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未来へ
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研究室に戻ってから大成は、就寝前にナナラを少し外へ連れ出した。
夜空には星がよく輝いていて、夜気はよく澄んでいた。
「ナナラ。今日はありがとな」
「え、こっちこそありがとうだよ。楽しかったし」
ナナラは手を後ろで組んでニシシと笑った。
本当にナナラは笑顔ではない時間が少ない。
人と顔を合わせれば、すぐに人懐っこい笑顔を見せる。
それでいてギルドで見せたような熱い一面も待っている。
大成は改めて思う。
本当に彼女は良い人間なんだなと。
だからこそ気になることがあった。
「ちょっと聞きたいことがあるんだが」
「ん?」
「正直なところ、ビーチャムのことはどう思っているんだ?」
「レオくんのこと?」
ナナラはうーんと斜め上を向く。
「考えるってことは、あまり良くは思ってないということか」
大成が先回りして理解すると、ナナラは苦笑して手を横に振る。
「そうじゃなくて。わたしはまだレオくんのことをよく知らないから」
「正直、ムカついていないのか?」
「それはあるよ。でも、悪い人ではないんだろうなーとは思ってる」
「それはどのあたりを見てそう思うんだ?」
大成は掘り下げる。
ナナラは腕を組み、再びうーんと考える。
「メラパッチンかな?」
「メラパッチン?」
「あれって、悪い人には作れない気がするんだ」
「ほう」
「わたしだって魔導師のはしくれだからね。そういうのは何となくわかるんだ。それにね?」
「?」
「レオくんて、王都でも有名な人だったじゃん?」
「若き天才魔導博士だからな」
「それが今ではこんな所で大成のビジネスを手伝ってるんだもんね。あっ、こんな所って、悪い意味じゃないからね」
「俺が巻き込んだんだけどな。いや、元々は俺が巻き込まれたのか」
「王都に若き天才魔導博士がいるってことは、わたしでも知っていた」
「それだけ魔法界では有名な存在だったってことなんだよな」
「まさかレオくんがその人だとは思わなかったけど」
「がっかりしたか?」
大成は悪戯っぼく言った。
ナナラはふっと微笑む。
「逆だよ」
「逆?」
「だってレオくんって、お金も地位も名声も欲しがらないし、自分の経歴や実績も誇らないでしょ?」
「こっちから聞かないかぎりは言いもしないからな」
「それに、タイセーのことは信頼してるっぽいし」
「なんでそこで俺が出てくるんだ?」
はて?と大成が疑問を浮かべると、ナナラは大成をまじまじと見た。
「タイセーってさ。人のこと、すっごくよく見てるよね」
「そうか?」
「今日一日、一緒にまわってみて、改めてそれがよくわかったんだ。タイセーは、お客さんに対してはもちろん、わたしのこともレオくんのこともつねによく見てくれている」
「できる範囲で、だけどな」
「だったらなおさらスゴイよ。今日、わたしが最後まで楽しくできたのはタイセーのおかげだもん。わたしがミスしそうになったらすぐにカバーしてくれたり、うまくいくようにフォローしてくれたり。そういうの、バカのわたしでもわかるよ?」
月明かりに照らされたナナラの眸には、確かな信頼の光が射していた。
大成はほっと安堵した。
これなら一緒にやっていけそうだな、と。
会社員時代。
新入社員の扱いについて、難しいことが少なくなかった。
営業職ならではの難しさもあった。
そんな過去の失敗や苦労を思い出しながら大成は、ナナラとビーチャムへの気遣いや配慮を怠らなかった。
だからこそ、ふたりの信頼を獲得することができたのならば、嬉しくないわけがなかった。
「俺は、俺のやるべきことをやっているだけだよ」
「タイセーは謙虚だね」
「表向きはな」
わざとらしく大成が悪代官のような顔をする。
次の瞬間、ふたり同時にプッと吹き出した。
「なにそれ!」
「お、ウケたか?」
「つい笑っちゃったよ!」
「勝ったな」
「なんの勝負?」
「知らん」
さらにふたりはアハハハと笑い合った。
ひとしきり笑い終えると、ナナラが口をひらく。
「つまりね?」
「ん?」
「そんなタイセーを、レオくんは信頼している。だからわたしはレオくんも信頼したい」
ナナラはニコッと笑った。
相変わらず屈託のない花のような笑顔だ。
負けじと大成もニッと白い歯を見せた。
夜風がふたりの頬を撫でる。
肌寒いが澄んでいる。
あたたまった彼らの心身には心地良かった。
いよいよ大成の商売は、これで最低限の人員が揃った。
本格的に動いていくための準備が整ったと言える。
ここまでの道のり、順風満帆というわけではなかった。
今後も様々な困難が立ち塞がることはあるだろう。
しかし、大成の頭と心に広がっているのは、広大な空だった。
まだまだ夜明けには時間がかかるかもしれない。
