アンダーヒューマン

ガム

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四話――《アビス訓練場》

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「うっ……こ、ここは、どこ?」

 意識を取り戻した時には周囲には誰もいなかった。見渡す限り、鉄製の鉄板が幾重にも重なって出来たような建物の中。冷たい牢獄にでも閉じ込められた気持ちになる。

「一体何がどうなっているの?」

 一人呟く私の声は壁に反響して先の見えない通路へと響き渡る。
 体に倦怠感がある、酷い頭痛で頭が割れそうだ。そう思いながら右手を額へと持っていく。

 ――ん? 何、これ?

 自分の服装を確認した。真っ白な長袖長ズボン、そして右の胸元には《E》の文字。明らかに意識を失う前の制服姿ではなくなっていた。

 戸惑いながらも冷え切った壁に手を当てながら立ち上がる。通路は一本道のようだ。しかし、後ろには高さ、幅共に五メートルはありそうな扉が一つ。ドアノブも無ければ、セキュリティ装置もない。押しても引いてもスライドしてもびくともしなかった。

「何よ、これ。ちょっと! 誰か説明して頂戴!」

 扉に向かって大声で叫ぶが、反応はない。こだまする自分の声だけが耳に入ってくる。

「何よ、ここ……」

 再度、ゆっくりと周囲を見渡し、先の見えない通路を見据えると、仕方なく壁際に手を添えながら暗闇へと続いている通路を歩き出す。その足取りは重く、何も分からない恐怖からか、体は徐々に震えはじめていた。

「誰か、いないの?」

 ひたひたと歩く私の脚は素足。鉄製の通路を歩いていく度、冷えた感触が足に伝わってくる。次第に体全体が冷えていく私は無意識に体を守るように両腕を交差していた。

 そんな時だった。先の見えなかった通路の奥から僅かに光が洩れ始める。

 怖がっていた私は徐々にその光の方へ呼び寄せられるが如く誘導されていく。
 行きついた先に待っていたのは千人が入れるほどのだだっ広い大部屋。そこには私と同じような境遇の男女が大勢集められていた。





 

「よう! やっぱりここに来ていると思っていたぜ?」

 人込みの中、一際目立つ長身の女性がこちらに気づくと、笑顔で片手を挙げながら向かってきていた。その声色からして私は瞬時に誰なのか察すると、無意識に瞳から涙が零れ出る。瞳を潤わせながら表情を崩し、慣れ親しんだ優しい声によって不安と恐怖で凍り付いた私の心を溶かしてゆく。

「杏子!」

 私は嬉しさのあまり、彼女の胸に飛び込んだ。

「はははっ、お~、よしよし♪」

 涙ながらに飛びつく私を杏子は子猫が飛び込んできたかのように頭を撫でた。
 安心した私は眼尻から零れ出る涙を細指で拭きとりながら、

「会いたかった」
「それはあたしもだ、沙織」

 細目でニヤリと笑みを浮かべる杏子は私の肩にポンッと手を当てる。

「でも、どうして杏子がここに……?」
「それはこっちの台詞なんだけどな?」

 訊いた私が逆に訊き返される状況。咄嗟なことに私は言葉を詰まらせた。

「どういう、こと?」
 
 小首を傾げる私。
 杏子は「ふぅ」と息を洩らすと、真剣な表情を見せ、

「あの後、沙織が帰ってこないからあたしは紫道に訊いたんだ。『沙織をどこにやった?』てな……」
「うん」
「そしたら何て言ったと思う? 『彼女は特殊要員になるために、先に訓練場へ向かわれた』と言いやがったんだ」

