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奇跡に祝福をⅢ side 理玖
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海斗の頭上に神獣の欠片が存在しているのに気がついたのは星華が生まれて幾らも経たない時だった。一瞬、見間違いかと思った。だが、何度確認しても、緋色の鳥と、不思議な色合いの亀のような存在は消えておらず、それどころか存在そのものがはっきりし始めた。極め付けは星華と会わせた時だ。神獣の欠片が星華にも反応した。それを見た瞬間、次代の南條家と北條家はこの二人の子供だと理解した。神獣の欠片が一体ならば海斗が四神の一家の当主だと言えた。しかし、二体ならば確実に海斗の子が四神の南條家と北條家を継ぐ事になる。いや、待て。海斗と星華の年齢差二十一歳。更に気が付いた事は、海斗の不自然な行動だ。星華を避け始めた。まさかと、そう考えた。星華はΩで間違いなく、海斗はその番。海斗も強い力を持つαだ。本人はそう思っていないようだが、四神と言っても問題ないαなのである。椎葉家の中でも実は能力はトップクラス。しかも、俺に鍛えられて更に能力が上がった。俺が逃すと思っているのか。星華を南條家と北條家のボンクラの毒牙に掛かるくらいなら、信頼がおける海斗の方がいいに決まっている。
「本当か?」
父の継鷹に二人の話をした。このままでは南條家と北條家が口を出してくる。蒴には血の濃さの関係で、今代は東條家には嫁にやれないと伝えてある。流石に蒴は直ぐに理解した。苦笑いをしていたが、血の濃さに関しては懸念していたようだ。
「間違いなく。海斗は隠しているようだが、見る者が見たらすぐに分かる」
父は思案し、実にいい笑みを浮かべた。勿論、俺もだ。生まれて幾らも経っていないし、乳幼児の時点で番が分かるのは若干、否、かなり嫌ではあるが海斗なら百歩譲って許せる範囲だ。
「主上には話を通そう。隠居の親父も駆り出してやる」
爺さんも駆り出すのか。それはかなりの大事だな。爺さんと婆さんは曾孫にメロメロな上、心律も猫可愛がりしている。何せ、気が付けば会いにくるのだから始末が悪い。いくら言っても、心律と子供達に何かと買ってくる。俺としては自分で選びたいが、今のところその願いは叶わない。何故なら西條家の隠居だけならまだしも、東條家の隠居まで出てくる始末だ。確かに俺は東條家の隠居の孫に違いないが、家が違う。こちらから行く分には問題ないだろうが、彼方から来るのは如何なものか。心律は実家にいた頃にかなり冷遇されていた関係で、無条件に受け入れる二家の隠居に其れはそれは懐いている。その関係で無碍にも出来ない。
「まあ、お前の悩みは理解してるぞ」
「言わせてもらうが、親父とお袋も同じだからなっ」
そうなのだ。隠居四人だけでなく、俺の両親まで。この憤りを如何してくれよう。やっと得られた番、しかも魂の番と言われる運命だ。それなのに、周りの大人が放っておいてくれない。少しは空気を読んで貰いたい!
「ふふ、諦めろ。お前は本当に孝行息子だよ」
「嬉しく感じないのはなんでだ?」
「捻くれてるからだろう」
父よ、嬉しそうだな。俺がなかなか番を見付けなかったせいで、ヤキモキさせていたのは理解している。しているが、いざ番が決まった後のお袋の歓喜が凄かった。心律を前にした時は平常心を保っていたようだが、俺一人の時にそれはそれは狂喜乱舞していた。
「綾乃はお前しか産まなかった事を未だに気にしているからな。理玖には本当に感謝している」
「まだそんなこと言ってんのか?」
「南條家と北條家の事は言えないからな。うちもだが東條家も子孫を残す能力が落ちていた。蒴も全く血筋の違うΩを番に迎えたと聞いた時は、理解していたのだなと嬉しくなった」
先代から、四花を遠ざけるようになったらしい。危機感を抱いたのだと言っていた。当然、南條家と北條家にも忠告したが、あの二家は何故か四花を過大評価していた。その結果、次代が四神を継げない事態になっている。親父には海斗の頭上の神獣に付いては話していない。それ以前に、俺と蒴は神獣を視認出来る事実を知らない。何せ、主上にも知らせてはいないからな。蓮も視認出来るだろうから、無闇に話さないように言い聞かせなくてはならない。無駄な厄介事を呼び寄せない為だ。そのうち、親父には話しておいた方が良いかもしれないが。
両親が知っているのは俺が持つ属性が二属性である事実だけだ。蒴も二属性持ちだが、西條家と東條家の当主夫妻、前当主夫妻のみ事実を知っている。従者である海斗は俺が二属性持ちなのは知っているが、蒴も二属性を持っている事を知らない。言い換えるなら、蒴の従者の空斗は俺が二属性持ちなのを知らないのだ。今回、新年の祝賀の祭事に舞う事で知られてしまうがこれは仕方ない。
父と更に東條家の伯父と共にあれこれ対応した。当然そこには蒴も介入してきたが。海斗が父に告げたように、南條家と北條家のボンクラ共は星華に手を出してくるだろう。最悪、心律にも手を出す可能性も否定出来ない。主上も呑気に構えていないで、さっさと引導を渡してもらいたかった。しかも、彼奴等に四神の力がないばかりに、俺と蒴は舞を覚え直さなくてはならなかった。本当に面倒事ばかり起こしてくれる。
蒴と舞を合わせていると、いきなり耳に入ってきた言葉。俺と蒴はお互いに顔を見合わせ嬉々とした。海斗の頭上に朱雀と玄武がいる事は知っていたからだ。海斗に舞扇を投付けた。悩みに悩んだ後に開いた舞扇から涼やかな鈴の音が響き渡った時の高揚感。海斗は神獣に次代の親となる事を認められていた。本人はかなり不本意と項垂れていたが、神獣の意思を変えるのは無理なのだ。欠片を付けた以上覆らない。何せ、海斗だけが選ばれた訳ではないのがポイントだ。星華と離す事は即ち、次代の四神を得られない事に繋がる。何故なら、海斗と星華を選んだのは他でもない朱雀と玄武だからだ。
