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24話 自分なりのブルース
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しかし、そんな自分に、思わぬ出口を見つけるきっかけをくれた意外なものが二つあった。
一つは落語だった。
最初は何気なく興味あって聴いていたのだが、次第に自分でも驚くぐらいに引き込まれていった。
いい落語を聴き終わった後の感覚は、なんというか、落ち込んだ時に何かしらの歌を聴いて励まされた、癒された、その感覚に似ていた。
そこで、自分はなんで落語に魅入られるのかなぁと考えた時、ハッとした。
落語の世界にはダメな人間がいっぱい出てきて、さらには人間のエゴも溢れていて、なのになぜか笑ってしまう。
人間の愚かさ、醜さ、そういったものを一切ごまかさず、しかもそれらを笑いで包んで、なおかつ否定はしていない。
つまり肯定しているのだ。
ユーモアで包んで許してくれているのだ。
人間の未熟さ、不完全さ、どうしようもなさ、世の中の、人生のやりきれなさ。
そういうものを全て笑いにして肯定してくれる落語。そこに自分は魅入られているのだと気づいたのだ。
仕事から疲れて帰ってきて、夜中に一人でヘッドフォンで落語を聴いていると、なんともいえない癒しを僕に与えてくれた。
しかも、逃げではなく、生きる糧として。
落語を聴くと、自分自身や周りの事、日常の様々な事が許せる気分になるのだ。
そして、もう一つはブルース。
ブルースは黒人の苦難の歴史から生まれた音楽で、その過酷な生活、様々な感情、想い、そういったものを何の飾り気もなく、時に力強く、時に悲しく切なく、でもどこか明るく歌っているのだ。
過酷な現実に向き合い、感情をさらけ出し、その全てをブルースに乗せ歌う。
僕はこの「ブルース」に、何かとても不思議な、温かい、全てを包み込んでくれるようなものを感じるのだ。
眠れない夜に聴くブルースは、胸が熱くなり、こんな自分でもいいんだ!と思わせて僕を熱く奮い立たせた。
やがて自分の中で徐々に、理屈だけではなく、感覚として出口が見え始めた。
落語とブルース。この二つがきっかけとなり、それまでも微かに点のようにあってしかし掴めなかったヒント達が、この二つのきっかけとともに一気に線で繋がり始め、やがて自分の中でハッキリとした形を浮かび上がらせた。
「受け入れる事」「許してあげる事」そして「自分なりの肯定」を見出したのだ。
僕は自分が、それまでの人生で向き合っていた自分自身というのは、結局「人から見た自分」だった事に気づいた。
客観的というような意味ではなく、「どう見られるか」が全てだった気がした。
なのでどこかで、本質的な自分を避けていたのだ。
自己嫌悪で苦しく逃げていたのだ。
「本当の意味での自分」が正しくそれで、つまり、「人から見た自分」と「本質的な自分」との矛盾でずっとちぐはぐだったのである。
しかし、自分自身を、現実を、認め、受け入れる、そして自分自身を許してあげる。
これによって、僕は僕を許せるようになった。
悩まなくなった訳ではないが、不器用じゃなくなった訳ではないが、汚い恥ずかしい気持ちがなくなった訳ではないが、許せるのだ。
自分自身の醜さも認め受け入れられるようになったのだ。
開き直りではなく。
自分の中にある闇も、自分を形作る大切な部品なんだと。
「やっかいな闇」も個性なんだと。
己の哀しさも醜さも闇も、落語のように「笑い」に変えられる。
ブルースのように「歌」になる。
人の痛みをわかっていれば、義理と人情さえ守れれば、それでいいと思った。
自分を好きになる、というよりも、ただ未熟な自分を認め受け入れ許そうと思った。
弱い自分を認め受け入れ許そうと思った。
寂しさも孤独も認め受け入れ許そうと思った。
自分を過大評価しない。
期待し過ぎない。
全てをわかり合うとか全てを理解し合うとか、全てを好きになるとかでもなく、排他的にならず、人それぞれと、認め合い、笑いにでき笑い合える事。
兄の事も今となっては、僕は感謝すらしている。
家族の中に兄という立場の人間がいてくれるからこそ、僕はこんな自分勝手に生きていけているんだと。
