奇跡に祝福を

善奈美

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奇跡に祝福をⅢ side 心律

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 初めて足を踏み入れた御所は厳かな場所だった。西條家の洋館風の建物とは違って和風な古式床しい様式。当然、御所に上がる場合は和装をするのが決まりであると言われた。今日は敢えて、蓮と星華は海斗さんと一緒にいる。理玖さんの話では南條家と北條家のボンクラさん二人を炙り出すんだって。ボンクラって、どう言う意味だろう。意味を訊いたら、僕は知らなくていいって言われた。気になるけど、後でお義母さんに訊いてみようと思う。
 
「わあ……」
 
 理玖さんと蒴さんが舞の衣装に着替えた。その豪華でありながら荘厳と言えばいいのかな。僕の語弊ではせいぜいこれが精一杯。でも、どうして顔を隠しているんだろう。理玖さんに訊いたら見る事は可能なんだって。
 
「神に奉納する舞だ。東宮様も舞う時は顔を隠されている」
 
 つまりは?
 
「個人を特定出来ない様に顔を隠すんだよ。まあ、その舞を見るのは皇家と四神だけなんだけどね」
 
 蒴さんもそう説明してくれた。神に奉納される舞は神獣の舞なのだとか。身に宿したものが舞うのだが、あくまで神が基本なんだって。
 
「海斗は上手くやった様だな」
 
 理玖さんはポツリと呟いた。それに同意したのは蒴さん。僕は何を言っているのか理解出来なかった。喉の奥で理玖さんが笑う。どうしたんだろう。
 
「海斗は葛葉家当主を従えるだろうな。本人は嫌がっているが、能力が高すぎる」
「まあ、理玖が鍛えに鍛えた結果でもあるだろう」
「そうだが、本人のやる気と、高い能力がなければ無理だろう。空斗はどうなんだ?」
 
 理玖さんはそう、蒴さんに問い掛けた。蒴さんはと言えば、不敵に笑った様に思う。
 
「高いに決まってるだろう。まあ、海斗と違って、西條の姫君の番じゃなかったからな。そこは真似出来ないだろう」
 
 星華は僕より海斗さんがお気に入りだから。ギャン泣きしてても、海斗さんが抱き上げると泣き止む。それを見て理玖さんが嫉妬するんだ。蓮はそんな父親の姿に首を傾げてて少し可笑しい。
 
「生後一年待たずに海斗に娘を掻っ攫われたんだぞ」
 
 理玖さんが蒴さんを多分睨み付けてると思う。
 
「変な奴に持ってかれるよりマシだろう。南條家と北條家だけじゃないぞ。西條家の姫君がΩであると予想された時点で、動いた華族の数はかなりのものだぞ」
 
 蒴さんの言葉に僕は驚いた。だって、そんなに大騒ぎする事なの? 僕のΩに対する認識は疎まれるって事だよ。
 
「四神、しかも西條家の理玖の娘だ。下手なαより能力は高いだろうし、何より、見た目が良いだろう」
 
 蒴さんの声は本当に可笑しいと言うような感じを受ける。
 
「四神のΩを見縊ってもらっては困る。叔父上も凄腕の経営者だ」
「お袋は恐ろしいからな。下手したら親父よりやばいぞ」
「確かにな。父も時々青い顔をしている時があるよ」
 
 え? お義母さんって、そんなに怖いの? 僕が狼狽えてるのに気が付いた理玖さん。僕の頬を優しく撫でてくれた。
 
「ああ、心律には優しいだろう。我が家に楯突いた者には容赦しない、それだけの話だ」
 
 いえ、それだけの話ではないかと思います。ちょっと待って。小鳥遊の家が没落した話は聞いてるけど、もしかして、西條家が何かしらしたの。
 
「ふふ。変に聡い。まあ、心律は気にしなくていい。ただ、心穏やかに俺の隣に居てくれ」
 
 僕は一瞬躊躇い、小さく頷くだけにした。なんか、逆らったら大変な気がして。
 
 そんな話をしている場所は控え室で。何故か理玖さんと蒴さんだけじゃなく、僕と美紅さんも着替えさせられた。そして、渡された一対の舞扇。意味が分からなくて美紅さんと二人で首を傾げた。
 
