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ep44 来客
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翌日の朝はいつもよりも遅かった。
大成が眠い目を擦りながら研究室に入ると、すでにビーチャムはコーヒーをすすっていた。
「やっと起きたか」
「ああ。久しぶりに飲んだからかな。いつもの時間に起きられなかった」
「まあ僕も今さっき起きたばかりだけどな」
「なんだビーチャムもか」
「それでも貴様よりは早い」
このやり取りの不毛さに、ふたりはどちらともなくクスッと吹き出した。
「で、どうするんだ?」
ビーチャムが切り出したのは、今日のことだ。
本来であれば、遅くとも明後日にはバーバラの来訪が予定されていた。
しかし昨夜の手紙によれば、次回の研究所訪問は予定より遅れてしまうという。
「とはいえ、メラパッチン増産の準備をしておかなきゃならないことには変わりない。だから今日は石を取りに行くよ」
今できることはそれしかなかった。
あるいは金もできたし、別の魔導師に依頼してみるか?
そうも考えたが、相応しい選択とは思えない。
コストの問題じゃない。
それをやるなら事前にバーバラへ伝えるべきだ。
できるなら手紙でもなく、会って直接に。
もちろんバーバラとビーチャムは懇意の間柄なので、理解はしてもらえるだろう。
それでも、スジの通らない不義理に思えるような行為は、大成の選択肢にはなりえなかった。
「とりあえず、俺は川辺に行ってくるよ」
「僕は行かなくていいのか?」
「もうどんな石が良いのかはわかってるから大丈夫だ。また急な来客があるかもしれないからビーチャムはここにいてくれ」
そう言ってちょうど大成がドアを開けて出かけようとした矢先。
「あっ」
大成の正面に、見たことがある顔のガタイの良い中年オヤジが立っていた。
「お、にーちゃん。外出か?」
「レストランのダニエルさん?」
「追加のメラパッチンが欲しくて今日は来たんだ」
言っているそばからの来客だった。
レストランのダニエルは、二日前の夜に再訪し、メラパッチンの本製品版を買ってもらっていた。
迷うことなく本製品版を購入してくれた良客だ。
試供品を持っていった初回訪問の時の、出会い頭の当たりのキツさが嘘のようだった。
今では明らかに大成へ好感を抱いている。
「タイミング悪かったか?」
ダニエルが言うと、大成はいえいえと手を横に振ってから、本題に切り出した。
「メラパッチンが追加で欲しいということですね?」
「ああ。実は昨日、他の町にいる商売仲間の連中がうちに寄って来てな。その時にメラパッチンの話をしたら興味を持って、厨房で実際に見せてやったらよ。おれも欲しいおれも欲しいってなってさ」
ダニエルは陽気に笑ってからこう付け加えた。
「どいつもきっとイイ客になってくれるぜ?」
ダニエルの笑顔を見ながら大成は思った。
良いお客様は貴方ですよ、と。
それからこうも考える。
変に誤魔化さず、誠意を持ってちゃんと事情を説明しておいた方がいいと。
「ダニエルさん。実は......」
そして大成の説明をひと通り聞いたダニエルから返ってきた言葉は、意外なものだった。
「てゆーかよ。魔力も無いのに独自の魔導具作って売ってるって、やっぱにーちゃんはマジでオモシレーな!」
またしてもダニエルは陽気に笑った。
