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奇跡に祝福をⅥ side心律
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あの後、本当に理玖さんは西條家の書庫に僕達を案内し始めた。え? こんな簡単に入れちゃっていいものなの?
「心律君。確かに、決められた人のみ閲覧可能だけどね。もう一つ、条件があるんだよ」
朔さんの言葉に、僕は頭の中を疑問符だらけにした。もう一つの条件って?
「無条件で聖獣なり神獣に好かれる者はその限りではない。つまり、心律君はある意味、皇家の書庫にも入れるよ。神にも好かれてるっぽいし」
もう一つはその家の者。朔さんと海斗さんと空斗さんは神に認められた者、とみなすと理玖さんが判断して入れているとの事。
そして驚いたのが、今住んでいる屋敷の下に、古い日本家屋が埋まっていた事で。奥まった場所から階段で降りた先に、立派な寝殿造りの屋敷があった。何らかの力が働いてるって言うのは分かるんだけど。
「へえ、西條家の書庫も昔の屋敷の中なんだ」
「東條家もか?」
「そう。まあ、俺は一回しか降りたことはないな。親父もあまり降りる事を快く思ってないみたいだし」
本当に大きかった。そのまま、地面に屋敷だけが埋まった感じだ。でも、きちんとした空間確保されていて、普通に呼吸も出来る。
「昔のまま保管されてるんですか?」
僕は思わず理玖さんの服の裾を掴んで質問した。本当に綺麗で、もしかしたら塵とかなさそうに見えるから。
「保管ではないと思うな。この建物そのものに力があって、壊せない、が正確な理由だろうな」
東西南北、つまり、皇居を中心に四方に四神の屋敷が配置されているらしい。基本的に四神の昔の屋敷は地中に埋まっていて、上に建てられている建物はこの空間を守る為に存在しているんだそう。ほえ、ってなるよね。
「昔の古文書なんかも、そのまま屋敷ごと地中に埋められた。まあ、この感じだと埋める前提で屋敷を建てたんだろうな。上の土地と此処とではかなり高さが違う」
確かに屋敷の屋根のかなり上に土の天井が見える。普通なら崩落しそうだけど、空間が維持されてるって事は何かの術なり使ってそう。
そのまま屋敷内に足を踏み入れ(何故か剥き出しの土の上を靴を履かないで来たんだ)、思わず足の裏を確認しちゃったよ。だって、土の上歩いてるんだよ。普通の感覚なら汚れてるって思うよね。
「心律、屋敷の周りは土に見えるだろうが、違うから安心しろ」
「ほえ……」
「ふふ、心律君は心配性だね」
理玖さんと朔さんにバレてた! って、海斗さんと空斗さんは小さい子を見る視線を向けて来てる。僕、恥ずかしさで顔熱い。絶対に赤くなってるよ。
屋敷内に足を踏み入れると、急に空気が変わった気がした。ピンって張った感じがしたんだ。不思議な感じで。屋敷内も暗さを感じない。ほんのり発酵している感じがする。
「こうやって考えてみると、この屋敷も他の四神の屋敷も、何かしらの役目の為に造られたんだろうね」
朔さんはそう言いながらも室内に視線を向けている。
「入れたって事は、全員認められたと言う事か。それはそれで複雑な……」
理玖さんが眉間に右手を当てていた。つまり、神々は何かを知ってもらいたいんだろうけど。僕は全く役には立たないと思うよ。
理玖さんと朔さんの話では、四神の屋敷は正確に東西南北に配置されているんだとか。その中心にあるのが御所なんだって。都があるのが国の中央。しかもかなり正確な位置にあるらしい。そのままで考えると、故意にそうなるように造られてるって事。鬼門と裏鬼門には神社と仏閣があるらしく。そこまで考えると、流石の僕でも分かる。何か理由があるんだって事。
「まあ、四神の力が失われると資格を剥奪される時点で、何かしらの理由があるのは分かるが、どうして誰も調べようとしなかったのか」
理玖さんが首を傾げる。うーん。それを考えると可笑しいって思うけど。
