導きの暗黒魔導師

根上真気

文字の大きさ
上 下
39 / 160
異世界の章:第一部 魔物の森編

ep35 旅立ち

しおりを挟む
 魔物の森があった大地は、ただ寂寞せきばくと広がっていた。
 空には太陽が、ただ無表情に浮かんでいた。
 
 コーロは初めての戦いの緊張と興奮から解放され、一気に疲労し、その場に腰を下ろして足を投げ出していた。
 ミッチーはコーロの頭の上をフワフワ浮いていた。
 ユイリスは体育座りで、自分の膝を見つめるようにうつむいていた。

 コーロとミッチーは時々会話していたが、ユイリスは黙ったままだった。
 コーロは思った。

 気 ま ず い!

 切実に思った。
 さすがのミッチーも、今度ばかりは気を遣わざるを得なかった。
 ミッチーはコーロの耳元にフワ~っと寄ってきて囁く。
「ちょっとコーロ様!この重たい空気なんとかならないんですか!」

 コーロも小声で答える。
「なんとかって...俺、一応それとなく声かけたよ?何度か?でも無反応だし...」

「それはコーロ様が下手クソなんですよ!そんなんだから変な女に金騙し取られるんですよ!」

「ちょっと待て!それ今関係あるか!?なんでここに来て俺の過去を蒸し返すんだ!」

「ああもうコーロ様は!ワタシ、シリアスなの苦手なんですよ!バトルが続くといない者の様になってしまうくらいに!」

「何の話だ!?」

「ほら見てください!傷ついた女の子が目の前で塞ぎ込んでいるんです!何か優しい言葉をかけてあげるのが男ってもんでしょう!?」

「んな事言われても...」
 コーロは、改めてユイリスを、遠慮しながらも、しっかりと観察した。
 改めて見ると、ユイリスは本当に美しかった。 
 綺麗な金色の長髪。
 凛々しさと可憐さを併せ持つ小さな顔。
 鍛錬された中にも女性らしい優しい柔らかさを帯びた細身の身体。
 それは勇者というより、ひとりの類い稀な見目麗しい娘だった。

ーーーよく見ると、本当に可愛い女の子だよな。俺より全然年下だよな?これで勇者なんだよな。すごいよなーーー

 コーロがそんな事を考えながらユイリスに視線を注いでいると、彼女は体育座りのまま、顔も向けずに、やっと口を開いた。
「......の」

「え?」 
 コーロは聞き取れない。

「......いるの」
「え?なんて?」
「......いつまでそうしているの?」
「え?」

 彼女は、彼がいつまでもこの場から去って行かない事に対して問いかけているのだった。

「なんで、ここを動かないの?」
「なんでって言われても......」
「別に私と貴方は仲間でもない。むしろ敵だったでしょう」
「まあ、そうだけど......」

 コーロは言葉に詰まった。
 何を言えばいいのかさっぱりわからなかった。

 見かねたミッチーがコーロの耳元で小声で非難する。
「ちょっとコーロ様!何か気の利いた事言えないんですか!?ダメ男ですか?ダメ男なんですか!?」

「そんな事言われても、これめっちゃハードル高くないか!?この状況で言える言葉の引き出しなんか俺にはないぞ!?」

 コーロとミッチーがごにょごにょごちゃごちゃとやっていると、おもむろにユイリスが語り始めた。

「......私とエヴァンスは、私が十二歳の時からずっと一緒に戦って来たの。辛い時も苦しい時も、手を取り合って、一緒に戦って来たわ。まだ未熟な勇者だった私を支えてもくれた。
 そして一年前、遂に私達は魔王を倒した。

 ......でも、その戦いで、私は勇者としての力の大半を失ってしまった。今では全力で戦えるのはなんとか五分ぐらい。今の私は、本当は勇者なんて言えるシロモノじゃない。
 それでも私は、半年前から、それでも勇者として何かできればと、必死に、懸命に駆け回って来た。
 そして、さっきの戦い......。

 この一年の間に、エヴァンスの心にどんな変化があったのかはわからない。
 私はエヴァンスを心から信頼していた。かけがえのない仲間だったの......。
 なのに、なぜ、なんであんなことを......。
 それに、ヘンドリクスは私の祖国でもあるの。でも、もう戻れない......。
 ......私は、私は、もうどうすればいいかわからない!わからないの!!」

