導きの暗黒魔導師

根上真気

文字の大きさ
上 下
70 / 160
異世界の章:第一部 西のキャロル編

ep65 絶望の猫娘

しおりを挟む
 翌日。

 アミーナはキース邸を訪ねていた。
 その日も、空には陰鬱とした雲が重々しく広がっていた。
 
「アミーナちゃん!キースはどうしたの!?」
「おばさん?どうしたって?ウチは今、キースを訪ねて来たんやけど?」

「それがあの子、昨日から帰ってないのよ!?」
「え?ほなどこ行ったんや?」

「それがね?昨日、あの物件行ってくるって言ってから一旦は帰ってきたみたいなんだけれど、それからまたすぐに出て行ってそのまま戻って来ていないのよ!」

「そうなんか!?ほなまた物件行ってあそこで泊まったんかな?」

「わからないけれど...」

「ほんならウチが今から行ってくるわ!」
「...私、警備局に行こうか迷っていたの」

「おばさん!そんな心配せんといて!今からウチがすぐ行ってくるから!」
「アミーナちゃん、お願いね!」

 アミーナはキース邸からタペストリート沿いの物件を目指して勢いよく飛び出した。
 目的地に向かいながら彼女の頭の中には様々な思案が巡ったが、まずは着いてから考えようと直ぐに頭を切り替えた。

 物件前に辿り着く。
 すると、彼女は何かどことなく不自然さを感じた。

 ドアの取手に手をかけると、そのまま扉は開いた。
 鍵は開いている。
 室内を見渡すと、キースの姿はなかった。
 しかし、厨房の奥の方から二人の男が現れる。

「あれ?君は?」
「え?自分らだれ?」

「えっと、僕らは内覧に来た者だけど?」
「内覧?なんで?ここ借り手ついとるよ?」

「え??そんなことないはずだけど?だってさっきここのオーナーに直接聞いたよ?ここ空いてるって」

「は?」

「なんでも、昨日、突然解約されて空き物件になったと聞いたよ?」

「昨日、突然解約!?」
「そう。ところで君は何なの?」

 アミーナは、相手の質問が耳に入らず、口を閉ざして目まぐるしく思考を巡らした。
ーーーえ?どゆことや?解約て?キースがしたんか?え、なにがなんだかわけわからん。ほんで昨日から帰ってへんて。なんなんこれ?ーーー

「?ちょっと君?どうしたの?」

 アミーナは立ち尽くしたまま考え続ける。
 が、すぐに彼女はハッとして、いきなり走り出して物件をバッと飛び出した。
 男達は、突然現れ突然走り去っていった猫娘に呆気に取られた。
「......一体なんだったんだ?」

 アミーナは全速力でキース邸に引き返していた。
 しなやかな尻尾が風を切っている。
 顔には汗が噴き出していた。
「なんやごっつ嫌な予感する。嫌な予感する...!」

 再びキース邸にたどり着いたアミーナは、口で息をしながら乱暴にドンドン!とドアを叩いた。
「おばさん!おばさん!」

 慌てたようにキースの母が扉を開いて出て来る。
「アミーナちゃん?どうしたの?物件に行ってたんじゃなかったの?キースはいたの?」

「おばさん!ごめん!キースの部屋に入るわ!」
「ちょっとアミーナちゃん?」

 アミーナは脇目もくれず勢いよく二階に駆け上がりキースの部屋にバン!と飛び込んだ。
 普段、彼女は、勝手に人の部屋に入り、ましてや他人の部屋を物色するというぶしつけな行為をするなどあり得なかった。
 しかし、平時の常識の枠で収まらない事態であるという事を彼女は本能的に悟っていた。

 彼女は無遠慮にガシャガシャと室内の机や引き出しを掻き回す。
 後から付いてきたキースの母は、アミーナの尋常ならざる様子にただ唖然としていた。
「あ、アミーナちゃん...?」

 アミーナは猛然と立ち入り検査を続ける。
 しばらくすると、彼女は一枚の封筒に入れられた一式の書類を見つけた。
 アミーナは両膝をついて書類を床に広げる。
 書類の一部に、覚えのある文言を見つけた。
 彼女は両手も床につけて、一枚一枚食い入るように目を通す。
 
「こ、これ......なんや?なんなんや?なんやねんこれ!!」

 キースが隠していた秘密が、考えうる限りもっとも最悪の形で、ここに暴露された。
 アミーナは書類を手に取りワナワナと震える。

 部屋の入口で呆然と立っていたキースの母が、明らかに不安定に沈んだ様子のアミーナにおずおずと声をかける。
「アミーナちゃん?一体どうしたの?ねえ?アミーナちゃん?キースは?あの子は?」

