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二章:アルベベ王都編(仲間よりレベル上げを……)

第42話『唄』

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 俺は考えていた。
 窓からさす月明かりは、否応無しに俺を孤独にさせる。
 窓から覗く空は、雲一つない快晴で月は満遍なく辺りを照らしていた。
 
 俺が何をしたというのだ。天使たちによってアリッサは死にリムルも死んだ。
 
 理不尽は極まりない。神の御使であるはずの天使が二人を殺した。
 神などいるはずもない。このような仕打ちをするなら、神はすでに死んだも同然だ。
 
 天使を天使たらめているのは単に見かけだけだ。
 神聖なる物は何も備えておらず、似た姿をした人型の魔獣というべきだろう。
 
 俺はすべてを破壊し尽くしたい衝動に駆られていた。
 複数ある衝動は、天使も殺すこと、そして神も殺すことだ。
 それで世界が滅びるなら世界も壊そうと考えてしまう。

 そしてルゥナは、殺意も包み込むようにして、肯定した。
 それでいいのよと。
 
 今は辛うじて白い騎士と赤い騎士の力があるし、とくに赤い騎士の力はかなり強い。
 天使は一匹残らず殲滅をしよう。
 神は見つけ次第だ。
 
 俺が復讐の念を燃やしていると、不意に声をかけられた。
 
 闇精霊のルゥナがそっと寄り添いいう。
 さあ、もうすぐで目を覚ますよと。
 今はまだ寝ているけど間も無く目が覚めるよ。
 
 いつものルゥナらしからぬ態度だ。

 脳裏に聞こえる声は、何を言っているのかわからない。
 俺は今起きているし、目も覚めている。

 リムル、アリッサ……。ふと俺は思い起こす。

 もっと大事にしておくべきだった。
 レベル上げのことばかりを考えていた。
 上がれば次の段階の解放まで近づくし、解放されたらさらに強くなる。
 レベルさえ上がったら、皆を守れるぐらい余裕になるはずだと。
 
 残念なことに思っても、もうすでに遅い。
 守るはずの二人は、すでに眠ってしまった。二度と目を開けることのない永遠の眠りだ。

 いつもだ……。
 
 大事な物はこうして、俺の手から離れていく。
 俺の意思でなく、第三者の悪い影響を被り、悲惨な思いをする。

 奪われた憎しみは……どうしたら……いいんだ。
 すると、不意に老弱男女の声の入り混じる唄が聞こえてきた。
 
 「君は何さ?」「人さ?」
 「人とは何さ?」「魂さ?」
 「魂どこさ?」「天国さ?」
 「天国の花園には天使がおってさ」
 「それを京が狂ってやってさ」
 「煮てさ、焼いてさ、食ってさ」
 「それをこの闇でちょいとかぶせ」

 なんだ、一体なんだというんだ。
 俺はいつの間にか闇の中に一人でいる。
 俺だけに光が当たり、繰り返し先の唄がこだまする。
 
 俺が天国で天使を喰う? 一体何を言っているんだ?
 