それに、僕には僕の苦しみがあるように、兄には兄の、僕にはわからない苦しみが、きっとあるんだろう。
僕と兄との関係は相変わらずだが、家族のあり方は様々、家族同士の関係性も人それぞれなんだろう。
色んな事も、いつの日か、笑い話になれば、笑い話にすればいいと思っている。
自分なりの肯定。
みんな辛いんだよ、みたいな、よく世間にあるような、ぼんやりとした、全く当てにならなそうな価値観ではなく、もっとなんというか、人間の本質、本質的、ごまかさず、全てに目を向けた、本当の意味で全部ひっくるめた、ハッキリとした、現実的で、でも温かい、深い、包み込んでくれるような肯定、ブルース。
そう、生きる全てをひっくるめてブルースなんだと。
寂しさもブルース。孤独もブルース。一人ぼっちもブルース。不器用もブルース。要領の悪さもブルース。ダメさもブルース。
どんなに努力してもどうにもならない事もある。
いくらやっても頑張っても報われないものもある。
合わないのはしょうがない。気に入らないのもしょうがない。
しょうがない事もある。しょうがないものはしょうがないんだ。
こんな動きのない、たいした苦労も経験もない、ただ理屈っぽいだけの、実に中途半端な自分の人生も、自分なりのブルースなんだ。
これが自分のブルースなんだ。
だから自分なりのブルースを刻めばいいんだ!
自分なりのブルースを刻むんだ!
ーーーーーーーーーーーーーーー
私はパタンと小説を閉じた。
窓からは斜めに赤い日差しがさしている。
気が付けば夕方になっていた。
彼と私は現在まったく繋がっていない。
どこで何をしているのかも知らない。
一度、人づてに、どこぞの会社で普通に会社員をやっているという話を耳にした事があるが、それ以上の情報は何もない。
彼が当時、どんな想いでこの小説を執筆したのか、私にはわからない。
ただ、おそらく、彼はその時そうしないと前に進めなかったのではないだろうか?
私はもう若くはない。中年である。
しかし、彼のように人生を振り返る気にはなれない。
それ以上に、やらなければならないことがたくさんあるから......。
私は片付けで出たゴミをまとめた。
小説を手に取り、どうしようかと考えたが、とりあえず一旦本棚の隅に差し込むと、私は外出の準備を始めた。
[完]
一つは落語だった。
最初は何気なく興味あって聴いていたのだが、次第に自分でも驚くぐらいに引き込まれていった。
いい落語を聴き終わった後の感覚は、なんというか、落ち込んだ時に何かしらの歌を聴いて励まされた、癒された、その感覚に似ていた。
そこで、自分はなんで落語に魅入られるのかなぁと考えた時、ハッとした。
落語の世界にはダメな人間がいっぱい出てきて、さらには人間のエゴも溢れていて、なのになぜか笑ってしまう。
人間の愚かさ、醜さ、そういったものを一切ごまかさず、しかもそれらを笑いで包んで、なおかつ否定はしていない。
つまり肯定しているのだ。
ユーモアで包んで許してくれているのだ。
人間の未熟さ、不完全さ、どうしようもなさ、世の中の、人生のやりきれなさ。
そういうものを全て笑いにして肯定してくれる落語。そこに自分は魅入られているのだと気づいたのだ。
仕事から疲れて帰ってきて、夜中に一人でヘッドフォンで落語を聴いていると、なんともいえない癒しを僕に与えてくれた。
しかも、逃げではなく、生きる糧として。
落語を聴くと、自分自身や周りの事、日常の様々な事が許せる気分になるのだ。
そして、もう一つはブルース。
ブルースは黒人の苦難の歴史から生まれた音楽で、その過酷な生活、様々な感情、想い、そういったものを何の飾り気もなく、時に力強く、時に悲しく切なく、でもどこか明るく歌っているのだ。
過酷な現実に向き合い、感情をさらけ出し、その全てをブルースに乗せ歌う。
僕はこの「ブルース」に、何かとても不思議な、温かい、全てを包み込んでくれるようなものを感じるのだ。
眠れない夜に聴くブルースは、胸が熱くなり、こんな自分でもいいんだ!と思わせて僕を熱く奮い立たせた。
やがて自分の中で徐々に、理屈だけではなく、感覚として出口が見え始めた。
落語とブルース。この二つがきっかけとなり、それまでも微かに点のようにあってしかし掴めなかったヒント達が、この二つのきっかけとともに一気に線で繋がり始め、やがて自分の中でハッキリとした形を浮かび上がらせた。