 アミーナはキースの母の不安げな声を聞き、正気を取り戻したように広げた書類を忙しく回収して封筒にしまった。
 彼女は、これをキースの母には見せてはいけないと思った。
 いや、本当は見せるべきなのだが(彼女自身もそれをわかってはいたが)、彼女はそう判断した。頭ではなく、感情で。

 アミーナは封筒を持ったまま立ち上がった。
 そして、うつむいたまま何も言わずにキースの母の横を通り過ぎると、一気に部屋を飛び出した!
 階段を勢いよく駆け降りて、あっという間に外へ出て行くアミーナ。
 取り残されたキースの母は、何がなんだかわからず、ただ茫然と立ち尽くすのみだった。

 再びキース邸から飛び出したアミーナは、今度は銀行に向かう。
 彼女の胸騒ぎは、彼女の息の根を止めるかのようにぎゅっと胸を締め付け、呼吸を荒くさせた。
 まるでこの僅かな時間に、あらゆる人生の理不尽を凝縮したかのように。
 アミーナはすでに汗まみれだった。
 彼女は汗だくになり、知りたくない事実を知りにいくために、ひた走る...。


 数刻後......。

 銀行から出て来たアミーナは、すれ違う人の肩にぶつかりながら、タペストリの街を歩いていた。

 俄《にわか》に雨が降り出した。
 彼女はそれに気づかない。
 やがて雨は本降りになる。

 アミーナはずぶ濡れになりながら歩いていた。(手に持った封筒内の書類は不思議と原形をとどめている)

 交差点。
 横から歩いて来た人間に彼女はドンと突き飛ばされた。
 彼女は水たまりにバシャンと尻もちを着いた。

「いたっ!痛い!!」

 雨道に横たわる彼女のしなやかな尻尾が道行く人にグシャッと踏みつけられた。
 彼女は耳を垂らしながら弱々しく立ち上がると、再び生気なくフラフラと歩き出した。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】【勇者】の称号が無かった美少年は王宮を追放されたのでのんびり異世界を謳歌する

雪雪ノ雪
ファンタジー
ある日、突然学校にいた人全員が【勇者】として召喚された。 その召喚に巻き込まれた少年柊茜は、1人だけ【勇者】の称号がなかった。 代わりにあったのは【ラグナロク】という【固有exスキル】。 それを見た柊茜は 「あー....このスキルのせいで【勇者】の称号がなかったのかー。まぁ、ス・ラ・イ・厶・に【勇者】って称号とか合わないからなぁ…」 【勇者】の称号が無かった柊茜は、王宮を追放されてしまう。 追放されてしまった柊茜は、特に慌てる事もなくのんびり異世界を謳歌する..........たぶん….... 主人公は男の娘です 基本主人公が自分を表す時は「私」と表現します

エラーから始まる異世界生活

KeyBow
ファンタジー
45歳リーマンの志郎は本来異世界転移されないはずだったが、何が原因か高校生の異世界勇者召喚に巻き込まれる。 本来の人数より1名増の影響か転移処理でエラーが発生する。 高校生は正常?に転移されたようだが、志郎はエラー召喚されてしまった。 冤罪で多くの魔物うようよするような所に放逐がされ、死にそうになりながら一人の少女と出会う。 その後冒険者として生きて行かざるを得ず奴隷を買い成り上がっていく物語。 某刑事のように”あの女(王女)絶対いずれしょんべんぶっ掛けてやる”事を当面の目標の一つとして。 実は所有するギフトはかなりレアなぶっ飛びな内容で、召喚された中では最強だったはずである。 勇者として活躍するのかしないのか? 能力を鍛え、復讐と色々エラーがあり屈折してしまった心を、召還時のエラーで壊れた記憶を抱えてもがきながら奴隷の少女達に救われるて変わっていく第二の人生を歩む志郎の物語が始まる。 多分チーレムになったり残酷表現があります。苦手な方はお気をつけ下さい。 初めての作品にお付き合い下さい。

【完結】え、別れましょう?

