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奇跡に祝福をⅣ side 理玖
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その知らせを聞いたのは、大学で講義を受けている時だった。父の継鷹と母の綾乃と共に、心律の警備には万全を期していた。主上にも話を通し、何かがあった時には手を貸してもらえるように手配もしている。理由としては次に何かしらしてくるのは皇家次男の悠仁様だと勘が告げていたからだ。何より、その認識は誰もが持っている事だった。
何も起こることはなく蒴と美紅の間の子が誕生した。強い青龍の欠片を宿す男児だ。こちらはどうやら蒴ではなく美紅の容姿に似たようで、かなりの可愛さである。蓮が可愛くないかと言われたらそれは全く違うが、嫁に似ているのは本当に堪らない。蒴がその恩恵を得るなど少し、否、かなり嫌だが目出度い事に変わりない。
心律はそこそこ頻繁に東條家に足を運んでいた。警備は確かに万全だが、絶対ではない。だからと言って、心許せる存在となった美紅と疎遠にさせるわけにはいかない。その移動の時間を狙われた。今や、皇家にすら一目置かれる心律である。襲撃者もすぐに捉えられたが、そこはそれを計画した者の頭の良さだろう。襲う役目を担う者と、攫う者は全く役目が違った。襲う者達は何も知らされておらず、ただ、混乱を起こすようにとの指示だった。そのどさくさに紛れて心律を攫ったのだ。
「影からの報告は?」
「間違いなく悠仁様だ。何処に連れて行かれたのかも主上は把握しておられる。此方に知らせてくれた。だが……」
父の歯切れが悪い。主上はおそらく何かしらを要求してきている筈だ。その要求が悠仁様の完全なる皇室抹消。つまり、そこまでは助け出すのを待って貰いたい、というもの。俺は強い焦燥感に奥歯を噛み締めた。心律はやっと平穏を手に入れたんだ。その平穏を脅かす者は誰であろうと赦すつもりはない。それが例え、皇家であろうとだ。
「もっと早くに皇家から放逐も出来たはずだっ!」
「放逐では駄目だとお考えでな。市井に解き放ってみろ、あの傲慢な性格が災いし、更なる厄介事を持ち込む」
「つまり?」
「皇家が持つ最果ての離島に幽閉出来るだけの理由が欲しいんだよ主上はな」
その為に心律を使うつもりか。それに今でさえ、心律がどんな目に遭っているのか気が気じゃない。番契約をしているΩは他の存在を完全に拒絶する。唯一、番い契約を解除出来るのは運命のαだけだ。しかし、俺と心律は魂の番。その拒絶反応は他の比ではなく、解除出来るαもいない。もし、性的な目的で心律に触れた場合、心律が無事である確率が低くなる。
「主上は四凶を使われる」
俺は父の言葉を疑った。四凶とは四神と似ていて非なる者だ。四神は一族だが、四凶はその職を意味する。分かりやすく言えば、主上の手駒であり暗殺者だ。
「幽閉される予定の筈では?」
「流石の主上も、心律の状態如何によってはその命を奪うのも吝かではない。そう言う意味だ」
「……つまり、そうなる可能性が分かっているのに、条件をつけたのか?!」
俺は怒りに打ち震えた。もし心律に何かがあれば、皇家だろうと容赦はしない。それで島流しに合おうが納得し行動したを結果だ。心律と共に隠居張りの生活をしてやる!