そして、年末。主上に目通りする為と、新年明けて直ぐ奉納する舞の為に御所に上がる。海斗は着飾った星華を腕に抱き、その傍を蓮が歩く。蓮は何かを察しているのか、海斗から離れようとはしない。心律は俺が守るように横に立つ。そして、俺の腕に腕を回すように言った。心律は恐縮し控え目に俺の腕に腕を回した。蒴も自分の嫁を連れている。臨月に入るようだが、心律と違い心身共に健康である為一緒に来たようだ。両親は先に主上の元に参じている。
「付いてくるな」
「全く、自分達の立場を分かっていないな」
蒴の言葉に俺はそう答えた。周りの気配を探れば分かりそうなものだ。それすら分からぬ程、能力がないのか。
「如何なさいますか?」
当然、海斗は察している。そして、蒴と共にいる空斗も目を細めている。つまり、確実に認識しているのだ。南條家と北條家は四神の何たるかを教えていないのか。主上が目通りを拒絶すると言うその事実を、深刻に受け止めていないのか。受け止めていれば、四神から降格される事態は免れたかもしれない。次代の継承は無理でも、次の代は神獣に認められる者が生まれる可能性は十分にあったのだ。それを棒に振ったのは他でもない南條家と北條家なのでる。
「父が主上に許可を貰い控えています。梼葉家の者も同様です」
空斗は当たり前だと言わんばかりに口元に笑みを刷く。
「今年は従者である者以外、京葉家と常葉家の者は排除されている。他の八葉は主上に召集された」
蒴が楽しそうだ。京葉家と常葉家もある意味、ヤバいんだけどな。何せ、南條家と北條家の当主を諌められなかった。八葉は四神とは違い分家が存在する。つまり、本家と分家の入れ替わりが発生する。仕える主人が四神を剥奪されるのに、自分達は安全だと思ってはいないだろう?
「理玖さん……」
心律が不安気に俺を見上げてきた。基本、心律は自分に何かが起こる場合は冷静だ。諦めを知ってる分、知らず知らずのうちに身についたのだと思うが。
「大丈夫だ」
「僕はいいんです。でも、蓮と星華に何かあったら如何しよう」
心律は直ぐに自分を犠牲にしようとする。後でお仕置きが必要だな。何時迄も自分を大切にするって言う大切な部分だけは身に付かない。蓮は眠いんだろうが、それでも頑張って起きている。付いている白虎と青龍がガッチリ周りを固めている。星華は一才になっていない赤子だ。海斗の腕の中で眠っているな。父親の腕の中より安心して寝ているのは解せぬが。
「心律、そのままの体勢で聞いてくれるか?」
「はい。付いて来る人達のせいですよね?」
俺は口元が歪むのを止められなかった。心律にも分かる程、気配を消せていないのか。それはもう、四神とは言えない。神獣の欠片を宿していれば、それなりに気配を消すことは可能だ。神獣の欠片を宿していない八葉ですら、気配を消す訓練はする。そうでなくては、この世界では生きていけない。確かに血生臭い事は減ったが、それ以外にも殺伐とした状況は多いのだ。
「そうだ。蓮には神獣の欠片が二つ付いている。海斗も二つだ」
「はい」
「神獣本体ではないが、欠片もそれなりの力を有している。下手に手を出せば大変な目に遭う。俺と蒴は力を制御できているが、蓮と海斗はそうじゃない。神獣は付いた宿主を守る為に動く」
心律は驚いたような気配をさせたが、視線を前から逸らさなかった。お袋の教育もなかなかだ。策略関係はからっきしらしいが、その他はそうではない。特に窮地に立つと能力を発揮する。動揺したり全くしないのは育った環境のせいか。それはそれで複雑だ。
「主上は今日、南條家と北條家の次代は家を継がせないと当主に告げられる。もう少しで俺達も呼ばれるが、その時に星華と海斗の事が言われるだろう。その時に海斗が二匹の神獣の欠片を継承している事実が主上によって知らされる」
南條家と北條家は引き下がらず得ないのだ。何せ、神獣の欠片が付いたのは星華ではなく海斗だ。星華を得たとしても、神獣の欠片は今の南條家と北條家には現れない。
「西條家次代様、東條家次代様。主上がお呼びです。番様とお子様、婚約者様も同様で御座います。如何ぞお進みください」
そう告げられ、皆んなで主上の前へ進み出た。御簾越しでも分かる強い力。主上はきちんと神の力の欠片を継承されている。東宮様も継がれているのは確認している。静かに進み出て、皆んなで跪き頭を垂れた。海斗は星華を抱いているので直立のままだが。微かな衣擦れの音が聞こえる。
「よく来たな。面を上げよ」
俺と蒴は直ぐに顔を上げたが、心律はおっかなびっくりと言った感じだった。蒴の番の美紅も同様だ。海斗は星華を抱いていたので、ほぼ直立で立っており、軽く頭を下げただけだ。蓮は初めての場所で少し大人しいが、それでも堂々としている。流石がはあのサイズの神獣の欠片を内包しているだけある。
「理玖。良い番を得たな」
「恐れ入ります」
「二人の子、蓮と言ったか? 素晴らしい能力が見て取れる。頼もしいな」
主上の目は欺けない。あの目は蓮に付いている神獣の欠片が二体なのは分かっているだろう。
「蒴よ。番が懐妊したと聞いたが、しっかりと次代であるようだな。かなりの能力の子が生まれよう」
「有難う御座います」
美紅は大人しく、いや、蒴の着物の袂を握り締めてるな。まあ、華族でもなく一般家庭で育ったなら当然の反応か。
「そして、海斗」
「はい」
「しっかりと朱雀と玄武の欠片を継承しているな」