「もしくは意識が働かないような何かが働いていたと考えるのが普通かな」
朔さんが軽い調子で言ってのける。確かにそうなんだろうけど、二人って対照的だよね。理玖さんは生真面目、朔さんは軽いって感じで。でも、見た目がよく似てる。表情は全く違うんだけど。
「そうだと思うが、誰一人ってところが引っかかるだろうが」
「確かにね。こうならなければ知ろうとはしなかっただろうね。面倒だし」
朔さんの適当さが滲み出てますが。理玖さんですら呆れ顔だよ。空斗さんは慣れてるのか表情が変わらなかったけど、海斗さんは複雑な顔してるよ。
「朔様、もう少し真面目になさらないと、本当に御当主から雷が落ちますよ」
溜め息と共に空斗さんが呆れたように言ってのける。やっぱり適当って思われてるんだね。でもね、理玖さんとは別の薄寒さがあるんだよ。底見えない感じでゾワゾワするんだよ。他の人はどう考えてるか分からないけど、僕的には朔さんは怒らせてはいけない人種の上位だよ。
「あの人も適当なんだから。俺がどうこう言ったって、結局は自分も同じなんだし。どうって事ないよ」
東條の御当主も適当なの?! 僕がアワアワしていると、理玖さんが僕の頭を優しく撫でてくれた。なんだろう、ほんわかする。
「心律が混乱してる。少しは自重しろ」
「美紅にも言われてるからね。これくらいにしとくよ」
朔さんの言葉を信用してないのか、理玖さんの目は全然笑ってない。
「あれ?」
僕は何かが足元に擦り寄った様な気がしたんだ。慌てて足元を見たけど何もいない。空はずっと理玖さんの肩を占領してるから。
「どうした?」
理玖さんの心配気な声に顔を上げる。この感じ、神社の時と一緒なんだよね。
「理玖さん、僕の足元に何か見えますか?」
「ん?」
「こう、猫みたいなサイズ感の何かが擦り寄ってる様な気がして」
理玖さんだけではなく、朔さんと海斗さんまで僕の足元に視線を向ける。三人が三人共、難しい顔をしているんだけど。どう言う事?
「屋敷を管理する物怪にまで好かれてるとか、まあ、考えれば分かる事だけどね」
朔さんの言葉に僕は目を見開いた。物怪って本当に居るの?!
「さっさと出で来い。何を試したいのか分からないが、不愉快だ」
理玖さんが右手を腰に当てて、尊大に言い切る。
『ふふ。流石に西條家の花嫁。心地よい力の波動です』
その言葉と共に目の前に一匹の猫。え? この猫、尻尾の数が多い気がする。
『猫又の伯、お見知り置きを』
見た目が真っ白な猫はとっても綺麗なんだけど。
『……資格は……』
猫又、伯はずっと目を細めた。その目は金色で見透かされそうな視線があって。
『この世のではなく、天上からの許可。間違いなく確認しました。とうとう、その時が来てしまったのですね』
「その時?」
僕は首を傾げた。時が来たってどう言う事。
『結界の綻びは、今の人の思いの移ろいで綻びて行く。それは、仕方のない事』
意味深な言葉に皆んなで顔を見合わせた。
『書庫の閲覧は最上の存在から成されております。しかし……』
伯は一旦、言葉を切った。うん、言いたい事は分かるよ。入れる許可は得てるけど、手伝えないって言いたいんだよね。それは流石に僕でも分かるよ。
「自分達で調べろ、だろう」
理玖さんの言葉に伯は頷いた。そして、空中で一回転すると、白髪を長く伸ばした中性的な姿の人型に変身して見せた。ほわぁ、凄く綺麗です。しかも身に付けている服は昔の人の服だ。
「我等が答えれば、それは強制力となってしまいます故。申し訳ないが、調べて真実に辿り着いてもらう他ないのです」
「それは神に言われてる。直接教えてしまうと強制力が働くと、な」
「その通りです。強制力は絶対の責任を伴ってしまいます。それは人の身には過ぎた事」
伯は申し訳なさそうに告げたよ。凄く見た目が綺麗だから、その表情がなんて言うか、艶っぽくってドキドキしちゃうよ。
