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奇跡に祝福をⅣ side 理玖
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俺は今御所に足を運んでいる。心律が誘拐され、時間的に其れ程経っていない。せいぜい、二時間と言うところだ。悠仁様については、事前に調べは付いていた。何かを起こされる前に手を打とうとしていた矢先の心律の誘拐。本当に間の悪い事だ。其れでも慎重になっていたのは、犯罪者である悠仁様であるが皇族であると言う、ただそれ一点のみだった。主上が我が子可愛さに甘やかしたのが最大の問題だが、ただ甘やかしていたわけではない事も理解している。βである事実も、本人にしっかり通達していらした。それでも理解しなかった残念な脳の持ち主だ。しかも、番持ちのΩが何よりも好きだと言う、迷惑極まりない人物に育ってしまった。知り得るだけで五組の番が壊された。その後復縁した者達もいるが、Ωが完全に狂ってしまい、取り返しのつかなくなった者達までいる。それについても、主上は償わなくてはならないのだ。東宮様は苦笑いされているが、こうなってしまった以上、主上には責任をとってもらわなくてはならない。つまり、退位してもらうのだ。
「理玖もよくそんな事考えたね。下手をしたら、反逆罪だ」
「御言葉ですが、今の主上はただ、ご自分の子に甘い親馬鹿ですよ。このままでは示しがつかない」
「確かに、それで、主上は納得されたのか?」
「納得されたとお思いですか? あれだけの罪人を守り続けたんですよ。それと、俺と心律の子は皇家には嫁がせませんからそのつもりで」
「……それは撤回してもらえないのか?」
「無理ですね」
俺は東宮様にキッパリと言い切る。
「まず、主上は確かに能力のあるお方ですが、四花と南條家と北條家に対してはヘタレも良いところです。四花は華族ではありません。何一つ責任を持たせていない者に大きな顔をさせ続けていた責任は取ってもらいたい。二家に付いてもです。次代に神獣の欠片が宿らなかった時点で切り捨てる選択をしなかった。それが今回の騒動の発端ですよ」
四花のΩが違法な呪法により作られていた。そのせいで、多くのΩが失われたのだ。その事実を握りつぶす事は容認出来ない。
「南條家と北條家は此方の忠告を完全に無視した。主上もなされていた様だが、それでは温かった。其れでも、当主に神獣の欠片が付いていたとは言え、その力は微々たるもの。我が父と伯父に遠く及ばない力です。結界のバランスを考えるなら、早々に決断されるべきだった」
俺の言葉に東宮様は顔を曇らせた。国を覆っている、神と神獣による結界は今代、バランスの悪さからかなり危ういものとなっている。そのせいで帝が担う神事が過酷になっている。本来は帝のみが行えば事足りていた。だが、今では帝と共に東宮様も神事を行なっている。それでなんとか均衡が保たれているのだ。今上帝が退位したとしても、南條家と北條家の次代が誕生し、神事に従事できる年齢になるまで、皇家が担う神事は二人で行わなくてはならない。そうでなくては、他国からの侵攻を許す事態になる。豊穣の舞については海斗がいる為、その部分は何とかなるだろう。だが、それも一時的な事だ。強固な結界があるからこそ、小国である我が国は他国と対等でいられるのだ。
「主上には悠仁様には関する犯罪の証拠の提示を願い出ました。東宮様も何か情報をお持ちですか?」
「素直に出して貰えたのか?」
「心律が攫われたんですよ。もし、渋る様なら、俺は心律と共に隠居すると脅しました。幸い、西條家には蓮と星華がおります」
東宮様はスッと目を細めた。おそらく、東宮様が持っている情報も主上の持つ情報と変わらないだろう。そこまで考えて俺は思案した。東條家には蒴がいる。あそこは安泰だ。次代の子も強い神獣の欠片を内包して誕生した。二つの属性ではないが、青龍の力を当代当主より強く引き継いでいる。西條家は二つの属性を内包し、尚且つ、今までにない強い力を持って生まれた蓮がいる。あの子は特殊だ。心律がありとあらゆる避妊をしていたにも関わらず、其れでも一つの命として生まれた。つまり、神獣に愛されている証拠だ。星華にしても、おそらく、朱雀と玄武に目を付けられた。それだけ能力の高いΩだったんだ。だが、星華ではなくその相手、海斗に神獣の欠片が付いたのは、星華を守るために神獣が考えた結果なんだと思う。もし星華に付いていたら、主上が星華を南條家と北條家の生贄にした筈だ。
「主上は確かに能力の高い方ですが、最後の一手を中々出せない。その部分に於いては残念でなりません」
「私もそうである可能性があると思うが?」
「もしそうなら切り捨てるまでです。何、簡単ですよ。西條家は四神から抜けます。名前など関係ありません。抜ける事で神獣の欠片が離れたとしても、生活に問題はないですからね。父とも話は済んでいます。我が家を要らないと切り捨てるのは此方としても、公務から解放されるので有難い。父はそこまで言っていますので」
東宮様は諦めた様に溜め息を付いた。今の四神、ましてや皇家の状況で、西條一族が抜けるのは大きな痛手だろう。父は東條の伯父と共に南條家と北條家が抜けた穴を埋めている状態だ。他国との窓口を兼ねる四神が東條家だけになると痛いだけでは済まない。この国の内部がおかしなことになっていると他国に知れてしまう。結界のお陰で情報が外に漏れない。それはこの国を守っている大きな力だ。
それに、後数年で俺と蒴が大学を卒業する。そうなると、俺と蒴も公務を割り当てられるだろう。父と東條の伯父の二人では回り切っていない。何より、四神は少なくなりすぎだ。本来なら、分家なり存在するのだが、四神は四花の影響で血族が限りなく少ない。そこにきて、南條家と北條家の没落ぶりだ。低すぎる能力に主上は匙を投げていた。それであるのに最後の一手に出なかった。大変、迷惑極まりない。
「主上には後で話す予定ですが、悠仁様は聖獣に手を出しています」
「は?」
「聖獣ですよ。不当に聖獣を捕獲し、その聖獣の力を無理矢理抜き出し、魔道具の動力にしています」
東宮様は目を見開き、その表情は信じられないと言っている様だった。聖獣は神獣となる事の出来る特殊な存在だ。禁足地となっている原初の深い森に守られている。そこの守護は皇家が担っているのだ。
「愚かだと思っていたが、まさか、あの場所に手を出すとは……」
東宮様は右手で額を覆った。予測の上をいく事態に、どうして良いのか分からない、そんな感じだ。
「主上は俺に悠仁様を断罪出来るだけのものを提示してこいと言われましたが。そんな命令などせずとも、今までの所業で断罪は可能であった筈。それを今更、俺と西條家に求めるのはおかしい」
俺の言葉に、東宮様は溜め息を吐かれた。なにか理由があるのか?