「落ち着け。捕まえた者達は心律の事を全く知らなかった。つまり、乗っていた車の中まで入ってはいない。悠仁様は使ってはならない者達を使ったと言う事だ」
「誰だ……?」
「元四神、南條家と北條家のボンクラとその手下だ」
父はこう推察した。心律を手に入れ、みんなで共有し、子を産ませる。ただ、それは都合よく使うための文句だろう。心律を攫う事に成功した暁には、使った者達を亡き者にする。βとは言え、皇家の第二子。権力はしっかり持っている。
「南條家と北條家は島流しになったんじゃないのか?」
「当主は大人しく島流しに合ったんだがな、その息子達が子飼いと共に逃げ出した」
皇家の力を疑うわけではないが、絶対に態と逃げ出せるようにした筈だ。そうすれば、悠仁様はボンクラ二人を使う。βの中でもαに近い能力を持っているのが質が悪い。
「態と泳がせたな……」
「主上にはそれなりに責任は取ってもらう。うちの可愛い嫁を使うなどもっての外だ」
「娘が産まれても、最低三代は嫁にやらん!」
俺の言葉に父は目を見開いた。そうだろう? 至高の存在、そう言いながら貞のいい駒のように扱ったんだ。俺と心律の血筋の子を皇家の嫁に何ぞ出す訳ないだろう?
「その条件を飲ませてくれ。それで嫌だが納得してやるっ」
「いや、流石にそれは主上も反発すると……」
「知るか! こうなってるのも、全部全部、主上がのらりくらりしてたからだろうが! 前回の事もだろう! 知らないとでも思ってるのかよ!」
父は深い溜め息を吐いた。四花の事にしても主上が何かしら手を打てば防げたものだ。何時迄も優遇していたのは皇家も同じだ。口で注意を促すだけではなく、行動に移すべきであった案件だ。
「自分の子供だからと甘く見ていたのが問題だろう。何人の番に手を出した? そのせいで、どれだけの者に迷惑をかけた? 皇家だから帝だから許されるなど、あってはならないだろう? 主上はそれなりの責任を四神以下の華族に課してるんだ」
何時迄も勘違いさせておいた主上が悪いのだ。隠すのではなく、悠仁様はβであったと、国内外に通達して仕舞えばよかったんだ。そうすれば、本人がどう喚こうが、主上の言葉を皆信じる。
「東宮様でさえ、自分の弟を危惧しているし、何より、番にちょっかいを掛けられていた。主上が自分の子可愛さにどれだけ周りが振り回されているか、いい加減、現実を見て貰いたい」
俺の言葉に父は深い溜め息を吐いた。皇家には時々、βが誕生した。大抵は直ぐに受け入れるそうだが、生まれがなまじに高貴なものだから、勘違いする者も中にいる。その筆頭が悠仁様という訳だ。βの中では最上位の能力を持ち、αとの能力を比べると、そこそこの能力の持ち主。故に勘違いするのは仕方ないと思うが相手のいる、しかも番契約しているΩに手を出す。番契約をしたΩは、番となったαに依存する。酷い時は嘔吐することさえあるし、もっと酷いと気が触れてしまう。これで相手が運命の場合、そのΩの番のαも狂うのだ。
「主上はどうやら俺に狂い死ね、とそう言いたいと考えていいんだな?」
俺が剣呑な表情で呟けば、父はあからさまに慌てた。そう、事は心律だけに止まらないのだ。心律が受けた仕打ちを、俺も共有する事になる。
「主上は最上級のαだ。当然、番に付いても詳しく知っておられると思う。もし、俺と心律が狂う事前提にこの計画を練られたのなら最悪だ。皇家に対する忠誠心など失墜してあまりある所業だと思う。それでも、俺は我慢しないといけないというのなら、少なくとも俺が提示した条件は飲むべきだろう?」
