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奇跡に祝福をⅡ side 心律
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皆さん、こんにちは。僕は心律と言います。先日、二人目の子供を出産しました。旦那様はこの国で四神と呼ばれる西條家の嫡男です。名前は理玖さん。理玖さんは大学二年生になりました。僕は本当なら高校に通わなくてはならなかったけど、基礎学力が散々なので家庭教師から教わる日々です。
第一子の息子、蓮はまだ二歳でありながら、既にαとしての片鱗を見せている。片鱗じゃないかもしれない。一度聞いた事は忘れていない。西條家の義理の両親は歓喜していた。能力が高いのは凄いと思うけど、僕としては下手なこと言えないので黙ってしまう。それじゃいけないのは分かってるけど、下手な事覚えたらどうしようってなる。
先日産んだのは女の子。見た目は何となくΩかなって思う。名前は星華。僕が産んだ二人の子供は、西條家の特徴が色濃く出ていて、本当に僕の子かなって思う。
「あの、どういう事ですか?」
僕は困惑に首を傾げた。理玖さんの言っている事が理解出来なくて。
「ん? だから、旅行に行くぞ」
「いえ、それは分かるんですけど」
「両親も行くし、勿論、子供達も行く」
それに関しては問題ないけど、どうして、今なんだろう。だって、ガッツリ何もない平日なんだよ。
「休みの日だと人が多くて楽しめないだろう」
まさかの理由だった。
「それと、少し気になる事があって」
「気になる事?」
僕は首を傾げるけど、理玖さんは苦笑いをするだけだった。まさか、あんな事を画策しているなんて僕は知らなかった。確かに、妊娠してから西條家に守られていて、危険なんて感じることもなかった。蓮を出産して、約一年後に星華を妊娠したから更に外に出なかったから。
よく晴れた平日。そう、平日なんだよね。どうも、僕が全く遊びをしてこないまま成長してしまった事を、理玖さんと西條の義理の両親が気にしていたみたいで。僕は今、西條家が持つ別荘の一つに来ている。山に囲まれた静かな場所で、別荘の近くには湖もある。でも、車で一時間も掛からずに大きな街に出られる場所で。つまり、この別荘がある一帯は西條家の所有地なんだとか。規模が違いすぎてどう反応していいか分からない。
「二人でボートにでも乗ってきたらどう?」
義母さんが提案してくれた。僕としてはボートより少し歩きたい。ずっと家の中だったから(家の中がありえないくらい広いけど)、外の空気を吸いたい。緑が多くて、初夏だから風も爽やか。こんな場所、今まで来た事がなかったから新鮮。
「寒くないか?」
「丁度いいです。どうかしたんですか?」
「……いや」
歯切れが悪い。急に旅行に行く事になった理由かな。僕では考え及ばない何かがあったのかな。
「隠し事?」
理玖さんの眉間に皺が寄る。珍しいと思う。基本的に僕には悟られないように無表情が多いのに。
「あ、いや。覚えてるか?」
急に話しが変わり、少し困惑する。覚えてるって言われても。何の事だろう。
「従兄弟の蒴だ」
蒴さんは東條家の嫡男で、理玖さんの従兄弟。覚えてるも何も、顔を合わせる度に二人で言い合いをしている。僕達の子を嫁にって。蓮はαだし一応、跡取りだから無理なんだって言っても聞かなかった。僕が妊娠中にも盛大に口喧嘩してたけど。
「無理難題を言われたんですか?」
「違う。嫁が妊娠した」
蒴さんは高校時代に相手が出来て、理玖さん同様誕生日と共に入籍。頑張ってるけど子供が出来ないと嘆いていた。それも、何故か僕が産んだ子と似たような年齢を狙ってた。彼の今の狙いは確実に星華だと思うんだけど。
「もしかして、婚約の打診をしてきたんですか?」
理玖さんは更に眉間に皺を寄せる。Ωが生まれる確率は実はαより低い。でも、星華は女の子だし、彼方に生まれるのが男の子でも女の子でもαなら問題ないから。
「彼方の両親まで乗り気で。ただ、問題が他の四神からも打診が来てる」
え? 星華、大人気なの?