「悠仁は自分が特殊なαだと勘違いしている。βであると何度も伝えたのだが、フェロモンを全く感知しない。フェロモン不感症なのだ」
「は?」
「並のαのフェロモンでは全く太刀打ち出来ない。それ程の不感症でな」
αとΩが持つ特殊な能力。その一つがフェロモンだ。Ωは周りを魅了するフェロモンのみだが、αは威嚇から魅了まで、その幅はかなり広い。そのフェロモンが全く通用しない。厄介以外の何者でもないだろう?!
「私のフェロモンは何となく感知している様だが、その他のαのフェロモンは全くと言っていい」
「つまり、主上のフェロモンも感知できていないと?」
「そうなる。私はαの中でも特殊なαだからな」
「存じております」
東宮様はαの中のαと言われている。βは基本的にフェロモンに反応は薄いが、故意に使われたフェロモンには反応する。αがその様にフェロモンを使うからだ。
「おそらくだが、理玖のフェロモンも彼奴には効くだろう」
「何故です?」
「番、それも、運命との間に繋がれた番を持つαは能力以上の力を発揮する。つまり、今の理玖は私に匹敵する能力を持っていると推測される」
それは知らなかった。確かに運命と言われる番はほぼ現れない。奇跡の中の奇跡と言われているが、そうなると海斗も今まで以上の能力を発揮する様になるのか。まあ、星華が成人し、番関係を結ばないと駄目だとは思うが。
「しかも、彼奴が使っていた違法薬物である香だが……」
俺は忌々しくなり眉間に皺を刻んだ。悠仁様が使っていた違法薬物である香はα、Ω、β関係なく発情させる厄介な物だ。では使う者も一緒に発情し、意識が混濁するのではと考える。しかし、そこはちゃんと考えられていて、中和する薬物を事前に摂取する事で回避していた。番持ちのΩをαから奪った方法がこれである。しかも、間違った番からΩを守る為、もしくは、本当の番がΩを守った、そんな事を言い続けていたらしい。巫山戯た言い訳だ。ただのβでありながら、どれだけの番を不幸にするつもりか。心律をターゲットにしたのは本当に頂けなかった。
「あの香の製造元は悠仁様です。違法魔道具同様、してはならない事に手を染めていました。しかも、香については他国に輸出している可能性があります。それ程多くはないかと思いますが、そちらも調査された方がいい」
「はあ。これは完全に主上の落ち度だ。最初に発覚した時にきちんとした調査を行わなかった弊害か」
「最初の頃に潰していれば、あそこまでの純度のものは製造されてなかったでしょうね。元の鞘に戻れた番は初期の薬を使われた者に多い」
東宮様は頭の痛い問題に若干、顔色が悪い。結界のお陰で国の内部の情報は漏れないが、一旦、外に出てしまった物資を知らぬ存ぜぬは出来ないだろう。だが、皇家が絡んでいる事は絶対に悟られてはならない。
「島流しに合うか、断罪されるかは、理玖に掛かっている。そう言うつもりだったが、違法薬物だけではなく、聖獣に手を出していたのなら断罪だな。流石の主上も目を瞑る事は出来ないだろう」
「それでも目を瞑る様なら……」
「その場合は私が主上に退位を願い出るだろうな。勿論、退位した後も神事には従事して頂く。これだけの大事になったのは主上にも一因がある」
東宮様も家族に振り回されている方だからな。全身で疲れを表されると、こっちとしても萎える。疲れてるのはこっちの方だ。四花から皇家絡みのゴタゴタに巻き込まれてるんだぞ。
「それで、首尾はどうなってる?」
「主上は四凶を動かされた様ですが、此方は八葉を動かしました。心律がどこに連れていかれたかは主上から情報を得ています。京葉家と常葉家の元従者が関与しており、心律の安全は命に変えても、そう連絡がありました」
おそらく、付いて行ったのは常葉家の方だろうな。ボンクラ共の従者をしていた。能力はそこそこあるだろうが、主人を諌められなかったのは問題だ。いくら主人だろうと、間違えていたら訊さなくてはならない。
「京葉と常葉も貧乏くじだな。遠回しであったとしても、主上にそれとなく進言はしていた」
「は?」
「主人となった者達に進言していなかったのかと言えば、それは少しばかり話が違う」
俺は眉間に皺を寄せた。南條家と北條家の従者の一族である、京葉家と常葉家は諌めていなかったと思っていたが。
「何代か前から苦言を呈してはいたらしい。四花から離れるべきであると。まあ、そうだろうな。主人の方が従者より能力が落ち始めていた。考えるなら伴侶としていた者の能力の低下と考えるのが妥当だ。西條家と東條家は四花から離れる事で能力低下を防いでいたのだからな」
そして、皇家も早い段階で四花から伴侶を娶るのを辞めたのだ。その結果が今の状態であると言っても過言ではないだろう。
「代々の帝も罪人の一人であると言えるだろうな。今上帝だけの責ではないが、悠仁については主上の罪。もうそろそろ、自覚してもらわねばな」