水夏(すいか)
恋愛
「実は他に好きな人が出来て」 「は?え?別れましょう?」 何言ってんだこいつ、とアリエットは目を瞬かせながらも。まあこちらも好きな訳では無いし都合がいいわ、と長年の婚約者(腐れ縁)だったディオルにお別れを申し出た。  ところがその出来事の裏側にはある双子が絡んでいて…?  だる絡みをしてくる美しい双子の兄妹(?)と、のんびりかつ冷静なアリエットのお話。   ※毎度ですが空想であり、架空のお話です。史実に全く関係ありません。 ヨーロッパの雰囲気出してますが、別物です。

前世が最悪の虐待死だったので、今生は思いっきり人生を楽しみます

克全
ファンタジー
アルファポリスオンリー

クラス転移で神様に?

空見 大
ファンタジー
集団転移に巻き込まれ、クラスごと異世界へと転移することになった主人公晴人はこれといって特徴のない平均的な学生であった。 異世界の神から能力獲得について詳しく教えられる中で、晴人は自らの能力欄獲得可能欄に他人とは違う機能があることに気が付く。 そこに隠されていた能力は龍神から始まり魔神、邪神、妖精神、鍛冶神、盗神の六つの神の称号といくつかの特殊な能力。 異世界での安泰を確かなものとして受け入れ転移を待つ晴人であったが、神の能力を手に入れたことが原因なのか転移魔法の不発によりあろうことか異世界へと転生してしまうこととなる。 龍人の母親と英雄の父、これ以上ない程に恵まれた環境で新たな生を得た晴人は新たな名前をエルピスとしてこの世界を生きていくのだった。 現在設定調整中につき最新話更新遅れます2022/09/11~2022/09/17まで予定

強さがすべての魔法学園の最下位クズ貴族に転生した俺、死にたくないからゲーム知識でランキング1位を目指したら、なぜか最強ハーレムの主となった!

こはるんるん
ファンタジー
気づいたら大好きなゲームで俺の大嫌いだったキャラ、ヴァイスに転生してしまっていた。 ヴァイスは伯爵家の跡取り息子だったが、太りやすくなる外れスキル【超重量】を授かったせいで腐り果て、全ヒロインから嫌われるセクハラ野郎と化した。 最終的には魔族に闇堕ちして、勇者に成敗されるのだ。 だが、俺は知っていた。 魔族と化したヴァイスが、作中最強クラスのキャラだったことを。 外れスキル【超重量】の真の力を。 俺は思う。 【超重量】を使って勇者の王女救出イベントを奪えば、殺されなくて済むんじゃないか? 俺は悪行をやめてゲーム知識を駆使して、強さがすべての魔法学園で1位を目指す。

悠々自適な転生冒険者ライフ ~実力がバレると面倒だから周りのみんなにはナイショです~

こばやん2号
ファンタジー
とある大学に通う22歳の大学生である日比野秋雨は、通学途中にある工事現場の事故に巻き込まれてあっけなく死んでしまう。 それを不憫に思った女神が、異世界で生き返る権利と異世界転生定番のチート能力を与えてくれた。 かつて生きていた世界で趣味で読んでいた小説の知識から、自分の実力がバレてしまうと面倒事に巻き込まれると思った彼は、自身の実力を隠したまま自由気ままな冒険者をすることにした。 果たして彼の二度目の人生はうまくいくのか? そして彼は自分の実力を隠したまま平和な異世界生活をおくれるのか!? ※この作品はアルファポリス、小説家になろうの両サイトで同時配信しております。

「クズスキルの偽者は必要無い!」と公爵家を追放されたので、かけがえのない仲間と共に最高の国を作ります

古河夜空
ファンタジー
「お前をルートベルク公爵家から追放する――」それはあまりにも突然の出来事だった。 一五歳の誕生日を明日に控えたレオンは、公爵家を追放されてしまう。魔を制する者“神託の御子”と期待されていた、ルートベルク公爵の息子レオンだったが、『継承』という役立たずのスキルしか得ることができず、神託の御子としての片鱗を示すことが出来なかったため追放されてしまう。 一人、逃げる様に王都を出て行くレオンだが、公爵家の汚点たる彼を亡き者にしようとする、ルートベルク公爵の魔の手が迫っていた。「絶対に生き延びてやる……ッ!」レオンは己の力を全て使い、知恵を絞り、公爵の魔の手から逃れんがために走る。生き延びるため、公爵達を見返すため、自分を信じてくれる者のため。 どれだけ窮地に立たされようとも、秘めた想いを曲げない少年の周りには、人、エルフ、ドワーフ、そして魔族、種族の垣根を越えたかけがえの無い仲間達が集い―― これは、追放された少年が最高の国を作りあげる物語。 ※他サイト様でも掲載しております。

処理中です...