父もどうやら理解したらしい。俺と心律は普通の番とは違うんだよ。運命という、ある意味αとΩが嫌悪する存在だ。動物的とまで言われるくらい離れたり、Ωが他に害されると相手であるαも普通ではいられなくなる。俺が大学を休んでいるのは何も心律の事だけではない。もしかすると、俺が大学校内で発狂する可能性を秘めていたからだ
「運命の番は砂漠の中から一粒の砂を見つけるほどの奇跡だ。しかも、見つけたからと言って添い遂げられるとは限らない。既に番がおり諦める場合と、年齢差で泣く泣く断念する運命もいる。そう考えれば俺はある意味幸運で、ある意味不幸なんだよ。心律が俺に依存してくれるように、俺も心律に依存してるんだ。心律がいるからこそ、能力以上の力を発揮出来る」
αとΩの神秘とまで言われる関係性。それは即ち、ありとあらゆる相性がいいからこその奇跡だ。
「親父も覚悟しろよ。まあ、蓮が居るから、俺と心律がどうなろうと関係ないというのなら話は別だ」
「馬鹿な事を言うなっ。お前は大切な息子なんだ。切望し、やっと手にした息子なんだぞっ」
確かに四神は強い力を持つαの一族。子孫を残すのが困難な血筋だ。遠い血筋を、と考えても下手な相手を選べない。蒴はある意味、特異な存在だろうな。嫁である美紅は市井の者だ。華族は基本、華族を相手とする場合が多い。例外が四花だった訳だが。
「もし、二人がどうかなってしまった場合、西條家としては少しの間、表に出ない事になるだろう。当然、新年の神事にも欠席の意向を取る。それで、四神としの資格を剥奪されたとしても痛くも痒くもない。何も国の要職につかずとも、一族の仕事だけで食べていける。公務など逆に重荷でしかない」
確かに。今は父が公務を、母が一族としての仕事を回しているのが現状だ。それだけ、西條家に人が居ないのだ。
「四神の能力は国を守るために必要なものだが、その為に大切な家族を犠牲にするつもりはない」
父の言葉は重かった。そうだろうな。αの一族は血筋を尊ぶが、何もそれに固執はしていない。家族としての情は厚いのだ。
「主上は四凶を使われるが、此方は八葉に手を回した。何としても心律は無事に返してもらわなくてはならない」
「その事なのですが……」
そう声をかけて来たのは梼葉 悟。つまり、父の従者だ。梼葉家の当主である。
「常葉と京葉の元従者から連絡が来ています。今代、ボンクラと言われた元後継者の従者は常葉家。その二人と元当主の従者の二人。其々からですが」
「どう言う事だ?」
「流石にこの四人は今回の事が大変な事であると分かっているようです」
要約すると、島流しにあう時、ボンクラ二人は逃げ出す事を考えていた。そして、主上がその二人を泳がせる事に気が付いていた。仕える者を諌める事は出来なかったが、そこそこの能力は備わっていたのだ。そして、出した結論は子飼いとして一緒に付いて行く。何かしら、良からぬ事を考えているのは理解していたらしい。まさか、西條家の至宝と言われる、次代の番に手を出すとは考え及ばなかったようだが。何より、ボンクラ二人を手引きしたのが皇家の次男、悠仁様だったと言う事だ。悠仁様の素行は知れ渡っていた。番のΩに手を出し、散々迷惑を掛けていた。最悪、番の解消をされてしまったΩが狂ってしまった話も聞いている。何とも罪深い存在だが、主上が采配しており内々に処理されていた。
「今回ばかりは流石の主上でも揉み消すのは無理です。心律様は四神にとって至宝であり、次代の南條家と北條家の親となられる星華様の御母堂。全ての上位華族を敵に回した形になります」
確かに主上も今回ばかりは揉み消せない。つまり、今まで我慢に我慢を重ねていた主上が決断したと言う事だろう。それに心律を使うのが絶対に許せないが……。