東宮様の瞳が怪しく光ったような気がした。今代の東宮様は蓮並にとんでもない能力の持ち主だ。主上が退位されたとしても、問題なく国は回っていくだろう。そして、俺は主上と東宮様から齎された情報と共に、心律が囚われている場所へ八葉と共に向かった。
心律は無事だったが、悠仁様は戯言を吐かしてやがった。心律を俺から解放する? 巫山戯た事をよくものうのうと言えたものだ。フェロモンで完全に押さえつけ意識を落とすのは容易かった。しかし、心律以外の者達まで落ちてしまったのは完全に間違いであったと思う。通常使うフェロモンよりかなり強く放出していたので、普通の感覚の持ち主なら簡単に意識が飛ぶだろう。外に別部隊が待機していなかったら大変だった。常葉家の二人が心律を守る為に、ありとあらゆる言葉を巧みに使い、時間稼ぎをしてくれていたようだった。この二人、事が終われば島流しになっても何一つ文句を言わず受け入れていただろう。しかし、常葉家の現当主では次代を育てるのは無理であると東宮様が判断した。従者として従事していなかった事が大きい。その為、温情として常葉家の者とは扱われないが、次代を育てる者として島流しにはならなかった。
元南條家と元北條家のボンクラ二人は過酷な場所への島流しに決定した。極刑でも良かったのだが、苦労を知るべき、と東宮様が判断なされた。そこには本当に何もないらしい。原始的な生活を余儀なくされ、物資等もほぼ支給されない。道具も一から作り出さなければ生きていけない。唯一、荒屋的な物が点在しているらしい。それも、そこに流された者が必死で作り上げた物らしい。本当にほぼ、何も支給していなかった的場所らしい。更に国を守る結界の外の島である。環境も厳しい事が予想された。
「悠仁は極刑となった。流石の主上も手心を加えるのは無理だとの判断だ」
聖獣に手を出している事実と、聖獣を使ったキメラの製造。キメラについては流石に俺でも驚いたが。それは完全に邪法だろう。捕まえ搾取するだけではなく、存在そのものを無理やり捻じ曲げる所業だ。
「あの聖獣の子は主上に託した。どうなるのかは、あの子次第だな」
「と言いますと?」
「確かに聖獣だが、その命を弄られてしまっている。禁足地の森にいる聖獣達と上手くいかない可能性もあると言う事だな」
確かにそうかもしれない。本人の意思ではないにしても、本来の命の姿ではない。
色々あったが、それなりに平和な日々に戻り、親子水入らずで居間で寛いでいた。そこに親父がやってきて、主上が報償を与えたいと言ってきた様だ。だが、俺は再三言っている。俺と心律の子は皇家の嫁にはやらない。それ以外の報償は要らないと突っぱねた。少なくとも、西條家は他の四神同様少ないのだ。皇家に何ぞ嫁に出して、少なくするつもりはない!
親父と言い合っていると、蓮が参戦してきた。無邪気な顔をして、言っている事はかなりヤバい。お仕置きとは、連的にはどの程度のものだ? 慌てて言い繕う。親父も話題を変えてきた。どうゆう原理で懐に入っていたのか。キメラの聖獣の子が出てきたのだ。暴れていなかったのは寝ていたかららしいが。普通なら柔らかくもない男の懐で寝ていられるものなのか?
心律に空と名付けられた聖獣の子は全身で喜びを表していた。まあ、俺と蓮の白虎の欠片に反応してるからな。心律を守る様に言えばいい返事が返ってきた。能力は蓮が言うには未知数らしいが。心律的にはそんな力は使ってもらいたくない感じだな。餌の要らないペット的感覚だとは思うが。おそらく成長すると、かなりの大きさになるとは思うぞ。聖獣は実体があるようで無いからな。問題はないとは思うが。
「理玖さん。この子の部屋はどうしますか?」
心律の質問に顔の筋肉が弛む。いや、締まりのない顔は見せられない。何とかだらしない顔にならない事に成功。部屋とは言うが、どうしたものか。
「ぼくとせいかのへやでいっしょにねたい!」
蓮が嬉しそうに右手を上げて言ってきた。心律は夜、俺と一緒の寝所だ。つまり、邪魔はされたくない。蓮の案はまさに妙案だ。俺は直ぐ様許可を出す。当然、親父は何とも言えない表情になったが知った事か!
心律は東條家に行くとしても俺がついて行く事にした。流石にこれ以上、おかしな事は起こらないと思うが。不安の芽は摘まないと安心出来ない。
そんなこんなでゴタゴタがあらかた収束すると、蒴と美紅の二人が子供を連れてやって来た。
「キメラの聖獣を引き取ったと聞いたから来てみた」
蒴の言葉に俺は肩を落とした。嫌、気になるのは分かるが、家族を連れてくるとは何事か。
「偲が心律さんに会いたがってるように感じるの」
美紅の言葉に俺は半眼になった。待て、偲はαだろう。Ωの心律に執心するのは問題だし、渡す気はないぞ。俺の態度に蒴は指を刺して笑ったが、笑いたければ笑え! 番が他の、それが例え赤子だろうが、ちょっかいを掛けられる不愉快を蒴なら分かるだろう! しかも、偲の名前は心律経由で教えて貰った。本来なら、本人の口から知らせるのが筋じゃないのか?!