「舞扇は番の手から渡されるのが決まりだ。もし、まだ番がいない場合は両親のどちらかだな」
 
 僕は美紅さんと顔を見合わせた。
 
「そこでだ。今回は親父達も二人舞だ。そして、俺達も一度二人舞を披露する」
 
 理玖さんの言葉に僕と美紅さんは小さく頷いた。それは理解出来るから。多分、神と神獣達に番を認識してもらう為の儀式も兼ねてるんだと思う。東宮様も番から舞剣を受け取るんだって。ん? そうなると海斗さんは星華から舞扇を手渡さないといけないの? でも、星華では舞扇を持つのは少し無理だと思うよ。
 
「本来なら星華だが、心律が俺と海斗の舞扇を持っていてもらいたい。出来るなら星華を抱いた状態が好ましいんだが」
「分かりました。なんとかしてみます」
 
 星華は一歳前だし、舞扇は確かにそこそこ大きいけど、不思議とそんなに重さは感じないんだ。どうしてだろう? 手に持った舞扇を繁々と見ていると、少し光った様な気がした。え? 舞扇って意志でもあるの。何故か「任せとけ!」って言われた気がする。ええ? 意味が分かんないよ。
 
「心律?」
 
 僕は思わず理玖さんを見上げた。舞扇がとってもやる気になってて、僕がもう一対の舞扇と星華を腕に抱く様に理玖さんが言ったから、手を貸す、みたいな感じ?
 
「舞扇が任せとけって、言ってる気がして」
 
 僕の言葉に理玖さんだけじゃなく、蒴さんと美紅さんも顔を見合わせた。そんなにおかしな事は言ってないと思うんだけど。
 
「はっ」
 
 理玖さんが可笑しそうに声を出した。
 
「神獣に気に入られたね。舞扇ってそこそこ重いんだけど、心律君は重さ感じてないでしょう?」
 
 へ? 本当なら重たいの?
 
「美紅はどんな感じ?」
 
 蒴さんは美紅さんに問い掛けた。美紅さんは一度、舞扇に視線を落とす。そして、蒴さんに視線を向けた。
 
「それなりの重さよ。舞扇は装飾も多いから、重さはこんなものじゃないかしら」
「つまり?」
「それなりに重いわよ」
 
 え? 理玖さんの一対の舞扇は羽根のように軽いよ。これ、本来は重たいの? 改めて舞扇を視界に入れれば、更に得意気に「守ってやる!」って言われてる気がする。あれぇ? もしかして僕って美紅さんより頼りないって事?
 
「理玖さん」
 
 僕は若干落ち込んだ声で理玖さんの名を呼ぶ。
 
「どうした?」
「僕って身重の美紅さんより頼りないのかな?」
「何を言ってるんだ?」
 
 僕、本当に情けない。確かに体格も下手したら美紅さんよりヒョロいし。身長も似たようなもんだし。一応、性別は男性なのに。確かに同じΩだけど。
 
「舞扇が、守ってやるって」
 
 一瞬の沈黙。その後に来たのは、笑い声だった。いや、笑いたいのは分かるよ。僕もそっち側なら一緒に笑いたいよ。でも、本人なんだ。
 
「本当に神獣に気に入られたんだな」
「へ?」
「心律君。自分が情けないって思ってるみたいだけど、ちょっと違うんだな」
 
 蒴さんはそんな事を言った。違うってどう言う事。
 
「舞扇が軽いんだよね?」
「はい」
「それはね、理玖と相性が特別に良いから、神獣との相性も良いんだよ。神獣って実は結構我が儘でね。美紅がそれなりの重さって言ったでしょ」
 
 美紅さんは確かにそう言ってた。それなりの重さ、それなり?
 
「普通、舞扇は他の者は持てないんだよ。美紅はそれなりの重さでも持ってるって事は、俺に付いている神獣が美紅を認めてるって事だよね。じゃあ、心律君はどうかな? 軽いんだよね」
 
 つまり、僕は認めてもらえてるって事?
 