「受け入れる事」「許してあげる事」そして「自分なりの肯定」を見出したのだ。
僕は自分が、それまでの人生で向き合っていた自分自身というのは、結局「人から見た自分」だった事に気づいた。
客観的というような意味ではなく、「どう見られるか」が全てだった気がした。
なのでどこかで、本質的な自分を避けていたのだ。
自己嫌悪で苦しく逃げていたのだ。
「本当の意味での自分」が正しくそれで、つまり、「人から見た自分」と「本質的な自分」との矛盾でずっとちぐはぐだったのである。
しかし、自分自身を、現実を、認め、受け入れる、そして自分自身を許してあげる。
これによって、僕は僕を許せるようになった。
悩まなくなった訳ではないが、不器用じゃなくなった訳ではないが、汚い恥ずかしい気持ちがなくなった訳ではないが、許せるのだ。
自分自身の醜さも認め受け入れられるようになったのだ。
開き直りではなく。
自分の中にある闇も、自分を形作る大切な部品なんだと。
「やっかいな闇」も個性なんだと。
己の哀しさも醜さも闇も、落語のように「笑い」に変えられる。
ブルースのように「歌」になる。
人の痛みをわかっていれば、義理と人情さえ守れれば、それでいいと思った。
自分を好きになる、というよりも、ただ未熟な自分を認め受け入れ許そうと思った。
弱い自分を認め受け入れ許そうと思った。
寂しさも孤独も認め受け入れ許そうと思った。
自分を過大評価しない。
期待し過ぎない。
全てをわかり合うとか全てを理解し合うとか、全てを好きになるとかでもなく、排他的にならず、人それぞれと、認め合い、笑いにでき笑い合える事。
兄の事も今となっては、僕は感謝すらしている。
家族の中に兄という立場の人間がいてくれるからこそ、僕はこんな自分勝手に生きていけているんだと。
それに、僕には僕の苦しみがあるように、兄には兄の、僕にはわからない苦しみが、きっとあるんだろう。
僕と兄との関係は相変わらずだが、家族のあり方は様々、家族同士の関係性も人それぞれなんだろう。
色んな事も、いつの日か、笑い話になれば、笑い話にすればいいと思っている。
自分なりの肯定。
みんな辛いんだよ、みたいな、よく世間にあるような、ぼんやりとした、全く当てにならなそうな価値観ではなく、もっとなんというか、人間の本質、本質的、ごまかさず、全てに目を向けた、本当の意味で全部ひっくるめた、ハッキリとした、現実的で、でも温かい、深い、包み込んでくれるような肯定、ブルース。
そう、生きる全てをひっくるめてブルースなんだと。
寂しさもブルース。孤独もブルース。一人ぼっちもブルース。不器用もブルース。要領の悪さもブルース。ダメさもブルース。
どんなに努力してもどうにもならない事もある。
いくらやっても頑張っても報われないものもある。
合わないのはしょうがない。気に入らないのもしょうがない。
しょうがない事もある。しょうがないものはしょうがないんだ。
こんな動きのない、たいした苦労も経験もない、ただ理屈っぽいだけの、実に中途半端な自分の人生も、自分なりのブルースなんだ。
これが自分のブルースなんだ。
だから自分なりのブルースを刻めばいいんだ!
自分なりのブルースを刻むんだ!
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私はパタンと小説を閉じた。
窓からは斜めに赤い日差しがさしている。
気が付けば夕方になっていた。
彼と私は現在まったく繋がっていない。
どこで何をしているのかも知らない。
一度、人づてに、どこぞの会社で普通に会社員をやっているという話を耳にした事があるが、それ以上の情報は何もない。
彼が当時、どんな想いでこの小説を執筆したのか、私にはわからない。
ただ、おそらく、彼はその時そうしないと前に進めなかったのではないだろうか?
私はもう若くはない。中年である。
しかし、彼のように人生を振り返る気にはなれない。
それ以上に、やらなければならないことがたくさんあるから......。
私は片付けで出たゴミをまとめた。
小説を手に取り、どうしようかと考えたが、とりあえず一旦本棚の隅に差し込むと、私は外出の準備を始めた。
[完]
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