「分かってるから睨むな睨むな。それで聖獣の子は?」
「子供部屋だ。心律が出かける時は心律に付いてくるが、自宅にいる場合は子供達と遊んでいる。まだ、子供だしな」
そう言いながら案内すると、蓮と星華に揉みくちゃにされている空は、多分喜んでいるんだろうな。普通の動物なら嫌がると思うが。
「白虎? か?」
「でも、背中に羽根があるわよ?」
蒴の言葉に美紅が疑問系で続ける。
「キメラだからな。如何も、俺と蓮の神獣に反応したらしくてな」
心律は流石に子供達が空を揉みくちゃにしているのを不憫がって何とかしようとしているが、如何にもならないようだ。俺に気が付くと、助けて欲しいと頼ってくる。だがな、多分、蓮もだけど星華にも実は二体の神獣が付いてるのと同じ状況なんだ。海斗が側に居ないと、何方かの神獣が星華守る様に側にいる。それに反応して、空は更に心律の言葉を借りるなら、はにゃーん、となっている。そして、蒴と美紅の腕に抱かれている偲を見付けると、更にはにゃーん、となった。間違いない。空は神獣に反応している。
「如何言う事だ?!」
「あ……、神獣の欠片に異常に反応するんだよ。しかも、親父のには反応しないから、ある一定の力がないと反応が薄い」
「へえ、じゃあ、この子を俺が連れ帰っても?」
「それは無理だな。空は基本、心律から離れない。心律が名前を与えた関係もあるだろうが」
これは本当だ。心律が空に何も告げずに出て行こうものなら、慌てて付いてくる。別の場所にいてもそうだから、名前をつけた事で繋がっているんだと思うが。
「そうか。ペットみたいなサイズだし、いいかと思ったんだけどね」
「サイズに関しては、成長すると思うぞ。まだ、幼体だからな。育ち切れば、サイズは自由に変えられるだろうが、もし、白虎がベースなら、それなりの大きさになるだろうな」
空の大きさについては、親父ともそんな結論に達している。能力についても、成長が止まるまで分からないのではないかと話している。キメラである事と、背中の羽根がどの聖獣のものであるのか分かっていないのも理由だ。もしかしたら、二体ではない可能性もある。悠仁様が刀に取り込ませていた力だが、作った本人もわかってなかっただろうな。その悠仁様だが、先日、刑が執行された。表向きは病死となっている。やはり、皇家の不祥事だ。隠蔽するとは思っていたが。だが、主上は近いうちに退位予定となった。理由は次男が病死により死去した事による心身喪失。まあ、実際は四神、この場合、西條家と東條家だが、主上に責任の所在を明らかにするように迫った関係もある。東宮様も主上を庇う事はしないと宣言された。数年を目処に、主上は東宮様に帝の座を渡される。数年なのは、まだ、責任を取ってもらうものが多いからだと、東宮様はいい顔で笑ってらしたが。あの笑みは怖いだろうな。例え息子でも、能力は比べるべくもない。
子供三人と母親二人は、空を中心に遊んでいるのか? まあ、平和ではあるな。
「これ以上、何も起こらないといいけどね」
「他人事だと思って、言葉が軽くないか?」
「他人事であるのは確かだね。でも、何かが有れば手は貸すよ」
後に言葉が続きそうだが、気が付かなかった振りをしようか。
その後、親父と伯父と蒴の手も借り、今回のゴタゴタの後始末に追われた。報償は頑なに、俺と心律の子は嫁にやらん、を言い続けたがそれだけはやめて欲しいと懇願された。いや、しっかり利用しといて、虫が良すぎないか。俺の頑なさに、蒴は苦笑い。親父と伯父は政治的配慮を考えて欲しいと忠告して来た。俺は本気なんだが。更に言い続けたが、方々からの反対にあい、仕方なく別の物を頼む事になった。それならば空は禁足地から出る事になったが、その場所を知らないのは問題だ。つまり、禁足地の端でも足を踏み入れる事の許可を願い出た。期間は俺と心律が生きている間のみ。最初渋られたが、話が話だけに俺と心律と空のみ、との条件付きで許された。蓮と星華は連れて行けない。当然、両親もだ。
一連の騒動は、当事者でなければ何もなかったかのように処理された。俺が大学を休んでいたのも、心律の体調不良とされた。
今日も今日とて、子供達と心律と空は庭を走り回ってる。星華は走ると言うより、やっと歩き始めたからか、よちよち歩いては尻餅をつくを繰り返してる。それを見ている心律は可愛さに身悶えていたが、俺の目には神獣の欠片が危なくない程度に手を貸していた。あれなら頭を打つこともない。安全と言えば安全だ。
「理玖様」
「海斗も苦労をかけた」
「いいえ。理玖様が暴走されなくてよかったです」
「如何言う意味だ?」
「そのままの意味です」
海斗がしれっと生意気なことを宣う。当分、何もなければいい。その海斗は今回、悠仁様関係の情報収集をして貰っていた。調べれば調べるだけ出てくるとは如何言った了見だ。よく、主上も放置していたものだと思う。
「報酬が聖獣の子の為とは、お二人らしい」
海斗はそんなことを言った。はっきり言って報酬など必要ない。それでうやむやにしようとしているなら論外だ。それに、皇家が本当に警戒しなくてはいけないのは俺じゃない。蓮を怒らせると如何なるか分からないぞ。
「海斗は蓮の神獣の欠片を視認して、如何言った感想を持った?」
海斗はスッと目を細めた。星華関係で神獣の欠片を宿す事になった海斗は、俺と蒴同様に神獣の欠片が視える。
「危険ですね。理玖様と蒴様の神獣の欠片もかなりの大きさですが、蓮様の神獣の欠片は宿主を覆い隠す大きさです。蓮様はそれを御する能力を兼ね備えているでしょうが、暴走することがあれば、抑えるのは至難の業かと」
「やっぱりか」
蓮はある種、特殊な生まれだ。心律が慎重に慎重を重ね、それでも一個の命として誕生した。その命の強さは、未知数で計り知れない。
「このまま何も無ければと思ってはいます」
海斗の言葉は何かの含みを持たせていた。何も無いなどあり得ないのだ。心律と結婚し、それ程の年数は経っていない。それであるのに、既に三つもの厄介事が起こった。一つは心律の実家。一つは四花、橘家。一つは皇家だ。他に何かが起こるのか。それが心配の種だ。