「安心したか? 心律は未だに俺が望んだと信じてない部分があるからな。全ての四神がそうではないが、四神は神獣と共にある。それを認識した上で生活していかなくてはならない。俺には婚約者が沢山いただろう? でも、俺はその中から選ばなかった」
 
 そうだ。理玖さんにはそれこそ沢山の候補のΩが居たんだ。それなのに、選んでなかった。高等部三学年になっても。あの時、理玖さんが記憶を失わなかったら、多分だけど僕とはこんな関係にはならなかったと思う。え? ちょっと待って。あの時、理玖さんは頭にボールを受けたけど、本来なら避けれた筈だよね。
 
「記憶を失ったのって……」
「多分、神獣の欠片の二匹が俺の体を拘束したんだと思うな。何せ、あの時の俺は先入観から、気になってはいたが、心律を避けていたからな」
 
 え? 四神の番って神獣の欠片が感知してるの。
 
「小鳥遊家はヤバい一族だったからな」
 
 蒴さんも普通に頷いてるよ。うちってそんなに問題のある一族だったの。確かに僕は監禁されてたし、世間に疎いけど。よくよく思い返してみたら、中等部に入って直ぐから皆んなに避けられてたかも。それ、僕が小鳥遊家のΩだったからなの。
 
「Ωを疎むαは落ちてくだけだからな」
 
 気のせいかな。理玖さんの笑みが黒いような気がする。見えないけど!
 
「まあ、あの一族は落ちるところまで落ちた。主上に睨まれたんだ。復帰は絶対にあり得ない」
 
 ううん。絶対に黒い。まあ、自業自得だと思うし、今まで、沢山の人を踏みつけてたみたいだから。死ぬまでに反省できるのかな。出来ないかもしれないよね。僕が直接会ったことのあるのって、小鳥遊家当主夫婦とその子達だけなんだけど。遠回しの話を聞いてると、一族そのものがそんな感じだったみたいだし。
 
「小鳥遊家にΩがいた事に驚いたけどね」
 
 そう言ったのは蒴さん。どう言う事?
 
「Ωは基本的に人口比率が一番低いからな。α同士での婚姻が多いのも事実だが。小鳥遊家はそれが顕著でね。普通なら一族でΩが生まれたら歓喜する。優秀なαを生み出せる存在が誕生したんだ。本来なら疎む方がおかしいんだよ」
 
 華族なら特にそれが顕著で、小鳥遊家の様に疎む家は大抵、碌なことにはならないんだって。僕、そんなの全く知らなかったよ。確かにΩは国で保護された存在で、知らせずに発覚した場合、それはそれはキツイ罰が与えられるんだって。だから、流石の小鳥遊家も僕と僕の産みのお母さんが生まれた時は出生届を出した。だからこそ、中等部入学の年からあの家を離れられた。でも、僕のお母さんは高等部卒業と同時に監禁された。外に出してもらえなかった。そして、多分だけど、僕がお腹にいたからあの家を出る選択をしなかった。脱走して体内に宿った命を粗末にする事が予想されたから。僕の本当のお父さんも我慢したんだと思う。父親と名乗らなかったのは、やっぱり、僕の為だったんだと思う。小鳥遊家は聞けば聞くだけ碌でもない一族だった。理玖さんや義両親は出来る限り僕の耳に入れない様にしてくれていたけど、知らずに耳に入る事もある。前みたいに引き篭もっていたら分からなかったと思うけど、今は行きたいと言えば連れて行ってくれる。流石に一人歩きは認めてもらえないけど。そこはαの番に対する過保護が発動しているから諦めてとお義母さんに言われてる。僕としても一人で外を歩くのはまだまだ怖いから、理玖さんとのお出掛けは嬉しいんだ。
 
 そんな話をしていたら、静かに襖が開いた。そこに居たのは海斗さん。腕には星華がいて、蓮は海斗さんの着物の裾を掴んでる。そして、海斗さんと星華の着物が変わってた。
 
「どう言う事なのか、ご説明いただけますか?」
 
 海斗さんの眉間と顳顬が大変なことになってるよ。身につけている衣装が理玖さんと蒴さんのものと似ている。まるで、揃えで作ったかの様。星華の着ている着物も、僕と美紅さんの物と似ているし。
 
 僕、思うんだけど。海斗さんは完全に囲われたんだと思うよ。本人には言えないけど。でも、何時もの海斗さんなら気が付くと思うんだ。それが気が付かないって言うか、気付きたくないんだと思うけど。
 
「簡単な事だな。海斗も今日舞うんだよ。目通りの時に主上も言っていただろう」
 
 海斗さんの気配が怖いことになってる。顔は理玖さんと蒴さんと一緒で隠れてるから伺えないけども。
 
「何故、今回から舞わねばならないんです?」
 
 わあ、声怖い! その腕の中で寝てられる星華が凄い! でも、それに怯まない理玖さんと蒴さん。僕と美紅さんは手に手をとって震えちゃうよ。
 
「海斗、心律を怖がらせてどうする。気がついてないかもしれないが、αとしての力は相当なもんなんだぞ。少しは気配を抑えろ」
「何、巫山戯た事抜かしてるんです」
 
 ええ、海斗さん気が付いてないの。理玖さんよりは少し抑え気味だけど、蒴さんには近いんだよ。ピリって来るんだよ。その中にあって、星華は気にならないって。あの子、図太いのかな。僕なら泣いちゃうよ。
 