 そこまで言うと、ユイリスは再び体育座りの膝の上に顔を埋めて黙ってしまった。
 その身体は微かに震えていた。

 コーロは胸に迫る思いがした。
 彼も元の世界で、希望を抱いて変わろうとして、その果てに裏切られたばかりだった。絶望したばかりだった。
 ゆえに、彼女の悲痛な想いは痛いほどよく理解できた。

 いや、むしろ自分のそれなんかよりももっと痛く苦しいものだろうと思った。
 そう思うとなおのこと、彼女以上に、彼の胸も痛く苦しくなった。
 しかし、だからこそ、彼には彼女に言葉をかけることができなかった。
 何を言っても、それが安っぽいものに思えてしまうから......。

 ......それは、哀しいかな、似たような痛みを抱える、決して無遠慮な優しさを持たない、思慮ある人間同士にありがちな事。互いに誠実であればあるほどに......。

 それでも、コーロはユイリスにかける言葉を絞り出そうとした。
 言葉は無数にあり、同時に、何も無かった。

 彼は諦めずに考えた。
 彼はなぜそうするのだろうか。
 出会ったばかりの彼女を置いてその場を去る事は簡単なはずだ。
 否、彼の魂がそれを許さなかった。

 彼は諦めずに考え続けた。
 すると、元の世界でのことが思い浮かばれた。

 突然別れを告げられ、ちゃんと話をしたくて部屋に押しかけたが、そこはもぬけの殻だった時のこと。
 オフィスに戻ったら、彼女の荷物が一切無くなり、口座には一円も残っていなかった時のこと。
 誰にも連絡が繋がらなかった時のこと。
 夜の公園で一人、絶望していた時のこと。
 騙されたと、悟った時のこと。
 裏切られたと、悟った時のこと......。

 彼は思った。
 俺はなんて言われたいだろう?と。
 なんて言葉をかけて欲しいだろう?と。
 次第に、彼の頭の中は真っ白になってしまった。
 だが......

 コーロは突然すっくと立ち上がって、うずくまるユイリスの正面に立った。
 それからすぐに膝をつくと、彼女の両腕に自分の両の手を添えた。
 ユイリスは「??」とびっくりして顔を上げた。
 目を合わせるコーロとユイリス。
 彼は彼女の美しい目をじっと見つめて、口を開く。

「勇者ユイリス!」
「は、はい...!?」

「一緒に西のキャロル公国に行こう」
「え??」

「俺は導きの欠片を探しに行かなければならないんだ。だから勇者ユイリス、君の力を貸してくれ」

「......なんで、私なの?」
「ユイリスの力が必要なんだ」
「私の...?」
「そう」
「でも、私は......」

「ユイリス。俺は......俺は絶対に裏切らない!!約束する!だから一緒に行こう!」 

 青ざめていたユイリスの顔に、にわかに赤みがさした。
 その瞳は、月明かりを照らす夜の湖のように潤んでいた。

 ミッチーは、目の前の光景を胸に刻むようにしみじみと眺めていた。

ーーーコーロ様。やはり貴方は選ばれし暗黒魔導師です。
 普通、人間には闇の魔力は扱えません。それはなぜか?闇に飲み込まれてしまうから......。
 しかし、貴方は違います。たとえ傷つけられても、闇を抱えながらも、傷ついた人に手を差し伸べる事ができます。
 そんなコーロ様だからこそ、暗黒魔導師になり得たのですーーー

 辺りの時間は止まっているかの様だった。
 同時に、すべてが今動き出したかの様だった。
 天に浮かぶ太陽は、大地の上に微笑んでいた。
 どこまでも続く果てしない空は、若い二人の旅の始まりを告げていた...。



魔物の森編:完
ーーーーーーーーーーーーーーー
ーーーーーーーーーーーーーーー
[作者の言葉]

 本話で魔物の森編が完結となります。
 ここまで当作品をお読みいただきまして誠にありがとうございます。

 なお、今回の話、そして最後のシーンは、ずっと書きたいと思っていたシーンです。
 もっと言えば、そのシーンを書きたいがためにこの小説を書き始めたと言っても過言ではありません。

