愛の重さは人知れず

ゆきの(リンドウ)

文字の大きさ
上 下
7 / 79
(2)

(2)-2

しおりを挟む
 父親と離婚し、母一人での生活に、惣一郎は一早く、社会人になることを夢見ていた。
 生活に不自由していたわけではない。欲しいもの、必要なものは、言わなくても母親が買ってくれた。給食費を滞納することもなく、友人と遊ぶと言えば財布にはいつもより多めの金が入っていた。
 けれど、母が実は、大変だったことは知っていた。

 惣一郎や妹が熱を出せば、仕事に行けないこともあった。電話でぺこぺこと頭を下げている姿をこっそり、見てきていた。
 だから、早く、稼いで母を楽にさせてやりたいと思ったのだ。

 同棲する時も、そんな惣一郎の気持ちを知っていたのか、はたまた、くみ取ってくれたのか。男二人、明らかに手狭になるのに、詩音は1DKの築三十年の部屋でいいと言ってくれた。詩音はいつだって、我儘も文句も言わない。
 社会人に成り立ての頃、度重なる残業で疲れ果て、朝食を作れなかった時も、当番の洗濯ができなかった時も、詩音は何も言わずにさり気なく、代わりにしてくれていた。
 普通なら、文句の一言も言いたくなるだろう。詩音の優しさに助けられていた。今も、助けられている。

 けれど、今はその優しさが、痛い。

 思えば詩音は、喋らない惣一郎に無理に話をさせないように、率先して自分から話をしているのだと思う。
 話しても惣一郎の負担にならないように、返事をするような会話をしていない。
 だから、今も、我慢しているはずだ。何か言いたくても言えず、けれど悟られないように我慢しているのだ。

 最近、よく見る詩音の表情を思い浮かべると、胸が痛んだ。

 俺にできることは何だろう。

 上手い言葉も言えず、腹の内をさらけ出させることもできず、そんな自分にできることは何なのだろうか。せめて、詩音が笑っていてくれればいい。

 そう思いながら歩いていると、一件の本屋の看板が目に入った。
 気付けばそこは、惣一郎がいつも乗る電車の駅で、そこからさほど離れていないところに本屋がある。
 そこは、詩音の行きつけの本屋だ。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

騙されて快楽地獄

てけてとん
BL
友人におすすめされたマッサージ店で快楽地獄に落とされる話です。長すぎたので2話に分けています。

上司と俺のSM関係

雫@夜更新予定!今日はなし
BL
タイトルの通りです。

目が覚めたら囲まれてました

るんぱっぱ
BL
燈和(トウワ)は、いつも独りぼっちだった。 燈和の母は愛人で、すでに亡くなっている。愛人の子として虐げられてきた燈和は、ある日家から飛び出し街へ。でも、そこで不良とぶつかりボコボコにされてしまう。 そして、目が覚めると、3人の男が燈和を囲んでいて…話を聞くと、チカという男が燈和を拾ってくれたらしい。 チカに気に入られた燈和は3人と共に行動するようになる。 不思議な3人は、闇医者、若頭、ハッカー、と異色な人達で! 独りぼっちだった燈和が非日常な幸せを勝ち取る話。

大嫌いだったアイツの子なんか絶対に身籠りません!

みづき
BL
国王の妾の子として、宮廷の片隅で母親とひっそりと暮らしていたユズハ。宮廷ではオメガの子だからと『下層の子』と蔑まれ、次期国王の子であるアサギからはしょっちゅういたずらをされていて、ユズハは大嫌いだった。 そんなある日、国王交代のタイミングで宮廷を追い出されたユズハ。娼館のスタッフとして働いていたが、十八歳になり、男娼となる。 初めての夜、客として現れたのは、幼い頃大嫌いだったアサギ、しかも「俺の子を孕め」なんて言ってきて――絶対に嫌! と思うユズハだが…… 架空の近未来世界を舞台にした、再会から始まるオメガバースです。

執着攻めと平凡受けの短編集

松本いさ
BL
執着攻めが平凡受けに執着し溺愛する、似たり寄ったりな話ばかり。 疲れたときに、さくっと読める安心安全のハッピーエンド設計です。 基本的に一話完結で、しばらくは毎週金曜の夜または土曜の朝に更新を予定しています(全20作)

【完結】ぎゅって抱っこして

かずえ
BL
幼児教育学科の短大に通う村瀬一太。訳あって普通の高校に通えなかったため、働いて貯めたお金で二年間だけでもと大学に入学してみたが、学費と生活費を稼ぎつつ学校に通うのは、考えていたよりも厳しい……。 でも、頼れる者は誰もいない。 自分で頑張らなきゃ。 本気なら何でもできるはず。 でも、ある日、金持ちの坊っちゃんと心の中で呼んでいた松島晃に苦手なピアノの課題で助けてもらってから、どうにも自分の心がコントロールできなくなって……。

幽閉王子は最強皇子に包まれる

皇洵璃音
BL
魔法使いであるせいで幼少期に幽閉された第三王子のアレクセイ。それから年数が経過し、ある日祖国は滅ぼされてしまう。毛布に包まっていたら、敵の帝国第二皇子のレイナードにより連行されてしまう。処刑場にて皇帝から二つの選択肢を提示されたのだが、二つ目の内容は「レイナードの花嫁になること」だった。初めて人から求められたこともあり、花嫁になることを承諾する。素直で元気いっぱいなド直球第二皇子×愛されることに慣れていない治癒魔法使いの第三王子の恋愛物語。 表紙担当者:白す(しらす)様に描いて頂きました。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

処理中です...