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奇跡に祝福をⅥ side心律
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強烈な光は直ぐに消えたんだけど、いきなり目を焼く様な光は視力を奪った。何度か瞬きを繰り返し、少しずつ視界が戻ってくる。僕が最初に確認したのは理玖さん。姿を見付けて慌てて駆け寄る。怖いとか言うんじゃなくて凄く不安だったんだ。この光、ただの光じゃないって感じだから。
『やはり、最初に気が付かれましたね』
伯は目を細めて僕を見る。どうして、そんな事を言うんだろう。
『此処はΩの棲家です。Ωでなくては見付けられないものも多いんですよ。ふふ』
伯の表情に僕は背を冷たい何かが駆け抜けて行った。Ωの棲家なら、一体此処で何が行われていたの。
『此処に封じられたΩは妖と交わるのです。そう、私の様な者と、ね』
言っている意味が分からなかった。理解も出来ない。
『それが契約であり、決まり事ですが、いつの頃からか、Ωが捧げられなくなりましてね』
僕は理玖さんに縋った。何となく、僕を捕食しようとしてる気がして。
『やっと、そう思ったのに、そのΩは神の魂を持っている。それは契約の者ではない。神々も巫山戯た真似を』
「どう言う事だ?」
『それを探すのが此処に来た理由でしょうに』
「では、何故その話をしている」
『燈を見付けたからですよ。その燈は本来、Ωの意識を奪い、我々の自由にする為の術ですからね』
え? Ωの意識を奪う? どう言う事?
『ふむ。これは伝えても問題ないでしょうね。この屋敷には多くの妖の魂が込められ、だからこそ、結界を維持していられる。Ωはその結界を維持する妖の慰み者ですよ。本来はね』
ちょっと待って、言い方がおかしい。本来は慰み者。でも、違うって言ってる気がする。
「本来は、とは?」
理玖さんが目を細めて問い掛けた。伯はスッと目を細めると口を噤む。つまり、これから先は話せない。話しちゃいけないんだ。あの燈は無くなっちゃったけど。でも、一つだけ変化があったんだよね。
僕は視線をさっきの壁に向ける。四神の屋敷に掛けられた結界は多分、この国全体に掛けられている結界の術ではないと思う。それは、新しい年の始まりの奉納の舞で完成してると思う。じゃあ、四神の屋敷に掛けられている結界の術は何の為のモノなんだろう。さっきの石の壁一面の紋様は何を意味してるんだろう。さっき伯はΩの意識を奪うモノだって言ってた。でも、何故奪う必要があるんだろう。慰み者ならばそんな必要はないよね。僕には触れられるけど、でも、あの石の壁の紋様は多分、Ωには反応しないと思う。僕は恐る恐るさっきの壁に近づいて触れてみた。そうしたら、今度は波紋が生まれた。え? さっきと反応が逆転してる? 今度は僕が触れられない。じゃあ、理玖さんは触れられるの?
僕は再び書物を必死で読んでいる理玖さんを無理やり立たせて壁の側まで連れて来た。理玖さんは首を傾げてる。
「触ってみて下さい」
「否、さっきは駄目だっただろう?」
「触って下さい」
僕が再び同じ事を言えば、怪訝そうにしながらも触れてくれた。そうしたら、理玖さんの手は壁に触れて、あの燈の閃光で浮かび上がった紋様が忙しく動き出した。でも、理玖さんは見えていないのか首を傾げてる。
「へえ、触れる様になったの?」
朔さんが面白そうに声を掛けて来たけど、僕と、そして伯はじっと壁を見詰めた。紋様が組み上がっていく。時々、僕の耳にカチッとした音が響く。でも、皆んなには聞こえてない。幾度となくカチッとした音が聞こえて、その後、石の壁が唐突に消失した。流石の皆んなも空いた口が塞がらない感じだよね。うん、僕も気持ち分かるよ。
「何がどうなってるんだ?」
「さっきの燈が光を放った後に、この壁一面に紋様がうかびあがったんです」
僕の言葉に皆んなが目を見開いてる。つまり、皆んなにはただの石壁のままだったって事だよね。
「これは何処に通じてるんだ?」
『行けば分かりますよ。知りたい事も、すべて分かるでしょうね』
伯の言葉に息を呑む。もしかして、書物では残されてないの?