主上の言葉に周りが騒めく。そうなのだ。海斗が継承したのは二家の神獣の欠片。一体ではないのだ。それはつまり、海斗が四神並みのαである証拠なのである。本人は認めたがらないが、真実に違いない。神獣が認めた能力だ。
「不本意ながら」
「不本意、そう言えるのだな?」
「俺、いえ、私はあくまで四神が一家、西條家の次代の従者である八葉、椎葉家の次男です。その責務を途中で放り出すつもりはありません」
「朕が申してもか?」
「申し訳ございません」
海斗はキッパリと自分の意見を言い切る。本来、主上を前に言い切る事は難しい。だが、海斗の中でその部分は譲れないのだろう。
「確固たる意志だな」
「不敬をお許し下さい」
「よい。海斗は確かに神獣の欠片を二体継承しているが、それは仮のものだろう。星華嬢と共にある時、神獣は歓喜しているようだ。二人の子が次代となり、素晴らしい能力を持つ事を祈ろうではないか」
「はい」
主上は敢えて海斗に訊いたな。きちんとした意志を持たないものに四神は継げない。ましてや二家の後継者の親とはなれない。主上は軽く手を振る。その仕草は、周りの者を排除するものだ。如何やら、内緒の話しをしたいらしい。そして、ゆっくりと御簾が上げられた。
「今この場に居るのは朕と其方達だけだ」
俺は目を細めた。主上が何を話したいのか、はっきりと分からない。流石にお考えを読むのは無理だ。
「今代、南條家と北條家の次代は継承権を剥奪される。それに伴い、現当主の持つ権利を凍結させてもらった」
つまり、実質、南條家と北條家は排除されたと言う事か。領地も国に没収されたと考えるのが普通だな。
「四花の番を見捨てられなかったのでな」
「それを命令したのですか?」
俺の問いに主上はなんとも言えない笑みを浮かべた。俺としては二家の当主は保身に走り、番を切り捨てると思っていた。確かに番を失ったΩの末路は悲惨なものだが。予想外に保身に走りはしなかったのか。意外だとしか言えない。
「実質、四神としての執務を行なっているのは西條家と東條家のみ。そんな者達に、国民の血税は渡せぬ。四神として遇してはやろう。だが、今後一切、朕の前に現れる事は禁止した。あまりの能力の低さに見ていられぬのでな」
確かに、今代の南條家と北條家の当主に付いている神獣の欠片は小さく影も薄い。辛うじて付けた程度の力だろう。
「言い方は悪いがあの者達に付いている八葉の従者の方が能力が高い。それでは四神だと言えないだろう」
主上は嘆かわしいと息を吐き出した。先代の時に何度も忠告はしたらしいが、聞く耳を持たないなら意味はない。
「それに伴い、八葉の京葉家と常葉家も入替になる。分家より選ばれる事になるが、選ぶのは次代の南條家と北條家の当主だ」
つまり、星華と海斗の子が生まれるまで、八葉は二家が欠けることになるのか。本家が四神とは言え、主人を諌められなかったのは罪に値する。ただ、付いているだけでは意味はない。海斗は俺が間違いを犯すと、従者とは思えない剣幕で怒るからな。「主人であろうと間違いは間違いです」、そう言って怒鳴ってくれるのは本当に有難い。自分では気が付かない部分を補ってこそ従者だ。
「そして、海斗。四神としての責務はないが、新年の祭事での舞は参加してもらう。仮とは言え、神獣の欠片を二体宿している。神に奉納する舞には出来る限り四属性の四神の欠片を宿す者が必要だ」
海斗の表情が固い。祭事の舞はただの舞ではない。一年の豊穣と安寧を願うものだ。居ないのなら仕方ないが、海斗は欠けている火の要素、朱雀の欠片を宿している。ちなみに東宮が舞うのは剣舞である。これは国の護国に関するものである。
「そして、理玖と蒴よ。今使っている舞扇は其々の神獣の物だな。しかし、お前達もまた、二体の神獣の欠片を宿している。後で二体の属性の舞扇を下賜する。勿論、海斗もだ」
舞扇は其々の神獣の欠片に合わせて作られている。其々の舞扇でも神獣の欠片を定着させる事は出来るが、真に力を発揮出来ない。海斗が神獣の欠片を取り込んだ時、使ったのは俺が所持している白虎の舞扇だ。
「新たに作られたのですか?」
「そうだ。かなり古い舞扇はあるが、折角なので新調させてもらったぞ」
舞扇はただ、物を作れば良いというものではない、一言で言えば神具に違い。新たに作られたと言う事は、その舞扇は真っ新なのだ。俺達が手にとって初めてその属性に染まる。つまり、俺達の舞扇は次代は使えない。二体、それも同じ神獣の欠片を宿す蓮は使えるが、蒴の次代は青龍のみ。今代限りの舞扇という事だろう。それでも新調したのか。
「本来、舞扇は本人が作り出すものなのだよ。段々と力が弱くなり、神具の舞扇に取って代わったがね」
舞扇は其々が作り出す。つまり、力を具現化させていたという事か。
「舞扇とは言うが、人によっては刀などの武具があったくらいだ」
つまり、元は舞のためのものではなかったんだな。今の時代に武器は確かに必要ない。とは言え、後で試してみよう。
「試してみたいようだな」
「いえ」
「否定せずとも良い。実は其方達ならば、具現化出来るのではないかと考えていた。東宮は具現化出来たのでな」
俺は蒴と顔を見合わせた。つまり、東宮は今までにない神の力の欠片を継承した事になる。
「つまり」
「刀ではなく剣だ。かなり強い力を宿していたぞ」
主上はとてつもなく楽しそうだな。そうか、今代は俺達含めて、かなり能力が高い者が揃ったのか。
「力は守る者が居てこそ発揮される。四神の神獣は特に守りに対して強い反応を見せるからな」
主上は本当に楽しそうだな。そうだろうな。俺と蒴の神獣の欠片はそこそこの大きさだし、蓮に限っては規格外だろう。しかも海斗に付いた神獣の欠片はかなりの大きさだ。本来、神獣の欠片は異物になる。その異物を海斗は易々と受け入れたのだ。元々、高い能力があるのは分かっていたし、知ってはいたがここまでだとは思っていなかった。二家のボンクラ共はそれすら見破れていなかったんだろう。さっきの視線、海斗を射殺しそうだった。
