中途半端ブルース

根上真気

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22話 陰の覚醒

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 CD制作開始。
 最初はただひたすら作業に没頭していたが、次第にこの作業をやりながら、自分には何が向いているのか、どういうやり方がいいのか、どれに才能があってどれに才能がないのか、など、言ってしまえば将来に関わる事を、さらに言えばアイデンティティーに関わる事を、より深く、現実的に考え始めた。

 それまでもバンド活動で、音楽に思いっきり没頭する事はあったが、今回は一人というのが大きいのか、今までにないくらいにより深く「自分の世界」に入っていってしまった。
 これが自分に、ある変化を与えた。
 簡単に言ってしまうと、一人でいる時の「陰鬱とした自分」が、人といる時にも出てしまうようになったのだ。今までひた隠していた神経質な「陰」の部分が滲み出てしまうのである。
 つまり、隠せなくなってしまったのだ。
 それによってまた新たな、さらに深い、自問自答、自己言及が生じた。

 僕はそれまで、餓死未遂から立ち直って以降は、よほど相性の悪い人以外は、関わる人間とはできるだけまんべんなく楽しげに付き合って来た。
 いつも人を笑わせよう楽しませようと努め、たとえ「それは相手が悪いだろ」というような言葉やリアクションを受けて、内心穏やかではない時も、それは隠し、自分に非があったような感じで、とにかく相手に、周りに気を遣って生きてきた。
 自信のなさや劣等感、そうしていないと嫌われるんじゃないかという不安、気まずさへの恐怖が手伝った部分もあると思う。

 しかし、いくら明るく楽しく盛り上がっても、いざ一人になった途端変に疲れて、さっきのあれは良くなかったんじゃないかとか、あれは失敗だったんじゃないかとか、あれは少し嫌な気持ちにさせてしまったかなとか、あれはウザかったかなとか、よくそういった侘びしい反省をしては一人で身悶えたりした。
 それでも人前では、いつも明るく楽しい人間を、言ってみれば「演じて」きた。
 つまり、ずっと「いい奴になろう」と精進してきたのである。(その「いい奴」の最もたる時期が先の三年間で、つまり自分の「いい奴ピーク」がそこだったのである)

 それが周りにとっても自分にとっても最善な事だと信じ、陰の部分は一切隠ぺいし、それが自分であり自分の生き方だとも思ってきた。
 しかし、その「陰」が表に漏れ始め、その生き方ができなくなった。
 それにより、二つの事、良い事と悪い事が自分の中で起こった。

 まず悪い事は、自分がいざそういうふうになってみると、
「自分は今までこれだけ人に気を遣ってきたのに、自分にはそこまで気を遣ってくれないんだな」「わかってはいたが、一生懸命気遣ってきた相手でも、自分のこういった部分はやっぱり理解できないんだな、いや、というより、理解しようという姿勢すら感じない。何か別の、浅い、自分にとっては不本意な、ありがちな面倒臭いものと一緒にされて片付けられている」
 そういった想いがマグマのように溢れてきて、不満やら怒りやら憤りやら失望やら、そんな鬱屈した気持ちになり、しかし一方で、そういう事を思ってしまった自分が、とても汚くやらしく醜く思え、自己嫌悪と恥ずかしさでいっぱいになり、その混沌とした精神状態で破綻しそうにもなった。
 つまり、僕はいかに自分が、今まで、道化と抑圧に支配されてきた人間であったかを、痛烈に叩きつけられたのである。

 一方、良い事の方はというと、自分の「陰」を多少は認めてくれる、聞く耳を持ってくれる人間を知った事だ。
 自分が思っていたよりも「闇」を抱えていたり、自分とはまた異なった、だけど確かに「陰」を持っていたり、そういう「共感」できる人間が、自分のまわりにも、ほんの僅かでも確かに存在する事がわかったのだ。
 もちろん全てを理解、共感は無理だが、それでも自分が今まで思っていたよりかはずっと、それは可能なんだとわかったのだ。

 散々色々悩んだ結果、僕は、これからはもっと、自分に正直に生きようと決心した。
 この、自分に正直に生きる、という決心は、「信念」のようなものになった。
 だが、この信念は、実は今までも、心の奥に密かに存在していたものだった。
 今までは「いい人」を目指して、その信念を押し殺してきたけど、それはもういい。
 失うものもあるだろうけど、それでもこの想いはもう抑えられない。
 これからはこの信念のもと、自分という人間を表現して戦って行こうと決めたのである。
 そして遂にCDが完成し、もうすっかり暖かい二十九歳の春、またさらなる変化が僕に起こった。
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