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ep30 大成の戦略
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二日目の夜になり、空になった布袋と頂き物を乗せたリアカーを引いて、大成は研究所に戻ってきた。
隣にビーチャムもいる。
「ふっふっふ」
大成は妙な微笑をビーチャムへ向ける。
「なんだ」
「まさか本当に最初から最後まで一緒に来てくれるとはな」
「ふん。貴様はビーチャム研究所を名乗って行くんだ。僕としては放っておけるわけないだろう」
「ふっふっふ」
「その気持ち悪い笑いはやめろ」
眉根を寄せるビーチャムを見ながら、大成は少し意外な気がしていた。
ビーチャムの同行を促したのは自分だけど、まさか最後まで付き合ってくれるとは思っていなかった。
「意外と付き合い良いんだな。ビーチャム博士」
「うるさい。早く入るぞ」
つれないビーチャムは大成を置いてさっさと中へ入っていってしまった。
「もうっ。恥ずかしがり屋さんなんだからっ」
よくわからないテンションの大成は、暮れかけた空を見上げてから、玄関口へリアカーを押していった。
本日もありがたく頂戴した食料で夕食を済ませると、大成はデスクに向かって二日分の業務レポートと顧客リストの整理を開始した。
「本当によくやるな」
ビーチャムがコーヒーを片手に覗いてくる。
といっても大成の自室ではない。
ビーチャムがメインで使用している研究室だ。
大成は必ずビーチャムの目の届く場所で〔メラパッチン〕に関する業務を行っていた。
どうしてか?
二人の信頼関係の構築のためだ。
人間同士の関係性は、案外そんなことの蓄積が影響したりする。
だが一方で大成は、松明着火の実演練習はこっそりやった。
この辺り、彼は強かで、抜け目がない。
「ビーチャムも何か気づいたことがあれば忌憚なく言ってくれ」
大成は手を動かしながら言った。
「特にない。僕はほとんど後ろから見ていたぐらいだしな。それに僕の専門は研究であって、営業とやらはタイセーの専門だ」
「専門外だからこそ気づけることもあるだろ?」
これなんだよ、とビーチャムは思う。
大成は柔軟なんだ。
それがおそらく〔魔法の泉〕の発想にも繋がっているんだ。
「本当に貴様は不思議な奴だ」
「それは褒め言葉として受け取っていいのか」
ビーチャムはふっと微かに笑うと、大成がペンを走らせるノートに視線を落とした。
「ひとつひとつ全ての訪問先の記録をまとめているのだな」
「配りながら多少はメモってたけど、ちゃんとまとめておかないと。勢いやノリも大事だけど、闇雲にやってしまうと後に正しい検証ができなくなるからな。
正しい検証ができないと、正しい改善ができない。正しい改善ができないと、正しい施策が打てない。
もちろん時には偶然うまくいってしまうこともある。だけどそれは再現性のない謂わば博打みたいなモノだ。長期的な成功を考えるなら、しっかりと分析しながらやっていかないと。少なくとも俺はそう考えている。とは言っても時間は限られているから全部を完璧にはできないけどな」
ここでビーチャムがふと思う。
「そのわりには見切り発車的にスタートしたようにも思えるが」
「そうか?」
「配り始める前にもっと綿密な計画を立てた方が良かったんじゃないのか?」
大成が顔を上げ、ニヤリする。
「作る前に売れってやつだ」
「作る前に売る?」
「要するに、改善すること前提なんだ。ビーチャムだってトライアンドエラーを繰り返して実験しながら研究を進めていくだろ?」
「ほう」
「逆に最初から完璧にしようとすると、後の様々な状況の変化に対してフレキシブルな対応ができなくなり、うまくいかなくなってしまうんだ。
だから最低限の形(MVP)が出来上がったらまずはスタートしてしまって、そこからは顧客のフィードバックを参考にしながら改善していき商品やサービスを完成させていく......そんな感じかな」
「実際に顧客がどう思うかは顧客に聞いてみないとわからないと」
「いくら自分たちが、これは最高の商品です!最高のサービスです!と言ったところで、結局それを決めるのは顧客側だ。どれだけその商品やサービスを開発するために資金と時間と労力を注ぎ込んでいたとしても関係ない。顧客側にとって価値がなければ、それは価値のないものなんだ。
したがって、市場に出して顧客の反応を見ながら商品やサービスを開発・完成させていけば、取り返しのつかない大失敗は避けられるし、結果的に低コストで開発・完成させることができる」
「なるほど。根拠がしっかりとあるのだな」
「もちろん理論も方法もひとつじゃない。俺が実践している手段は『リーンスタートアップ』というモデルに基づいているけど、それだって批判もある」
「ビジネスというのも中々面白いものだな」
「おっ、ビーチャムも興味持ったか?」
「僕は魔導博士だ。僕が行うのは研究であって商売じゃない」
きっぱりと言い切るビーチャム。
これは誤魔化しではなく本音だ。
確かに大成の語るビジネスの話は興味深いものではある。
しかし、ビーチャムの興味を強く惹いたのはビジネスではなく、徳富大成という人物そのものだった。
隣にビーチャムもいる。
「ふっふっふ」
大成は妙な微笑をビーチャムへ向ける。
「なんだ」
「まさか本当に最初から最後まで一緒に来てくれるとはな」
「ふん。貴様はビーチャム研究所を名乗って行くんだ。僕としては放っておけるわけないだろう」
「ふっふっふ」
「その気持ち悪い笑いはやめろ」
眉根を寄せるビーチャムを見ながら、大成は少し意外な気がしていた。
ビーチャムの同行を促したのは自分だけど、まさか最後まで付き合ってくれるとは思っていなかった。
「意外と付き合い良いんだな。ビーチャム博士」
「うるさい。早く入るぞ」
つれないビーチャムは大成を置いてさっさと中へ入っていってしまった。
「もうっ。恥ずかしがり屋さんなんだからっ」
よくわからないテンションの大成は、暮れかけた空を見上げてから、玄関口へリアカーを押していった。
本日もありがたく頂戴した食料で夕食を済ませると、大成はデスクに向かって二日分の業務レポートと顧客リストの整理を開始した。
「本当によくやるな」
ビーチャムがコーヒーを片手に覗いてくる。
といっても大成の自室ではない。
ビーチャムがメインで使用している研究室だ。
大成は必ずビーチャムの目の届く場所で〔メラパッチン〕に関する業務を行っていた。
どうしてか?