「試してみるがいい」
「武器だった場合は?」
俺は主上の前で刃物を出すのは警備上、問題があるのではないかと暗に示す。主上はスッと目を細めた。
「力で具現化する武具は神具になる。全く問題ない」
如何あっても、俺達が力を具現化出来るかお知りになりたいらしい。密かに試す事は駄目なのか。駄目なんだな。期待と好奇心に満ちた視線は年相応とは言えませんよ。俺と蒴は心律と美紅に後ろに下がるように言った。心律は身重の美紅を手伝って後ろに下がる。
「海斗よ」
そして、主上は何故か海斗にも声を掛けた。確かに海斗に付いた神獣の欠片はかなりの大きさだ。力を制御出来てないとは言え、海斗なら直ぐに御する事が可能だろう。何せ三人舞は完璧に覚えたのだ。そう、俺と蒴は無理矢理、海斗に舞を習得させた。絶対に必要になると分かっていたからだ。海斗は主上の表情に諦めたように息を吐き出した。普通なら不敬と取られかねない態度だが、主上は気にしてはいないようだった。
「分かりました」
海斗はそう言うと星華を心律に預けた。星華は驚いて目を開けたが、母親であったのでまたそのまま眠りに落ちた。待て、そんなに海斗が良いのか?!
「俺は力を制御出来ていませんよ」
海斗が段々、素に戻ってきている。相当、疲れてきているようだな。何時もは新年に御所に来ていても控えていてこの場に来た事はない。
「試してみます」
俺はゆっくりと息を整えた。体の中に渦巻く二つの力を認識する。渦巻いているが、決して俺を害するものではない。チカラが具現化すると言うのなら、手に意識を向ければ良いのか?
腕から手に意識を集中させると、何となく光が集まるように力が集まっていく。何かを感じ右手で何かを掴む動作をした。その掌に確かに感じる存在。視線を向ければ視界に入ったのは一振りの刀だった。風と水の力を刀身に纏い、しかし、柄と鍔は美しい装飾が施されていた。鞘はおそらく俺自身になるので完全な抜き身だ。成程、これはかなりの力だ。
「刀か。刀身も風と水の力を纏っているな。刃物とは、どれだけ好戦的なのだ」
主上は東宮を棚に上げ、そんな事を宣った。俺的には優美な笛とか顕現したら困ったと思うが。その後、蒴も同様に刀が具現化した。水と地の力を宿した刀身は、俺のとはかなり色合いが違う。刀身は金属というより不思議な材質の物であるようだ。海斗も刀だが、俺たちのより少しだけサイズが小さい。脇差と呼ばれるものではないかと思うが。海斗は不思議そうにそれを眺めていた。
「素晴らしいな」
主上は嬉しそうに手を叩いた。
「海斗よ。もし、破落戸が襲ってきたら、それを使う事を許可しよう」
主上の言葉に海斗が目を細めた。つまり、元南條家と北條家の後継者を破落戸、と主上は表現したのだ。海斗は刃物がなくとも対応可能な武術は身に付けている。俺の従者の時点で護衛も兼任だからだ。
「ただし、殺すな。生きたまま捉えよ」
「ご命令と受け取っても?」
海斗が冷静に返している。何時も思うが、ここまで動じなくなるとは考えていなかった。本人は陰で泣いていると思っているようだが、俺は知っていたからな。泣くという事には二種類の意味がある。理不尽だとただ泣いている場合と、悔しくて泣いている場合だ。海斗の場合は後者だ。その後は今まで以上に努力を重ね、認めさせようと躍起になっていた。本人はあくまで知られないようにと細心の注意を払っていたようだが。
「そうだ。其の者達には相応の償いはして貰う。何せ、次代の四神の両親となる者を害したのだからな」
主上はおそらく、海斗が神獣の欠片の宿主だとは其奴等には意図的に話さないつもりだ。何せ彼奴等は星華を手に入れれば何とかなると考えているだろう。根本的に能力が無くなったのが問題なのだが、そこを理解していない。四神だからこそ、横柄な態度でいられるのだと思っているに違いない。
「御意」
海斗はそう言うと頭を垂れた。海斗は何処まで行っても八葉の椎葉家に誇りを持っている。例え、四神の二体の神獣の欠片を宿しても変わらない。その不変の意志こそが主上には心地よいらしい。俺としても誇らしい気持ちになる。決して本人には言わないが。
「奉納舞は今回、現当主二人と、次代の当主二人の舞とする。尚、その後、朕の前で三人舞を披露して貰うぞ。ちゃんと習得したのであろう」
楽し気な主上と違って、海斗は不機嫌だな。俺と蒴に無理矢理習得させられた三人の奉納舞。まさか、これほど早く舞う羽目になるなど考えてなかったに違いない。
「舞扇は朕からの贈り物だ。おそらく、今代のみ使えるだろうからな。朱雀と玄武の舞扇は南條家と北條家から戻すように通告している。近いうちに西條家に送る故、そちらで保管するように」
主上は海斗に視線を向けた後、俺にも視線を向けてきた。つまり、保管は西條家でするようにという事か。
「御意」
俺も頭を垂れた。この後、如何かなどはっきりとは分からない。だが、確実に海斗は彼奴等に害意を向けられるだろう。まあ、返り討ちにあうのは目に見えているが。
「本当か?」
父の継鷹に二人の話をした。このままでは南條家と北條家が口を出してくる。蒴には血の濃さの関係で、今代は東條家には嫁にやれないと伝えてある。流石に蒴は直ぐに理解した。苦笑いをしていたが、血の濃さに関しては懸念していたようだ。
「間違いなく。海斗は隠しているようだが、見る者が見たらすぐに分かる」
父は思案し、実にいい笑みを浮かべた。勿論、俺もだ。生まれて幾らも経っていないし、乳幼児の時点で番が分かるのは若干、否、かなり嫌ではあるが海斗なら百歩譲って許せる範囲だ。