「そ、そうですかね」
「だってよ。あんな物作って売ってる時点で専属の魔導師ぐらいいるのかと思うだろ。分野は違うが、同じ商売をやる人間として勉強になるぜ」
「とんでもないです。ありがとうございます」
「それにビーチャム博士のイメージもガラッと変わったぜ」
「それは...どのように?」
「オモシレーのはにーちゃんだけじゃねえってことだ」
どうやら大成とビーチャムは、レストラン店主の中年オヤジのダニエルに、完全に気に入られたらしい。
営業スマイルで社会人らしく対応する大成の後ろで、偏屈な魔導博士は困惑の表情を浮かべていた。
「まっ、仲間には適当に言って待たせておくから、準備できたらまた教えてくれ。ふたりとも頑張れよ」
ダニエルは百パーセントの理解を示した上で、終始快い態度のまま踵を返して帰っていく...と思いきや。
「あっ、そういえば」
突然、何かを思い出して振り返った。
「ダニエルさん?」
「この町の魔導師ギルドのこと、にーちゃんとビーチャム博士は知ってるか?」
「魔導師ギルド、ですか?」
何のことだかわからない大成は、ビーチャムに視線を送った。
「クオリーメンの魔導師ギルドは閉鎖したとバーさんから聞いているが」
ビーチャムが答えると、ダニエルは話を続ける。
「ちょうどおれもついさっき聞いて知ったばかりなんだけどな。再開するらしいんだよ」
「魔導師ギルドが?」
興味を惹かれたらしいビーチャムが大成の傍にやってくる。
ダニエルは頷いてから、おもむろに懐からメモとペンを取り出して何かを書き記した。
「興味があったら行ってみるといい」
大成がメモ用紙を受け取ると、今度こそ「じゃあまたな」とダニエルは背中を見せて立ち去っていった。
大成はメモ用紙を一瞥してから、ビーチャムへ視線を転じる。
「僕はコーヒーを淹れてくる」
ビーチャムは特に何も言及せず、台所へ消えていった。
お互い考えていることは一緒だった。
〔魔法の泉〕である程度は解消できたものの、このまま魔力源をバーバラだけに頼り続けていいものだろうか。
大成はフゥーッと吐息を吐くと、いったん頭を切り替える。
「とりあえず今日は川に行ってくるか」
今は今できることをやる。
それしかない。
魔力源の問題については、次にバーバラが来訪した際、彼女も含めて改めて話し合おう。
「よし。頑張って石を取ってくるぞ」
空の向こうには雨雲が広がっているのが見える
夕方には雨が降るかもしれない。
リアカーを引いた大成は、やや強い風を頬に感じながら、川辺へと急いでいった。
大成が眠い目を擦りながら研究室に入ると、すでにビーチャムはコーヒーをすすっていた。
「やっと起きたか」
「ああ。久しぶりに飲んだからかな。いつもの時間に起きられなかった」
「まあ僕も今さっき起きたばかりだけどな」
「なんだビーチャムもか」
「それでも貴様よりは早い」
このやり取りの不毛さに、ふたりはどちらともなくクスッと吹き出した。
「で、どうするんだ?」
ビーチャムが切り出したのは、今日のことだ。
本来であれば、遅くとも明後日にはバーバラの来訪が予定されていた。
しかし昨夜の手紙によれば、次回の研究所訪問は予定より遅れてしまうという。
「とはいえ、メラパッチン増産の準備をしておかなきゃならないことには変わりない。だから今日は石を取りに行くよ」
今できることはそれしかなかった。
あるいは金もできたし、別の魔導師に依頼してみるか?