 左の掌に右拳を当て、怒りをあらわにする杏子。

「だから、あたしは紫道に頼み込んだ。『あたしを沙織と同じ場所へ連れて行け』てな」
「どうしてそんな無茶を……」

 杏子はジロリとこちらに視線を向け、「無茶はお前だ、沙織」と私の頭部をチョップした。

「……痛ッ⁉ ――何するのよ?」
「これはあたしを困らせた罰だ」

 上目線で反論していた私は「うっ」と反論できず、恥ずかしくなりながら「ごめん」と小さく呟いた。

「まぁ、いい。次から気を付けてくれさえすればな」

 ポンポンと私の頭を平手で小突く杏子の手には力が入っていない。

「それにしても、沙織はランクいくつになっていたんだ?」

 杏子の言葉にきょとんとしながら首を傾げる。

「ランク? 何の話?」
「お~、どれどれぇ?」

 杏子は腰を折り、前屈みになりながら私の胸元をマジマジと見る。

「ランク《E》か」

 恐らく、私の胸に描かれている文字がランクというやつらしい。

「あたしはランク《A》だぜ?」

 自慢気に杏子は自分の豊潤な胸元を見せびらかしてくる。私の顔に胸を押し当てるように見せてくる杏子。同性なのに急に恥ずかしくなる。

「ちょ、ちょっと。近い、見えてる。見えてるからぁ!」

 咄嗟に杏子の胸から顔を引き離す。

「照れちゃってぇ~、可愛い奴♪」

 杏子は両手を腰に当て、気持ちを切り替えるとにこやかな笑顔から一変。
 眼を細め、周囲を見渡しながら、

「ま、冗談はともかく、ここは恐らくコクーン養成所の地下施設らしいぜ?」
「ここが養成所? なんだか、想像していた所と全く違うんだけど……」
「ああ、あたしも少し前にここに着いたばかりだし、周囲の奴らもあたしら同様に何の情報も与えられずに連れてこられたみたいだな」

 私は杏子の言葉に疑問を感じた。

 ――少し前? 確か、私の方が先に養成所へ連れていかれたよね? ……あれ?

「きょ、杏子。私、かなり長い間、ねてた?」
「ん? ああ、あたしが気づいた時には大勢のやつらが眠りこけていたな。そうか、その時は暗くて気づかなかったが、沙織もその中に混じって眠りこけていたのか。はっはっは」

 その言葉に、私は俯き、顔を真っ赤に染める。

 もしかして、もしかすると、私、いちばん最後に目覚めた、の? 

 そう思うと、胸が張り裂けそうになるほど恥ずかしくなっていく。
 そしてとどめの一撃が私の耳を叩く。

「いいじゃないか、居眠り少女」

 もう、勘弁してほしい。そんなに寝た記憶がないのに。寝起きの頭痛も寝すぎたせいだと思うと恥ずかしさが更に増す。

 それにしても、一体、何のために私たちはここに集められたのだろう? 養成所だから何かの訓練が始まるの? でも、それにしては服装は着替えさせられているし……ん?

「――へっ⁉」

 突如、私は素っ頓狂な声を上げる。隣にいた杏子は私の急な大声に驚く。

「な、なんだぁ? どした?」

 私はわなわなと震えながら顔を両手で隠すように持っていく。

「私たち、なんで着替えているの? ――と、言うか、私を着替えさせたの、誰?」
「そりゃあ、養成所を管理している奴らなんじゃないのか?」
「と、いうことは、何処の誰だか分からない人が寝ている無抵抗の私をすっぽんぽんにして着替えさせたってことでしょ⁉ こんなことが世間一般常識として許されていいの⁉」

 怒涛のように熱弁する私。杏子は顔を引きつりながらも、

「沙織……すっぽんぽんって自分で言って恥ずかしくないのか?」
「そこは強調しなくていいの! 私が言いたいのは――」
「わかった、わかったから少し熱を冷まそうか」

 杏子は私の肩に両手を当て、周囲を見渡すように目線で促す。
 痛いほどに周囲の視線がこちらに向けて体のあちこちに当たる。
 自分の行動、言葉、ボリュームに動作。全てにおいて恥じらうことなく発言していた私は一気に熱が冷めると同時に頭から湯気を出しながら屈みこむ。

 もう、恥ずかしすぎて生きていける気がしない。

 そんな時だった。室内に響き渡るようなアナウンスが聞こえてきたのは。



《お集りの諸君。無事、潜在能力を引き出せたことに私ども一同、賛辞の言葉を捧げよう》



 その言葉に周囲が一気にざわつき始める。

 潜在能力? 一体、どういう……。

 私は一気に不安になり、周囲の人たちと同じように混乱した。



《現在、君たちは養成所地下数キロほど深くに設置してあるセントラルタワーの中にいる。そして、君たちの体の中には我々の実験により作成された精神物質アビスを同意の元、、、、入れさせてもらった。それにより、君たちの体内に存在する潜在能力を引き出し、精神物質と混ざり合うことによって数多なる能力を引き出すことに成功したのである》



 ――なんですって⁉ 寝ている間に私たちの体の中に何か異物を入れ込んだというわけ?

「そ、そんなことが許されるはずが……」

 唐突に私の口から本音が零れ落ちる。
 しかし、太平歴百五十六年の現在。成人した国民全員が接種という形でアビスの入った注射を受けることとなっている。
 それにより、混ざり合ったアビスは唯一無二の《色》に変化し、生活におけるあらゆる面で応用され、個人認証システムとして多種多様に活用されていた。

 だけど、数多なる能力とは何なのか?