「まだ、産まれたばかりだ。それなのに、何を考えてっ」
理玖さんの言いたい事も分かるよ。子煩悩だもんね。蓮と星華に愛情捧げまくってるもんね。僕なんて本当に真綿に包まれてる感じだし。理玖さんと一緒になるまで邪険に扱われてたから凄く戸惑った。
「僕としては本人次第って言いたいけど……」
国のトップ四神。下手をすると、別の国の偉い家柄の人と婚約って話もあるかもしれない。一応、四神の上に帝がいるんだ。僕は会った事がない。義両親と理玖さんは新年の挨拶に行ってるみたい。僕は出産、妊娠で行かなかった。でも、次は子供達と一緒に行く事になってる。何でも僕の実家(本当は元主治医の先生が父親)のゴタゴタにも手を貸してくれたみたい。そうだよね、そうじゃなきゃ、僕のせいだって言ってた人達が引き下がるとは思えないから。
「僕は柵とか、その辺りに無知だから」
湖畔を二人で歩きながら本当に申し訳なくなる。普通、Ωって言っても世情に疎くはないと思う。でも、僕の世界は閉じられていて、帝がいてその下に四神がいる程度しか知らない。四神って言われてるけど、華族の中で上位四家を言うんだ。それは、中等部に上がってすぐ教えられた。子供でも知ってる知識でも、正確に知りえていないかもしれない為の処置だったみたい。僕としては有り難かった。
「心律の場合は仕方ないだろう。外の情報を遮断されて育ったんだ」
「そうだけども……」
屋敷の離れで、監視下に置かれた状態で育った。中等部に上がる年齢になった時、国から定められているからと寮に入れたんだ。初めて目にした外の世界に恐怖しかなかった。ただ、あの当時、僕を世話してくれていた女の人が母親だって知らなかった。教えてくれたらよかったのに。でも、今考えてみると、もし母親だと僕が知ってしまったら引き離されていたのかもしれない。
「本当なら言わないでおこうと思っていた」
理玖さんが諦めたようにそんなことを口にした。何でも、両親からも伝えるように言われたらしい。僕には策略とかの才能はない。だから、守られていなさい、そう言われてる。それでも、知らなくてはいけない。知らないままでは危険だと判断されたら話すとは言われてた。四神の西條家は確かにα上位の一族だ。婚姻相手は出来る限りΩを選ぶ。それは一族の能力を低下させない為に。
「心律に攻撃していたΩを覚えているか?」
「え? うん」
理玖さんが記憶を失って僕を気にするようになってから、そのΩの子にかなりやられた。僕も理由が分かっていたから為されるがままにしていたんだけど。理玖さんが助けてくれるから陰で結構虐められたんだ。
確かΩの名家出身の子だったと記憶してる。橘家だったっけ? 下の名前は残念だけど覚えてない。苗字を呼ぶだけで目くじら立てられたし。
「実はな。うちの警備の人間が数人怪しい奴を捕まえたんだ」
よくよく話を聞くと、逆恨みらしい。僕のせいで四神から相手にしてもらえなくなった。Ωの名家、そう言われるのは、Ωの出生率が高いから。そうなると、αの名家に嫁ぐ場合が多いみたい。確かにΩから生まれる子は基本的に高い能力を持ってる。そして、Ωの名家と言われているって事は、矜持を持っているって事。
「今回の事は切っ掛けに過ぎなかったんだよ」
「どう言う?」
「橘家は何代にも渡って四神と婚姻を結んできた。つまり、血が近くなり過ぎたんだよ」
近い血筋同士での婚姻は血が濃くなってしまう。理玖さんの両親にしても橘家のΩは選ばない予定であったみたい。理玖さんが気に入ればそれを受け入れたみたいだけど。でも、次代からは橘家ひいては四花は除外する予定だったんだって。それは他の四神にしても同様で、蒴さんのお嫁さんは全く家柄とか関係のないβを両親に持つ一般家庭の人。僕は母親がα至上主義の家柄だった小鳥遊家。今ではお取り潰しになって名前すら存在しない。一族全てが島流にあった。しかも、バラバラの場所に送られたらしい。
Ωの名家と呼ばれるのは桜家、椿系、橘家、楪家の四家。その中でも橘家は何代にも渡り四神に嫁いで来た。そのせいで、高い矜持を持つようになり、手に負えなくなっていたらしい。しかも、皇家にも嫁いでいたようで、更に鼻持ちならなくなっていたみたい。
「実は主上に忠告は受けていた。他の家は部を弁えていた。橘家はそれを全く理解していなかったらしい。主上に呼び出されてかなり厳しいお言葉をいただいたみたいだが、彼奴は理解していなかった」
