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異世界の章:第一部 魔物の森編
ep35 旅立ち
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魔物の森があった大地は、ただ寂寞と広がっていた。
空には太陽が、ただ無表情に浮かんでいた。
コーロは初めての戦いの緊張と興奮から解放され、一気に疲労し、その場に腰を下ろして足を投げ出していた。
ミッチーはコーロの頭の上をフワフワ浮いていた。
ユイリスは体育座りで、自分の膝を見つめるようにうつむいていた。
コーロとミッチーは時々会話していたが、ユイリスは黙ったままだった。
コーロは思った。
気 ま ず い!
切実に思った。
さすがのミッチーも、今度ばかりは気を遣わざるを得なかった。
ミッチーはコーロの耳元にフワ~っと寄ってきて囁く。
「ちょっとコーロ様!この重たい空気なんとかならないんですか!」
コーロも小声で答える。
「なんとかって...俺、一応それとなく声かけたよ?何度か?でも無反応だし...」
「それはコーロ様が下手クソなんですよ!そんなんだから変な女に金騙し取られるんですよ!」
「ちょっと待て!それ今関係あるか!?なんでここに来て俺の過去を蒸し返すんだ!」
「ああもうコーロ様は!ワタシ、シリアスなの苦手なんですよ!バトルが続くといない者の様になってしまうくらいに!」
「何の話だ!?」
「ほら見てください!傷ついた女の子が目の前で塞ぎ込んでいるんです!何か優しい言葉をかけてあげるのが男ってもんでしょう!?」
「んな事言われても...」
コーロは、改めてユイリスを、遠慮しながらも、しっかりと観察した。
改めて見ると、ユイリスは本当に美しかった。
綺麗な金色の長髪。
凛々しさと可憐さを併せ持つ小さな顔。
鍛錬された中にも女性らしい優しい柔らかさを帯びた細身の身体。
それは勇者というより、ひとりの類い稀な見目麗しい娘だった。
ーーーよく見ると、本当に可愛い女の子だよな。俺より全然年下だよな?これで勇者なんだよな。すごいよなーーー
コーロがそんな事を考えながらユイリスに視線を注いでいると、彼女は体育座りのまま、顔も向けずに、やっと口を開いた。
「......の」
「え?」
コーロは聞き取れない。
「......いるの」
「え?なんて?」
「......いつまでそうしているの?」
「え?」
彼女は、彼がいつまでもこの場から去って行かない事に対して問いかけているのだった。
「なんで、ここを動かないの?」
「なんでって言われても......」
「別に私と貴方は仲間でもない。むしろ敵だったでしょう」
「まあ、そうだけど......」
コーロは言葉に詰まった。
何を言えばいいのかさっぱりわからなかった。
見かねたミッチーがコーロの耳元で小声で非難する。
「ちょっとコーロ様!何か気の利いた事言えないんですか!?ダメ男ですか?ダメ男なんですか!?」
「そんな事言われても、これめっちゃハードル高くないか!?この状況で言える言葉の引き出しなんか俺にはないぞ!?」
コーロとミッチーがごにょごにょごちゃごちゃとやっていると、おもむろにユイリスが語り始めた。
「......私とエヴァンスは、私が十二歳の時からずっと一緒に戦って来たの。辛い時も苦しい時も、手を取り合って、一緒に戦って来たわ。まだ未熟な勇者だった私を支えてもくれた。
そして一年前、遂に私達は魔王を倒した。
......でも、その戦いで、私は勇者としての力の大半を失ってしまった。今では全力で戦えるのはなんとか五分ぐらい。今の私は、本当は勇者なんて言えるシロモノじゃない。
それでも私は、半年前から、それでも勇者として何かできればと、必死に、懸命に駆け回って来た。
そして、さっきの戦い......。
この一年の間に、エヴァンスの心にどんな変化があったのかはわからない。
私はエヴァンスを心から信頼していた。かけがえのない仲間だったの......。
なのに、なぜ、なんであんなことを......。
それに、ヘンドリクスは私の祖国でもあるの。でも、もう戻れない......。
......私は、私は、もうどうすればいいかわからない!わからないの!!」
そこまで言うと、ユイリスは再び体育座りの膝の上に顔を埋めて黙ってしまった。
その身体は微かに震えていた。
コーロは胸に迫る思いがした。
彼も元の世界で、希望を抱いて変わろうとして、その果てに裏切られたばかりだった。絶望したばかりだった。
