アンダーヒューマン

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十四話――《差異の擦り合わせ》

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 ――――……。

「ちょっと! それって自慢話じゃない!」

 親身になって聞いていた私は、途中から恋バナのような話になっていることに気づくと、声を上げて怒り出す。

「え? あ、そうなりますよね」

 照れるように俯く琴葉は妄想癖があるようだ。

「でもよ? その玖珂塚って奴はなんでまた琴葉を助けてくれたんだ? 乱戦状態だったんだろ?」

 ケロッとした顔で杏子が訊き返す。

「それは……分かりません」

 紳士的な男性に助けられたことを思い出し、顔を紅く染めていた琴葉は急にしょんぼりと肩を竦める。
 その横で、私は琴葉の話を訊きながら『光』と呼ばれた人物について考えていた。

 何処かで訊いたことのある名前。

「玖珂塚……光一」
「沙織、どうした?」

 ボソリと呟く私に杏子が質問をする。
 そして閃いたようにハッと眼を見開くと、人差し指を杏子へ向け、

「玖珂塚光一! 裂真先輩と同期の人でしょ⁉」
「急に、どうした?」

 突如として大声で叫ぶ私の声に驚く杏子は苦笑い。
 しかし、私の心はそれどころではない。
 裂真先輩と出会うことがここにきた理由であり、《目的》でもある。
 そんな状態の私は気持ちを抑えることが出来ず、

「裂真先輩と同期ってことはかなり長い間、この場所に滞在しているってこと! そして何より、もしかすると裂真先輩がいる場所を知っているかもしれない!」

 碧眼を大きく見開き、喜びに満ち溢れた表情を見せる私。
 その勢いに負ける杏子は、そっぽを向いて眼を泳がしながら人差し指で頬を掻きながら、

「お、おぉ……そう、だったっけ?」

 そんな時、今まで姿が見えなかった二階堂潤が手に食料らしきものを入れた袋を持って帰って来た。

「お前ら、朝から元気だな」

 咄嗟に杏子の腕から両手を離す私は腰に手を当てて潤の方へ向き直し、

「ちょっと、あんた。今まで何処へ行っていたのよ! チームを組んだ傍から団体行動が出来ないわけ?」
「ち、ちげぇよ! なんか食っとかないと戦えないだろ? ほら、飯」

 手に持っていた袋を私たちの方へ突きだす潤はムスッとしながらの照れ隠し。

「なんだぁ? やけに気が利くじゃねぇか」

 差し出された袋を受け取る杏子は口元を緩めて袋の中身を覗き込む。
 パンやおにぎり、ペットボトルに入ったスポーツ飲料が人数分。

「ちょっと、潤君。あなた、この持ち運び可能な商品を一体どこで買ってきたの?」
「下の売店だけど?」

 ――は? 売店? この建物の何処かに? 私が持っているガイドブックにはそんな場所何処にも描かれていなかったけれど?

 私は混乱する。もしかして、管理者が事前に手渡してきたガイドブックは個々によって描かれている事柄が違う? そういえば、杏子のガイドブックは見たことがなかったわね。

「ねぇ、杏子。少しだけガイドブック見せてもらっていいかな?」
「ん? ああ、いいぜ」

 私は杏子から手渡されたガイドブックをマジマジと見つめる。そして徐々に怒りが込み上げてくると、ワナワナと憤りを我慢するように自然と両手に力が入ってしまう。

「沙織さん? 大丈夫ですか?」

 琴葉が不安そうに私を見ている。
 杏子と二人きりなら怒鳴り散らしているところだったが、今は冷静を装わなければならないと感じる私は肩の力をゆっくりと抜く。

「ふぅ……、このガイドブック。支給された時点でそれぞれ何処に何が描かれているか、みんな違うのね」
「あ、ほんとだ。描かれているお店も違うし、当然だけど、売っている商品も全てバラバラですね」

 私のガイドブックと杏子のガイドブックを覗き込むように見つめる琴葉。

「何か意図的な、こうしなければならない理由でもあるのでしょうか?」
「分からないわ。私たちはまだ、この世界のことを知らなさすぎる」

 歯がゆい気持ちを押し殺してガイドブックを睨みつける私は、モヤる気持ちを払拭できずにいた。

「んで、どうするんだ? それぞれのガイドブックに四人分の『差異』を、まとめて記すか?」
「そうねぇ……」

 軽く鼻息を鳴らし、口を尖らすようにして考え込んでいると、

「あ、あの……それでしたら、私が四人分のガイドブックを暗記しましょうか?」

 そうだ。琴葉の能力は《記憶》だ。
 いちいち四人分書き記すのも時間がかかって面倒。

「申し訳ないけど、お願いできるかしら?」

 それにしても、どのくらいの時間で暗記することができるのだろう? 確か、ガイドブック一冊、二百五十ページほどあったはず。相違点を探しながらだとかなりの時間を必要とするかもしれない。一時間くらいかしら。などと思っていると――

「暗記出来ました」

 ――はっ? ちょっと早すぎるでしょ?

 琴葉のニッコリとした笑顔に私はタジタジになってしまう。

「は、早かったわね? もう相違点とか整理できたのかしら?」

 まだ十分も経っていないはず。『読む』と言うよりも、『描写』して記憶しているように取れる行動。どうしてこの能力がランク《E》なのか運営に問いただしたいが、私の能力と比べても段違いに使える能力だと思う。

「勿論です。地形やお店、売っている商品やその他、困ったことがあったら何でも言ってください!」

 小柄な両手で拳を作り、胸元でガッツポーズを決める琴葉の表情は真剣。身長百五十センチほどの体躯で普段の三つ編み、眼鏡姿なら女性の私でも抱きしめたいと思うほどの可愛さだ。

「よっしゃ、ほんじゃ早速出稼ぎにでも行きますか?」
「ちょっと、待って」

 背伸びをしながら身体を解す杏子に『待った』をかける私。

「なんだよ、これから戦闘しに行くんじゃないのか?」
「私達は人殺しをするためにこのバトルロワイヤルに参加させられたわけじゃないということを、まず初めに言っていくわ」
「どういうことだ?」
「人殺しをやらなければならない状況下で人を殺してしまったら『管理者の思うつぼ』だと言いたいの。だから、このサバイバルの真意が分かるまで、私達の今後の行動指針はこうよ」


 一、基本的に、人殺しはしない。

 二、相手を先に見つけても、急に相手を襲わない。

 三、可能な限り、友好的に接する。

 四、三が叶う場合、金銭、物品トレード及び互いに知り得ない情報交換を積極的に行う。

 五、襲われることで正当防衛する時に限り、相手を負かし、金銭トレードを行う。

 六、万が一、死に値する身の危険が生じた場合に限り、即時撤退を行う。


「とまぁ、こんなところかしら」
「でもよ、相手が急に襲ってきた場合はどうするんだよ?」

 潤は不服そうにしながら訊き返す。

「そのための私とあなたでしょ。私が未来を予知……して、あなたが周囲を警戒しながら行動すれば、不意打ちはないと思うの」

 自分の能力に憤りを感じ、苦し紛れに話す沙織は無意識に拳を握りしめていた。
 不意に、私の肩に杏子の手が触れる。

「そんなに気負いすんなって。沙織は自分の役割を担っているじゃないか。予知も必要な時になればきっと発動するって」
「そう、よね。――杏子、ありがとう」

 いつも大事な時に心の支えになってくれる杏子。やっぱり私には杏子がいないと『駄目なんだな』とつくづく実感するのであった。
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