「出来る範囲で注意はしますが……」
如何な海斗でも、出来る事と出来ない事がある。それくらい俺でも分かっている。
「そこまで求めていない。ただ、穏やかに過ごしたいもんだ」
「確かに……」
目の前の幸せな光景がずっと続けば良いと。だが、それは希望的観測でしか無い事も理解していた。
「理玖もよくそんな事考えたね。下手をしたら、反逆罪だ」
「御言葉ですが、今の主上はただ、ご自分の子に甘い親馬鹿ですよ。このままでは示しがつかない」
「確かに、それで、主上は納得されたのか?」
「納得されたとお思いですか? あれだけの罪人を守り続けたんですよ。それと、俺と心律の子は皇家には嫁がせませんからそのつもりで」
「……それは撤回してもらえないのか?」
「無理ですね」
俺は東宮様にキッパリと言い切る。
「まず、主上は確かに能力のあるお方ですが、四花と南條家と北條家に対してはヘタレも良いところです。四花は華族ではありません。何一つ責任を持たせていない者に大きな顔をさせ続けていた責任は取ってもらいたい。二家に付いてもです。次代に神獣の欠片が宿らなかった時点で切り捨てる選択をしなかった。それが今回の騒動の発端ですよ」
四花のΩが違法な呪法により作られていた。そのせいで、多くのΩが失われたのだ。その事実を握りつぶす事は容認出来ない。
「南條家と北條家は此方の忠告を完全に無視した。主上もなされていた様だが、それでは温かった。其れでも、当主に神獣の欠片が付いていたとは言え、その力は微々たるもの。我が父と伯父に遠く及ばない力です。結界のバランスを考えるなら、早々に決断されるべきだった」
俺の言葉に東宮様は顔を曇らせた。国を覆っている、神と神獣による結界は今代、バランスの悪さからかなり危ういものとなっている。そのせいで帝が担う神事が過酷になっている。本来は帝のみが行えば事足りていた。だが、今では帝と共に東宮様も神事を行なっている。それでなんとか均衡が保たれているのだ。今上帝が退位したとしても、南條家と北條家の次代が誕生し、神事に従事できる年齢になるまで、皇家が担う神事は二人で行わなくてはならない。そうでなくては、他国からの侵攻を許す事態になる。豊穣の舞については海斗がいる為、その部分は何とかなるだろう。だが、それも一時的な事だ。強固な結界があるからこそ、小国である我が国は他国と対等でいられるのだ。
「主上には悠仁様には関する犯罪の証拠の提示を願い出ました。東宮様も何か情報をお持ちですか?」
「素直に出して貰えたのか?」
「心律が攫われたんですよ。もし、渋る様なら、俺は心律と共に隠居すると脅しました。幸い、西條家には蓮と星華がおります」
東宮様はスッと目を細めた。おそらく、東宮様が持っている情報も主上の持つ情報と変わらないだろう。そこまで考えて俺は思案した。東條家には蒴がいる。あそこは安泰だ。次代の子も強い神獣の欠片を内包して誕生した。二つの属性ではないが、青龍の力を当代当主より強く引き継いでいる。西條家は二つの属性を内包し、尚且つ、今までにない強い力を持って生まれた蓮がいる。あの子は特殊だ。心律がありとあらゆる避妊をしていたにも関わらず、其れでも一つの命として生まれた。つまり、神獣に愛されている証拠だ。星華にしても、おそらく、朱雀と玄武に目を付けられた。それだけ能力の高いΩだったんだ。だが、星華ではなくその相手、海斗に神獣の欠片が付いたのは、星華を守るために神獣が考えた結果なんだと思う。もし星華に付いていたら、主上が星華を南條家と北條家の生贄にした筈だ。
「主上は確かに能力の高い方ですが、最後の一手を中々出せない。その部分に於いては残念でなりません」
「私もそうである可能性があると思うが?」
「もしそうなら切り捨てるまでです。何、簡単ですよ。西條家は四神から抜けます。名前など関係ありません。抜ける事で神獣の欠片が離れたとしても、生活に問題はないですからね。父とも話は済んでいます。我が家を要らないと切り捨てるのは此方としても、公務から解放されるので有難い。父はそこまで言っていますので」
東宮様は諦めた様に溜め息を付いた。今の四神、ましてや皇家の状況で、西條一族が抜けるのは大きな痛手だろう。父は東條の伯父と共に南條家と北條家が抜けた穴を埋めている状態だ。他国との窓口を兼ねる四神が東條家だけになると痛いだけでは済まない。この国の内部がおかしなことになっていると他国に知れてしまう。結界のお陰で情報が外に漏れない。それはこの国を守っている大きな力だ。
それに、後数年で俺と蒴が大学を卒業する。そうなると、俺と蒴も公務を割り当てられるだろう。父と東條の伯父の二人では回り切っていない。何より、四神は少なくなりすぎだ。本来なら、分家なり存在するのだが、四神は四花の影響で血族が限りなく少ない。そこにきて、南條家と北條家の没落ぶりだ。低すぎる能力に主上は匙を投げていた。それであるのに最後の一手に出なかった。大変、迷惑極まりない。
「主上には後で話す予定ですが、悠仁様は聖獣に手を出しています」
「は?」
「聖獣ですよ。不当に聖獣を捕獲し、その聖獣の力を無理矢理抜き出し、魔道具の動力にしています」
東宮様は目を見開き、その表情は信じられないと言っている様だった。聖獣は神獣となる事の出来る特殊な存在だ。禁足地となっている原初の深い森に守られている。そこの守護は皇家が担っているのだ。
「愚かだと思っていたが、まさか、あの場所に手を出すとは……」
東宮様は右手で額を覆った。予測の上をいく事態に、どうして良いのか分からない、そんな感じだ。
「主上は俺に悠仁様を断罪出来るだけのものを提示してこいと言われましたが。そんな命令などせずとも、今までの所業で断罪は可能であった筈。それを今更、俺と西條家に求めるのはおかしい」
俺の言葉に、東宮様は溜め息を吐かれた。なにか理由があるのか?