「かいとぅ。おかあさんがないちゃう」
 
 海斗さんの着物の裾を引いたのは蓮。ええ、蓮も平気なわけ。いや、能力は理玖さん以上って言われてるけど。我が子達ながら、僕、理解出来ないよ。
 
「蓮様、これは、お父君達が悪いんです。俺を翻弄しているんですから」
 
 否いや、翻弄はしてると思うけど、それは能力があるからだと思う。理玖さんなんて興味なかったら、本当に無視するって思うもの。
 
「はあ、決定事項なんですよね」
「まあな。舞扇を下賜された辺りで決定事項だろうな。薄々は勘づいてただろうに」
「否定はしたいですよ。その辺りは察して下さい」
 
 海斗さんも大変だなあ。僕は基本的に理玖さんが過保護的に守ってくれるから大変さはあんまり感じない。
 
 
 舞台は不思議な場所だった。外なのは分かるんだ。でも、桜が咲き誇ってる。まだ、桜の季節じゃ無いよね。僕は驚いたように辺りを見渡してたんだけど、美紅さんも同じように辺りを見渡してた。綺麗に花弁が舞ってて、凄く幻想的で。最初に舞台に上がったのは東宮様。傍に剣を掲げる人がいる。僕と同じで男のΩなんだと思う。でも凄く綺麗で、女の人みたいに繊細な感じがした。東宮様が剣を受け取ると、舞台の中央まで歩み出る。番のΩの人は静かに離れて行ったんだけど。何故かな。その人の周りが柔らかい気配に包まれてる気がする。
 
 ああ、そうかって気が付いた。東宮様が身に宿している神様の一部が認めているんだ。
 
 東宮様が鞘から剣を抜く。刀かなって思ったんだけど、それは両刃の剣で。おそらく、それも普通のものとは違うんだなって肌で感じた。一振りする度に刀身から力がキラキラ光りながらこぼれ落ちてる。凄く綺麗なのに、何故か、近寄ってはいけない、そんな感じを受けた。護国を願う舞い。確か、理玖さんはそう言ってた気がする。確かによくよく観察していると、その光はどこかに吸い込まれて行く。その軌道を視線で追うと上空にある何かに吸い込まれて行った。僕が上を見ているのに気が付いた理玖さんが問い掛けてくる。
 
「光が吸い込まれて行くのが見えるんです」
 
 囁くような声で言ったのに、気が付いたって言うか、殆どの人がその声を拾ってた。怖い! 何で小さい声なのに拾っちゃうの?!
 
「心律はもしかして、音も拾ってるのか?」
「音? この雅楽みたいな雅な音楽? 拾うって、舞が始まるとすぐに演奏が始まったよね?」
 
 そう言えば奏者が居ないけど、別の場所で奏でてるのかな? 更にその場の空気が変わった。東宮様の舞が終わると、その足で僕の元まで歩いて来た。僕、何かしてはいけない粗相でもしたの?!
 
「理玖。その子は皇家の者と婚姻する方が良かったと思うぞ」
「ご冗談はおやめ下さい。心律は俺の運命で番ですよ。いくら東宮様とは言え、奪うならそれなりの対応はさせていただきます」
 
 理玖さんの言葉に東宮様は喉の奥で笑ったような気がする。
 
「冗談だ。私にも番はいる。弟が暴れそうだと言いたいんだ。あれは変に夢を見ているからな。最高の番を得て、私に成り代わる。ほら、爛々と獲物を狙う猛獣のような目で理玖の番を見ているぞ。前までは私の番に周波を送っていたが」
「巫山戯た事を。番関係を解除出来るのは運命の番だけです。心律は俺の最愛で運命の番」
「知っている。ただ、注意しろ。主上にも進言はしておく。彼奴も、何度も何度も番持ちのΩを手に入れようとしては主上に手痛いお仕置きをされていると言うのに」
 