 十七年間の生活の中で、様々な大人達と関わってきたが、そんな特殊能力を使うことが出来るなんて聞いた事が無い。

「杏子、これってどういうことなのかな?」

 アナウンスが聴こえる上空へ視線を向け、隣にいる親友に訊き返す。

「さぁな、あたしにはさっぱりだ」

 チラッと視線を杏子の方へずらし、表情を確認した。
 眼を細め、強張っているのが分かる。それは周囲の人たちも同様だった。

「ふ、ふざけるな!」
「一体、どういうことなの⁉」
「アビスっていう武器を使って訓練するんじゃねぇのかよ!」

 男女問わず、遥か上空のアナウンスが聞こえてくる方へ向かって罵声を浴びせる人たち。しかし、アナウンスは止まらない。



《晴れて君たちは、人智を超えた能力を授かったというわけであるが、その能力は様々。地水火風のように自然な能力を扱えるものもいれば、身体強化に特化したものもいる。かといって、全く戦闘に関係の無い能力を獲得したものもいるだろう。

 附いては、君たちの衣服にランクを表示させてもらった。そして、それは現在、君たちの戦闘に使えると思われる能力指数の表示である。要は非戦闘用能力になればなるほど、ランクは下がっていくということである。――均等に能力を分け与える術を持ちえない私どもの技術力の無さを深くお詫び申し上げたい》



 私のランクはE。これっ そう思いながら周囲をキョロキョロと見渡す。て高いの? 低いの? 

 そう思いながら周囲をキョロキョロと見渡す。
 そういえば、杏子はAだったような。
 そんな不安な私を更に助長させる言葉がアナウンスから流れてくる。



《ランクは上位からS、A、B、C、D、Eと六段階に表示されていると思う。個々によって初期段階の能力差はあるものの、今までのデータ上、ランクの低い者が高い者を圧倒したという事例も少なからず、上がってきている。絶望しないでもらいたい》



 要は、ランクが低くても頑張り次第では自分の能力を高めることができるっていうことなのかしら?



《今から君たち同士が戦ってもらうわけではない。今年の実技候補生である君たちは現在三千名ほどいる。この施設では、広大な敷地内で君たち同士が助け合い、能力を練習、又は研究することで使いこなせるように努力してほしい》



 ――直塚中佐が言っていた特殊部隊育成って……こういうこと?

 私は一気に胸が締め付けられる気持ちになった。
 何故なら、今まで頑張ってきた努力が積み木を崩したようにバラバラに地に落ちた気持ちになったからだ。

「ねぇ、杏子……。これって……どういうこと、なの?」

 絞り出すように擦れた声を出す私は顔を歪ませながら辛さを堪える。

「さぁな、あたしにはさっぱり理解できねぇが……この植え付けられた能力を使いこなすことがここでの目的ってことだけは理解できたぜ?」
「まぁ、その通り……なんだけど……」

 杏子の胸に描かれているランクをみると、何処となく理不尽な気持ちになってしまう。



《訓練期間は半年間。サバイバル形式で執り行う。君たちはその期間、自由に訓練し、半年後の試験に向けて切磋琢磨して欲しい》



 私は表情が強張る。そして急に耳鳴りがすると感じると、頭に鈍痛が走る。私はその急激な痛みに耐えきれずに両膝を崩し、両手で頭を抑えながら屈みこんだ。
 目を閉じた私の視界は何故か、目の前が真っ白になる。ザザッというノイズ混じりの音と共にぼんやりとした映像が思考に流れ込んでくる。



 ――ザザッ……。荒野に広がる無数の丘。そこでは人々が鬼の形相で荒れ狂いながら必死に戦う姿が映っていた。ナイフで刺し殺したりする者、銃で発砲する者、はたまた異能の力を行使する者と、周囲には真っ赤な鮮血が絵具で大地を塗るように飛び散っていた。

そこには幾人もの倒れこむ人、人、人。

 気持ちが悪い。
 映像なのに匂いがする。
 錆鉄混じりの紅い液体が視界の僅か数センチ手前でレンズに付着するように飛散する。

 そのおぞましい映像に耐え切れず、閉じた瞳を勢いよく見開くと、全身に汗が噴き出てくると共に無意識に「ハッ、ハッ……」と息を荒らしていた。

「な、に? 今の映像は……?」

 頭の中に刷り込まれていくような感じ。
 気持ち悪くて吐きそうになる。
 起きているのに夢を見ていたの?

 額に手を当て映像の余韻を感じ取る。
 視線を微かに音がする方へ向けると、終了のアナウンスが聴こえてくる。



《……――それでは、サバイバル実施訓練を開始する》



 アナウンスの終了と共に、西側にある巨大なゲートがゆっくりと開き出す。
 その重く閉ざされていた門の隙間から徐々に見えてくる景色を見つめ、私は不安でいっぱいになっていた。
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