「つまり、その四人は?」
「正確にはボンクラの従者をしていた二人ですね。継鷹様の予想通り、その二人に心律様を攫う命令が下されていたようです。命に変えても守り抜きます、そう伝えて来ました」
「本当か?」
「ええ。腐っても八葉で元とは言え従者としての矜持はあったと言う事でしょう。この際、理玖様の力を見せ付けては如何ですか? 悠仁様はαの何たるかを知らな過ぎるのです」
βではフェロモンを扱う事は出来ない。ましてや、皇家でもβでは神の欠片を宿す事は不可能だ。そうなれば、しっかり教育されていたとしても、四神の神獣の事も御伽噺と勘違いしている可能性もある。否、神事を毎年その目で捉えている筈なんだが……。それでも理解していないのか……。
「どうした?」
父が俺の態度に疑問を口にした。
「俺の力と言うが、悠仁様は神事にも参加されていて見ている筈だよな?」
「ああ、きっとあれはヤラセだとでも思っている節はあるな」
「つまり……?」
「自分の兄である紀仁様が扱う神の力の一端さえも、ただの幻だと言い切っていたらしいからな」
そこまで莫迦なのか。この国を覆っている結界は神の欠片と神獣の欠片の力から創られている。それを理解していないのか。この国が穏やかな気候であるのも、災害が極力起こらないのも、全ては新年初めの神事があるからだ。それに、新年だけじゃない。皇家の場合、更に細かい儀式が年間通して多数存在する。神事は皇太子だが、その他は全て主上が担われている。
「そこまで如何して愚かでいられるんだ!」
「βとは言え、皇家である以上、責任は必ず発生する。しかし、悠仁様は其れすら満たしておられない。それであるのに、未だにあの場所に居られるのは主上のお陰だ。だが、今回ばかりは流石に知らぬ存ぜぬは出来ないだろう。よりによって、四神最強と言われる理玖の運命に手を出した。もし、軽く扱うようなら、理玖が黙ってないだろう。お前は心律の前ではかなり猫を被っているが苛烈だからな」
まあ、今は最強だろうが、その内、蓮に持っていかれる称号だな。それはそれで悔しくはあるが誇らしくもある。
「お待ちください!」
その声と共に開かれた扉。そこにいたのは蓮と蓮を追って来たメイドの一人だった。待て、蓮の瞳の色が可笑しいぞ?!
「ゆるさない。ぼくのおかあさんをぬすむなんて」
父も悟も呆然としてる。蓮は普通の子ではない。理解していたが理解していなかった。本当に危険なのは俺じゃない。蓮だっ。
「ぜったい」
蓮を渦巻く力が放出されている。絶対にヤバいぞ。蓮が身に背負っているのは二体の神獣だが、大きさが半端ないのだ。俺より大きいのだからっ!
「蓮、落ち着け」
俺は慌てて蓮に駆け寄り抱き上げた。このままでは暴走する。蒴が居なくては多分抑えられない。父もそこそこの大きさの白虎を背負ってるが全く役に立たないような気がする。本人には言えないが。
「おとうさん。ぼくがおしおきしていい?」
「落ち着こうな。何処でおかあさんの話しを聞いたんだ?」
俺も内心穏やかではないが、蓮を落ち着けるのが先だ。
「ねこさんとへびさんがおしえてくれた」
俺は肩を落としたくなった。まさか、神獣の欠片の声が聞こえるのか。流石の俺もそれは聞こえないぞ。つまり、絶対記憶に神獣の欠片の声が聞こえると。ヤバい能力が普通に備わってて父は嬉しい反面、空恐ろしさに身震いするぞ。
何も起こることはなく蒴と美紅の間の子が誕生した。強い青龍の欠片を宿す男児だ。こちらはどうやら蒴ではなく美紅の容姿に似たようで、かなりの可愛さである。蓮が可愛くないかと言われたらそれは全く違うが、嫁に似ているのは本当に堪らない。蒴がその恩恵を得るなど少し、否、かなり嫌だが目出度い事に変わりない。
