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一章

第1話:目撃者

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 ――祇園悠人はプロの手で殺された。

 その日、悠人はいつものように大学のキャンパスを歩いていた。春の温かい日差しが降り注ぎ、新緑がまぶしく輝いていた。友人と笑い合い、講義に出席し、普通の大学生活を送る彼は、自分がその日人生を永遠に変える運命にあるとは思いもしなかった。

 悠人は一風変わった青年だった。幼い頃から近接格闘術に魅了され、三年間の訓練を積み重ねていた。実践の機会はほとんどなかったが、彼にとって格闘技は心の支えであり、日常のストレスを解消する手段でもあった。強さと共に内なる平和を求める思いが彼の心に根付いていた。彼は中背で、長めの黒髪を持ち、鋭い目つきでありながら端正な顔つきが印象的な青年だった。

 その日の授業が終わり、悠人は普段とは違う裏通りを通ることにした。春の風景に誘われ、ちょっとした冒険心が芽生えたのだ。その通りは静かで、冷んやりとした影に覆われ、普段の賑わいからは少し離れた場所にあった。日常からの変化を楽しもうとしていた。

 通りを進むと、何人かの男たちが路地裏で怪しげな取引をしているのに気がついた。高級そうな黒塗りの車が待機しており、ただ者ではない雰囲気を醸し出していた。好奇心に駆られ、彼らの手に持たれたカバンから大量の札束が見え隠れしているのを見てしまった。

 その中に、七三分けの白髪交じりで高級スーツを着た政治家風の男がいた。彼は冷徹な笑みを浮かべ、他の男たちに指示を出していた。彼らは金銭の受け渡しをしているようだった。悠人はその場に凍りつき、何とかその場から逃れようと背を向けた瞬間、「誰だ、そこの君!」と鋭い声が飛んできた。悠人は恐怖に駆られながらも振り返ると、目の前にはその政治家風の男が立っていた。「君、何も見なかったことにしておくのが身のためだよ」と冷たく言われ、悠人はその場から駆け出した。

 逃げる途中で学生証を落としてしまったことに気づかないまま、悠人はアパートに戻った。彼はその日の出来事を振り返り、なぜ自分があんな場面に遭遇してしまったのか、そしてその場での恐怖が何度も頭をよぎった。自分の無力さを痛感し、不安が募った。

 その夜、悠人のアパートに侵入者が現れた。侵入者は昼間に見た取引の関係者であり、悠人の落とした学生証を手がかりに、彼の居場所を突き止めたのだった。侵入者は黒い服装に身を包んだ冷酷な男で、音も立てずに忍び込み、冷たい金属が悠人の胸に突き刺さった。悠人の心には恐怖と絶望が入り混じり、鋭い痛みと熱さに包まれながら、悠人は「力さえあれば……」と呟いた後、意識を失った。

 ――数瞬後。

 悠人が再び目を覚ました時、そこは白一色の異界の地だった。目の前には広がる無限の白い空間があり、どこまでも続くかのような虚無感が彼を包み込んだ。全身が軽く、まるで重力が存在しないかのような感覚に、悠人は自分が生きているのか死んでいるのか分からなくなった。心臓の鼓動は感じられず、息を吸う感覚もなかった。

 悠人は恐怖と混乱に包まれた。見知らぬ場所に投げ出され、何もかもが現実感を欠いている。悠人は声を出したが、その声は反響せず、まるで虚空に吸い込まれるようだった。胸の中で不安と混乱が渦巻いていた。

 悠人は「ここは……どこだ?」と戸惑いながら辺りを見回したが、答えはどこにもなかった。その瞬間、彼の前に銀色の粒子が集まり始めた。粒子は徐々に形を成し、カードの形を取って浮かび上がった。それはまるで彼を待っていたかのように、静かに輝いていた。

 悠人は驚きと恐怖の中で、そのカードに手を伸ばした。指先が触れた瞬間、強烈な光が彼の視界を覆った。眩しさに目を閉じると、頭の中に膨大な情報が流れ込んできた。銀色の粒子がカードから放たれ、彼の身体を包み込み、新たな力が宿る感覚が彼を圧倒した。

 悠人は「一体、何が起きているんだ……?」と混乱と驚愕の中で、自分に宿った力の存在を感じ取った。目の前の光景が変わり始め、次第に異界の地が現実感を帯びてきた。彼は恐怖と興奮が交錯する中で、自分の状況を理解しようと努めた。

 新たな力を得た悠人は、歓喜と戸惑いを同時に感じた。これまでの自分の無力さを思い出し、今こそ何かを変えることができるかもしれないという希望が芽生えた。しかし、その力がもたらす運命に対する不安も湧き上がってきた。

 悠人は「これからどうすればいいんだ……?」と深く考えながら、その白い空間の中で一歩を踏み出した。彼の新たな旅が今、始まろうとしていた。これからの道のりは決して平坦ではないだろうが、悠人は新たな力を持って未来に立ち向かう決意を固めたのだった。
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