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十八話――《依頼と報酬》
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「それにしても、何処まで歩いて行くんだ?」
両手をだらりと降ろし、前屈みになりながらヨタヨタと歩く杏子はとうとう音を上げた。
それもそのはず、少女の後を歩きだしてかれこれ三時間は歩いている。
集合区、《アペル》より南下を始めて一時間。鍾乳洞のような自然迷宮に入ったと思いきや、右往左往しながら平然と進みゆく少女の後を必死になりながらついていく私たちは、既に方向感覚が分からなくなっていた。
鍾乳洞を出た後は、断崖絶壁の道なき山を登り、空が見えないほど生い茂る森林地帯に到着した現在。休憩を求めると言わんばかりに杏子が少女の歩みを止めたのだった。
美兎は杏子の荒れた声を訊き振り返ると、
「もう少し――」
「だーッ! それはさっきから何度も聞いたっつぅの! 何度もな! こちとら素足でず~~っと歩き通しなんだぜ? わかってんのか? まだ着かねぇのなら少しくらい休憩させろっての!」
荒れた声色で溜まりにたまった怒りをぶつける杏子であったが、美兎は小さく溜め息を洩らし、
「分かりました。では、十分ほど休息を取りましょう」
「やっとかよ。それにしても、琴葉や沙織は大丈夫なのか?」
「私は大丈夫だけど、琴葉は限界そうよ?」
チラッと、潤の肩を借りながらヨタヨタと座り込む琴葉は汗をびっしょりと掻いていた。
「俺の心配は無しかよ、ったく」
琴葉の横に粗雑に座りながら愚痴を零す潤。
「男は良いんだよ。それより、何か? あたしらより体力がないとか言いたいのか?」
「お前は口が開くと喧嘩越しだなぁッ⁉ 杏子に休憩なんて必要無いんじゃねぇの?」
「上等だ、ここらあたりでどっちが強いか勝負してやんよ!」
睨み合う二人。
腕をまくし立て、杏子が立ち上がろうとしたその時――
「休息はもういいですか?」
その静かな声色に杏子は「あっ」と我に返ると、慌てて胡坐をかいて座りなおす。
「はぁ……時と場所を考えてよね、杏子」
大木を背に座っていた私は美兎の方へ視線を向け、
「それにしても、後どのくらいでレジスタンスまで到着するのかしら?」
「そうですね。ボクの計算では後一時間ほど歩けば到着すると思います」
「後、一時間……か」
周囲を見渡す限り、ここか何処なのか全く分からない場所にいる私たち。
それを確認するものも無ければ、セントラルタワーの位置すら分からなかった。
でもまぁ、この子に着いて行けば目的地に案内してくれているのだろうけれど、時間が経つにつれて不安が増しているのは私だけ?
潤は紳士的に琴葉のことを心配しているけど、杏子はどんな気持ちなんだろう?
だが、数分ほど胡坐を組んで何か考え込んでいた杏子が立ち上がる。
手を腰に当て、背伸びをして見せると美兎の方へ近づき、
「なぁ、美兎。お前はレジスタンスのメンバーなんだよな?」
歩き続けて三時間。訊く暇がなかったと言えば誤解になるが、私が正に今、聞いてみたかったことを杏子が自然と質問してくれた。
しかし、美兎からは「いいえ、違います」と意外な回答が返ってくるのだった。
その言葉に私、いや、私たち四人。一気に緊張感が高まると同時に美兎を牽制するように距離を取ると、
「テメェ、光一先輩の仲間とか嘘をついてあたしたちを騙していたのか?」
木刀を両手に持ち、美兎に突き付ける杏子は怒っている。
横座りをしていた美兎はキョトンとしながらその場で立ち上がると、パンパンとスカートに付着した埃を払い、
「ボクは単なる協力者。 光一率いるエレフセリアとボクは今、協力関係にあるだけ。だから、とある報酬と引き換えに、君たちをレジスタンスにまで案内しているだけなんだけど?」
「ということは、敵ではないのね?」
「はい。だから、安心して。それと、いちいち細かな事で反応されると手元が狂いそうになります」
シュッと私の右手元を翳め、ナイフが地面に突き刺さった。
咄嗟に視線を降ろした先には迷彩姿をした毒蜘蛛。
エメラルドの双眸が薄っすら濁って見えた。
その時、私は感じた。
多分、この子は心が欠落していると。
だから、表情がぎこちなく、言葉遣いも不安定。
何故、この子がこういう接し方しかできないのか、その真意は不明だけど、あまり深く接してはいけない子なのだと感じた。