「悠仁は自分が特殊なαだと勘違いしている。βであると何度も伝えたのだが、フェロモンを全く感知しない。フェロモン不感症なのだ」
「は?」
「並のαのフェロモンでは全く太刀打ち出来ない。それ程の不感症でな」
αとΩが持つ特殊な能力。その一つがフェロモンだ。Ωは周りを魅了するフェロモンのみだが、αは威嚇から魅了まで、その幅はかなり広い。そのフェロモンが全く通用しない。厄介以外の何者でもないだろう?!
「私のフェロモンは何となく感知している様だが、その他のαのフェロモンは全くと言っていい」
「つまり、主上のフェロモンも感知できていないと?」
「そうなる。私はαの中でも特殊なαだからな」
「存じております」
東宮様はαの中のαと言われている。βは基本的にフェロモンに反応は薄いが、故意に使われたフェロモンには反応する。αがその様にフェロモンを使うからだ。
「おそらくだが、理玖のフェロモンも彼奴には効くだろう」
「何故です?」
「番、それも、運命との間に繋がれた番を持つαは能力以上の力を発揮する。つまり、今の理玖は私に匹敵する能力を持っていると推測される」
それは知らなかった。確かに運命と言われる番はほぼ現れない。奇跡の中の奇跡と言われているが、そうなると海斗も今まで以上の能力を発揮する様になるのか。まあ、星華が成人し、番関係を結ばないと駄目だとは思うが。
「しかも、彼奴が使っていた違法薬物である香だが……」
俺は忌々しくなり眉間に皺を刻んだ。悠仁様が使っていた違法薬物である香はα、Ω、β関係なく発情させる厄介な物だ。では使う者も一緒に発情し、意識が混濁するのではと考える。しかし、そこはちゃんと考えられていて、中和する薬物を事前に摂取する事で回避していた。番持ちのΩをαから奪った方法がこれである。しかも、間違った番からΩを守る為、もしくは、本当の番がΩを守った、そんな事を言い続けていたらしい。巫山戯た言い訳だ。ただのβでありながら、どれだけの番を不幸にするつもりか。心律をターゲットにしたのは本当に頂けなかった。
「あの香の製造元は悠仁様です。違法魔道具同様、してはならない事に手を染めていました。しかも、香については他国に輸出している可能性があります。それ程多くはないかと思いますが、そちらも調査された方がいい」
「はあ。これは完全に主上の落ち度だ。最初に発覚した時にきちんとした調査を行わなかった弊害か」
「最初の頃に潰していれば、あそこまでの純度のものは製造されてなかったでしょうね。元の鞘に戻れた番は初期の薬を使われた者に多い」
東宮様は頭の痛い問題に若干、顔色が悪い。結界のお陰で国の内部の情報は漏れないが、一旦、外に出てしまった物資を知らぬ存ぜぬは出来ないだろう。だが、皇家が絡んでいる事は絶対に悟られてはならない。
「島流しに合うか、断罪されるかは、理玖に掛かっている。そう言うつもりだったが、違法薬物だけではなく、聖獣に手を出していたのなら断罪だな。流石の主上も目を瞑る事は出来ないだろう」
「それでも目を瞑る様なら……」
「その場合は私が主上に退位を願い出るだろうな。勿論、退位した後も神事には従事して頂く。これだけの大事になったのは主上にも一因がある」
東宮様も家族に振り回されている方だからな。全身で疲れを表されると、こっちとしても萎える。疲れてるのはこっちの方だ。四花から皇家絡みのゴタゴタに巻き込まれてるんだぞ。
「それで、首尾はどうなってる?」
「主上は四凶を動かされた様ですが、此方は八葉を動かしました。心律がどこに連れていかれたかは主上から情報を得ています。京葉家と常葉家の元従者が関与しており、心律の安全は命に変えても、そう連絡がありました」
おそらく、付いて行ったのは常葉家の方だろうな。ボンクラ共の従者をしていた。能力はそこそこあるだろうが、主人を諌められなかったのは問題だ。いくら主人だろうと、間違えていたら訊さなくてはならない。
「京葉と常葉も貧乏くじだな。遠回しであったとしても、主上にそれとなく進言はしていた」
「は?」
「主人となった者達に進言していなかったのかと言えば、それは少しばかり話が違う」
俺は眉間に皺を寄せた。南條家と北條家の従者の一族である、京葉家と常葉家は諌めていなかったと思っていたが。
「何代か前から苦言を呈してはいたらしい。四花から離れるべきであると。まあ、そうだろうな。主人の方が従者より能力が落ち始めていた。考えるなら伴侶としていた者の能力の低下と考えるのが妥当だ。西條家と東條家は四花から離れる事で能力低下を防いでいたのだからな」
そして、皇家も早い段階で四花から伴侶を娶るのを辞めたのだ。その結果が今の状態であると言っても過言ではないだろう。
「代々の帝も罪人の一人であると言えるだろうな。今上帝だけの責ではないが、悠仁については主上の罪。もうそろそろ、自覚してもらわねばな」
