愛の重さは人知れず

ゆきの(リンドウ)

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「あの、この本、買おうとしてましたよね?」
「あ、はい」
「これ、実はこの辺りだと売ってなくて。手前の本屋にもなかったんです」

 手前とは、きっと惣一郎の会社近くの本屋だろう。
 もし、その情報が事実なら、尚更、退けなくなった。

 足を止めたまま、考え込む。
 詩音には本を買って帰るとは言っていない。だから仮に、惣一郎が本を買わずに帰ったところで、がっかりする顔にはならないだろう。
 しかし、がっかりする顔を見なくていいというだけで、問題は何一つ解決できていない。
 何を話しかけていいのか、わからないから、笑って欲しかった。なのに、それもできないとなると、自分に本気で嫌気がさす。
 ならば正直に、今度こそ恥も見栄も捨て、この本を譲ってくれないかと言うべきだ。
 意を決して、言おうと声を掛けてくれた男性の方を見ると、「あの」と言いにくそうに声を掛けられた。

「よかったらこれ、折半しませんか?」
「え?」
 つまり、割り勘しようということだろう。

「もちろん、先に読むのはどちらでも構いません。二人で払えば、帰った後の罪悪感もないかと思いまして」
 思わぬ提案に驚き、けれども一理あると思った。
 たとえ、今、この男性が買っても自分が買っても、なんとなく、買ってしまったという罪悪感は生じるだろう。
 しかし、見ず知らずの人と、というのは。
 仕事以外でこうして人と関わることがあまりなく、あったとしても最近では詩音の仕事仲間か詩音の趣味仲間の読書サークルの面々だ。
 迷う。が、やはり、詩音の喜ぶ顔が見たかった。

「やっぱり、ダメでしょうか」
「いえ、折半させてください」

 気付けばそう、言っていたのだった。
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