休憩が終わり、一時間ほど足場の悪い山道を歩き回った先に見えたのが木造で建築されたと思われる小さな一軒家だった。
その荒廃した家は森の中に隠れ、案内でもされない限り絶対に辿り着くことが出来ない場所であると直感した。
美兎は一軒家の前まで行くと、「少し、待っていてください」と私たちに言い、一人、家の中へ入って行く。
そして、数分後。
美兎と一緒に出てきたのは紛れもなく玖珂塚光一本人だった。
「美兎さん、助かったよ」
「問題ない。これも報酬のため」
二人は入口手前で握手をすると、僅かに光一が美兎にメモ用紙のようなものを手渡している姿が私の目に映った。
美兎が森の中に姿を消したことを確認すると、光一はこちらに向き直し、
「さて、と。よく無事でここまで来てくれた。携帯端末は持っていないよね?」
「ええ、私たちの携帯端末は粉々に壊されたわ。有無も言わさず、ね」
薄ら笑いを見せる私の表情を見て、光一は苦笑いをして見せた。
恐らく、どんな出来事があったのか訊かされているのだろう。
「まぁ、立ち話も何だし、レジスタンスへ案内してから詳しく話を聞こうか」
光一は、おもむろに一軒家の扉を開けると、リビングを通り越して奥の部屋に歩いて行く。
私たちは後を追うように着いて行ったが、案内されたのは八畳ほどの寝室のような場所だった。
「なんだぁ、ここは?」
「こんな狭い場所がレジスタンスなのか?」
杏子の吐き捨てるような言葉を追加するように潤が言う。
「俺たちは用心深いんだ」
そういうと、光一はポケットから取り出した複数個の種類も大きさも違う鍵を部屋の鍵口には見えない丸い穴の中へ的確に通していく。
すると、不思議なことにパズルをするが如く、部屋の入口が消え、床下へ続く隠し通路が出現するのだった。
「一体、どうなってやがる」
杏子の開いた口が塞がらない。
それはその光景を目の当たりにしていた私も同様である。
「さぁ、こっちだ」
手招きをするように光一は私たちを先の見えない暗闇の中へ案内していくのであった。
両手をだらりと降ろし、前屈みになりながらヨタヨタと歩く杏子はとうとう音を上げた。
それもそのはず、少女の後を歩きだしてかれこれ三時間は歩いている。
集合区、《アペル》より南下を始めて一時間。鍾乳洞のような自然迷宮に入ったと思いきや、右往左往しながら平然と進みゆく少女の後を必死になりながらついていく私たちは、既に方向感覚が分からなくなっていた。
鍾乳洞を出た後は、断崖絶壁の道なき山を登り、空が見えないほど生い茂る森林地帯に到着した現在。休憩を求めると言わんばかりに杏子が少女の歩みを止めたのだった。
美兎は杏子の荒れた声を訊き振り返ると、
「もう少し――」
「だーッ! それはさっきから何度も聞いたっつぅの! 何度もな! こちとら素足でず~~っと歩き通しなんだぜ? わかってんのか? まだ着かねぇのなら少しくらい休憩させろっての!」
荒れた声色で溜まりにたまった怒りをぶつける杏子であったが、美兎は小さく溜め息を洩らし、
「分かりました。では、十分ほど休息を取りましょう」
「やっとかよ。それにしても、琴葉や沙織は大丈夫なのか?」
「私は大丈夫だけど、琴葉は限界そうよ?」
チラッと、潤の肩を借りながらヨタヨタと座り込む琴葉は汗をびっしょりと掻いていた。
「俺の心配は無しかよ、ったく」
琴葉の横に粗雑に座りながら愚痴を零す潤。
「男は良いんだよ。それより、何か? あたしらより体力がないとか言いたいのか?」
「お前は口が開くと喧嘩越しだなぁッ⁉ 杏子に休憩なんて必要無いんじゃねぇの?」
「上等だ、ここらあたりでどっちが強いか勝負してやんよ!」
睨み合う二人。
腕をまくし立て、杏子が立ち上がろうとしたその時――
「休息はもういいですか?」
その静かな声色に杏子は「あっ」と我に返ると、慌てて胡坐をかいて座りなおす。
「はぁ……時と場所を考えてよね、杏子」
大木を背に座っていた私は美兎の方へ視線を向け、
「それにしても、後どのくらいでレジスタンスまで到着するのかしら?」
「そうですね。ボクの計算では後一時間ほど歩けば到着すると思います」
「後、一時間……か」
周囲を見渡す限り、ここか何処なのか全く分からない場所にいる私たち。
それを確認するものも無ければ、セントラルタワーの位置すら分からなかった。
でもまぁ、この子に着いて行けば目的地に案内してくれているのだろうけれど、時間が経つにつれて不安が増しているのは私だけ?