心律はそこそこ頻繁に東條家に足を運んでいた。警備は確かに万全だが、絶対ではない。だからと言って、心許せる存在となった美紅と疎遠にさせるわけにはいかない。その移動の時間を狙われた。今や、皇家にすら一目置かれる心律である。襲撃者もすぐに捉えられたが、そこはそれを計画した者の頭の良さだろう。襲う役目を担う者と、攫う者は全く役目が違った。襲う者達は何も知らされておらず、ただ、混乱を起こすようにとの指示だった。そのどさくさに紛れて心律を攫ったのだ。
「影からの報告は?」
「間違いなく悠仁様だ。何処に連れて行かれたのかも主上は把握しておられる。此方に知らせてくれた。だが……」
父の歯切れが悪い。主上はおそらく何かしらを要求してきている筈だ。その要求が悠仁様の完全なる皇室抹消。つまり、そこまでは助け出すのを待って貰いたい、というもの。俺は強い焦燥感に奥歯を噛み締めた。心律はやっと平穏を手に入れたんだ。その平穏を脅かす者は誰であろうと赦すつもりはない。それが例え、皇家であろうとだ。
「もっと早くに皇家から放逐も出来たはずだっ!」
「放逐では駄目だとお考えでな。市井に解き放ってみろ、あの傲慢な性格が災いし、更なる厄介事を持ち込む」
「つまり?」
「皇家が持つ最果ての離島に幽閉出来るだけの理由が欲しいんだよ主上はな」
その為に心律を使うつもりか。それに今でさえ、心律がどんな目に遭っているのか気が気じゃない。番契約をしているΩは他の存在を完全に拒絶する。唯一、番い契約を解除出来るのは運命のαだけだ。しかし、俺と心律は魂の番。その拒絶反応は他の比ではなく、解除出来るαもいない。もし、性的な目的で心律に触れた場合、心律が無事である確率が低くなる。
「主上は四凶を使われる」
俺は父の言葉を疑った。四凶とは四神と似ていて非なる者だ。四神は一族だが、四凶はその職を意味する。分かりやすく言えば、主上の手駒であり暗殺者だ。
「幽閉される予定の筈では?」
「流石の主上も、心律の状態如何によってはその命を奪うのも吝かではない。そう言う意味だ」
「……つまり、そうなる可能性が分かっているのに、条件をつけたのか?!」
俺は怒りに打ち震えた。もし心律に何かがあれば、皇家だろうと容赦はしない。それで島流しに合おうが納得し行動したを結果だ。心律と共に隠居張りの生活をしてやる!
「落ち着け。捕まえた者達は心律の事を全く知らなかった。つまり、乗っていた車の中まで入ってはいない。悠仁様は使ってはならない者達を使ったと言う事だ」
「誰だ……?」
「元四神、南條家と北條家のボンクラとその手下だ」
父はこう推察した。心律を手に入れ、みんなで共有し、子を産ませる。ただ、それは都合よく使うための文句だろう。心律を攫う事に成功した暁には、使った者達を亡き者にする。βとは言え、皇家の第二子。権力はしっかり持っている。
「南條家と北條家は島流しになったんじゃないのか?」
「当主は大人しく島流しに合ったんだがな、その息子達が子飼いと共に逃げ出した」
皇家の力を疑うわけではないが、絶対に態と逃げ出せるようにした筈だ。そうすれば、悠仁様はボンクラ二人を使う。βの中でもαに近い能力を持っているのが質が悪い。
「態と泳がせたな……」
「主上にはそれなりに責任は取ってもらう。うちの可愛い嫁を使うなどもっての外だ」
「娘が産まれても、最低三代は嫁にやらん!」
俺の言葉に父は目を見開いた。そうだろう? 至高の存在、そう言いながら貞のいい駒のように扱ったんだ。俺と心律の血筋の子を皇家の嫁に何ぞ出す訳ないだろう?
