導きの暗黒魔導師

根上真気

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異世界の章:第一部 魔物の森編

ep34 別れ

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 エヴァンスは、しばらく何かを考えながら腕を組んで黙って立っていた。
 しかし、退軍していく兵士達の様子を見て、自分もその場から去ろうとコーロ達に背を向け歩き始めた。

 その瞬間、ユイリスがハッとして、悲痛に叫んだ。
「エヴァンス!どうしてなの!?なんでこんなことをするの!?私達は共に魔王と戦った仲間じゃなかったの!?」

 エヴァンスは振り返った。
 彼の視線の先には、傷ついたユイリスが、倒れそうに、物悲しく立っていた。
 エヴァンスはすぐにまた向き直ると、歩き出しながら言った。
「さようなら。ユイ」

「エヴァンス!待って!!」
 ユイリスの呼びかけは届かなかった。
 彼女は腰が砕けた様にくずおれた。

 エヴァンスは、もう二度と振り返らず、ただ無言の背中を遠ざけていくように歩いていった。......

 コーロは、二人のやり取りを目の当たりにしながらも、これ以上口を挟む事はできなかった。
 ユイリスとエヴァンスの関係性の中身までは知らなかった上、先刻わずかに戦いまたわずかに共闘したユイリスとも初めて会ったばかり(しかもそれは敵として)であったので、なおさらだった。

 ただ、断片的な事からだけでも、ユイリスがかつての仲間に利用され、裏切られたということは、彼にも充分理解できた。
 否、むしろ、彼には充分すぎるほど理解できた。
 なぜなら、この世界に至る前、ほんの少し前に、彼も同じように、利用され、裏切られたばかりだったから......。 

 討伐軍が大人しく引き上げ離れていく一連の同行を確認したレオルドは、コーロとユイリスの元へ歩み寄った。
 レオルドの顔を見て、コーロはたちまち激しい自責の念に駆られる。
「あ、あの、レオルドさん!その...俺...俺がもっとやれていれば...!俺は、結局、なにもできなかった...!せっかくエルフォレス様が色々してくれた事を、無駄にしてしまったんだ......!」
 
 コーロの焦慮と悲嘆に溢れた表情を見て、レオルドは安心させる様に一旦軽く微笑んでから、言葉をかけた。
「兄ちゃんは初めての戦いでよくやったぜ。それにな。エルフォレスの奴は死んじゃいねえ。あいつは最悪の事態も想定して、さっきの魔法を準備していた。それでな。兄ちゃん、これを持ってけ」

 レオルドは一本の小さな羽根をコーロに手渡した。

「あの、レオルドさん。これは......?」

「これはフェアリーデバイス(妖精端末機)だ。これを持っていれば、これからの兄ちゃん達の旅の案内になるだろう。いつになるかはわからねえが、その羽根からお導きがあるはずだ」

「お導き...?」

「あとな。ヘンドリクスには近づくな。程度はわからねえが、この件の深い部分と繋がりがあるのは間違いねえ。いずれは叩かなきゃならねえだろうが、それは今じゃねえ」

 レオルドが発したヘンドリクスの名に反応し、傷ついたユイリスがうつむきながら、絞る様な声を漏らした。
「私は...どうすれば......」

 レオルドは憔悴したユイリスを冷静に見た。
 そのまま何かを考えるレオルド。

 ユイリスはレオルドを見上げ、震える声を上げる。
「レオルド...殿。私が、妖精主様を......その、私のせいで...!」

「......勇者の嬢ちゃんは、オレ達の敵か?」
「え?」
「オレ達は、嬢ちゃんの敵か?」
「ち、違う!...と思う......」

 レオルドはユイリスの様子を見つめながら、落ち着いて言った。
「オレは思い出したんだ。オレはって事をな。タチの悪いそれをな...。
 それに、最後にエルフォレスは、オレに、兄ちゃん達だけでなく、勇者様も助けてあげてくれって言ってたぜ?」

「......妖精主様が!?」
 ユイリスは自らの感情に追いつかず狼狽した。

 レオルドは続ける。
「勇者の嬢ちゃんも、もうヘンドリクスには行かない方がいいな。
 ここからなら......とりあえず西のキャロル公国に行くのがいいかもな。
 知っての通りあそこは商業都市で貿易も盛んで、旅人や冒険者にも過ごしやすい場所だからな」

 レオルドの発言にコーロが少し慌てた調子で口を挟む。
「レオルドさん!こんな言い方、あれだけど......ユイリスは指名手配されたりしないのか!?」

「兄ちゃん。他国ならそれはねえだろう。おそらく、勇者妖精主殺しの件は、対外的には表沙汰にならねえ。
 勇者の問題はデリケートだ。ここまで軍も関わったんだ。明るみになれば、それは他国への弱みにもなりかねねえからな。
 まあ、あんまり小難しい話してもしょうがねえが......」

 おもむろにレオルドは、コーロ達から視線を逸らし、遠くを見るように口を開く。

「兄ちゃん。嬢ちゃん。そして本のネーちゃん。エルフォレスにはああ言われたが、オレはすぐに行って確かめなけりゃならねえことがある。そこはちと遠いからな。悪いが、まあ後はそれ(妖精端末機)が示してくれるだろう」

「行くって......どこに行くんだ!?」
「レオルドさん!一体どちらに!?」
「フっ、まあ、に会いに行って来るのさ」

 レオルドはゆっくりと歩き出しながら、片手を上げて、コーロ達に向かって快活に別れを告げる。
「兄ちゃん!勇者の嬢ちゃん!本のネーちゃん!元気でな!オレはオレのやるべき事をやりに行って来る!だけどな、その内必ず助けに来るぜ!じゃあ、またな!」

 間もなく、レオルドはその場から消える様に、あっという間にいなくなった。
 コーロとユイリスとミッチーの三人を残して......。


 一方、討伐軍は帰還の歩を進めていた。

 副騎士長マイルスはエヴァンスに向かい訊ねる。
「エヴァンス様。本当に勇者はあのままで良いのでしょうか?」

「あれでいいよ。ヘンドリクスからの排斥ができれば十分だ。目的は十分達成された。
 それに勇者の問題は少々厄介だ。だからこそ排斥という形がベストなんだ。
 それに今の彼女がどこに行った所で、あんな残りカスみたいな状態じゃ何もできないだろう」

「確かにそうですね。して、エヴァンス様。なぜ、勇者に対しては魔法を使用して操りながら、兵士達には魔法を使わず、わざわざあのような形で勇者が妖精主殺しの裏切り者という演出をしたのですか?貴方なら、精神魔法を使ってその場の兵士達を洗脳するのも難しくないでしょう?」

「マイルス、君はわかってないね。
 いいかい?魔法による洗脳は、所詮魔法によるものだ。解除魔法で解かれる可能性もある。
 だけどね、魔法を使わないマインドコントロールは違う。
 皆、勝手に自分で判断していると思い込み、勝手に自分を信じ込み、勝手に相手を信じ込み、勝手に自分の判断は正しいと信じ込み、思い込む。
 それが他人の悪意が意図したものであろうとね。目の前にある肝心な事さえ容易に見落として。実に莫迦なものだろ?
 善良な人間ほど堕とすのは簡単さ。だからを集めた訳だけどね。
 僕は賢者と言われる魔導師だが、そういうものは得てして魔法以外による方が強力なんだよ」

 エヴァンスは無関心な目と乾いた表情で静かに冷然と語った。

 マイルスは、エヴァンスに底知れぬ戦慄を覚える。
ーーーこの方は、この冷たい賢者様は、実に賢く、恐ろしい人だーーー
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