東宮様の瞳が怪しく光ったような気がした。今代の東宮様は蓮並にとんでもない能力の持ち主だ。主上が退位されたとしても、問題なく国は回っていくだろう。そして、俺は主上と東宮様から齎された情報と共に、心律が囚われている場所へ八葉と共に向かった。
心律は無事だったが、悠仁様は戯言を吐かしてやがった。心律を俺から解放する? 巫山戯た事をよくものうのうと言えたものだ。フェロモンで完全に押さえつけ意識を落とすのは容易かった。しかし、心律以外の者達まで落ちてしまったのは完全に間違いであったと思う。通常使うフェロモンよりかなり強く放出していたので、普通の感覚の持ち主なら簡単に意識が飛ぶだろう。外に別部隊が待機していなかったら大変だった。常葉家の二人が心律を守る為に、ありとあらゆる言葉を巧みに使い、時間稼ぎをしてくれていたようだった。この二人、事が終われば島流しになっても何一つ文句を言わず受け入れていただろう。しかし、常葉家の現当主では次代を育てるのは無理であると東宮様が判断した。従者として従事していなかった事が大きい。その為、温情として常葉家の者とは扱われないが、次代を育てる者として島流しにはならなかった。
元南條家と元北條家のボンクラ二人は過酷な場所への島流しに決定した。極刑でも良かったのだが、苦労を知るべき、と東宮様が判断なされた。そこには本当に何もないらしい。原始的な生活を余儀なくされ、物資等もほぼ支給されない。道具も一から作り出さなければ生きていけない。唯一、荒屋的な物が点在しているらしい。それも、そこに流された者が必死で作り上げた物らしい。本当にほぼ、何も支給していなかった的場所らしい。更に国を守る結界の外の島である。環境も厳しい事が予想された。
「悠仁は極刑となった。流石の主上も手心を加えるのは無理だとの判断だ」
聖獣に手を出している事実と、聖獣を使ったキメラの製造。キメラについては流石に俺でも驚いたが。それは完全に邪法だろう。捕まえ搾取するだけではなく、存在そのものを無理やり捻じ曲げる所業だ。
「あの聖獣の子は主上に託した。どうなるのかは、あの子次第だな」
「と言いますと?」
「確かに聖獣だが、その命を弄られてしまっている。禁足地の森にいる聖獣達と上手くいかない可能性もあると言う事だな」
確かにそうかもしれない。本人の意思ではないにしても、本来の命の姿ではない。
色々あったが、それなりに平和な日々に戻り、親子水入らずで居間で寛いでいた。そこに親父がやってきて、主上が報償を与えたいと言ってきた様だ。だが、俺は再三言っている。俺と心律の子は皇家の嫁にはやらない。それ以外の報償は要らないと突っぱねた。少なくとも、西條家は他の四神同様少ないのだ。皇家に何ぞ嫁に出して、少なくするつもりはない!
親父と言い合っていると、蓮が参戦してきた。無邪気な顔をして、言っている事はかなりヤバい。お仕置きとは、連的にはどの程度のものだ? 慌てて言い繕う。親父も話題を変えてきた。どうゆう原理で懐に入っていたのか。キメラの聖獣の子が出てきたのだ。暴れていなかったのは寝ていたかららしいが。普通なら柔らかくもない男の懐で寝ていられるものなのか?
心律に空と名付けられた聖獣の子は全身で喜びを表していた。まあ、俺と蓮の白虎の欠片に反応してるからな。心律を守る様に言えばいい返事が返ってきた。能力は蓮が言うには未知数らしいが。心律的にはそんな力は使ってもらいたくない感じだな。餌の要らないペット的感覚だとは思うが。おそらく成長すると、かなりの大きさになるとは思うぞ。聖獣は実体があるようで無いからな。問題はないとは思うが。
「理玖さん。この子の部屋はどうしますか?」
心律の質問に顔の筋肉が弛む。いや、締まりのない顔は見せられない。何とかだらしない顔にならない事に成功。部屋とは言うが、どうしたものか。
「ぼくとせいかのへやでいっしょにねたい!」
蓮が嬉しそうに右手を上げて言ってきた。心律は夜、俺と一緒の寝所だ。つまり、邪魔はされたくない。蓮の案はまさに妙案だ。俺は直ぐ様許可を出す。当然、親父は何とも言えない表情になったが知った事か!
心律は東條家に行くとしても俺がついて行く事にした。流石にこれ以上、おかしな事は起こらないと思うが。不安の芽は摘まないと安心出来ない。
そんなこんなでゴタゴタがあらかた収束すると、蒴と美紅の二人が子供を連れてやって来た。
「キメラの聖獣を引き取ったと聞いたから来てみた」
蒴の言葉に俺は肩を落とした。嫌、気になるのは分かるが、家族を連れてくるとは何事か。
「偲が心律さんに会いたがってるように感じるの」
美紅の言葉に俺は半眼になった。待て、偲はαだろう。Ωの心律に執心するのは問題だし、渡す気はないぞ。俺の態度に蒴は指を刺して笑ったが、笑いたければ笑え! 番が他の、それが例え赤子だろうが、ちょっかいを掛けられる不愉快を蒴なら分かるだろう! しかも、偲の名前は心律経由で教えて貰った。本来なら、本人の口から知らせるのが筋じゃないのか?!