ゆっくりと足を踏み入れて、ゆっくりと進む。何があるか分からないから、理玖さんが僕の手を握ってくれてる。理玖さんの肩に居座っている空も気のせいか警戒してるのかな。その後ろから皆んなが続く。床は緩く傾斜していて、下に向かっている様だった。
どれくらい歩いたのかは分からないけど、屋敷からかなり離れたんじゃないかと思う。それでも、敷地内であるとは思うけど。更に開けた場所が現れて、僕は竦み上がった。足元に広がる透明な床。体の震えが止まらなくて、思わず、理玖さんに縋り付いた。この床は良くないモノだ。
「心律?」
『番が大切なら抱き上げた方が良いですよ。失いたくないのであれば』
「どう言う事だ?」
伯はそう言うと、スッと透明な床に足を置いた。床は反応を示し、薄ら発光し始めてる。透明だから硝子かと思ったんだけど違う。
「水晶の床か?」
「これは凄いね。もしかして、屋敷が立ってる理由がこの場所なのでしょうか?」
理玖さんの呟きに、海斗さんが言葉を続けた。よく見ると床にもさっきの石壁の様な紋様が浮かんでる。どうも、理玖さん達には見えてないみたいで。でも、嫌な感じがするのか、僕は理玖さんに子供抱っこされた。ええ、確かに小柄だけど、子供抱っこ……。ちょっと凹むよ。
皆んな伯の後を追って透明な床に足を踏み入れた。結構な広さのある部屋で、多分、部屋の中央に何かが置かれてると思う。伯はそこに向かってるみたいで。少しずつ近づいてくるそれは、徐々に姿がはっきりとしてくる。大きな楕円形の球体で、中に何かが入っている。何が入っているのか気がついた僕は短い悲鳴を上げた。其処には二つの蛇の頭部が収められていた。
「これは……」
理玖さんは絶句してる。まさか、自宅の地下にある屋敷の更に奥まった場所に、どうみても封じられている存在がいたんだもん。そして、僕は気が付いてしまった。Ωは妖達の慰み者。そう言っていたのに、足元に見える姿はただ、其処で眠っている様に見える。身につけているのは白一色の衣装。性別は男女関係ない。でも、Ωであると分かってしまう。僕の視線に気が付いたのか、皆んなが僕の視線の先を追ってくれた。楕円の球体を中心に、水晶の中で眠る様に横たわる無数のΩ。
『Ωには他の二次性徴には無い特殊な力がある』
この世界には男女の他に、α、β、Ωの性がある。絶対多数のβに特別な力はない。αは次に多い性だけどβの十分の一も居なかった筈。そして、Ωは更に少数。そのΩがこの場所で水晶に閉じ込められ眠っている。何となく死んではいないと思う。
『四神の当主には贄の巫女姫と伝えていた様だな。我々の慰み者だと。だが、実際はこの首を封じる役目を担っていた。その役目が此処百年以上前から補充されていない。その意味が理解出来るか?』
「教えられないのではなかったのか?」
伯は目を細めて、笑った様に見えた。そして、その姿が霞の様に消え、目の前に一冊の本が現れる。え? 伯って猫又じゃなかったの?!
「成程。妖そのものを書物にするのか。いや、神もえげつないだろう……」
理玖さん、疲れた様に呟く。その本を手にしたのは海斗さんだった。理玖さんは僕を腕に抱いてるからね。開かれた本の文字に視線を向けたんだけど、僕、すんってなった。だって、読めないんだよ。達筆過ぎて、全く読めません!
「よりによって……っ」
理玖さんの憤りの語尾。
「徹底してるね。まさかの古語。えっと……」
朔さんが珍しく苦笑い。
「頭を四箇所に封じて……」
「鬼門と裏鬼門にそれぞれ四本の首」
え? 四箇所にこの目の前の頭を封じてるって事。鬼門と裏鬼門ってお寺と神社だよね? それぞれ四本の首……。え? 首が八本あるって事?!
「体を中心に封じる、と」
「皇居か」
頭が八つの蛇……、僕でも知ってるよ。八岐大蛇だよね。
「でもこの書き方だと……」
朔さんが首を捻ってる。何か疑問があるのかな?
「周りの邪気を吸収して力にしている。それを阻害する為に分割したとあるけど」
「ああ、頭が八つの魔物は八岐大蛇だが、神話の中ではきちんと退治されている。これはあくまで視認出来るように姿を似せたと考えるのが普通だな」
朔さんの疑問に理玖さんが答える。
「Ωの作用も書いてあるな。基本、Ωは対となるαといる事で有りとあらゆる事に安定するんだが。それは俺達も知識として持ってる」
理玖さんの呟きに三人は頷いた。やっぱり、空斗さんもαなんだね。うん、分かってたけど、はっきりしちゃったね!