理玖さんが何とも言えない表情で僕を見下ろしていたけど、こればっかりは仕方ないと思う。理玖さんは格好良くて綺麗だけど、それとは違う感じの美人さんなんだもん。
猫又、伯に案内されたのは屋敷の奥まった場所だった。地下とかじゃない事にちょっとホッとする。まあ今更、更に下に向かうのが嫌ってわけでもないんだけど。
「この中から探し出すとか、鬼畜の所業じゃないの?」
朔さんの愚痴に苦笑いしか出ないよ。目の前に広がる古い書物の香り。何より紙じゃなくて木簡で書かれてるものもある。しかも、チラッと見える文字は確実に僕では読めないよ。達筆すぎるよ。
でも少し疑問があるんだ。人の手で書かれている書物に、神々の問題が書かれてるとは思えないんだよね。ほら、神世の事だよね。つまり、人が関わってない、って考えるのが普通だと思うんだ。僕は書庫の中をキョロキョロと見渡す。目に入るのは古い紙と木簡。それが所狭しとありとあらゆる場所に乱雑に置かれていたり、詰め込まれてたりしてる。太陽光に当たってないから色褪せとかはないだろうけど、経年劣化はどうにもならないよね。
それを考えると、紙より丈夫で劣化に耐えられる素材って何だろう。そして、僕の目に入ったのは壁。そう壁なんだけど、その壁、ちょっと可笑しい。見た感じ石みたい。思わず足を運んで撫でてみた。見た目ツルツルしてて、不思議な感じがした。こんな石、人の世にあるかな。綺麗に表面が磨かれてるし。触れると見た目通りツルツル……。待って待って、何かスって指先の熱が奪われたよ。慌てて身を引いたんだけど。理玖さんが背後から僕を庇う様に抱き締めて来た。うう、また迷惑かけちゃったよ。
「心律、不用意に触ると痛い目に遭うぞ」
「うう、ごめんなさい。既に入り口に立っちゃってました」
理玖さんの言葉に本当に反省したい。だって、ただの壁だって思ってたんだもん。熱奪うって思ってなかったもん。
理玖さんが目の前の壁を凝視してる。指先が触れると壁の手前で波紋が広がった。え? どうして波紋が出来るの。水とかある様に見えないよ。
「ははあ、こんな仕掛けがあるのか」
いつの間にか隣に来た朔さんが面白そうに覗き込んでる。
「鍵を解除しないと駄目な類では?」
海斗さんが理玖さんにそう質問してる。でもね、僕、石の壁に触れたよ。僕の時は波紋なんて出なかったし。
「壁手前で押し戻されてる感じがするな」
理玖さんは面白がって幾つもの波紋を作り出していた。えっと、ここに居るのはαの人ばかりでΩは僕だけ。そして、四神の力を持ってるのが理玖さんと朔さんと海斗さん。空斗さんは持ってない。でもαで。僕は恐る恐る壁を突いてみた。僕が触ると波紋はなくて直接壁に触れる。それを見た四人は驚愕してるよね。僕もそう思う。
「心律は触れるのか」
「そうみたいですけど。これ、性別関係あるんでしょうか」
「性別?」
「はい。男女の性ではなくて、αとかΩとかβとかの」
四人が顔を見合わせて考え込んだ。
「この屋敷に人が住んだ事はないんだよね」
朔さんは腕を組んでポツリと呟く。え? こんなに立派なのに誰も住んでなかったの?!
「いや、贄の巫女姫が住んでた筈だ。何百年も前に、その風習は無くなってる」
「ああ、確かに。その時の巫女姫はΩだったね。ん? Ω?」
贄の巫女姫……。こんな場所に一人で住んでたの。それは寂しいと思うんだ。
「Ωは触れるけど先が分からず、αは触れないけど導ける。なんて事じゃないよね。贄の巫女姫の役割って何だったんだろうね。当時の当主なら知っていそうだけど。今の当主は知らないだろうね」
朔さんは考える様にそんな事を言った。何の為の、贄、だったんだろう。昔は必要で、今は必要じゃない……。違う、必要だけど用意出来なかったんだとしたら。Ωは目に見えて数が減っていって、贄にする余裕がなかったのだとしたら。四花の暴挙はもしかしたら、これを狙った何者かの策だったとしたら。僕はゾクっと背中が冷たくなった。此処にΩが必要だった。必要だけど、失えなくなってしまった。それで何かが動き始めていたとしたら。
「理玖さん……」