「主上には話を通そう。隠居の親父も駆り出してやる」
爺さんも駆り出すのか。それはかなりの大事だな。爺さんと婆さんは曾孫にメロメロな上、心律も猫可愛がりしている。何せ、気が付けば会いにくるのだから始末が悪い。いくら言っても、心律と子供達に何かと買ってくる。俺としては自分で選びたいが、今のところその願いは叶わない。何故なら西條家の隠居だけならまだしも、東條家の隠居まで出てくる始末だ。確かに俺は東條家の隠居の孫に違いないが、家が違う。こちらから行く分には問題ないだろうが、彼方から来るのは如何なものか。心律は実家にいた頃にかなり冷遇されていた関係で、無条件に受け入れる二家の隠居に其れはそれは懐いている。その関係で無碍にも出来ない。
「まあ、お前の悩みは理解してるぞ」
「言わせてもらうが、親父とお袋も同じだからなっ」
そうなのだ。隠居四人だけでなく、俺の両親まで。この憤りを如何してくれよう。やっと得られた番、しかも魂の番と言われる運命だ。それなのに、周りの大人が放っておいてくれない。少しは空気を読んで貰いたい!
「ふふ、諦めろ。お前は本当に孝行息子だよ」
「嬉しく感じないのはなんでだ?」
「捻くれてるからだろう」
父よ、嬉しそうだな。俺がなかなか番を見付けなかったせいで、ヤキモキさせていたのは理解している。しているが、いざ番が決まった後のお袋の歓喜が凄かった。心律を前にした時は平常心を保っていたようだが、俺一人の時にそれはそれは狂喜乱舞していた。
「綾乃はお前しか産まなかった事を未だに気にしているからな。理玖には本当に感謝している」
「まだそんなこと言ってんのか?」
「南條家と北條家の事は言えないからな。うちもだが東條家も子孫を残す能力が落ちていた。蒴も全く血筋の違うΩを番に迎えたと聞いた時は、理解していたのだなと嬉しくなった」
先代から、四花を遠ざけるようになったらしい。危機感を抱いたのだと言っていた。当然、南條家と北條家にも忠告したが、あの二家は何故か四花を過大評価していた。その結果、次代が四神を継げない事態になっている。親父には海斗の頭上の神獣に付いては話していない。それ以前に、俺と蒴は神獣を視認出来る事実を知らない。何せ、主上にも知らせてはいないからな。蓮も視認出来るだろうから、無闇に話さないように言い聞かせなくてはならない。無駄な厄介事を呼び寄せない為だ。そのうち、親父には話しておいた方が良いかもしれないが。
両親が知っているのは俺が持つ属性が二属性である事実だけだ。蒴も二属性持ちだが、西條家と東條家の当主夫妻、前当主夫妻のみ事実を知っている。従者である海斗は俺が二属性持ちなのは知っているが、蒴も二属性を持っている事を知らない。言い換えるなら、蒴の従者の空斗は俺が二属性持ちなのを知らないのだ。今回、新年の祝賀の祭事に舞う事で知られてしまうがこれは仕方ない。
父と更に東條家の伯父と共にあれこれ対応した。当然そこには蒴も介入してきたが。海斗が父に告げたように、南條家と北條家のボンクラ共は星華に手を出してくるだろう。最悪、心律にも手を出す可能性も否定出来ない。主上も呑気に構えていないで、さっさと引導を渡してもらいたかった。しかも、彼奴等に四神の力がないばかりに、俺と蒴は舞を覚え直さなくてはならなかった。本当に面倒事ばかり起こしてくれる。
蒴と舞を合わせていると、いきなり耳に入ってきた言葉。俺と蒴はお互いに顔を見合わせ嬉々とした。海斗の頭上に朱雀と玄武がいる事は知っていたからだ。海斗に舞扇を投付けた。悩みに悩んだ後に開いた舞扇から涼やかな鈴の音が響き渡った時の高揚感。海斗は神獣に次代の親となる事を認められていた。本人はかなり不本意と項垂れていたが、神獣の意思を変えるのは無理なのだ。欠片を付けた以上覆らない。何せ、海斗だけが選ばれた訳ではないのがポイントだ。星華と離す事は即ち、次代の四神を得られない事に繋がる。何故なら、海斗と星華を選んだのは他でもない朱雀と玄武だからだ。
そして、年末。主上に目通りする為と、新年明けて直ぐ奉納する舞の為に御所に上がる。海斗は着飾った星華を腕に抱き、その傍を蓮が歩く。蓮は何かを察しているのか、海斗から離れようとはしない。心律は俺が守るように横に立つ。そして、俺の腕に腕を回すように言った。心律は恐縮し控え目に俺の腕に腕を回した。蒴も自分の嫁を連れている。臨月に入るようだが、心律と違い心身共に健康である為一緒に来たようだ。両親は先に主上の元に参じている。
「付いてくるな」
「全く、自分達の立場を分かっていないな」
蒴の言葉に俺はそう答えた。周りの気配を探れば分かりそうなものだ。それすら分からぬ程、能力がないのか。
「如何なさいますか?」
当然、海斗は察している。そして、蒴と共にいる空斗も目を細めている。つまり、確実に認識しているのだ。南條家と北條家は四神の何たるかを教えていないのか。主上が目通りを拒絶すると言うその事実を、深刻に受け止めていないのか。受け止めていれば、四神から降格される事態は免れたかもしれない。次代の継承は無理でも、次の代は神獣に認められる者が生まれる可能性は十分にあったのだ。それを棒に振ったのは他でもない南條家と北條家なのでる。
「父が主上に許可を貰い控えています。梼葉家の者も同様です」
空斗は当たり前だと言わんばかりに口元に笑みを刷く。
「今年は従者である者以外、京葉家と常葉家の者は排除されている。他の八葉は主上に召集された」
蒴が楽しそうだ。京葉家と常葉家もある意味、ヤバいんだけどな。何せ、南條家と北條家の当主を諌められなかった。八葉は四神とは違い分家が存在する。つまり、本家と分家の入れ替わりが発生する。仕える主人が四神を剥奪されるのに、自分達は安全だと思ってはいないだろう?