ゆえに、彼女の悲痛な想いは痛いほどよく理解できた。
いや、むしろ自分のそれなんかよりももっと痛く苦しいものだろうと思った。
そう思うとなおのこと、彼女以上に、彼の胸も痛く苦しくなった。
しかし、だからこそ、彼には彼女に言葉をかけることができなかった。
何を言っても、それが安っぽいものに思えてしまうから......。
......それは、哀しいかな、似たような痛みを抱える、決して無遠慮な優しさを持たない、思慮ある人間同士にありがちな事。互いに誠実であればあるほどに......。
それでも、コーロはユイリスにかける言葉を絞り出そうとした。
言葉は無数にあり、同時に、何も無かった。
彼は諦めずに考えた。
彼はなぜそうするのだろうか。
出会ったばかりの彼女を置いてその場を去る事は簡単なはずだ。
否、彼の魂がそれを許さなかった。
彼は諦めずに考え続けた。
すると、元の世界でのことが思い浮かばれた。
突然別れを告げられ、ちゃんと話をしたくて部屋に押しかけたが、そこはもぬけの殻だった時のこと。
オフィスに戻ったら、彼女の荷物が一切無くなり、口座には一円も残っていなかった時のこと。
誰にも連絡が繋がらなかった時のこと。
夜の公園で一人、絶望していた時のこと。
騙されたと、悟った時のこと。
裏切られたと、悟った時のこと......。
彼は思った。
俺はなんて言われたいだろう?と。
なんて言葉をかけて欲しいだろう?と。
次第に、彼の頭の中は真っ白になってしまった。
だが......
コーロは突然すっくと立ち上がって、うずくまるユイリスの正面に立った。
それからすぐに膝をつくと、彼女の両腕に自分の両の手を添えた。
ユイリスは「??」とびっくりして顔を上げた。
目を合わせるコーロとユイリス。
彼は彼女の美しい目をじっと見つめて、口を開く。
「勇者ユイリス!」
「は、はい...!?」
「一緒に西のキャロル公国に行こう」
「え??」
「俺は導きの欠片を探しに行かなければならないんだ。だから勇者ユイリス、君の力を貸してくれ」
「......なんで、私なの?」
「ユイリスの力が必要なんだ」
「私の...?」
「そう」
「でも、私は......」
「ユイリス。俺は......俺は絶対に裏切らない!!約束する!だから一緒に行こう!」
青ざめていたユイリスの顔に、俄に赤みがさした。
その瞳は、月明かりを照らす夜の湖のように潤んでいた。
ミッチーは、目の前の光景を胸に刻むようにしみじみと眺めていた。
ーーーコーロ様。やはり貴方は選ばれし暗黒魔導師です。
普通、人間には闇の魔力は扱えません。それはなぜか?闇に飲み込まれてしまうから......。
しかし、貴方は違います。たとえ傷つけられても、闇を抱えながらも、傷ついた人に手を差し伸べる事ができます。
そんなコーロ様だからこそ、暗黒魔導師になり得たのですーーー
辺りの時間は止まっているかの様だった。
同時に、すべてが今動き出したかの様だった。
天に浮かぶ太陽は、大地の上に微笑んでいた。
どこまでも続く果てしない空は、若い二人の旅の始まりを告げていた...。
魔物の森編:完
ーーーーーーーーーーーーーーー
ーーーーーーーーーーーーーーー
[作者の言葉]
本話で魔物の森編が完結となります。
ここまで当作品をお読みいただきまして誠にありがとうございます。
なお、今回の話、そして最後のシーンは、ずっと書きたいと思っていたシーンです。
もっと言えば、そのシーンを書きたいがためにこの小説を書き始めたと言っても過言ではありません。
次期シリーズでは、ここまでは今一つ活躍しきれていない主人公もしっかりと活躍するはずです。
仲間に加わった勇者ユイリスのまた違った一面も見られるはずです。
ミッチーは...(笑)。
さらに、新キャラも登場します。
また、世界を取り巻く底知れぬ陰謀も、徐々に明かされて参りますので、どうぞご期待いただければと存じます。
それでは、また次期シリーズでお会いしましょう。
今後ともお付き合いくだされば幸いです。
空には太陽が、ただ無表情に浮かんでいた。
コーロは初めての戦いの緊張と興奮から解放され、一気に疲労し、その場に腰を下ろして足を投げ出していた。
ミッチーはコーロの頭の上をフワフワ浮いていた。
ユイリスは体育座りで、自分の膝を見つめるようにうつむいていた。
コーロとミッチーは時々会話していたが、ユイリスは黙ったままだった。
コーロは思った。
気 ま ず い!