僕が気が付くんだから、皆んなだって分かる筈。
「此処は後回しだな。調べるしかない。贄の巫女姫とこの国の秘密について」
「今まで忘れてたけど、贄の巫女姫って四人いたよね。東西南北一人ずつ」
「いや、五人だ。確か皇居の地下にも居た筈だ。皇居は今はどうしているか分からないが、四神は少なくとも此処しばらくは贄の巫女姫を決めては居ない」
つまり、此処に居るべきパズルのピースが欠けてるって事だよね。有る筈の者が無くなってる。その歪み絶対皺寄せになって襲ってくる。そう、小鳥遊家みたいに。折角、手を差し伸べても認識しなかったら改善しない。神々は少なくとも、僕達を人間として送り出してる。接触もしてる。つまり、時間があまり無いって事だと思う。この国の秘密って何だろう。神の力と神獣の力で結界が張られていて護られてる。それは外の国からだけだと思ってた。もしかしたら、外も内も護る為のものだったら大変な事だと思う。だって、今のこの国の人達は不思議な事を信じたりしない。目の前の事実だけを見てる。だから、沢山のモノを見落としてる。僕は理玖さんとの間に生まれた蓮が普通で無い事を知ってるし、星華だって他とは確実に違う。四神の人達も絶対普通では無い。僕はそれを目の当たりにしてるし、体験もしてる。このままでは国の内側からおかしな事になる。結界が機能してるのは何も、皇族と四神の人達だけの力じゃ無い。少なくとも、接触して来た神様はそんな事を遠回しに言ってた様な気がする。
四人は片っ端から書物を読み始めた。僕は全く読めないから見てるだけ。でも、よくこんなの読めるよね。何となく文字だって分かるけど、絶対に読めないよ。現代語も僕にしたら若干怪しいからね。そんなこんなで四人を眺めてたんだけど、凄く気になることがあるんだ。猫又、伯は僕達をただ見てるだけなんだけど、天上に一つ燈がある。でもその燈、照らす為のものじゃ無い気がする。この室内をほの明るくしてるのは別の要因だって僕も分かるし。僕がずっと天井を見ていたのに気が付いた理玖さんが不思議そうに声を掛けて来た。
「実はあの燈が気になってて」
僕が天井を指差すと四人が一斉に視線を向けた。その刹那、室内を強烈な光が包み込んだ。
「心律君。確かに、決められた人のみ閲覧可能だけどね。もう一つ、条件があるんだよ」
朔さんの言葉に、僕は頭の中を疑問符だらけにした。もう一つの条件って?
「無条件で聖獣なり神獣に好かれる者はその限りではない。つまり、心律君はある意味、皇家の書庫にも入れるよ。神にも好かれてるっぽいし」
もう一つはその家の者。朔さんと海斗さんと空斗さんは神に認められた者、とみなすと理玖さんが判断して入れているとの事。
そして驚いたのが、今住んでいる屋敷の下に、古い日本家屋が埋まっていた事で。奥まった場所から階段で降りた先に、立派な寝殿造りの屋敷があった。何らかの力が働いてるって言うのは分かるんだけど。
「へえ、西條家の書庫も昔の屋敷の中なんだ」
「東條家もか?」
「そう。まあ、俺は一回しか降りたことはないな。親父もあまり降りる事を快く思ってないみたいだし」
本当に大きかった。そのまま、地面に屋敷だけが埋まった感じだ。でも、きちんとした空間確保されていて、普通に呼吸も出来る。
「昔のまま保管されてるんですか?」
僕は思わず理玖さんの服の裾を掴んで質問した。本当に綺麗で、もしかしたら塵とかなさそうに見えるから。
「保管ではないと思うな。この建物そのものに力があって、壊せない、が正確な理由だろうな」
東西南北、つまり、皇居を中心に四方に四神の屋敷が配置されているらしい。基本的に四神の昔の屋敷は地中に埋まっていて、上に建てられている建物はこの空間を守る為に存在しているんだそう。ほえ、ってなるよね。
「昔の古文書なんかも、そのまま屋敷ごと地中に埋められた。まあ、この感じだと埋める前提で屋敷を建てたんだろうな。上の土地と此処とではかなり高さが違う」
