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「すみません、僕に予定がなければまだ話、できたのに」
 時刻は昼過ぎ。カフェから出て、駅で三月がそう言う。
 結局、サプライズをするにはどうしたらいいか、というところで、昼時になり、予定があるという三月と一緒にカフェを出ることにした。

「いいえ、お話できて、しかも協力してくれるなんて、ありがたいです」
「でも、あんまり、具体性のある話にはなりませんでした」
「それは、お互い様です」
 というのも、実は三月も惣一郎と同様、サプライズはされる側の人間。つまり、する側の気持ちがわからないのだと言う。

「でも、できればあんまり、時間置きたくないですよね」
「そうですね、でもおたがいに仕事もありますし」
「僕の方なら平日の夜は、毎日、帰る時間が違うので何時とは約束できないですけど、時間は取れます」
 やはり、編集の仕事は相当、大変なのだろうと伺えた。
 けれど、三月から言ってくれたのは大きい。

「じゃあ、平日の夜、時間が合う時に、ということでどうでしょうか?」
 そう自分で言いながら、ふと、詩音との約束が頭を過った。

 社会人になった一年目。
 働くことにまだ慣れず、残業はほぼ毎日。在宅ワークの詩音も、のめり込むと止められない性格で、二人の生活リズムは最悪だった。
 寝て、起きて、適当に胃に詰め込んで。顔を見るけれど、大して会話もせず、休日は疲れた身体をひたすら休ませるためだけに、ひたすら睡眠を貪る。
 会話はする。けれども、一緒に住むにあたっての最低限の会話。
 おはようもおやすみも、ただいまもおかえりも、それすらもない。ただ、疲れた、飯ある?寝るわ。そんな程度のものになっていた。

 触れ合うことさえもしていない。決して、愛が冷めたからではないとわかっていながらも、それでもその状況は仕方ないとそう言い聞かせていた、そんな時だった。

 疲れ果てた身体を引き摺って帰ると、いつも、部屋の隅で暗い中、電気もつけずに青白い光の中、キーボードを打つ姿がない。
 慌てて、電気をつけた。目が慣れずに一瞬、眩む。
 慣れた目に瞬間、夢かと思った。
 詩音がパソコンの前で、倒れていたのだ。

『詩音、おい、詩音ッ!』

 触ると熱い身体、元々、痩せているのに更に痩せて、薄くなった身体。
 後悔した。何故、一緒に住んでいて気が付かないのかと。
 後悔して、後悔して、涙が溢れ出た。
 病院に運び、幸い、大きな病気ではなく、風邪をこじらせていたと知り、本気で安堵した。

『惣、ごめんね』

 まだ顔色が悪いのに、それでも惣一郎を気に掛けるその姿に、涙が出た。
 以来、惣一郎は詩音に、平日三回は一緒に夕飯を食べることを約束させていた。詩音もそれに納得していた。
 けれど、三月との約束を優先してしまえば、詩音との約束を破ることになる。
 けれど、今の詩音に自分がしてやれることは、あれしかない。

「三田さん?」
「すみません、それで、いかがでしょうか?」
「僕の方は大丈夫です」

 三月の返事に安堵しながらも、詩音への説明に頭を働かせていた。
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