「理玖さん……」
心律が不安気に俺を見上げてきた。基本、心律は自分に何かが起こる場合は冷静だ。諦めを知ってる分、知らず知らずのうちに身についたのだと思うが。
「大丈夫だ」
「僕はいいんです。でも、蓮と星華に何かあったら如何しよう」
心律は直ぐに自分を犠牲にしようとする。後でお仕置きが必要だな。何時迄も自分を大切にするって言う大切な部分だけは身に付かない。蓮は眠いんだろうが、それでも頑張って起きている。付いている白虎と青龍がガッチリ周りを固めている。星華は一才になっていない赤子だ。海斗の腕の中で眠っているな。父親の腕の中より安心して寝ているのは解せぬが。
「心律、そのままの体勢で聞いてくれるか?」
「はい。付いて来る人達のせいですよね?」
俺は口元が歪むのを止められなかった。心律にも分かる程、気配を消せていないのか。それはもう、四神とは言えない。神獣の欠片を宿していれば、それなりに気配を消すことは可能だ。神獣の欠片を宿していない八葉ですら、気配を消す訓練はする。そうでなくては、この世界では生きていけない。確かに血生臭い事は減ったが、それ以外にも殺伐とした状況は多いのだ。
「そうだ。蓮には神獣の欠片が二つ付いている。海斗も二つだ」
「はい」
「神獣本体ではないが、欠片もそれなりの力を有している。下手に手を出せば大変な目に遭う。俺と蒴は力を制御できているが、蓮と海斗はそうじゃない。神獣は付いた宿主を守る為に動く」
心律は驚いたような気配をさせたが、視線を前から逸らさなかった。お袋の教育もなかなかだ。策略関係はからっきしらしいが、その他はそうではない。特に窮地に立つと能力を発揮する。動揺したり全くしないのは育った環境のせいか。それはそれで複雑だ。
「主上は今日、南條家と北條家の次代は家を継がせないと当主に告げられる。もう少しで俺達も呼ばれるが、その時に星華と海斗の事が言われるだろう。その時に海斗が二匹の神獣の欠片を継承している事実が主上によって知らされる」
南條家と北條家は引き下がらず得ないのだ。何せ、神獣の欠片が付いたのは星華ではなく海斗だ。星華を得たとしても、神獣の欠片は今の南條家と北條家には現れない。
「西條家次代様、東條家次代様。主上がお呼びです。番様とお子様、婚約者様も同様で御座います。如何ぞお進みください」
そう告げられ、皆んなで主上の前へ進み出た。御簾越しでも分かる強い力。主上はきちんと神の力の欠片を継承されている。東宮様も継がれているのは確認している。静かに進み出て、皆んなで跪き頭を垂れた。海斗は星華を抱いているので直立のままだが。微かな衣擦れの音が聞こえる。
「よく来たな。面を上げよ」
俺と蒴は直ぐに顔を上げたが、心律はおっかなびっくりと言った感じだった。蒴の番の美紅も同様だ。海斗は星華を抱いていたので、ほぼ直立で立っており、軽く頭を下げただけだ。蓮は初めての場所で少し大人しいが、それでも堂々としている。流石がはあのサイズの神獣の欠片を内包しているだけある。
「理玖。良い番を得たな」
「恐れ入ります」
「二人の子、蓮と言ったか? 素晴らしい能力が見て取れる。頼もしいな」
主上の目は欺けない。あの目は蓮に付いている神獣の欠片が二体なのは分かっているだろう。
「蒴よ。番が懐妊したと聞いたが、しっかりと次代であるようだな。かなりの能力の子が生まれよう」
「有難う御座います」
美紅は大人しく、いや、蒴の着物の袂を握り締めてるな。まあ、華族でもなく一般家庭で育ったなら当然の反応か。
「そして、海斗」
「はい」
「しっかりと朱雀と玄武の欠片を継承しているな」
主上の言葉に周りが騒めく。そうなのだ。海斗が継承したのは二家の神獣の欠片。一体ではないのだ。それはつまり、海斗が四神並みのαである証拠なのである。本人は認めたがらないが、真実に違いない。神獣が認めた能力だ。
「不本意ながら」
「不本意、そう言えるのだな?」
「俺、いえ、私はあくまで四神が一家、西條家の次代の従者である八葉、椎葉家の次男です。その責務を途中で放り出すつもりはありません」
「朕が申してもか?」
「申し訳ございません」
海斗はキッパリと自分の意見を言い切る。本来、主上を前に言い切る事は難しい。だが、海斗の中でその部分は譲れないのだろう。
「確固たる意志だな」
「不敬をお許し下さい」
「よい。海斗は確かに神獣の欠片を二体継承しているが、それは仮のものだろう。星華嬢と共にある時、神獣は歓喜しているようだ。二人の子が次代となり、素晴らしい能力を持つ事を祈ろうではないか」
「はい」
主上は敢えて海斗に訊いたな。きちんとした意志を持たないものに四神は継げない。ましてや二家の後継者の親とはなれない。主上は軽く手を振る。その仕草は、周りの者を排除するものだ。如何やら、内緒の話しをしたいらしい。そして、ゆっくりと御簾が上げられた。
「今この場に居るのは朕と其方達だけだ」