切実に思った。
さすがのミッチーも、今度ばかりは気を遣わざるを得なかった。
ミッチーはコーロの耳元にフワ~っと寄ってきて囁く。
「ちょっとコーロ様!この重たい空気なんとかならないんですか!」
コーロも小声で答える。
「なんとかって...俺、一応それとなく声かけたよ?何度か?でも無反応だし...」
「それはコーロ様が下手クソなんですよ!そんなんだから変な女に金騙し取られるんですよ!」
「ちょっと待て!それ今関係あるか!?なんでここに来て俺の過去を蒸し返すんだ!」
「ああもうコーロ様は!ワタシ、シリアスなの苦手なんですよ!バトルが続くといない者の様になってしまうくらいに!」
「何の話だ!?」
「ほら見てください!傷ついた女の子が目の前で塞ぎ込んでいるんです!何か優しい言葉をかけてあげるのが男ってもんでしょう!?」
「んな事言われても...」
コーロは、改めてユイリスを、遠慮しながらも、しっかりと観察した。
改めて見ると、ユイリスは本当に美しかった。
綺麗な金色の長髪。
凛々しさと可憐さを併せ持つ小さな顔。
鍛錬された中にも女性らしい優しい柔らかさを帯びた細身の身体。
それは勇者というより、ひとりの類い稀な見目麗しい娘だった。
ーーーよく見ると、本当に可愛い女の子だよな。俺より全然年下だよな?これで勇者なんだよな。すごいよなーーー
コーロがそんな事を考えながらユイリスに視線を注いでいると、彼女は体育座りのまま、顔も向けずに、やっと口を開いた。
「......の」
「え?」
コーロは聞き取れない。
「......いるの」
「え?なんて?」
「......いつまでそうしているの?」
「え?」
彼女は、彼がいつまでもこの場から去って行かない事に対して問いかけているのだった。
「なんで、ここを動かないの?」
「なんでって言われても......」
「別に私と貴方は仲間でもない。むしろ敵だったでしょう」
「まあ、そうだけど......」
コーロは言葉に詰まった。
何を言えばいいのかさっぱりわからなかった。
見かねたミッチーがコーロの耳元で小声で非難する。
「ちょっとコーロ様!何か気の利いた事言えないんですか!?ダメ男ですか?ダメ男なんですか!?」
「そんな事言われても、これめっちゃハードル高くないか!?この状況で言える言葉の引き出しなんか俺にはないぞ!?」
コーロとミッチーがごにょごにょごちゃごちゃとやっていると、おもむろにユイリスが語り始めた。
「......私とエヴァンスは、私が十二歳の時からずっと一緒に戦って来たの。辛い時も苦しい時も、手を取り合って、一緒に戦って来たわ。まだ未熟な勇者だった私を支えてもくれた。
そして一年前、遂に私達は魔王を倒した。
......でも、その戦いで、私は勇者としての力の大半を失ってしまった。今では全力で戦えるのはなんとか五分ぐらい。今の私は、本当は勇者なんて言えるシロモノじゃない。
それでも私は、半年前から、それでも勇者として何かできればと、必死に、懸命に駆け回って来た。
そして、さっきの戦い......。
この一年の間に、エヴァンスの心にどんな変化があったのかはわからない。
私はエヴァンスを心から信頼していた。かけがえのない仲間だったの......。
なのに、なぜ、なんであんなことを......。
それに、ヘンドリクスは私の祖国でもあるの。でも、もう戻れない......。
......私は、私は、もうどうすればいいかわからない!わからないの!!」
そこまで言うと、ユイリスは再び体育座りの膝の上に顔を埋めて黙ってしまった。
その身体は微かに震えていた。
コーロは胸に迫る思いがした。
彼も元の世界で、希望を抱いて変わろうとして、その果てに裏切られたばかりだった。絶望したばかりだった。
ゆえに、彼女の悲痛な想いは痛いほどよく理解できた。
いや、むしろ自分のそれなんかよりももっと痛く苦しいものだろうと思った。
そう思うとなおのこと、彼女以上に、彼の胸も痛く苦しくなった。