二人の信頼関係の構築のためだ。
人間同士の関係性は、案外そんなことの蓄積が影響したりする。
だが一方で大成は、松明着火の実演練習はこっそりやった。
この辺り、彼は強かで、抜け目がない。
「ビーチャムも何か気づいたことがあれば忌憚なく言ってくれ」
大成は手を動かしながら言った。
「特にない。僕はほとんど後ろから見ていたぐらいだしな。それに僕の専門は研究であって、営業とやらはタイセーの専門だ」
「専門外だからこそ気づけることもあるだろ?」
これなんだよ、とビーチャムは思う。
大成は柔軟なんだ。
それがおそらく〔魔法の泉〕の発想にも繋がっているんだ。
「本当に貴様は不思議な奴だ」
「それは褒め言葉として受け取っていいのか」
ビーチャムはふっと微かに笑うと、大成がペンを走らせるノートに視線を落とした。
「ひとつひとつ全ての訪問先の記録をまとめているのだな」
「配りながら多少はメモってたけど、ちゃんとまとめておかないと。勢いやノリも大事だけど、闇雲にやってしまうと後に正しい検証ができなくなるからな。
正しい検証ができないと、正しい改善ができない。正しい改善ができないと、正しい施策が打てない。
もちろん時には偶然うまくいってしまうこともある。だけどそれは再現性のない謂わば博打みたいなモノだ。長期的な成功を考えるなら、しっかりと分析しながらやっていかないと。少なくとも俺はそう考えている。とは言っても時間は限られているから全部を完璧にはできないけどな」
ここでビーチャムがふと思う。
「そのわりには見切り発車的にスタートしたようにも思えるが」
「そうか?」
「配り始める前にもっと綿密な計画を立てた方が良かったんじゃないのか?」
大成が顔を上げ、ニヤリする。
「作る前に売れってやつだ」
「作る前に売る?」
「要するに、改善すること前提なんだ。ビーチャムだってトライアンドエラーを繰り返して実験しながら研究を進めていくだろ?」
「ほう」
「逆に最初から完璧にしようとすると、後の様々な状況の変化に対してフレキシブルな対応ができなくなり、うまくいかなくなってしまうんだ。
だから最低限の形(MVP)が出来上がったらまずはスタートしてしまって、そこからは顧客のフィードバックを参考にしながら改善していき商品やサービスを完成させていく......そんな感じかな」
「実際に顧客がどう思うかは顧客に聞いてみないとわからないと」
「いくら自分たちが、これは最高の商品です!最高のサービスです!と言ったところで、結局それを決めるのは顧客側だ。どれだけその商品やサービスを開発するために資金と時間と労力を注ぎ込んでいたとしても関係ない。顧客側にとって価値がなければ、それは価値のないものなんだ。
したがって、市場に出して顧客の反応を見ながら商品やサービスを開発・完成させていけば、取り返しのつかない大失敗は避けられるし、結果的に低コストで開発・完成させることができる」
「なるほど。根拠がしっかりとあるのだな」
「もちろん理論も方法もひとつじゃない。俺が実践している手段は『リーンスタートアップ』というモデルに基づいているけど、それだって批判もある」
「ビジネスというのも中々面白いものだな」
「おっ、ビーチャムも興味持ったか?」
「僕は魔導博士だ。僕が行うのは研究であって商売じゃない」
きっぱりと言い切るビーチャム。
これは誤魔化しではなく本音だ。
確かに大成の語るビジネスの話は興味深いものではある。
しかし、ビーチャムの興味を強く惹いたのはビジネスではなく、徳富大成という人物そのものだった。
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