「その条件を飲ませてくれ。それで嫌だが納得してやるっ」
「いや、流石にそれは主上も反発すると……」
「知るか! こうなってるのも、全部全部、主上がのらりくらりしてたからだろうが! 前回の事もだろう! 知らないとでも思ってるのかよ!」
父は深い溜め息を吐いた。四花の事にしても主上が何かしら手を打てば防げたものだ。何時迄も優遇していたのは皇家も同じだ。口で注意を促すだけではなく、行動に移すべきであった案件だ。
「自分の子供だからと甘く見ていたのが問題だろう。何人の番に手を出した? そのせいで、どれだけの者に迷惑をかけた? 皇家だから帝だから許されるなど、あってはならないだろう? 主上はそれなりの責任を四神以下の華族に課してるんだ」
何時迄も勘違いさせておいた主上が悪いのだ。隠すのではなく、悠仁様はβであったと、国内外に通達して仕舞えばよかったんだ。そうすれば、本人がどう喚こうが、主上の言葉を皆信じる。
「東宮様でさえ、自分の弟を危惧しているし、何より、番にちょっかいを掛けられていた。主上が自分の子可愛さにどれだけ周りが振り回されているか、いい加減、現実を見て貰いたい」
俺の言葉に父は深い溜め息を吐いた。皇家には時々、βが誕生した。大抵は直ぐに受け入れるそうだが、生まれがなまじに高貴なものだから、勘違いする者も中にいる。その筆頭が悠仁様という訳だ。βの中では最上位の能力を持ち、αとの能力を比べると、そこそこの能力の持ち主。故に勘違いするのは仕方ないと思うが相手のいる、しかも番契約しているΩに手を出す。番契約をしたΩは、番となったαに依存する。酷い時は嘔吐することさえあるし、もっと酷いと気が触れてしまう。これで相手が運命の場合、そのΩの番のαも狂うのだ。
「主上はどうやら俺に狂い死ね、とそう言いたいと考えていいんだな?」
俺が剣呑な表情で呟けば、父はあからさまに慌てた。そう、事は心律だけに止まらないのだ。心律が受けた仕打ちを、俺も共有する事になる。
「主上は最上級のαだ。当然、番に付いても詳しく知っておられると思う。もし、俺と心律が狂う事前提にこの計画を練られたのなら最悪だ。皇家に対する忠誠心など失墜してあまりある所業だと思う。それでも、俺は我慢しないといけないというのなら、少なくとも俺が提示した条件は飲むべきだろう?」
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「馬鹿な事を言うなっ。お前は大切な息子なんだ。切望し、やっと手にした息子なんだぞっ」
確かに四神は強い力を持つαの一族。子孫を残すのが困難な血筋だ。遠い血筋を、と考えても下手な相手を選べない。蒴はある意味、特異な存在だろうな。嫁である美紅は市井の者だ。華族は基本、華族を相手とする場合が多い。例外が四花だった訳だが。
「もし、二人がどうかなってしまった場合、西條家としては少しの間、表に出ない事になるだろう。当然、新年の神事にも欠席の意向を取る。それで、四神としの資格を剥奪されたとしても痛くも痒くもない。何も国の要職につかずとも、一族の仕事だけで食べていける。公務など逆に重荷でしかない」
確かに。今は父が公務を、母が一族としての仕事を回しているのが現状だ。それだけ、西條家に人が居ないのだ。
「四神の能力は国を守るために必要なものだが、その為に大切な家族を犠牲にするつもりはない」
父の言葉は重かった。そうだろうな。αの一族は血筋を尊ぶが、何もそれに固執はしていない。家族としての情は厚いのだ。
「主上は四凶を使われるが、此方は八葉に手を回した。何としても心律は無事に返してもらわなくてはならない」
「その事なのですが……」
そう声をかけて来たのは梼葉 悟。つまり、父の従者だ。梼葉家の当主である。
「常葉と京葉の元従者から連絡が来ています。今代、ボンクラと言われた元後継者の従者は常葉家。その二人と元当主の従者の二人。其々からですが」
「どう言う事だ?」
「流石にこの四人は今回の事が大変な事であると分かっているようです」
要約すると、島流しにあう時、ボンクラ二人は逃げ出す事を考えていた。そして、主上がその二人を泳がせる事に気が付いていた。仕える者を諌める事は出来なかったが、そこそこの能力は備わっていたのだ。そして、出した結論は子飼いとして一緒に付いて行く。何かしら、良からぬ事を考えているのは理解していたらしい。まさか、西條家の至宝と言われる、次代の番に手を出すとは考え及ばなかったようだが。何より、ボンクラ二人を手引きしたのが皇家の次男、悠仁様だったと言う事だ。悠仁様の素行は知れ渡っていた。番のΩに手を出し、散々迷惑を掛けていた。最悪、番の解消をされてしまったΩが狂ってしまった話も聞いている。何とも罪深い存在だが、主上が采配しており内々に処理されていた。