 次期シリーズでは、ここまでは今一つ活躍しきれていない主人公もしっかりと活躍するはずです。
 仲間に加わった勇者ユイリスのまた違った一面も見られるはずです。
 ミッチーは...(笑)。
 さらに、新キャラも登場します。
 また、世界を取り巻く底知れぬ陰謀も、徐々に明かされて参りますので、どうぞご期待いただければと存じます。

 それでは、また次期シリーズでお会いしましょう。
 今後ともお付き合いくだされば幸いです。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

蘇生魔法を授かった僕は戦闘不能の前衛(♀)を何度も復活させる

フルーツパフェ
大衆娯楽
 転移した異世界で唯一、蘇生魔法を授かった僕。  一緒にパーティーを組めば絶対に死ぬ(死んだままになる)ことがない。  そんな口コミがいつの間にか広まって、同じく異世界転移した同業者(多くは女子)から引っ張りだこに!  寛容な僕は彼女達の申し出に快諾するが条件が一つだけ。 ――実は僕、他の戦闘スキルは皆無なんです  そういうわけでパーティーメンバーが前衛に立って死ぬ気で僕を守ることになる。  大丈夫、一度死んでも蘇生魔法で復活させてあげるから。  相互利益はあるはずなのに、どこか鬼畜な匂いがするファンタジー、ここに開幕。      

【完結】【勇者】の称号が無かった美少年は王宮を追放されたのでのんびり異世界を謳歌する

雪雪ノ雪
ファンタジー
ある日、突然学校にいた人全員が【勇者】として召喚された。 その召喚に巻き込まれた少年柊茜は、1人だけ【勇者】の称号がなかった。 代わりにあったのは【ラグナロク】という【固有exスキル】。 それを見た柊茜は 「あー....このスキルのせいで【勇者】の称号がなかったのかー。まぁ、ス・ラ・イ・厶・に【勇者】って称号とか合わないからなぁ…」 【勇者】の称号が無かった柊茜は、王宮を追放されてしまう。 追放されてしまった柊茜は、特に慌てる事もなくのんびり異世界を謳歌する..........たぶん….... 主人公は男の娘です 基本主人公が自分を表す時は「私」と表現します

クラス転移で無能判定されて追放されたけど、努力してSSランクのチートスキルに進化しました~【生命付与】スキルで異世界を自由に楽しみます~

いちまる
ファンタジー
ある日、クラスごと異世界に召喚されてしまった少年、天羽イオリ。 他のクラスメートが強力なスキルを発現させてゆく中、イオリだけが最低ランクのEランクスキル【生命付与】の持ち主だと鑑定される。 「無能は不要だ」と判断した他の生徒や、召喚した張本人である神官によって、イオリは追放され、川に突き落とされた。 しかしそこで、川底に沈んでいた謎の男の力でスキルを強化するチャンスを得た――。 1千年の努力とともに、イオリのスキルはSSランクへと進化! 自分を拾ってくれた田舎町のアイテムショップで、チートスキルをフル稼働! 「転移者が世界を良くする?」 「知らねえよ、俺は異世界を自由気ままに楽しむんだ!」 追放された少年の第2の人生が、始まる――! ※本作品は他サイト様でも掲載中です。

【R18】童貞のまま転生し悪魔になったけど、エロ女騎士を救ったら筆下ろしを手伝ってくれる契約をしてくれた。

飼猫タマ
ファンタジー
訳あって、冒険者をしている没落騎士の娘、アナ·アナシア。 ダンジョン探索中、フロアーボスの付き人悪魔Bに捕まり、恥辱を受けていた。 そんな折、そのダンジョンのフロアーボスである、残虐で鬼畜だと巷で噂の悪魔Aが復活してしまい、アナ·アナシアは死を覚悟する。 しかし、その悪魔は違う意味で悪魔らしくなかった。 自分の前世は人間だったと言い張り、自分は童貞で、SEXさせてくれたらアナ·アナシアを殺さないと言う。 アナ·アナシアは殺さない為に、童貞チェリーボーイの悪魔Aの筆下ろしをする契約をしたのだった!