そうも考えたが、相応しい選択とは思えない。
コストの問題じゃない。
それをやるなら事前にバーバラへ伝えるべきだ。
できるなら手紙でもなく、会って直接に。
もちろんバーバラとビーチャムは懇意の間柄なので、理解はしてもらえるだろう。
それでも、スジの通らない不義理に思えるような行為は、大成の選択肢にはなりえなかった。
「とりあえず、俺は川辺に行ってくるよ」
「僕は行かなくていいのか?」
「もうどんな石が良いのかはわかってるから大丈夫だ。また急な来客があるかもしれないからビーチャムはここにいてくれ」
そう言ってちょうど大成がドアを開けて出かけようとした矢先。
「あっ」
大成の正面に、見たことがある顔のガタイの良い中年オヤジが立っていた。
「お、にーちゃん。外出か?」
「レストランのダニエルさん?」
「追加のメラパッチンが欲しくて今日は来たんだ」
言っているそばからの来客だった。
レストランのダニエルは、二日前の夜に再訪し、メラパッチンの本製品版を買ってもらっていた。
迷うことなく本製品版を購入してくれた良客だ。
試供品を持っていった初回訪問の時の、出会い頭の当たりのキツさが嘘のようだった。
今では明らかに大成へ好感を抱いている。
「タイミング悪かったか?」
ダニエルが言うと、大成はいえいえと手を横に振ってから、本題に切り出した。
「メラパッチンが追加で欲しいということですね?」
「ああ。実は昨日、他の町にいる商売仲間の連中がうちに寄って来てな。その時にメラパッチンの話をしたら興味を持って、厨房で実際に見せてやったらよ。おれも欲しいおれも欲しいってなってさ」
ダニエルは陽気に笑ってからこう付け加えた。
「どいつもきっとイイ客になってくれるぜ?」
ダニエルの笑顔を見ながら大成は思った。
良いお客様は貴方ですよ、と。
それからこうも考える。
変に誤魔化さず、誠意を持ってちゃんと事情を説明しておいた方がいいと。
「ダニエルさん。実は......」
そして大成の説明をひと通り聞いたダニエルから返ってきた言葉は、意外なものだった。
「てゆーかよ。魔力も無いのに独自の魔導具作って売ってるって、やっぱにーちゃんはマジでオモシレーな!」
またしてもダニエルは陽気に笑った。
「そ、そうですかね」
「だってよ。あんな物作って売ってる時点で専属の魔導師ぐらいいるのかと思うだろ。分野は違うが、同じ商売をやる人間として勉強になるぜ」
「とんでもないです。ありがとうございます」
「それにビーチャム博士のイメージもガラッと変わったぜ」
「それは...どのように?」
「オモシレーのはにーちゃんだけじゃねえってことだ」
どうやら大成とビーチャムは、レストラン店主の中年オヤジのダニエルに、完全に気に入られたらしい。
営業スマイルで社会人らしく対応する大成の後ろで、偏屈な魔導博士は困惑の表情を浮かべていた。
「まっ、仲間には適当に言って待たせておくから、準備できたらまた教えてくれ。ふたりとも頑張れよ」
ダニエルは百パーセントの理解を示した上で、終始快い態度のまま踵を返して帰っていく...と思いきや。
「あっ、そういえば」
突然、何かを思い出して振り返った。
「ダニエルさん?」
「この町の魔導師ギルドのこと、にーちゃんとビーチャム博士は知ってるか?」
「魔導師ギルド、ですか?」
何のことだかわからない大成は、ビーチャムに視線を送った。
「クオリーメンの魔導師ギルドは閉鎖したとバーさんから聞いているが」
ビーチャムが答えると、ダニエルは話を続ける。
「ちょうどおれもついさっき聞いて知ったばかりなんだけどな。再開するらしいんだよ」
「魔導師ギルドが?」
興味を惹かれたらしいビーチャムが大成の傍にやってくる。
ダニエルは頷いてから、おもむろに懐からメモとペンを取り出して何かを書き記した。
「興味があったら行ってみるといい」
大成がメモ用紙を受け取ると、今度こそ「じゃあまたな」とダニエルは背中を見せて立ち去っていった。
大成はメモ用紙を一瞥してから、ビーチャムへ視線を転じる。
「僕はコーヒーを淹れてくる」
ビーチャムは特に何も言及せず、台所へ消えていった。
お互い考えていることは一緒だった。
〔魔法の泉〕である程度は解消できたものの、このまま魔力源をバーバラだけに頼り続けていいものだろうか。
大成はフゥーッと吐息を吐くと、いったん頭を切り替える。
「とりあえず今日は川に行ってくるか」
今は今できることをやる。
それしかない。
魔力源の問題については、次にバーバラが来訪した際、彼女も含めて改めて話し合おう。
「よし。頑張って石を取ってくるぞ」
空の向こうには雨雲が広がっているのが見える
夕方には雨が降るかもしれない。
リアカーを引いた大成は、やや強い風を頬に感じながら、川辺へと急いでいった。
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