「今回ばかりは流石の主上でも揉み消すのは無理です。心律様は四神にとって至宝であり、次代の南條家と北條家の親となられる星華様の御母堂。全ての上位華族を敵に回した形になります」
確かに主上も今回ばかりは揉み消せない。つまり、今まで我慢に我慢を重ねていた主上が決断したと言う事だろう。それに心律を使うのが絶対に許せないが……。
「つまり、その四人は?」
「正確にはボンクラの従者をしていた二人ですね。継鷹様の予想通り、その二人に心律様を攫う命令が下されていたようです。命に変えても守り抜きます、そう伝えて来ました」
「本当か?」
「ええ。腐っても八葉で元とは言え従者としての矜持はあったと言う事でしょう。この際、理玖様の力を見せ付けては如何ですか? 悠仁様はαの何たるかを知らな過ぎるのです」
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「どうした?」
父が俺の態度に疑問を口にした。
「俺の力と言うが、悠仁様は神事にも参加されていて見ている筈だよな?」
「ああ、きっとあれはヤラセだとでも思っている節はあるな」
「つまり……?」
「自分の兄である紀仁様が扱う神の力の一端さえも、ただの幻だと言い切っていたらしいからな」
そこまで莫迦なのか。この国を覆っている結界は神の欠片と神獣の欠片の力から創られている。それを理解していないのか。この国が穏やかな気候であるのも、災害が極力起こらないのも、全ては新年初めの神事があるからだ。それに、新年だけじゃない。皇家の場合、更に細かい儀式が年間通して多数存在する。神事は皇太子だが、その他は全て主上が担われている。
「そこまで如何して愚かでいられるんだ!」
「βとは言え、皇家である以上、責任は必ず発生する。しかし、悠仁様は其れすら満たしておられない。それであるのに、未だにあの場所に居られるのは主上のお陰だ。だが、今回ばかりは流石に知らぬ存ぜぬは出来ないだろう。よりによって、四神最強と言われる理玖の運命に手を出した。もし、軽く扱うようなら、理玖が黙ってないだろう。お前は心律の前ではかなり猫を被っているが苛烈だからな」
まあ、今は最強だろうが、その内、蓮に持っていかれる称号だな。それはそれで悔しくはあるが誇らしくもある。
「お待ちください!」
その声と共に開かれた扉。そこにいたのは蓮と蓮を追って来たメイドの一人だった。待て、蓮の瞳の色が可笑しいぞ?!
「ゆるさない。ぼくのおかあさんをぬすむなんて」
父も悟も呆然としてる。蓮は普通の子ではない。理解していたが理解していなかった。本当に危険なのは俺じゃない。蓮だっ。
「ぜったい」
蓮を渦巻く力が放出されている。絶対にヤバいぞ。蓮が身に背負っているのは二体の神獣だが、大きさが半端ないのだ。俺より大きいのだからっ!
「蓮、落ち着け」
俺は慌てて蓮に駆け寄り抱き上げた。このままでは暴走する。蒴が居なくては多分抑えられない。父もそこそこの大きさの白虎を背負ってるが全く役に立たないような気がする。本人には言えないが。
「おとうさん。ぼくがおしおきしていい?」
「落ち着こうな。何処でおかあさんの話しを聞いたんだ?」
俺も内心穏やかではないが、蓮を落ち着けるのが先だ。
「ねこさんとへびさんがおしえてくれた」
俺は肩を落としたくなった。まさか、神獣の欠片の声が聞こえるのか。流石の俺もそれは聞こえないぞ。つまり、絶対記憶に神獣の欠片の声が聞こえると。ヤバい能力が普通に備わってて父は嬉しい反面、空恐ろしさに身震いするぞ。
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ハリーsideの最後の賭けの部分が変だったので少し改稿しました。
とある文官のひとりごと
きりか
BL
貧乏な弱小子爵家出身のノア・マキシム。
アシュリー王国の花形騎士団の文官として、日々頑張っているが、学生の頃からやたらと絡んでくるイケメン部隊長であるアベル・エメを大の苦手というか、天敵認定をしていた。しかし、ある日、父の借金が判明して…。
基本コメディで、少しだけシリアス?
エチシーンところか、チュッどまりで申し訳ございません(土下座)
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