確かに屋敷の屋根のかなり上に土の天井が見える。普通なら崩落しそうだけど、空間が維持されてるって事は何かの術なり使ってそう。
そのまま屋敷内に足を踏み入れ(何故か剥き出しの土の上を靴を履かないで来たんだ)、思わず足の裏を確認しちゃったよ。だって、土の上歩いてるんだよ。普通の感覚なら汚れてるって思うよね。
「心律、屋敷の周りは土に見えるだろうが、違うから安心しろ」
「ほえ……」
「ふふ、心律君は心配性だね」
理玖さんと朔さんにバレてた! って、海斗さんと空斗さんは小さい子を見る視線を向けて来てる。僕、恥ずかしさで顔熱い。絶対に赤くなってるよ。
屋敷内に足を踏み入れると、急に空気が変わった気がした。ピンって張った感じがしたんだ。不思議な感じで。屋敷内も暗さを感じない。ほんのり発酵している感じがする。
「こうやって考えてみると、この屋敷も他の四神の屋敷も、何かしらの役目の為に造られたんだろうね」
朔さんはそう言いながらも室内に視線を向けている。
「入れたって事は、全員認められたと言う事か。それはそれで複雑な……」
理玖さんが眉間に右手を当てていた。つまり、神々は何かを知ってもらいたいんだろうけど。僕は全く役には立たないと思うよ。
理玖さんと朔さんの話では、四神の屋敷は正確に東西南北に配置されているんだとか。その中心にあるのが御所なんだって。都があるのが国の中央。しかもかなり正確な位置にあるらしい。そのままで考えると、故意にそうなるように造られてるって事。鬼門と裏鬼門には神社と仏閣があるらしく。そこまで考えると、流石の僕でも分かる。何か理由があるんだって事。
「まあ、四神の力が失われると資格を剥奪される時点で、何かしらの理由があるのは分かるが、どうして誰も調べようとしなかったのか」
理玖さんが首を傾げる。うーん。それを考えると可笑しいって思うけど。
「もしくは意識が働かないような何かが働いていたと考えるのが普通かな」
朔さんが軽い調子で言ってのける。確かにそうなんだろうけど、二人って対照的だよね。理玖さんは生真面目、朔さんは軽いって感じで。でも、見た目がよく似てる。表情は全く違うんだけど。
「そうだと思うが、誰一人ってところが引っかかるだろうが」
「確かにね。こうならなければ知ろうとはしなかっただろうね。面倒だし」
朔さんの適当さが滲み出てますが。理玖さんですら呆れ顔だよ。空斗さんは慣れてるのか表情が変わらなかったけど、海斗さんは複雑な顔してるよ。
「朔様、もう少し真面目になさらないと、本当に御当主から雷が落ちますよ」
溜め息と共に空斗さんが呆れたように言ってのける。やっぱり適当って思われてるんだね。でもね、理玖さんとは別の薄寒さがあるんだよ。底見えない感じでゾワゾワするんだよ。他の人はどう考えてるか分からないけど、僕的には朔さんは怒らせてはいけない人種の上位だよ。
「あの人も適当なんだから。俺がどうこう言ったって、結局は自分も同じなんだし。どうって事ないよ」
東條の御当主も適当なの?! 僕がアワアワしていると、理玖さんが僕の頭を優しく撫でてくれた。なんだろう、ほんわかする。
「心律が混乱してる。少しは自重しろ」
「美紅にも言われてるからね。これくらいにしとくよ」
朔さんの言葉を信用してないのか、理玖さんの目は全然笑ってない。
「あれ?」
僕は何かが足元に擦り寄った様な気がしたんだ。慌てて足元を見たけど何もいない。空はずっと理玖さんの肩を占領してるから。
「どうした?」
理玖さんの心配気な声に顔を上げる。この感じ、神社の時と一緒なんだよね。
「理玖さん、僕の足元に何か見えますか?」
「ん?」
「こう、猫みたいなサイズ感の何かが擦り寄ってる様な気がして」
理玖さんだけではなく、朔さんと海斗さんまで僕の足元に視線を向ける。三人が三人共、難しい顔をしているんだけど。どう言う事?
「屋敷を管理する物怪にまで好かれてるとか、まあ、考えれば分かる事だけどね」
朔さんの言葉に僕は目を見開いた。物怪って本当に居るの?!
