愛の重さは人知れず

ゆきの(リンドウ)

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「やっぱり、僕が先に読んでいいのでしょうか?」
 歩きながらまた、三月が申し訳さなそうに言う。
 きっと、家が近くなってきたのだと、なんとなくそう思った。

「いいですよ。って言っても、俺が読むわけではないので」
「そうなんですか?」
 恋人が―。とは、まだ言いづらく、友人がと付け足した。

「それにさっき、IDも教えてもらいましたから」
 と、言いながら携帯を鞄から取り出した。念のため、IDを表示する。

「あれ、このIDの名前、しおんって読みますか?」
「そうですよ、紫苑って書いてしおんです」
 そんな偶然、と少し、この偶然が怖くもなる。

 しおんという名前は珍しいものでもない。学生時代、しおんは詩音の他にも何人かはいた。
 が、今日、偶然入った本屋で、しかも詩音の好きな作家が好きな人が紫苑という名前なのは珍しいことに入ると思う。

 ふと、詩音とこの紫苑という男が知り合ったらどうなるのだろうと思った。
 在宅で仕事をしてるといっても、詩音は人との付き合いを断っているわけではない。むしろ、仕事仲間やクライアントには誠実すぎるほど、細やかに連絡をしている。
 読書仲間のサークルも、詩音はとても楽しそうに生き生きとしている。ならば、同じようにこの人と知り合えればもっと、楽しそうにしてくれるかもしれない。笑って喜んでくれるかもしれない。

「どうかされましたか?」
「いえ、実はその友人も詩音って名前なんです。漢字は違うんですけど、偶然、同じ名前だったもので驚いてしまって」
 言うと、三月も「それは僕もびっくりです」と、目を丸くして呟いた。

「じゃあ、今日はその詩音さんに頼まれて?」
「いや、ただ、俺が買いたかったというか。買っていったら喜ぶかなと」
 つい、本音が出た。きっとしおん繋がりで尚更、警戒心が緩んでいるのだろう。

「いいですね、友達のために何かしようって思うの、年をとるとなかなかできないものですから」
「…そう、ですね」
 友達-。自分で言っておいて、そう言ってしまったことに、少しだけ罪悪感が生まれる。

「その詩音さんに会ってみたいです」
「本当ですか?!」
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