「未通のΩは内に結界を形成する?」
「は? 結界を作り出すの?」
理玖さんの疑問に、朔さんが更に疑問を口にする。もしかして、この水晶に閉じ込められているΩって発情期を抑える為に閉じ込められてるの? どう見ても、眠ってる様にしか見えない。何人いるかは分からないけど。長い時の中で、ずっとこの中に閉じ込められてるの。伯は慰み者って言ったけど、本当は全く意味が違うんじゃ。部屋の中央にある楕円の球体の中に閉じ込められてる首が二つ。Ωが補充されなくて、結界が弱くなっていたとしたら。橘くん達四花が邪法に手を染めたのはもしかして、目の前の存在が関係があったりするのかな。もしそうなら、大変な事になってたりしないかな。
「普通に考えて、西條家だけがΩの結界を張っていたとは考えにくい。他の三家と神社仏閣にもΩの結界が使われていたとしたら大変な事だぞ。Ωの数が減り続けてかなりの年数が経ってる。それも十年とかじゃない。おそらく百年単位だ」
「封じられているのが八岐大蛇ではなくとも、それに準ずる何かであった場合、これから起こるのは想像も出来ないっ」
理玖さんが顔色を変えた。うん、僕もそう思う。そして、神々は言ってたんだ。神が人の体に降りたのは今年代はかなりな数だって。それって、国の民の力ではもう、どうにも出来ないから。信心が離れてしまったから。辛うじて、皇家に対する感情に悪感情はない。神格化されているのも昔と違った意味だろうけど消えてはいないと思う。
四花の邪法も国に封じられてる存在が手を伸ばして実現していた事なら、その計画は綿密で、気が遠くなる様な手間が掛かってると思う。神々はきっと知っていた。でも、直接手は貸せなかった。話では細かい事が苦手だって言ってたし。え? 僕、遠い目になるよ。また、すんっ、てなるよ。僕でも気が付くんだから此処にいる四人も直ぐに気が付いた筈。水晶の床に刻まれてる紋様。きっと意味があるんだよね。どうも、見えてるのはΩだけみたいだけど。
「頭が八つとは書かれてますが、八岐大蛇だと断言はしていません。これは、やはり、視認できる様に似せたのではと考えますが」
海斗さんが意見を口にする。
「これだけ厳重に封じているのなら、もしかして、この、目の前に封じられているモノが別の何かを封じている、とは考えられませんか?」
空斗さんが更なる疑問を口にした。わざわざ封じているのだ。簡単に分かる様では困るのではないか。
「古語は何となく読めるけどね。深く掘り下げるには知識が絶対的に足りないね」
朔さんが何故か満面の笑みで空斗さんを見ている。これ、無茶振りしようとしてない。ほら、空斗さんが項垂れたよ。
「持って帰って調べるわけにはいかないですよね?」
「そうだな。元々、妖らしいからな」
僕の質問に理玖さんが答えてくれた。つまり、古語を勉強して、って、この床一面の紋様も調べないと駄目なんじゃないかな。見えてるのは僕だけっぽいけど。
「理玖さん」
僕は理玖さんの肩を叩いた。紋様が見えてるのか知っておきたくて。
「何だ?」
「床の紋様、見えてますか?」
「は?」
「あの、石壁にも紋様が浮かんでたんですけど」
よくよく見たら、この紋様、少し浮いた場所でうっすら浮かんでるんだよね。つまり、床に直接刻まれてる訳じゃない。理玖さん達の足はちゃんと水晶の床を踏み締めてるから、浮いてるのが良く分かる。そして、この紋様。何となく、Ωを絡め取るためのモノのように見える。最初見た時、ゾワリ、と背に冷たいモノが走り抜けたから。
「そんなモノが見えるのか?」
僕は頷いた。海斗さんははっ、となった様に本の頁を捲る。びっしり書き連ねられているのは墨で書かれた達筆な毛筆。最後の方の頁でそれは出てきた。僕が目にしていた紋様。今は皆んなの足元にある。
「入り口とこの場所に施された紋様は、拒絶と容認を意味する」
拒絶と容認って? 僕は驚いた様に皆んなに視線を向けた。四人が四人共目を見開いてる。
「そして、それはΩを逃さない様、檻を形成するモノである」
海斗さんの言葉に僕は、ゾクリ、とただ震える事しか出来なかった。
『やはり、最初に気が付かれましたね』
伯は目を細めて僕を見る。どうして、そんな事を言うんだろう。
『此処はΩの棲家です。Ωでなくては見付けられないものも多いんですよ。ふふ』
伯の表情に僕は背を冷たい何かが駆け抜けて行った。Ωの棲家なら、一体此処で何が行われていたの。
『此処に封じられたΩは妖と交わるのです。そう、私の様な者と、ね』
言っている意味が分からなかった。理解も出来ない。
『それが契約であり、決まり事ですが、いつの頃からか、Ωが捧げられなくなりましてね』
僕は理玖さんに縋った。何となく、僕を捕食しようとしてる気がして。
『やっと、そう思ったのに、そのΩは神の魂を持っている。それは契約の者ではない。神々も巫山戯た真似を』
「どう言う事だ?」
『それを探すのが此処に来た理由でしょうに』
「では、何故その話をしている」
『燈を見付けたからですよ。その燈は本来、Ωの意識を奪い、我々の自由にする為の術ですからね』
え? Ωの意識を奪う? どう言う事?
