愛の重さは人知れず

ゆきの(リンドウ)

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「よ、三田」
「おはよう、藍田」
 電車を降り、改札を抜け、スーツだらけの人の中、歩道を歩いていると声を掛けられ、挨拶する。

「今日も安定の辛気臭い顔」
 うるせーよ、と言いながら朝から元気で、溌溂としている藍田あいだを見る。

「どうせ、詩音くんとなんかあったんでしょ?」
「なんもねーよ」
「なんもない?なら、何でそんなに辛気臭そうにしてんのよ?」
 何回も辛気臭そうと言われれば、本当にそんな顔をしているのかと、気になってきた。
 会社に着いたら、トイレの鏡で確認するか。
 と、惣一郎は密かに誓う。

 藍田は高校からの友人だ。高校、大学、そして会社と、腐れ縁のような関係が続いている。そして、詩音との関係を知っている数少ない友人の一人だ。
 会社から電車で一時間の、閑静な住宅街に住んでいる藍田とは毎朝、この時間に会う。藍田は経理、惣一郎は広告営業と、互いに普段は関わりのない部署だが、それでも会えば自然と仕事の話をしたり、プライベートの話をしたり。
 長年の腐れ縁がそうさせており、社会人になってからは、一番、詩音とのことを相談している。

「なんもねーけど、詩音が」
「元気ない?」
「ってわけでもない」
 というのも、詩音は朝が弱いだけで、基本的にはお喋りだ。
 惣一郎があまり、喋らないから余計、そう思うのかもしれないが、詩音は惣一郎といるとよく喋る。
 テレビでやっていた料理の話、ドラマの話、読んでいた小説の話。
 学生の頃から詩音はよく喋る。
 特に本の話になると熱くなる。詩音は昔から読書が趣味だ。
 昨日も、気にいって読んでいた小説が実写化されるとSNSで知ったらしく、やたらと興奮気味に話してきたのだ。
 だから、元気がないわけではないと思う。けれど。

「じゃあ何」
「なんつーか」
「何か言いたそうにしてる、とか?」
「…それ」
 思わず、隣を歩く藍田を見た。

「なんか、言いたそうに俺をじっと見るんだよな」
「で、気付いてるのに、何も聞かないと」
「それは」
「あんた、昔からそうだよね」
「昔からって」
「高校の時もそうだったでしょ」

 ―私と別れた原因、忘れちゃった?と、鋭い瞳で告げられ、ドキリとする。
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