 東宮様の弟君。確か、二歳ほど年下であったとお義母さんから教わった。僕はその辺りは本当に疎いから。
 
「次は西條家と東條家の当主の舞だな。次代が生まれるまで、当主の舞は二人舞か」
 
 東宮様はそう言うと番の方の手をとって主上の居る御簾の中に消えた。
 
「厄介なことにならないといいが」
「僕はしてはならない行動をしてしまったの?」
「否、心律は素直に反応しただけだ。雅楽が聞こえると言うことは、神からも認められたことになるな。実際にこの場に音楽はない」
「え?」
「無音だ。舞を舞う者の耳には音は届いている。勿論、主上も聴こえているが、お袋も天上の音楽は聞いた事がないと言っていた」
 
 親父達の舞が始まる、理玖さんはそう言うと視線を舞台に向けた。其々の番に舞扇を手渡され、その瞬間に番の方にフワリと何かが優しく包み込んだのが分かった。西條のお義父さんと、東條の御当主が中央に歩み出る。その瞬間、涼やかな鈴の音か響き渡った。理玖さんは本来は音楽ないって言ったけど、僕の耳は拾っていて不思議気分になった。綺麗に桜が舞っていて、その桜も一緒に踊ってるように見えた。舞台の二人の周りを、水と風が舞い踊っている。そこに時々見えるのは白虎と青龍かな。多分、舞扇の力で顕現してるんだと思うけど。これでは、付いている神獣の欠片の力が分かっちゃうと思う。お義父さんも東條の御当主もかなり大きな神獣の欠片が付いてるんだと思う。他の人の見てないから分からないけど。
 
「これは安寧の舞になる」
「安寧?」
「そうだ。そして、俺達が舞うのは豊穣の舞だな」
 
 安寧と豊穣。そして、護国。どれも国にとって必要なモノだと思う。護国の舞と同じで、キラキラ光が舞ってる。その光は上空に向かって吸収されている。この国を護っている力が今、見えてるってことなのかな。凄いなって思う。
 
「理玖……」
 
 蒴さんが理玖さんの耳元で何かを囁く。それを聞いた理玖さんの眉間に皺が寄る。どうしたんだろう?
 
「こっちが終わったら、あっちかよ」
「番持ちのΩばかりに手を出すからな。確か、主上には次はない、そう言われてた筈だけどね」
 
 僕は二人の話が理解出来なかった。番持ちのΩばかりに手を出すって?
 
「親父とお袋には話しておく。俺はどうやっても日中は家を空けるからな」
「皇族でさえなかったら、何とでもなるんだけどね」
「主上も流石に俺を怒らせることはしないだろう」
悠仁ひさひと様にも困ったもんだ」
 
 東宮様の弟君だよね?
 
「取り敢えず、今日は流石に手を出してはこないだろう」
「否、南條家と北條家のゴタゴタを利用する可能性も否定出来ない」
 
 二人が話している最中、僕は背中に悪寒が走った。驚いて振り向いたら、東宮様とよく似た顔の人がジッと僕を見てた。まるで爬虫類を思わせるネットリとした視線。僕は思わず理玖さんに縋りついた。
 
 気持ち悪い、気持ち悪い……。その言葉しか浮かばなくて。
 
「心律?」
 
 理玖さんにそう声をかけられても、気持ち悪さで声が出ない。
 
「理玖」
 
 蒴さんが僕の背後に視線を向けてる。それに釣られる理玖さん。
 
「不味いな。この場は主上の目があるから手を出さないだろうが」
「舞台を降りたら、この衣装のまま自宅に戻る。主上も許してくださる筈だ。蒴も大事をとってそのまま帰った方がいい。美紅さんも何をされるか分からないぞ」
 
 二人は互いに頷き合う。多分、あの視線の主が東宮様の弟君、悠仁様だ。
 
 西條家、東條家の現当主の舞が終わる。他の人には聴こえないみたいだけど、僕の耳には音が聞こえていて、それが消えたから。理玖さんと蒴さんが意を決したように舞台に上がる。僕と美紅さんの手から舞扇を受け取ると二人は視線のみ(顔は隠してるけど)で意思疎通を図ってる。フワリと体を覆う優しい力。そこに更なる力が僕を覆った。この力、東宮様が纏ってた力に近いと思う。そして、近付いて来たのは海斗さんだ。
 