「さっさと出で来い。何を試したいのか分からないが、不愉快だ」
理玖さんが右手を腰に当てて、尊大に言い切る。
『ふふ。流石に西條家の花嫁。心地よい力の波動です』
その言葉と共に目の前に一匹の猫。え? この猫、尻尾の数が多い気がする。
『猫又の伯、お見知り置きを』
見た目が真っ白な猫はとっても綺麗なんだけど。
『……資格は……』
猫又、伯はずっと目を細めた。その目は金色で見透かされそうな視線があって。
『この世のではなく、天上からの許可。間違いなく確認しました。とうとう、その時が来てしまったのですね』
「その時?」
僕は首を傾げた。時が来たってどう言う事。
『結界の綻びは、今の人の思いの移ろいで綻びて行く。それは、仕方のない事』
意味深な言葉に皆んなで顔を見合わせた。
『書庫の閲覧は最上の存在から成されております。しかし……』
伯は一旦、言葉を切った。うん、言いたい事は分かるよ。入れる許可は得てるけど、手伝えないって言いたいんだよね。それは流石に僕でも分かるよ。
「自分達で調べろ、だろう」
理玖さんの言葉に伯は頷いた。そして、空中で一回転すると、白髪を長く伸ばした中性的な姿の人型に変身して見せた。ほわぁ、凄く綺麗です。しかも身に付けている服は昔の人の服だ。
「我等が答えれば、それは強制力となってしまいます故。申し訳ないが、調べて真実に辿り着いてもらう他ないのです」
「それは神に言われてる。直接教えてしまうと強制力が働くと、な」
「その通りです。強制力は絶対の責任を伴ってしまいます。それは人の身には過ぎた事」
伯は申し訳なさそうに告げたよ。凄く見た目が綺麗だから、その表情がなんて言うか、艶っぽくってドキドキしちゃうよ。
理玖さんが何とも言えない表情で僕を見下ろしていたけど、こればっかりは仕方ないと思う。理玖さんは格好良くて綺麗だけど、それとは違う感じの美人さんなんだもん。
猫又、伯に案内されたのは屋敷の奥まった場所だった。地下とかじゃない事にちょっとホッとする。まあ今更、更に下に向かうのが嫌ってわけでもないんだけど。
「この中から探し出すとか、鬼畜の所業じゃないの?」
朔さんの愚痴に苦笑いしか出ないよ。目の前に広がる古い書物の香り。何より紙じゃなくて木簡で書かれてるものもある。しかも、チラッと見える文字は確実に僕では読めないよ。達筆すぎるよ。
でも少し疑問があるんだ。人の手で書かれている書物に、神々の問題が書かれてるとは思えないんだよね。ほら、神世の事だよね。つまり、人が関わってない、って考えるのが普通だと思うんだ。僕は書庫の中をキョロキョロと見渡す。目に入るのは古い紙と木簡。それが所狭しとありとあらゆる場所に乱雑に置かれていたり、詰め込まれてたりしてる。太陽光に当たってないから色褪せとかはないだろうけど、経年劣化はどうにもならないよね。
それを考えると、紙より丈夫で劣化に耐えられる素材って何だろう。そして、僕の目に入ったのは壁。そう壁なんだけど、その壁、ちょっと可笑しい。見た感じ石みたい。思わず足を運んで撫でてみた。見た目ツルツルしてて、不思議な感じがした。こんな石、人の世にあるかな。綺麗に表面が磨かれてるし。触れると見た目通りツルツル……。待って待って、何かスって指先の熱が奪われたよ。慌てて身を引いたんだけど。理玖さんが背後から僕を庇う様に抱き締めて来た。うう、また迷惑かけちゃったよ。
「心律、不用意に触ると痛い目に遭うぞ」
「うう、ごめんなさい。既に入り口に立っちゃってました」
理玖さんの言葉に本当に反省したい。だって、ただの壁だって思ってたんだもん。熱奪うって思ってなかったもん。
理玖さんが目の前の壁を凝視してる。指先が触れると壁の手前で波紋が広がった。え? どうして波紋が出来るの。水とかある様に見えないよ。
「ははあ、こんな仕掛けがあるのか」
いつの間にか隣に来た朔さんが面白そうに覗き込んでる。
「鍵を解除しないと駄目な類では?」
海斗さんが理玖さんにそう質問してる。でもね、僕、石の壁に触れたよ。僕の時は波紋なんて出なかったし。
「壁手前で押し戻されてる感じがするな」
理玖さんは面白がって幾つもの波紋を作り出していた。えっと、ここに居るのはαの人ばかりでΩは僕だけ。そして、四神の力を持ってるのが理玖さんと朔さんと海斗さん。空斗さんは持ってない。でもαで。僕は恐る恐る壁を突いてみた。僕が触ると波紋はなくて直接壁に触れる。それを見た四人は驚愕してるよね。僕もそう思う。
「心律は触れるのか」
「そうみたいですけど。これ、性別関係あるんでしょうか」
「性別?」
「はい。男女の性ではなくて、αとかΩとかβとかの」
四人が顔を見合わせて考え込んだ。
「この屋敷に人が住んだ事はないんだよね」
朔さんは腕を組んでポツリと呟く。え? こんなに立派なのに誰も住んでなかったの?!