俺は目を細めた。主上が何を話したいのか、はっきりと分からない。流石にお考えを読むのは無理だ。
「今代、南條家と北條家の次代は継承権を剥奪される。それに伴い、現当主の持つ権利を凍結させてもらった」
つまり、実質、南條家と北條家は排除されたと言う事か。領地も国に没収されたと考えるのが普通だな。
「四花の番を見捨てられなかったのでな」
「それを命令したのですか?」
俺の問いに主上はなんとも言えない笑みを浮かべた。俺としては二家の当主は保身に走り、番を切り捨てると思っていた。確かに番を失ったΩの末路は悲惨なものだが。予想外に保身に走りはしなかったのか。意外だとしか言えない。
「実質、四神としての執務を行なっているのは西條家と東條家のみ。そんな者達に、国民の血税は渡せぬ。四神として遇してはやろう。だが、今後一切、朕の前に現れる事は禁止した。あまりの能力の低さに見ていられぬのでな」
確かに、今代の南條家と北條家の当主に付いている神獣の欠片は小さく影も薄い。辛うじて付けた程度の力だろう。
「言い方は悪いがあの者達に付いている八葉の従者の方が能力が高い。それでは四神だと言えないだろう」
主上は嘆かわしいと息を吐き出した。先代の時に何度も忠告はしたらしいが、聞く耳を持たないなら意味はない。
「それに伴い、八葉の京葉家と常葉家も入替になる。分家より選ばれる事になるが、選ぶのは次代の南條家と北條家の当主だ」
つまり、星華と海斗の子が生まれるまで、八葉は二家が欠けることになるのか。本家が四神とは言え、主人を諌められなかったのは罪に値する。ただ、付いているだけでは意味はない。海斗は俺が間違いを犯すと、従者とは思えない剣幕で怒るからな。「主人であろうと間違いは間違いです」、そう言って怒鳴ってくれるのは本当に有難い。自分では気が付かない部分を補ってこそ従者だ。
「そして、海斗。四神としての責務はないが、新年の祭事での舞は参加してもらう。仮とは言え、神獣の欠片を二体宿している。神に奉納する舞には出来る限り四属性の四神の欠片を宿す者が必要だ」
海斗の表情が固い。祭事の舞はただの舞ではない。一年の豊穣と安寧を願うものだ。居ないのなら仕方ないが、海斗は欠けている火の要素、朱雀の欠片を宿している。ちなみに東宮が舞うのは剣舞である。これは国の護国に関するものである。
「そして、理玖と蒴よ。今使っている舞扇は其々の神獣の物だな。しかし、お前達もまた、二体の神獣の欠片を宿している。後で二体の属性の舞扇を下賜する。勿論、海斗もだ」
舞扇は其々の神獣の欠片に合わせて作られている。其々の舞扇でも神獣の欠片を定着させる事は出来るが、真に力を発揮出来ない。海斗が神獣の欠片を取り込んだ時、使ったのは俺が所持している白虎の舞扇だ。
「新たに作られたのですか?」
「そうだ。かなり古い舞扇はあるが、折角なので新調させてもらったぞ」
舞扇はただ、物を作れば良いというものではない、一言で言えば神具に違い。新たに作られたと言う事は、その舞扇は真っ新なのだ。俺達が手にとって初めてその属性に染まる。つまり、俺達の舞扇は次代は使えない。二体、それも同じ神獣の欠片を宿す蓮は使えるが、蒴の次代は青龍のみ。今代限りの舞扇という事だろう。それでも新調したのか。
「本来、舞扇は本人が作り出すものなのだよ。段々と力が弱くなり、神具の舞扇に取って代わったがね」
舞扇は其々が作り出す。つまり、力を具現化させていたという事か。
「舞扇とは言うが、人によっては刀などの武具があったくらいだ」
つまり、元は舞のためのものではなかったんだな。今の時代に武器は確かに必要ない。とは言え、後で試してみよう。
「試してみたいようだな」
「いえ」
「否定せずとも良い。実は其方達ならば、具現化出来るのではないかと考えていた。東宮は具現化出来たのでな」
俺は蒴と顔を見合わせた。つまり、東宮は今までにない神の力の欠片を継承した事になる。
「つまり」
「刀ではなく剣だ。かなり強い力を宿していたぞ」
主上はとてつもなく楽しそうだな。そうか、今代は俺達含めて、かなり能力が高い者が揃ったのか。
「力は守る者が居てこそ発揮される。四神の神獣は特に守りに対して強い反応を見せるからな」
主上は本当に楽しそうだな。そうだろうな。俺と蒴の神獣の欠片はそこそこの大きさだし、蓮に限っては規格外だろう。しかも海斗に付いた神獣の欠片はかなりの大きさだ。本来、神獣の欠片は異物になる。その異物を海斗は易々と受け入れたのだ。元々、高い能力があるのは分かっていたし、知ってはいたがここまでだとは思っていなかった。二家のボンクラ共はそれすら見破れていなかったんだろう。さっきの視線、海斗を射殺しそうだった。
「試してみるがいい」
「武器だった場合は?」
俺は主上の前で刃物を出すのは警備上、問題があるのではないかと暗に示す。主上はスッと目を細めた。
「力で具現化する武具は神具になる。全く問題ない」