しかし、だからこそ、彼には彼女に言葉をかけることができなかった。
何を言っても、それが安っぽいものに思えてしまうから......。
......それは、哀しいかな、似たような痛みを抱える、決して無遠慮な優しさを持たない、思慮ある人間同士にありがちな事。互いに誠実であればあるほどに......。
それでも、コーロはユイリスにかける言葉を絞り出そうとした。
言葉は無数にあり、同時に、何も無かった。
彼は諦めずに考えた。
彼はなぜそうするのだろうか。
出会ったばかりの彼女を置いてその場を去る事は簡単なはずだ。
否、彼の魂がそれを許さなかった。
彼は諦めずに考え続けた。
すると、元の世界でのことが思い浮かばれた。
突然別れを告げられ、ちゃんと話をしたくて部屋に押しかけたが、そこはもぬけの殻だった時のこと。
オフィスに戻ったら、彼女の荷物が一切無くなり、口座には一円も残っていなかった時のこと。
誰にも連絡が繋がらなかった時のこと。
夜の公園で一人、絶望していた時のこと。
騙されたと、悟った時のこと。
裏切られたと、悟った時のこと......。
彼は思った。
俺はなんて言われたいだろう?と。
なんて言葉をかけて欲しいだろう?と。
次第に、彼の頭の中は真っ白になってしまった。
だが......
コーロは突然すっくと立ち上がって、うずくまるユイリスの正面に立った。
それからすぐに膝をつくと、彼女の両腕に自分の両の手を添えた。
ユイリスは「??」とびっくりして顔を上げた。
目を合わせるコーロとユイリス。
彼は彼女の美しい目をじっと見つめて、口を開く。
「勇者ユイリス!」
「は、はい...!?」
「一緒に西のキャロル公国に行こう」
「え??」
「俺は導きの欠片を探しに行かなければならないんだ。だから勇者ユイリス、君の力を貸してくれ」
「......なんで、私なの?」
「ユイリスの力が必要なんだ」
「私の...?」
「そう」
「でも、私は......」
「ユイリス。俺は......俺は絶対に裏切らない!!約束する!だから一緒に行こう!」
青ざめていたユイリスの顔に、俄に赤みがさした。
その瞳は、月明かりを照らす夜の湖のように潤んでいた。
ミッチーは、目の前の光景を胸に刻むようにしみじみと眺めていた。
ーーーコーロ様。やはり貴方は選ばれし暗黒魔導師です。
普通、人間には闇の魔力は扱えません。それはなぜか?闇に飲み込まれてしまうから......。
しかし、貴方は違います。たとえ傷つけられても、闇を抱えながらも、傷ついた人に手を差し伸べる事ができます。
そんなコーロ様だからこそ、暗黒魔導師になり得たのですーーー
辺りの時間は止まっているかの様だった。
同時に、すべてが今動き出したかの様だった。
天に浮かぶ太陽は、大地の上に微笑んでいた。
どこまでも続く果てしない空は、若い二人の旅の始まりを告げていた...。
魔物の森編:完
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[作者の言葉]
本話で魔物の森編が完結となります。
ここまで当作品をお読みいただきまして誠にありがとうございます。
なお、今回の話、そして最後のシーンは、ずっと書きたいと思っていたシーンです。
もっと言えば、そのシーンを書きたいがためにこの小説を書き始めたと言っても過言ではありません。
次期シリーズでは、ここまでは今一つ活躍しきれていない主人公もしっかりと活躍するはずです。
仲間に加わった勇者ユイリスのまた違った一面も見られるはずです。
ミッチーは...(笑)。
さらに、新キャラも登場します。
また、世界を取り巻く底知れぬ陰謀も、徐々に明かされて参りますので、どうぞご期待いただければと存じます。
それでは、また次期シリーズでお会いしましょう。
今後ともお付き合いくだされば幸いです。
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