『ふむ。これは伝えても問題ないでしょうね。この屋敷には多くの妖の魂が込められ、だからこそ、結界を維持していられる。Ωはその結界を維持する妖の慰み者ですよ。本来はね』
ちょっと待って、言い方がおかしい。本来は慰み者。でも、違うって言ってる気がする。
「本来は、とは?」
理玖さんが目を細めて問い掛けた。伯はスッと目を細めると口を噤む。つまり、これから先は話せない。話しちゃいけないんだ。あの燈は無くなっちゃったけど。でも、一つだけ変化があったんだよね。
僕は視線をさっきの壁に向ける。四神の屋敷に掛けられた結界は多分、この国全体に掛けられている結界の術ではないと思う。それは、新しい年の始まりの奉納の舞で完成してると思う。じゃあ、四神の屋敷に掛けられている結界の術は何の為のモノなんだろう。さっきの石の壁一面の紋様は何を意味してるんだろう。さっき伯はΩの意識を奪うモノだって言ってた。でも、何故奪う必要があるんだろう。慰み者ならばそんな必要はないよね。僕には触れられるけど、でも、あの石の壁の紋様は多分、Ωには反応しないと思う。僕は恐る恐るさっきの壁に近づいて触れてみた。そうしたら、今度は波紋が生まれた。え? さっきと反応が逆転してる? 今度は僕が触れられない。じゃあ、理玖さんは触れられるの?
僕は再び書物を必死で読んでいる理玖さんを無理やり立たせて壁の側まで連れて来た。理玖さんは首を傾げてる。
「触ってみて下さい」
「否、さっきは駄目だっただろう?」
「触って下さい」
僕が再び同じ事を言えば、怪訝そうにしながらも触れてくれた。そうしたら、理玖さんの手は壁に触れて、あの燈の閃光で浮かび上がった紋様が忙しく動き出した。でも、理玖さんは見えていないのか首を傾げてる。
「へえ、触れる様になったの?」
朔さんが面白そうに声を掛けて来たけど、僕と、そして伯はじっと壁を見詰めた。紋様が組み上がっていく。時々、僕の耳にカチッとした音が響く。でも、皆んなには聞こえてない。幾度となくカチッとした音が聞こえて、その後、石の壁が唐突に消失した。流石の皆んなも空いた口が塞がらない感じだよね。うん、僕も気持ち分かるよ。
「何がどうなってるんだ?」
「さっきの燈が光を放った後に、この壁一面に紋様がうかびあがったんです」
僕の言葉に皆んなが目を見開いてる。つまり、皆んなにはただの石壁のままだったって事だよね。
「これは何処に通じてるんだ?」
『行けば分かりますよ。知りたい事も、すべて分かるでしょうね』
伯の言葉に息を呑む。もしかして、書物では残されてないの?
