宅といっても会社のように親交はあるのだと思ったものだ。
 しかし、こういうところに来ることが意外だと思った。普段、惣一郎と外食する時はいろいろな場所へ行くが、予約の必要な場所へはめったに行かない。行くのはいつも、すぐに入れるラーメンやファミレス、商店街のレストラン、ショッピングモールのフードコート。
 人並みに食べる惣一郎と人並みに食べない詩音。どちらかというといつも、惣一郎に合わせてばかりだったと思う。もし、詩音がこういう場所が好きなら、今度はこういう場所を探してみようかとさえ思う。

「意外だった?」
「え?」
「僕が今日、ここに来たこと」
 問われ、一瞬、心の中を読まれたかと思い、焦る。けれど多分、顔に出ていたのだと思い、少し気恥ずかしくなった。

「さすがにいつも来てるわけじゃないよ?ただ、今日は」
「今日は?」
「まだ、内緒」
 楽しそうに微笑まれ、気になる気持ちが薄らいだ。
 やがて、料理が運ばれてきた。目の前に細長いグラスと香ばしいバケットが並ぶ。

「これ、酒か?」
 食事の前に酒が出るコース料理は珍しく、グラスを覗きながらつい、そう言うと詩音が説明してくれた。

「食前酒っていって、欧米では一般的に食事の前に飲まれるんだって」
 聞きながら一口、飲む。と、柑橘の味と香りが広がり、アルコールがほんのりと喉に落とされていった。

「どう?美味しい?」
「さっぱりしてて、飲みやすい」
 良かった、と言う詩音は、安心したように微笑んだ。
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