潤は紳士的に琴葉のことを心配しているけど、杏子はどんな気持ちなんだろう?
だが、数分ほど胡坐を組んで何か考え込んでいた杏子が立ち上がる。
手を腰に当て、背伸びをして見せると美兎の方へ近づき、
「なぁ、美兎。お前はレジスタンスのメンバーなんだよな?」
歩き続けて三時間。訊く暇がなかったと言えば誤解になるが、私が正に今、聞いてみたかったことを杏子が自然と質問してくれた。
しかし、美兎からは「いいえ、違います」と意外な回答が返ってくるのだった。
その言葉に私、いや、私たち四人。一気に緊張感が高まると同時に美兎を牽制するように距離を取ると、
「テメェ、光一先輩の仲間とか嘘をついてあたしたちを騙していたのか?」
木刀を両手に持ち、美兎に突き付ける杏子は怒っている。
横座りをしていた美兎はキョトンとしながらその場で立ち上がると、パンパンとスカートに付着した埃を払い、
「ボクは単なる協力者。 光一率いるエレフセリアとボクは今、協力関係にあるだけ。だから、とある報酬と引き換えに、君たちをレジスタンスにまで案内しているだけなんだけど?」
「ということは、敵ではないのね?」
「はい。だから、安心して。それと、いちいち細かな事で反応されると手元が狂いそうになります」
シュッと私の右手元を翳め、ナイフが地面に突き刺さった。
咄嗟に視線を降ろした先には迷彩姿をした毒蜘蛛。
エメラルドの双眸が薄っすら濁って見えた。
その時、私は感じた。
多分、この子は心が欠落していると。
だから、表情がぎこちなく、言葉遣いも不安定。
何故、この子がこういう接し方しかできないのか、その真意は不明だけど、あまり深く接してはいけない子なのだと感じた。
休憩が終わり、一時間ほど足場の悪い山道を歩き回った先に見えたのが木造で建築されたと思われる小さな一軒家だった。
その荒廃した家は森の中に隠れ、案内でもされない限り絶対に辿り着くことが出来ない場所であると直感した。
美兎は一軒家の前まで行くと、「少し、待っていてください」と私たちに言い、一人、家の中へ入って行く。
そして、数分後。
美兎と一緒に出てきたのは紛れもなく玖珂塚光一本人だった。
「美兎さん、助かったよ」
「問題ない。これも報酬のため」
二人は入口手前で握手をすると、僅かに光一が美兎にメモ用紙のようなものを手渡している姿が私の目に映った。
美兎が森の中に姿を消したことを確認すると、光一はこちらに向き直し、
「さて、と。よく無事でここまで来てくれた。携帯端末は持っていないよね?」
「ええ、私たちの携帯端末は粉々に壊されたわ。有無も言わさず、ね」
薄ら笑いを見せる私の表情を見て、光一は苦笑いをして見せた。
恐らく、どんな出来事があったのか訊かされているのだろう。
「まぁ、立ち話も何だし、レジスタンスへ案内してから詳しく話を聞こうか」
光一は、おもむろに一軒家の扉を開けると、リビングを通り越して奥の部屋に歩いて行く。
私たちは後を追うように着いて行ったが、案内されたのは八畳ほどの寝室のような場所だった。
「なんだぁ、ここは?」
「こんな狭い場所がレジスタンスなのか?」
杏子の吐き捨てるような言葉を追加するように潤が言う。
「俺たちは用心深いんだ」
そういうと、光一はポケットから取り出した複数個の種類も大きさも違う鍵を部屋の鍵口には見えない丸い穴の中へ的確に通していく。
すると、不思議なことにパズルをするが如く、部屋の入口が消え、床下へ続く隠し通路が出現するのだった。
「一体、どうなってやがる」
杏子の開いた口が塞がらない。
それはその光景を目の当たりにしていた私も同様である。
「さぁ、こっちだ」
手招きをするように光一は私たちを先の見えない暗闇の中へ案内していくのであった。
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