ゆっくりと足を踏み入れて、ゆっくりと進む。何があるか分からないから、理玖さんが僕の手を握ってくれてる。理玖さんの肩に居座っている空も気のせいか警戒してるのかな。その後ろから皆んなが続く。床は緩く傾斜していて、下に向かっている様だった。
どれくらい歩いたのかは分からないけど、屋敷からかなり離れたんじゃないかと思う。それでも、敷地内であるとは思うけど。更に開けた場所が現れて、僕は竦み上がった。足元に広がる透明な床。体の震えが止まらなくて、思わず、理玖さんに縋り付いた。この床は良くないモノだ。
「心律?」
『番が大切なら抱き上げた方が良いですよ。失いたくないのであれば』
「どう言う事だ?」
伯はそう言うと、スッと透明な床に足を置いた。床は反応を示し、薄ら発光し始めてる。透明だから硝子かと思ったんだけど違う。
「水晶の床か?」
「これは凄いね。もしかして、屋敷が立ってる理由がこの場所なのでしょうか?」
理玖さんの呟きに、海斗さんが言葉を続けた。よく見ると床にもさっきの石壁の様な紋様が浮かんでる。どうも、理玖さん達には見えてないみたいで。でも、嫌な感じがするのか、僕は理玖さんに子供抱っこされた。ええ、確かに小柄だけど、子供抱っこ……。ちょっと凹むよ。
皆んな伯の後を追って透明な床に足を踏み入れた。結構な広さのある部屋で、多分、部屋の中央に何かが置かれてると思う。伯はそこに向かってるみたいで。少しずつ近づいてくるそれは、徐々に姿がはっきりとしてくる。大きな楕円形の球体で、中に何かが入っている。何が入っているのか気がついた僕は短い悲鳴を上げた。其処には二つの蛇の頭部が収められていた。
「これは……」
理玖さんは絶句してる。まさか、自宅の地下にある屋敷の更に奥まった場所に、どうみても封じられている存在がいたんだもん。そして、僕は気が付いてしまった。Ωは妖達の慰み者。そう言っていたのに、足元に見える姿はただ、其処で眠っている様に見える。身につけているのは白一色の衣装。性別は男女関係ない。でも、Ωであると分かってしまう。僕の視線に気が付いたのか、皆んなが僕の視線の先を追ってくれた。楕円の球体を中心に、水晶の中で眠る様に横たわる無数のΩ。
『Ωには他の二次性徴には無い特殊な力がある』
この世界には男女の他に、α、β、Ωの性がある。絶対多数のβに特別な力はない。αは次に多い性だけどβの十分の一も居なかった筈。そして、Ωは更に少数。そのΩがこの場所で水晶に閉じ込められ眠っている。何となく死んではいないと思う。
『四神の当主には贄の巫女姫と伝えていた様だな。我々の慰み者だと。だが、実際はこの首を封じる役目を担っていた。その役目が此処百年以上前から補充されていない。その意味が理解出来るか?』
「教えられないのではなかったのか?」
伯は目を細めて、笑った様に見えた。そして、その姿が霞の様に消え、目の前に一冊の本が現れる。え? 伯って猫又じゃなかったの?!
「成程。妖そのものを書物にするのか。いや、神もえげつないだろう……」
理玖さん、疲れた様に呟く。その本を手にしたのは海斗さんだった。理玖さんは僕を腕に抱いてるからね。開かれた本の文字に視線を向けたんだけど、僕、すんってなった。だって、読めないんだよ。達筆過ぎて、全く読めません!
「よりによって……っ」
理玖さんの憤りの語尾。
「徹底してるね。まさかの古語。えっと……」
朔さんが珍しく苦笑い。
「頭を四箇所に封じて……」
「鬼門と裏鬼門にそれぞれ四本の首」
え? 四箇所にこの目の前の頭を封じてるって事。鬼門と裏鬼門ってお寺と神社だよね? それぞれ四本の首……。え? 首が八本あるって事?!
「体を中心に封じる、と」
「皇居か」
頭が八つの蛇……、僕でも知ってるよ。八岐大蛇だよね。
「でもこの書き方だと……」
朔さんが首を捻ってる。何か疑問があるのかな?
「周りの邪気を吸収して力にしている。それを阻害する為に分割したとあるけど」
「ああ、頭が八つの魔物は八岐大蛇だが、神話の中ではきちんと退治されている。これはあくまで視認出来るように姿を似せたと考えるのが普通だな」
朔さんの疑問に理玖さんが答える。
「Ωの作用も書いてあるな。基本、Ωは対となるαといる事で有りとあらゆる事に安定するんだが。それは俺達も知識として持ってる」
理玖さんの呟きに三人は頷いた。やっぱり、空斗さんもαなんだね。うん、分かってたけど、はっきりしちゃったね!