彼奴とは僕を率先して虐めてた彼だよね。うん、自分が選ばれるって自信満々、じゃなくて婚約者って言い切っていた。綺麗で可愛い見た目に反して、かなりきつい性格だったなって。
僕はチラリと理玖さんを盗み見る。橘君は多分、理玖さんが好きなんだと思う。気配は人を寄せ付けない程鋭いんだけど、見た目は本当に綺麗なんだ。僕が横に立つのは本当に勇気がいるんだよ。義両親も綺麗な顔立ちをしていて。僕としては毎日ドギマギしてる。だって、家族だって言われるんだよ。確かに理玖さんと結婚はしたけど、実は式とかはまだしてなくて。その前に子供を二人も産んじゃったし。今更なんだけど。
「彼奴の居場所が掴めない」
「え?」
「橘家には釘を刺した。どうして、四神が婚約者として除外したのか説明した。現当主は理解を示したよ。近い血は生まれてくる子供に悪影響を与える。しかも、橘家は一族での婚姻を繰り返していた」
Ωでも血が濃くなりすぎると、子供が出来にくくなる。それは研究で明らかになってる。実際、橘家はその数を減らしているらしい。外の血を入れる事も視野に入れているとか。
「もしかしたら、心律に対して何かしら仕掛けてくる可能性が少なくない。自宅にいるにも関わらず、破落戸を送り込んで来ている」
橘君ならするかも、って、変に納得した。他の取り巻きの子達は理玖さんが記憶を取り戻した後、僕を囲い込んだ事実を理解した。学校でその説明を大々的にしたみたい。みたいって言うのは、僕は無理が祟って体が思うように動かなかったから。あの後、学校は休学扱いになってて、今もそのままなんだって説明されてる。高等学校の知識を身に付けたら、改めて学校に通って卒業する予定なんだけど。
「大学に行っている間、気が気じゃない。もし、心律が居なくなったらと」
「僕は基本、庭にも出ないから大丈夫だと思う」
「それでも絶対じゃないっ」
もし、捨て身になっていたら何を仕出かすか分からない。理玖さんはそう言い切った。僕は危機感が薄いと言われる。危険とは無縁ではなかったけど、自分自身を重要視してなかった。だから、どうなろうと関係なかったって言うのが真実なんだ。
「蓮や星華にとって心律は大切な母親だ。俺にしても心律なしの生活は考えられなくなってる」
僕は曖昧な笑みを浮かべた。何度も言われる。大切だと。自分を大切にしてほしいと。何度も何度も。でも、僕には自分を大切にするって意識がとてつもなく低い。
生まれてから与えられた場所は、あまりにも閉鎖的だった。母親であった人を世話をしてくれている人としか認識出来ない環境だった。両親だと偽りを口にしていた小鳥遊の当主夫妻は結局、一族のことしか考えていなかった。外に出て初めて気が付いた。Ωは国に保護されていた。優秀なαを生み出せる存在。だからこそ、高位になればなるだけ、伴侶となるのはΩが優先されていた。それなのに、小鳥遊一族はΩを排除していた。理玖さんと結婚し、義母から色々と教わる過程で気が付いてしまった。時々会う偽りの両親。彼等の能力は四神以前の問題だった。αの一族の中でも底辺に位置していた。α同士での婚姻を繰り返し、その結果、αとしての能力が落ちていく。ただ、αである矜持だけは誰よりも高かった。裏でありとあらゆる悪事に手を染めていた。Ωだけではなくβの扱いも最低だったらしい。その為か、四神が少し促せば簡単に小鳥遊一族が経営していた会社は傾いていった。取引先から袖にされ、従業員も次々と辞めていく。かなり脅しをかけられた人達もいたようだけど、四神が後ろににいたのだ。安全だと確信してから彼等は会社から離れた。
「どうしてかな。僕は僕が大切じゃない。でも、理玖さんや子供達やお義父さんとお義母さんは本当に大切だよ。僕を受け入れてくれたんだもん」
僕の言葉に理玖さんが眉間に更なる皺を刻んだ。どうやったら自分を大切に思えるんだろう。両親だと思っていた人達は僕を否定した。兄弟だと思っていた人達も同様に否定して罵声を浴びせてきた。それが普通で当たり前だったから、どう切り替えていいのか分からない。でも、周りが大切だから、必要だと言われれば何でも身に付けたい。策略とかはちょっと無理だけど。