如何あっても、俺達が力を具現化出来るかお知りになりたいらしい。密かに試す事は駄目なのか。駄目なんだな。期待と好奇心に満ちた視線は年相応とは言えませんよ。俺と蒴は心律と美紅に後ろに下がるように言った。心律は身重の美紅を手伝って後ろに下がる。
「海斗よ」
そして、主上は何故か海斗にも声を掛けた。確かに海斗に付いた神獣の欠片はかなりの大きさだ。力を制御出来てないとは言え、海斗なら直ぐに御する事が可能だろう。何せ三人舞は完璧に覚えたのだ。そう、俺と蒴は無理矢理、海斗に舞を習得させた。絶対に必要になると分かっていたからだ。海斗は主上の表情に諦めたように息を吐き出した。普通なら不敬と取られかねない態度だが、主上は気にしてはいないようだった。
「分かりました」
海斗はそう言うと星華を心律に預けた。星華は驚いて目を開けたが、母親であったのでまたそのまま眠りに落ちた。待て、そんなに海斗が良いのか?!
「俺は力を制御出来ていませんよ」
海斗が段々、素に戻ってきている。相当、疲れてきているようだな。何時もは新年に御所に来ていても控えていてこの場に来た事はない。
「試してみます」
俺はゆっくりと息を整えた。体の中に渦巻く二つの力を認識する。渦巻いているが、決して俺を害するものではない。チカラが具現化すると言うのなら、手に意識を向ければ良いのか?
腕から手に意識を集中させると、何となく光が集まるように力が集まっていく。何かを感じ右手で何かを掴む動作をした。その掌に確かに感じる存在。視線を向ければ視界に入ったのは一振りの刀だった。風と水の力を刀身に纏い、しかし、柄と鍔は美しい装飾が施されていた。鞘はおそらく俺自身になるので完全な抜き身だ。成程、これはかなりの力だ。
「刀か。刀身も風と水の力を纏っているな。刃物とは、どれだけ好戦的なのだ」
主上は東宮を棚に上げ、そんな事を宣った。俺的には優美な笛とか顕現したら困ったと思うが。その後、蒴も同様に刀が具現化した。水と地の力を宿した刀身は、俺のとはかなり色合いが違う。刀身は金属というより不思議な材質の物であるようだ。海斗も刀だが、俺たちのより少しだけサイズが小さい。脇差と呼ばれるものではないかと思うが。海斗は不思議そうにそれを眺めていた。
「素晴らしいな」
主上は嬉しそうに手を叩いた。
「海斗よ。もし、破落戸が襲ってきたら、それを使う事を許可しよう」
主上の言葉に海斗が目を細めた。つまり、元南條家と北條家の後継者を破落戸、と主上は表現したのだ。海斗は刃物がなくとも対応可能な武術は身に付けている。俺の従者の時点で護衛も兼任だからだ。
「ただし、殺すな。生きたまま捉えよ」
「ご命令と受け取っても?」
海斗が冷静に返している。何時も思うが、ここまで動じなくなるとは考えていなかった。本人は陰で泣いていると思っているようだが、俺は知っていたからな。泣くという事には二種類の意味がある。理不尽だとただ泣いている場合と、悔しくて泣いている場合だ。海斗の場合は後者だ。その後は今まで以上に努力を重ね、認めさせようと躍起になっていた。本人はあくまで知られないようにと細心の注意を払っていたようだが。
「そうだ。其の者達には相応の償いはして貰う。何せ、次代の四神の両親となる者を害したのだからな」
主上はおそらく、海斗が神獣の欠片の宿主だとは其奴等には意図的に話さないつもりだ。何せ彼奴等は星華を手に入れれば何とかなると考えているだろう。根本的に能力が無くなったのが問題なのだが、そこを理解していない。四神だからこそ、横柄な態度でいられるのだと思っているに違いない。
「御意」
海斗はそう言うと頭を垂れた。海斗は何処まで行っても八葉の椎葉家に誇りを持っている。例え、四神の二体の神獣の欠片を宿しても変わらない。その不変の意志こそが主上には心地よいらしい。俺としても誇らしい気持ちになる。決して本人には言わないが。
「奉納舞は今回、現当主二人と、次代の当主二人の舞とする。尚、その後、朕の前で三人舞を披露して貰うぞ。ちゃんと習得したのであろう」
楽し気な主上と違って、海斗は不機嫌だな。俺と蒴に無理矢理習得させられた三人の奉納舞。まさか、これほど早く舞う羽目になるなど考えてなかったに違いない。
「舞扇は朕からの贈り物だ。おそらく、今代のみ使えるだろうからな。朱雀と玄武の舞扇は南條家と北條家から戻すように通告している。近いうちに西條家に送る故、そちらで保管するように」
主上は海斗に視線を向けた後、俺にも視線を向けてきた。つまり、保管は西條家でするようにという事か。
「御意」
俺も頭を垂れた。この後、如何かなどはっきりとは分からない。だが、確実に海斗は彼奴等に害意を向けられるだろう。まあ、返り討ちにあうのは目に見えているが。
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