だがそれも、一歩ずつではあるが、確実に近づいてきている。
大成はそう確信し、星の瞬く夜空を見上げた。
[第一部 完]
夜空には星がよく輝いていて、夜気はよく澄んでいた。
「ナナラ。今日はありがとな」
「え、こっちこそありがとうだよ。楽しかったし」
ナナラは手を後ろで組んでニシシと笑った。
本当にナナラは笑顔ではない時間が少ない。
人と顔を合わせれば、すぐに人懐っこい笑顔を見せる。
それでいてギルドで見せたような熱い一面も待っている。
大成は改めて思う。
本当に彼女は良い人間なんだなと。
だからこそ気になることがあった。
「ちょっと聞きたいことがあるんだが」
「ん?」
「正直なところ、ビーチャムのことはどう思っているんだ?」
「レオくんのこと?」
ナナラはうーんと斜め上を向く。
「考えるってことは、あまり良くは思ってないということか」
大成が先回りして理解すると、ナナラは苦笑して手を横に振る。
「そうじゃなくて。わたしはまだレオくんのことをよく知らないから」
「正直、ムカついていないのか?」
「それはあるよ。でも、悪い人ではないんだろうなーとは思ってる」
「それはどのあたりを見てそう思うんだ?」
大成は掘り下げる。
ナナラは腕を組み、再びうーんと考える。
「メラパッチンかな?」
「メラパッチン?」
「あれって、悪い人には作れない気がするんだ」
「ほう」
「わたしだって魔導師のはしくれだからね。そういうのは何となくわかるんだ。それにね?」
「?」
「レオくんて、王都でも有名な人だったじゃん?」
「若き天才魔導博士だからな」
「それが今ではこんな所で大成のビジネスを手伝ってるんだもんね。あっ、こんな所って、悪い意味じゃないからね」
「俺が巻き込んだんだけどな。いや、元々は俺が巻き込まれたのか」
「王都に若き天才魔導博士がいるってことは、わたしでも知っていた」
「それだけ魔法界では有名な存在だったってことなんだよな」
「まさかレオくんがその人だとは思わなかったけど」
「がっかりしたか?」
大成は悪戯っぼく言った。
ナナラはふっと微笑む。
「逆だよ」
「逆?」
「だってレオくんって、お金も地位も名声も欲しがらないし、自分の経歴や実績も誇らないでしょ?」
「こっちから聞かないかぎりは言いもしないからな」
「それに、タイセーのことは信頼してるっぽいし」
「なんでそこで俺が出てくるんだ?」
はて?と大成が疑問を浮かべると、ナナラは大成をまじまじと見た。
「タイセーってさ。人のこと、すっごくよく見てるよね」
「そうか?」
「今日一日、一緒にまわってみて、改めてそれがよくわかったんだ。タイセーは、お客さんに対してはもちろん、わたしのこともレオくんのこともつねによく見てくれている」
「できる範囲で、だけどな」
「だったらなおさらスゴイよ。今日、わたしが最後まで楽しくできたのはタイセーのおかげだもん。わたしがミスしそうになったらすぐにカバーしてくれたり、うまくいくようにフォローしてくれたり。そういうの、バカのわたしでもわかるよ?」
月明かりに照らされたナナラの眸には、確かな信頼の光が射していた。
大成はほっと安堵した。
これなら一緒にやっていけそうだな、と。
会社員時代。
新入社員の扱いについて、難しいことが少なくなかった。
営業職ならではの難しさもあった。
そんな過去の失敗や苦労を思い出しながら大成は、ナナラとビーチャムへの気遣いや配慮を怠らなかった。
だからこそ、ふたりの信頼を獲得することができたのならば、嬉しくないわけがなかった。
「俺は、俺のやるべきことをやっているだけだよ」
「タイセーは謙虚だね」
「表向きはな」
わざとらしく大成が悪代官のような顔をする。
次の瞬間、ふたり同時にプッと吹き出した。
「なにそれ!」
「お、ウケたか?」
「つい笑っちゃったよ!」
「勝ったな」
「なんの勝負?」
「知らん」
さらにふたりはアハハハと笑い合った。
ひとしきり笑い終えると、ナナラが口をひらく。
「つまりね?」
「ん?」
「そんなタイセーを、レオくんは信頼している。だからわたしはレオくんも信頼したい」
ナナラはニコッと笑った。
相変わらず屈託のない花のような笑顔だ。
負けじと大成もニッと白い歯を見せた。
夜風がふたりの頬を撫でる。
肌寒いが澄んでいる。
あたたまった彼らの心身には心地良かった。
いよいよ大成の商売は、これで最低限の人員が揃った。
本格的に動いていくための準備が整ったと言える。
ここまでの道のり、順風満帆というわけではなかった。
今後も様々な困難が立ち塞がることはあるだろう。
しかし、大成の頭と心に広がっているのは、広大な空だった。
まだまだ夜明けには時間がかかるかもしれない。
だがそれも、一歩ずつではあるが、確実に近づいてきている。
大成はそう確信し、星の瞬く夜空を見上げた。
[第一部 完]
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