「心律様、星華様を預かっていただけますか」
 
 僕は頷くと星華を抱き上げた。そして、海斗さんから手渡されたのは舞扇。足元には蓮がいて、僕の着物の裾をキュッと握った。
 
「ぼくもまもるよ」
 
 そう言った蓮は子供らしくにぱっと笑った。どうしてだろう。子供らしい表情なのに、子供らしく感じない。
 
「まあ、小さな騎士なのね」
 
 微笑ましい、そんな感じで声を掛けた美紅さんに蓮は良い笑顔を向けた。美紅さん、騙されないで。蓮は確実に理玖さんの子。僕の遺伝子完全に無視してる。あの顔の下で何考えてるのか、幼児故に分からないんだよ。ちょっと怖いんだよ。
 
「心律様、始まりますよ」
 
 海斗さんの言葉に舞台に視線を向けた。あっ、て思った。耳元で鈴の音が響く。シャンっ、と綺麗な音が響いた。お義父さん達よりずっと華やかな感じだった。綺麗に舞う桜の花弁。二人を取り巻くように跳ねる力は光を纏っていた。理玖さんの持つ白虎と青龍の力が天を昇り、蒴さんが持つ青龍と玄武の力が躍動する。二つの力を内包しているのを知っていたのは一握りの人間だけ。おそらくだけど、ここに南條家と北條家の当主が居たら、この力を見せ付けられたら、簡単に諦めたんだと思う。でも、この奉納舞は神事だから。資格を失った者達は見ることが叶わない。空に向かって力が舞う。上空に吸収され、きっとこの国の豊穣を約束してくれる。
 
「海斗」
 
 御簾越しに海斗さんに声を掛けたのは主上。海斗さんは諦めたように息を吐き出し、舞台に上がった。ここにいるのは皇家と四神のみだけど、特例で八葉(京葉家と常葉家は含まれてない)も入って来た。そう、次代の四神の一角を担う、そのお披露目を兼ねてるんだと思う。海斗さんに舞扇を渡す。そして、星華の体がフワリと優しい力に包まれた。ああ、星華は海斗さんの番だと認識されたんだ。
 
 海斗さんは舞台の二人に合流する。雰囲気的に不本意だと愚痴ってる気がする。理玖さんと蒴さんが一度閉じていた舞扇を海斗さんと共に開く。二人の時には欠けていた要素。火の属性が追加される。海斗さんの身から溢れたのは朱雀と玄武の力。それを目の当たりにした八葉は目を見開き歓喜した。海斗さんが受け入れた力は、先代の南條家と北條家の当主とは比べるべくもない強い力であったから。
 
 何事もなく神事が終わり、本来なら会食があるんだって。でも、主上は今日は下がるようにと僕達に告げた。その時の主上の眼力はかなりのものだったと思う。その視線の先は、僕を値踏みしていた悠仁様に注がれている。つまり、僕と美紅さんの安全の為に、会食がなくなったんだって思う。
 
 その後、理玖さんとお義父さん、お義母さん。何故か東條家の御当主夫妻と蒴さんまで集まり、何やら話し合いを始めた。その中にもれなく海斗さんと海斗さんのお兄さんである空斗さん。お義父さんと東條家御当主の従者二人も含まれてる。僕は二人の子供と何故か美紅さんと居間でお茶をしている。確かに深夜から早朝にかけて御所にいて、前の日に変な時間に寝てるから目は冴えてる。
 
「何も起こらないと良いけど」
 
 お茶を一口飲んで僕は言葉を漏らす。
 
「皇家の二番目の皇子様って確かαではない筈よ。理玖さんから心律さんを奪うのは実質無理よ」
 
 αじゃないの?!
 
「でも、沢山の番持ちのΩにちょっかいかけてるって」
「そうなのよね。年代的に私達と同じでしょう。Ωもαとばかり番契約を出来るわけではないし。私のいた学校では女子が多かったから、その手の話も結構多かったのよ」
 
 美紅さん曰く、どうも自分はαであると勘違いしているらしい。勘違いとかあるの? 二次性徴がはっきり確定するのは十歳前後だって聞いてる。僕は生まれた時から顕著にΩだったみたいだけど。蓮と星華見てると分かると思う。つまり、悠仁様? は曖昧なライン上にいたんだと思う。皇家は基本的にαが生まれる確率が高くて、そのせいもあるのかなぁって思う。僕的には最近色々あったから、もうちょっと落ち着きたい。美紅さんにそんな話をしたら、小さく笑われたけど。
 
 本当に何事もないと良いな。
 
 
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