フリーター転生。公爵家に転生したけど継承権が低い件。精霊の加護(チート)を得たので、努力と知識と根性で公爵家当主へと成り上がる 

SOU 5月17日10作同時連載開始❗❗
ファンタジー
400倍の魔力ってマジ!?魔力が多すぎて範囲攻撃魔法だけとか縛りでしょ 25歳子供部屋在住。彼女なし=年齢のフリーター・バンドマンはある日理不尽にも、バンドリーダでボーカルからクビを宣告され、反論を述べる間もなくガッチャ切りされそんな失意のか、理不尽に言い渡された残業中に急死してしまう。  目が覚めると俺は広大な領地を有するノーフォーク公爵家の長男の息子ユーサー・フォン・ハワードに転生していた。 ユーサーは一度目の人生の漠然とした目標であった『有名になりたい』他人から好かれ、知られる何者かになりたかった。と言う目標を再認識し、二度目の生を悔いの無いように、全力で生きる事を誓うのであった。 しかし、俺が公爵になるためには父の兄弟である次男、三男の息子。つまり従妹達と争う事になってしまい。 ユーサーは富国強兵を掲げ、先ずは小さな事から始めるのであった。 そんな主人公のゆったり成長期!!

全校転移!異能で異世界を巡る!?

小説愛好家
ファンタジー
全校集会中に地震に襲われ、魔法陣が出現し、眩い光が体育館全体を呑み込み俺は気絶した。 目覚めるとそこは大聖堂みたいな場所。 周りを見渡すとほとんどの人がまだ気絶をしていてる。 取り敢えず異世界転移だと仮定してステータスを開こうと試みる。 「ステータスオープン」と唱えるとステータスが表示された。「『異能』?なにこれ?まぁいいか」 取り敢えず異世界に転移したってことで間違いなさそうだな、テンプレ通り行くなら魔王討伐やらなんやらでめんどくさそうだし早々にここを出たいけどまぁ成り行きでなんとかなるだろ。 そんな感じで異世界転移を果たした主人公が圧倒的力『異能』を使いながら世界を旅する物語。

エラーから始まる異世界生活

KeyBow
ファンタジー
45歳リーマンの志郎は本来異世界転移されないはずだったが、何が原因か高校生の異世界勇者召喚に巻き込まれる。 本来の人数より1名増の影響か転移処理でエラーが発生する。 高校生は正常?に転移されたようだが、志郎はエラー召喚されてしまった。 冤罪で多くの魔物うようよするような所に放逐がされ、死にそうになりながら一人の少女と出会う。 その後冒険者として生きて行かざるを得ず奴隷を買い成り上がっていく物語。 某刑事のように”あの女(王女)絶対いずれしょんべんぶっ掛けてやる”事を当面の目標の一つとして。 実は所有するギフトはかなりレアなぶっ飛びな内容で、召喚された中では最強だったはずである。 勇者として活躍するのかしないのか? 能力を鍛え、復讐と色々エラーがあり屈折してしまった心を、召還時のエラーで壊れた記憶を抱えてもがきながら奴隷の少女達に救われるて変わっていく第二の人生を歩む志郎の物語が始まる。 多分チーレムになったり残酷表現があります。苦手な方はお気をつけ下さい。 初めての作品にお付き合い下さい。

S級パーティを追放された無能扱いの魔法戦士は気ままにギルド職員としてスローライフを送る

神谷ミコト
ファンタジー
【祝!4/6HOTランキング2位獲得】 元貴族の魔法剣士カイン=ポーンは、「誰よりも強くなる。」その決意から最上階と言われる100Fを目指していた。 ついにパーティ「イグニスの槍」は全人未達の90階に迫ろうとしていたが、 理不尽なパーティ追放を機に、思いがけずギルドの職員としての生活を送ることに。 今までのS級パーティとして牽引していた経験を活かし、ギルド業務。ダンジョン攻略。新人育成。そして、学園の臨時講師までそつなくこなす。 様々な経験を糧にカインはどう成長するのか。彼にとっての最強とはなんなのか。 カインが無自覚にモテながら冒険者ギルド職員としてスローライフを送るである。 ハーレム要素多め。 ※隔日更新予定です。10話前後での完結予定で構成していましたが、多くの方に見られているため10話以降も製作中です。 よければ、良いね。評価、コメントお願いします。励みになりますorz 他メディアでも掲載中。他サイトにて開始一週間でジャンル別ランキング15位。HOTランキング4位達成。応援ありがとうございます。 たくさんの誤字脱字報告ありがとうございます。すべて適応させていただきます。 物語を楽しむ邪魔をしてしまい申し訳ないですorz 今後とも応援よろしくお願い致します。

処理中です...