「いや、贄の巫女姫が住んでた筈だ。何百年も前に、その風習は無くなってる」
「ああ、確かに。その時の巫女姫はΩだったね。ん? Ω?」
贄の巫女姫……。こんな場所に一人で住んでたの。それは寂しいと思うんだ。
「Ωは触れるけど先が分からず、αは触れないけど導ける。なんて事じゃないよね。贄の巫女姫の役割って何だったんだろうね。当時の当主なら知っていそうだけど。今の当主は知らないだろうね」
朔さんは考える様にそんな事を言った。何の為の、贄、だったんだろう。昔は必要で、今は必要じゃない……。違う、必要だけど用意出来なかったんだとしたら。Ωは目に見えて数が減っていって、贄にする余裕がなかったのだとしたら。四花の暴挙はもしかしたら、これを狙った何者かの策だったとしたら。僕はゾクっと背中が冷たくなった。此処にΩが必要だった。必要だけど、失えなくなってしまった。それで何かが動き始めていたとしたら。
「理玖さん……」
僕が気が付くんだから、皆んなだって分かる筈。
「此処は後回しだな。調べるしかない。贄の巫女姫とこの国の秘密について」
「今まで忘れてたけど、贄の巫女姫って四人いたよね。東西南北一人ずつ」
「いや、五人だ。確か皇居の地下にも居た筈だ。皇居は今はどうしているか分からないが、四神は少なくとも此処しばらくは贄の巫女姫を決めては居ない」
つまり、此処に居るべきパズルのピースが欠けてるって事だよね。有る筈の者が無くなってる。その歪み絶対皺寄せになって襲ってくる。そう、小鳥遊家みたいに。折角、手を差し伸べても認識しなかったら改善しない。神々は少なくとも、僕達を人間として送り出してる。接触もしてる。つまり、時間があまり無いって事だと思う。この国の秘密って何だろう。神の力と神獣の力で結界が張られていて護られてる。それは外の国からだけだと思ってた。もしかしたら、外も内も護る為のものだったら大変な事だと思う。だって、今のこの国の人達は不思議な事を信じたりしない。目の前の事実だけを見てる。だから、沢山のモノを見落としてる。僕は理玖さんとの間に生まれた蓮が普通で無い事を知ってるし、星華だって他とは確実に違う。四神の人達も絶対普通では無い。僕はそれを目の当たりにしてるし、体験もしてる。このままでは国の内側からおかしな事になる。結界が機能してるのは何も、皇族と四神の人達だけの力じゃ無い。少なくとも、接触して来た神様はそんな事を遠回しに言ってた様な気がする。
四人は片っ端から書物を読み始めた。僕は全く読めないから見てるだけ。でも、よくこんなの読めるよね。何となく文字だって分かるけど、絶対に読めないよ。現代語も僕にしたら若干怪しいからね。そんなこんなで四人を眺めてたんだけど、凄く気になることがあるんだ。猫又、伯は僕達をただ見てるだけなんだけど、天上に一つ燈がある。でもその燈、照らす為のものじゃ無い気がする。この室内をほの明るくしてるのは別の要因だって僕も分かるし。僕がずっと天井を見ていたのに気が付いた理玖さんが不思議そうに声を掛けて来た。
「実はあの燈が気になってて」
僕が天井を指差すと四人が一斉に視線を向けた。その刹那、室内を強烈な光が包み込んだ。
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貧乏な弱小子爵家出身のノア・マキシム。
アシュリー王国の花形騎士団の文官として、日々頑張っているが、学生の頃からやたらと絡んでくるイケメン部隊長であるアベル・エメを大の苦手というか、天敵認定をしていた。しかし、ある日、父の借金が判明して…。
基本コメディで、少しだけシリアス?
エチシーンところか、チュッどまりで申し訳ございません(土下座)
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