「未通のΩは内に結界を形成する?」
「は? 結界を作り出すの?」
理玖さんの疑問に、朔さんが更に疑問を口にする。もしかして、この水晶に閉じ込められているΩって発情期を抑える為に閉じ込められてるの? どう見ても、眠ってる様にしか見えない。何人いるかは分からないけど。長い時の中で、ずっとこの中に閉じ込められてるの。伯は慰み者って言ったけど、本当は全く意味が違うんじゃ。部屋の中央にある楕円の球体の中に閉じ込められてる首が二つ。Ωが補充されなくて、結界が弱くなっていたとしたら。橘くん達四花が邪法に手を染めたのはもしかして、目の前の存在が関係があったりするのかな。もしそうなら、大変な事になってたりしないかな。
「普通に考えて、西條家だけがΩの結界を張っていたとは考えにくい。他の三家と神社仏閣にもΩの結界が使われていたとしたら大変な事だぞ。Ωの数が減り続けてかなりの年数が経ってる。それも十年とかじゃない。おそらく百年単位だ」
「封じられているのが八岐大蛇ではなくとも、それに準ずる何かであった場合、これから起こるのは想像も出来ないっ」
理玖さんが顔色を変えた。うん、僕もそう思う。そして、神々は言ってたんだ。神が人の体に降りたのは今年代はかなりな数だって。それって、国の民の力ではもう、どうにも出来ないから。信心が離れてしまったから。辛うじて、皇家に対する感情に悪感情はない。神格化されているのも昔と違った意味だろうけど消えてはいないと思う。
四花の邪法も国に封じられてる存在が手を伸ばして実現していた事なら、その計画は綿密で、気が遠くなる様な手間が掛かってると思う。神々はきっと知っていた。でも、直接手は貸せなかった。話では細かい事が苦手だって言ってたし。え? 僕、遠い目になるよ。また、すんっ、てなるよ。僕でも気が付くんだから此処にいる四人も直ぐに気が付いた筈。水晶の床に刻まれてる紋様。きっと意味があるんだよね。どうも、見えてるのはΩだけみたいだけど。
「頭が八つとは書かれてますが、八岐大蛇だと断言はしていません。これは、やはり、視認できる様に似せたのではと考えますが」
海斗さんが意見を口にする。
「これだけ厳重に封じているのなら、もしかして、この、目の前に封じられているモノが別の何かを封じている、とは考えられませんか?」
空斗さんが更なる疑問を口にした。わざわざ封じているのだ。簡単に分かる様では困るのではないか。
「古語は何となく読めるけどね。深く掘り下げるには知識が絶対的に足りないね」
朔さんが何故か満面の笑みで空斗さんを見ている。これ、無茶振りしようとしてない。ほら、空斗さんが項垂れたよ。
「持って帰って調べるわけにはいかないですよね?」
「そうだな。元々、妖らしいからな」
僕の質問に理玖さんが答えてくれた。つまり、古語を勉強して、って、この床一面の紋様も調べないと駄目なんじゃないかな。見えてるのは僕だけっぽいけど。
「理玖さん」
僕は理玖さんの肩を叩いた。紋様が見えてるのか知っておきたくて。
「何だ?」
「床の紋様、見えてますか?」
「は?」
「あの、石壁にも紋様が浮かんでたんですけど」
よくよく見たら、この紋様、少し浮いた場所でうっすら浮かんでるんだよね。つまり、床に直接刻まれてる訳じゃない。理玖さん達の足はちゃんと水晶の床を踏み締めてるから、浮いてるのが良く分かる。そして、この紋様。何となく、Ωを絡め取るためのモノのように見える。最初見た時、ゾワリ、と背に冷たいモノが走り抜けたから。
「そんなモノが見えるのか?」
僕は頷いた。海斗さんははっ、となった様に本の頁を捲る。びっしり書き連ねられているのは墨で書かれた達筆な毛筆。最後の方の頁でそれは出てきた。僕が目にしていた紋様。今は皆んなの足元にある。
「入り口とこの場所に施された紋様は、拒絶と容認を意味する」
拒絶と容認って? 僕は驚いた様に皆んなに視線を向けた。四人が四人共目を見開いてる。
「そして、それはΩを逃さない様、檻を形成するモノである」
海斗さんの言葉に僕は、ゾクリ、とただ震える事しか出来なかった。
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