愛の重さは人知れず

ゆきの(リンドウ)

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 結局、その男性とともに、レジに並ぶことになった。

 男性の名は、三月 紫苑みつき しおん。出版社の編集をしているらしい。

 言葉は少なく、けれどもただ、ばったり本屋で会っただけの人という認識から、そこまで後ろめたさを感じることはなかった。

 会計が終わり、とりあえずお互いのIDを交換した。連絡先を知らなければ、本のやり取りができない。
 どちらが先に読むかという話になり、社会人のマナー的なのか、日本人の特性なのか。お互い、譲り合ってしまい、押し問答の末、三月が折れた。

「じゃあ読んだら連絡します、なるべく早めに」と三月が言い、お互いに帰路に着くことになった。
 が、つかず離れずの距離にいる三月が気になる。
 よく考えれば、この本屋に来たということは、つまり、家も近所なのだろう。歩く方向が同じで、なんとなく後ろをついて来られることが気になり、「もしかして家、同じ方角ですか?」と聞いていたのだった。
 それから、同じ方角なのに後ろをついて歩かれるのはと言い、隣に並んで歩くことにした。

「広告のお仕事ですか、大変そうですね」
「最初は大変でした。でも今は、だいぶ、慣れてきました」
 ポツリ、ポツリと話したのは、お互いのことだ。

 仕事のこと、本のこと。出版社とは働く畑が違う訳でもなく、時折、話される愚痴には共感する部分もあった。
 さきほど買った作家の本についても、三月は話してくれた。やはり、詩音の言うようにマイナーな作家だったらしく、けれども作風が好きだと詩音と同じことを言う三月に自然と親近感を覚えた。

 話しながら三月は、よく喋るわけではないのだと思う。
 藍田はよく喋る方だ。会えば挨拶の一言から、本題まで、まるで撃ち放たれるマシンガンのように話し続ける。
 詩音は藍田とは少し違う。マシンガンのようには話さないが、無言になる空気感を感じさせない話し方をする。
 それが、三月に似ていた。
 マシンガンのようには話さなくても、その空気感が心地よい。

「編集というと、小説か漫画の?」
「はい、僕は小説の編集をしています」
 好きが嵩じてこの仕事を、そう言った三月はどこか照れているようだ。
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