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一章

第11話『絶望ニ喰ワレタ』(2/2)

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 口の中は殴られ蹴られすぎて腫れており、血の味しかしない。ところどこにこびりつくどす黒く固まった血は、まるで怨嗟その物が張り付き固まったようにも見えた。

 その状態でもなんとか生きながらえているのは、もう一度ラピスの声を聞きたい。たったそれだけだった。
 心が折れてしまいそうな気持ちをヒロはかろうじて折れないように支えているだけった。

 液体金属を使っての戦闘や、魔人になって狂ったような力を発揮する姿は、今や見る影もない。
 それもそうだ、多少戦闘が出来るようになったと言っても、これまで平穏な世界に生きてきた平均的な大学生なのだ。
 いきなり力を振るって、映画のように脱出劇を繰り広げるなんて現実からはほど遠い。
 ゆえに、明日すら見えない現状にただただヒロは、どす黒い気持ちと何もかも怯えた自分の間に揺れ動いていた。

 心の支えであるラピスの声すら聞けぬ状態で、まるで砂漠に放り出されて、水が一滴もない状態に心は置かれていた。

 ヒロは赤子が母親を求めるかのように、何度も何度も心の中でラピスを求めた。ところが無情にも、その声はラピスへ届かない。
 当然ながらその耳には、別の生き物が中に侵入しようとやってくる。もうヒロには生気が感じないためか、死骸を貪りにきたのかもしれない。

 またしばらくしてからヒロは力なく、声を出していた。
「ラピ……ス。ラ……ピ……ス。いない……か」

 胸の内で蠢く何かがどうしようもなく渦巻いている。
 ため息でもなく、苦しい呼吸でもない。どうにか息だけはできているというところだ。
 
 ――因果応報。
 
 まさにその言葉の通りで、やっちまった過去はどうやっても消せない。
 そしてそれが露見した際はもっと立場が悪い。黙っていたからと言うのもある。

 そもそもヒロは、人ではないといえば確かにそうだ。
 やっぱり俺は……。「誰かに比べて劣る」と言うことなのか。
 
 今言えるのは、単に衝動的にやったことが盛大にバレたと言うだけだ。
 ヒロはそのように思っても、相手が同じだとは限らない。
 むしろ憎悪が増して今か今かと、復讐と憎悪と怨嗟の炎で身を焦がしている状態だろう。

 非常にピンチの中、今もラピスの反応がない。
 俺は一人だ……。魔人化もうまくいかないし、液体金属も動かない。
 どうすれば……いいんだ……。
 ちくしょう、俺はもう……だめかも……しれ……な……い。

 ヒロは打開策も思いつかず、体も思うようにいうことを聞かず絶望に包まれてきた。

 殺される……。狂い……そうだ……。
 そうか……。狂ってしまえば……良いんだ。
 うはははは……。

 窓の無い部屋に閉じ込められてから、どれぐらい経過したのかわからない。
 ふんだんにと言えるほど、複数人からの殴る蹴るの暴行を繰り返し受けて、ぐったりとしていた。

 痛い……。痛い……よ。ラピ……ス。
 ゲホッ! ゲホッ! ゲホッ!
 ヒロは咳とともに、血を吐き出す。
 
 訪れる彼らはなぜか魔力を使わず、自らの手足を使い暴行をすると言う有様だ。

 ヒロは苦しさのあまり、懇願していた。
「殺して……くれ……。頼む……殺してく……れ」

 すると暴行を加えているうちの男一人が、憤怒にかられた顔でいう。
「楽に殺しはしねーよ。俺たちの手足を使って、苦しんでいる実感を、たっぷりと味わってもらわねーとな」

 ヒロははっきりと見えない視界にとらえた男へ再び問う。
「なぜ……。襲って……おきながら……なぜ……」

 するとヒロの言葉でさらに憤慨したのか、さらに殴る蹴るが苛烈になる。
「勘違いすんなよ? お前は殺すために生かされているんだからな?」

 ヒロはももう何も考えられなく、殺害されることを心底願い出た。
「殺……して……くれ……」

 すると今度は、目の前の男は楽しげにいう。
「間も無くだぜ、楽しみにしていろよ?」

 引き続き容赦無く彼らの気が済むまで、殴る蹴るの暴行が繰り返された。
 
 彼らの理由はシンプルで、自分たちの手足で食われた者の無念を晴らしたいというだけだ。
 まだ魔力自体が、借り物の力と言う感覚のようであるらしい。
 容易に手に入れた物は、簡単に手放されるということだろう。

 ゆえに、楽には殺されず苦しみを味合わせるため、彼ら自らの手足を使い暴行が続けられた。

 ただし殴る蹴る以外の拷問をなぜかしないのは、それは彼らが拷問という物自体を理解していないからだろう。
 ゆえに、常に殴る蹴るを死なない程度に繰り返し、苦しませていた。
 恐らくヒロは全身骨折の状態で、痛すぎて声にならない状態だろう。
 地面にうずくまったまま、わずかに出る声で痛みをうめいていた。

 そこにまた複数人が現れ、蹴られても何も動けずそのまま引きずられていく。
 そのままどこかの場所まで引きずられると、うつ伏せのまま両腕と両足、腰と胸それぞれ何かに巻きつけられるとその素材ごと、起きあがらせられた。
 するとちょうど十字架にくくりつけられて、磔にされた状態へとなる。

 目の前にわらわらと人が集まってくると、中央にいる人物がそこのリーダー格らしい。
 その人物はヒロに何かをいうものの、酷くはれた顔と耳から血を流している状態では何も聞こえない。
 
 辛うじてわかったことは、二つ。
 一つは食らったやつの濃厚な魔力の匂いがヒロからすること。
 もう一つは、これから殺すこと。
 
 そして他に何か口上を伝えると、棒切れの先端に包丁やナイフなどがくくりつけてあり、みな各々で突き刺す。
 体は痛みと熱さを感じると同時に、喉奥から何かが込み上げ吐き出した物は大量の血だった。
 身体中からも夥しい血を流す。

 どうやら磔にされ、刺されて死ぬようだ。
 ヒロは自業自得とはいえ、どこか諦めに似た何かを味わっていた。

 ヒロは心の中でいう。
 うっ……。苦しい……。ラピス……。

 ヒロの声はラピスに届かない。
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