 京也は混乱してきた。
 単に妄想で聞こえたのかも知れないと思いつつも、リアルな歌声が脳に響く。

 京也は呆然としていると、唄に紛れて足音が近づいてくる。
 背後から近づくので振り返ると、暗くて見えない。

 でもたしかに、目の前の闇には何かがいる。

「誰だ?」

 すると、血の気がひいた青白い顔のアリッサが、視点の合わない目線で顔を京也に向けてくる。

「なぜ?」

 唐突にアリッサは問いかけてくる。

「アリッサ?」

「どうして、あのような真似したの?」

「え?」

「どうして戦えもしないクセに、前に出たの?」

「あっ……。それは……」

 京也は狼狽えてしまう。当然、自責の念に駆られるような行動をしたのは間違いない。

「ねえ。なんで前に出たの? 離れてっていったよね?」

「あっ……。うぅ……」

 京也はそれ以上答えられなかった。わかっていたのだ自分がおかしくなり、愚かにも無防備な状態で前に出たことも。

 やっと死ねるという、願望から出た動きであったのも。

「すまない……。俺が悪かったんだ……」

 肩を落とす京也へアリッサはさらに近づき囁く。

「ねえ……。見て……」

 俯いた顔を京也は上げると突然、アリッサは背中から剣を突き刺され貫通し流血する。しかも剣が3本とも突き刺さる。
 
 あの時の場面の再現だった。

「俺が……。あの時、余計なことをしなければ……」

「ねえ。よく見て。私はこれで死んだの?」
 
 まるで訴えるような顔つきで、京也の顔を掴んで離さない。
 アリッサは、剣が体に突き刺さったまま、血だらけの手で京也の顔を両手で正面に固定する。

「やめ……。やめて……くれ……。俺が……悪かった」

「私は死んだ。どうして京也は生きているの?」
 
「あっ、アリッ……サが、庇ってくれた……」

 再びうつ向こうとしてもアリッサの両手が顔を固定していて動かせない。

「だよね? でも私は死んだわ」

「すまない……。本当にすまない……」

「ねえもし本当に悪いと思うなら、一緒にいよう? 一人じゃ寂しいわ」

「ああ……」

 京也が、しゃがみ混むと右隣にアリッサが座り込む。
 どういうわけかいつの間にか、左側にはリムルがすわっていた。

 振り向くと、瞳孔が開きっぱなしの状態で京也の顔を覗き込む。

「痛かった……。すごく痛かったよ」

「ああ……。すまないリムル……」

「なんでキョウは何もしてくれなかったの?」

「俺は……。死にたかったんだ」

「そう? なの?」

「ああ。もう疲れたんだ。何もかも……」

 俯くにもリムルの背中から突き刺さった剣が胸の中央から飛び出していた。
 その切っ先を目の当たりにしながら、リムルの表情は笑顔のまま京也に問う。
 
「なら一緒にね、ここにずっといよう? ねえいいでしょ?」

「ああ……」

 何もかも肯定する気になれず、気の無い返事を返す。

「乗り気じゃないの? 死のう? ね?」

 さらに今度は、老弱男女の声が入り混じり、呼びかけてくる。

「殺《や》って嬉しいあの子のリンチ」「負けて悔しいあの子へリンチ」
「ギルドのおばさん、ちょっとおいで」「黒目がいるから来られない」
「マントかぶって、ちょっとおいで」「マントがビリビリ来られない」
「コロシて欲しい」「コロシじゃ分からん」
「シンデが欲しい」「シンデじゃ分からん」
「殺害しましょ」「そうしましょ」
「決ーまった」
「キョウの首が欲しい」「キョウの命が欲しい」

 ジャンケンぽん!

「何だっていうんだよ……」

「ん? キョウ死にたいんだよね?」

「……」

「ねぇ……。死んじゃえば?」

「どうやって?」

「こうやって」

 リムルが京也の首を力一杯締めた。息ができない苦しい。
 本当に苦しくて、もがいていると視界が一瞬白くなり、意識も視界も暗転した。

 しばらくすると、意識が浮上してくる。

 まただ。再び暗闇に一人いる。

 京也だけに光が当たり辺り一体は真っ暗で何も見えない。
 首を絞められて窒息して死んだかと思うと、何事もなかったかのように目が覚めた。
 あれは何だったのか……。今が現実なのか何が何だか、わけがわからない。

 俺はとうとう狂ってしまったのかと、自らの手のひらを眺める。
 するとどうしたことか、俺が馬乗りになってリムルの首を絞めて殺してしまった。

 懸命に心臓マッサージをしても、鼓動音がまるで聞こえない。

 幻影だと頭でわかっているのになぜだ、なぜこのような幻影を見せるのか。
 手に触れる感触はまるで本物だ。

 肩の力を落として、そのまま腰を沈めてリムルに乗っかったまま頬の筋肉が下がり瞬きを忘れるほど硬直してしまう。

「ねぇ? よかった?」

 声がし振り向くとアリッサが妖艶な笑みで近づく。

「なっ……」

「リムル殺ったんでしょ? どう? 他でもないあなたよ?」

「違うんだ! 違う! 幻覚だ!」

 俺は必死に否定をしていた。アリッサはなぜか傷ひとつもない姿だった。

「殺しに何が違うの? ほら手を貸して」

 アリッサは、俺の両手を左右それぞれ掴むと、自身の首に持っていく。

「何をっ。やめるんだ!」

「もっとぉ強くぅ。もっとぉ力を入れてぇ」

 高揚したアリッサは頬を染めて、首を締めるよう京也の手の上からも自ら締め出す。

「やめるんだ! やめてくれ」

「んっんっンンッ」

 俺のももの上に腰掛けているアリッサは、次第に痙攣すると力が抜けて倒れてしまう。

「死んだ……」

 すでに鼓動がとまっていた。

「俺がやったのか、俺が!」

 暗闇は京也を包み込み、笑う。
 京也は、自身にだけ当たる光の一点だけを見ながら、目を見開いたまま、口を開けて頭上を見つめていた。

「殺してくれ……。俺を殺して……」

 気がふれたかのように笑い出し、もうこれ以上笑えないところまで行くと、今まで見かけなかったルゥナが現れた。

 ゆっくりと近づいてくると、突然掴み上げられて手のひらで頬を叩かれる。
 右から左へはたき、手が戻る時に今度は手の甲で左から右へはたき、またさらに右から左へと何度も叩かれた。

「気をもってなんて言わない。ただ、あなたらしくして。今の姿は偽物」

「偽もの……。俺は」

 ルゥナに叩かれたあと、近くにいたリムルの遺体とアリッサの遺体は綺麗さっぱりとなくなっていた。

「目が覚めた? ここの主は陰湿だからね。後であたしがお仕置きしてあげるわ。イヒヒヒ」

「ルゥナ?」

「ようやくお目覚めね? 結構ドツボにハマっていたみたいだけど?」

「ああ。すまない」

「十分頑張ったからご褒美もらわないとね?」

「ご褒美?」

「まずは出ましょ? こんな陰湿なところあたしも嫌いだわ」

 するとルゥナは払い除けるような仕草をすると闇が晴れていく。
 窓からさす日差しはどう見ても昼間だった。

 俺はいつの間にか床に寝ていたようだ。

「寝ていたのか……」

「さあ、行きましょ? 合わせたい人がいるわ」

「会わせたい?」

「ええ、そうよ」

 ルゥナの屈託ない笑顔に心で洗われるような気がした。
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