「分かってるから睨むな睨むな。それで聖獣の子は?」
「子供部屋だ。心律が出かける時は心律に付いてくるが、自宅にいる場合は子供達と遊んでいる。まだ、子供だしな」
そう言いながら案内すると、蓮と星華に揉みくちゃにされている空は、多分喜んでいるんだろうな。普通の動物なら嫌がると思うが。
「白虎? か?」
「でも、背中に羽根があるわよ?」
蒴の言葉に美紅が疑問系で続ける。
「キメラだからな。如何も、俺と蓮の神獣に反応したらしくてな」
心律は流石に子供達が空を揉みくちゃにしているのを不憫がって何とかしようとしているが、如何にもならないようだ。俺に気が付くと、助けて欲しいと頼ってくる。だがな、多分、蓮もだけど星華にも実は二体の神獣が付いてるのと同じ状況なんだ。海斗が側に居ないと、何方かの神獣が星華守る様に側にいる。それに反応して、空は更に心律の言葉を借りるなら、はにゃーん、となっている。そして、蒴と美紅の腕に抱かれている偲を見付けると、更にはにゃーん、となった。間違いない。空は神獣に反応している。
「如何言う事だ?!」
「あ……、神獣の欠片に異常に反応するんだよ。しかも、親父のには反応しないから、ある一定の力がないと反応が薄い」
「へえ、じゃあ、この子を俺が連れ帰っても?」
「それは無理だな。空は基本、心律から離れない。心律が名前を与えた関係もあるだろうが」
これは本当だ。心律が空に何も告げずに出て行こうものなら、慌てて付いてくる。別の場所にいてもそうだから、名前をつけた事で繋がっているんだと思うが。
「そうか。ペットみたいなサイズだし、いいかと思ったんだけどね」
「サイズに関しては、成長すると思うぞ。まだ、幼体だからな。育ち切れば、サイズは自由に変えられるだろうが、もし、白虎がベースなら、それなりの大きさになるだろうな」
空の大きさについては、親父ともそんな結論に達している。能力についても、成長が止まるまで分からないのではないかと話している。キメラである事と、背中の羽根がどの聖獣のものであるのか分かっていないのも理由だ。もしかしたら、二体ではない可能性もある。悠仁様が刀に取り込ませていた力だが、作った本人もわかってなかっただろうな。その悠仁様だが、先日、刑が執行された。表向きは病死となっている。やはり、皇家の不祥事だ。隠蔽するとは思っていたが。だが、主上は近いうちに退位予定となった。理由は次男が病死により死去した事による心身喪失。まあ、実際は四神、この場合、西條家と東條家だが、主上に責任の所在を明らかにするように迫った関係もある。東宮様も主上を庇う事はしないと宣言された。数年を目処に、主上は東宮様に帝の座を渡される。数年なのは、まだ、責任を取ってもらうものが多いからだと、東宮様はいい顔で笑ってらしたが。あの笑みは怖いだろうな。例え息子でも、能力は比べるべくもない。
子供三人と母親二人は、空を中心に遊んでいるのか? まあ、平和ではあるな。
「これ以上、何も起こらないといいけどね」
「他人事だと思って、言葉が軽くないか?」
「他人事であるのは確かだね。でも、何かが有れば手は貸すよ」
後に言葉が続きそうだが、気が付かなかった振りをしようか。
その後、親父と伯父と蒴の手も借り、今回のゴタゴタの後始末に追われた。報償は頑なに、俺と心律の子は嫁にやらん、を言い続けたがそれだけはやめて欲しいと懇願された。いや、しっかり利用しといて、虫が良すぎないか。俺の頑なさに、蒴は苦笑い。親父と伯父は政治的配慮を考えて欲しいと忠告して来た。俺は本気なんだが。更に言い続けたが、方々からの反対にあい、仕方なく別の物を頼む事になった。それならば空は禁足地から出る事になったが、その場所を知らないのは問題だ。つまり、禁足地の端でも足を踏み入れる事の許可を願い出た。期間は俺と心律が生きている間のみ。最初渋られたが、話が話だけに俺と心律と空のみ、との条件付きで許された。蓮と星華は連れて行けない。当然、両親もだ。
一連の騒動は、当事者でなければ何もなかったかのように処理された。俺が大学を休んでいたのも、心律の体調不良とされた。
今日も今日とて、子供達と心律と空は庭を走り回ってる。星華は走ると言うより、やっと歩き始めたからか、よちよち歩いては尻餅をつくを繰り返してる。それを見ている心律は可愛さに身悶えていたが、俺の目には神獣の欠片が危なくない程度に手を貸していた。あれなら頭を打つこともない。安全と言えば安全だ。
「理玖様」
「海斗も苦労をかけた」
「いいえ。理玖様が暴走されなくてよかったです」
「如何言う意味だ?」
「そのままの意味です」
海斗がしれっと生意気なことを宣う。当分、何もなければいい。その海斗は今回、悠仁様関係の情報収集をして貰っていた。調べれば調べるだけ出てくるとは如何言った了見だ。よく、主上も放置していたものだと思う。
「報酬が聖獣の子の為とは、お二人らしい」
海斗はそんなことを言った。はっきり言って報酬など必要ない。それでうやむやにしようとしているなら論外だ。それに、皇家が本当に警戒しなくてはいけないのは俺じゃない。蓮を怒らせると如何なるか分からないぞ。
「海斗は蓮の神獣の欠片を視認して、如何言った感想を持った?」
海斗はスッと目を細めた。星華関係で神獣の欠片を宿す事になった海斗は、俺と蒴同様に神獣の欠片が視える。
「危険ですね。理玖様と蒴様の神獣の欠片もかなりの大きさですが、蓮様の神獣の欠片は宿主を覆い隠す大きさです。蓮様はそれを御する能力を兼ね備えているでしょうが、暴走することがあれば、抑えるのは至難の業かと」
「やっぱりか」
蓮はある種、特殊な生まれだ。心律が慎重に慎重を重ね、それでも一個の命として誕生した。その命の強さは、未知数で計り知れない。
「このまま何も無ければと思ってはいます」
海斗の言葉は何かの含みを持たせていた。何も無いなどあり得ないのだ。心律と結婚し、それ程の年数は経っていない。それであるのに、既に三つもの厄介事が起こった。一つは心律の実家。一つは四花、橘家。一つは皇家だ。他に何かが起こるのか。それが心配の種だ。
「出来る範囲で注意はしますが……」
如何な海斗でも、出来る事と出来ない事がある。それくらい俺でも分かっている。
「そこまで求めていない。ただ、穏やかに過ごしたいもんだ」
「確かに……」
目の前の幸せな光景がずっと続けば良いと。だが、それは希望的観測でしか無い事も理解していた。
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