少し散策をして、その後、お風呂をいただいて、家族で夕食を共にした。今まで、家族って言える存在はいなかったから擽ったい。蓮はまだ二歳だけど、いつの間にやら一人で食べられるようになってた。えっと、二歳児ってこんなに何でも出来るんだっけ? 疑問しか浮かんでこないよ。逆に星華は産まれたてだから、別の部屋で乳母の人に見てもらってる。最初は自分でって思ったんだ。蓮の時にそれが無理である事を自覚した。まず、蓮が一歳まで発情期は来なかったんだけど、その後が大変だった。定期的に来る発情期はどうする事もできない。普通のαとΩの番は二人で育てるみたいだけど、蓮が普通の子なら問題なかったんだ。まあ、本当に普通ではなくて。異常に頭がいいし、特に記憶力。
「おとうさん、このおにく、まえにたべたやつだよね?」
「よく覚えてるな」
理玖さんに褒められると得意気な表情を見せる。その表情は間違いなく二歳児。でも、普通じゃないんだよ。
「このまえのほんはおもしろかったよ」
「もう読んだのか?!」
「うん」
しかも、言葉まではっきりしてる。多分、今の僕より確実に知識が多いと思うんだ。焦りはないけど、この子、本当に僕の子かな? 理玖さんの子、はみんな納得すると思うけど。僕が片親、有り得ないって言われるよ。
先に休んでいてほしい、そう言われて一人でベッドに入った。蓮は星華と同じ部屋で今日は休んでる。理玖さんにそう指示されたから。
うつらうつらし始めて不意に耳に入った声。言葉は聞き取れないけど、一つは理玖さんだった様に思う。声は複数人。目を開けたいのに開けられない。そんな感じだった。体が揺れてる。何かに包まれていて体は暖かいけど、顔を冷たい空気が打ってる感じがする。
目覚めた時、そこは見慣れない場所だった。おそらく、どこかに連れてこられたんだと思うんだ。それなのに、冷静に考えている自分がいる。生まれてから理玖さんと一緒になるまで、かなり酷い環境に身を置いていた。だから、大抵のことで驚いたりはしない。足は縛られているし、両手は背中で縛られてる。口は紐で括られてた。うん、捕まったんだね。で、考えたのは、朧気に聞いた声。酷く不機嫌な声と、必死に説得する様な声。つまり、今の僕のこの現状は、ある程度、西條家側は知っているってことだよね。食事に何か混ぜていたのかもしれない。運ばれている間、目覚めなかったから。少しずつ目が闇に慣れてくる。何もない小屋に放り込まれたんだって事は分かる。床に直に横たえられてるから、少し体が痛いし、床はひんやりと冷たい。
目覚めてそれ程経たずに数人の男達が入って来た。その後ろには記憶にある顔。ああ、理玖さんが言っていた事はこれなんだなって冷静に考えられた。
「本当に、図々しいんだよ。お前がどうして理玖様の子供を産んでんのっ! しかも二人も! 能力が高い四神の子供を産むのは僕達四花って決まってるんだ!」
ああ、成る程って思った。僕もそこそこ勉強したし、策略は無理でも、それなりに教えてもらったから。つまり、橘君は勘違いをしている。四神の花嫁は何も四花が担わなければならない訳ではない。それどころか、血の濃さで子孫が残せなくなって来ている。それを理解していない。
「お金を払ったんだ。此奴を滅茶苦茶にしてよ! 体を汚して、狂ったらいいんだ!」
橘君は狂った様に笑い出した。精神的に追い詰められると、人っておかしくなるよね。僕はおかしくなる神経が育ってなかったから問題ないんだけど。そうか、汚されちゃうか。理玖さんの元には戻れないかも。蓮と星華にも会えなくなるのかな。まあ、僕は産んでいいって言われなかったら堕ろす予定だったし。産んだとしても、西條家の嫁にはなれないと思っていたから。
「その後、僕が理玖様をお慰めしてあげるんだ。そして、番にして頂くんだよ。お前が僕から理玖様を奪ったんだ! タダで済むと思うなよ! ああ、そうそう。お前の子供は僕がちゃんと育ててあげる。僕が本当の母親だって嘯いてね!」
キンキンと甲高い声で叫ばれると耳が痛い。確信した様に高笑いをする姿が、何故か憐れに見える。言いたくても口が猿轡になってて言えないけど。そして思ったんだけど、入って来た男の人達、様子が変じゃないかな。僕を汚すんだよね。でも、気配がおかしいよ。どっちかと言うと、橘君の方が危険な感じがするんだけど。
「何やってるんだよ! さっさと、此奴を……っ」
「そこまでだ。やっと、姿を見せたな」
扉が開く音と共に声のする方に視線を向けたら、そこには理玖さんがいた。やっぱりあの声は理玖さんだったんだ。
「自分勝手に言いたい放題していた様だが、何様のつもりだ。俺は心律以外必要ない。もし、狂ってしまったとして、どうして俺が無事だと考えたんだ? 心律が壊れれば俺も壊れるんだよ」
橘君は驚いた様に目を見開く。僕もその辺りは良く知らないんだよ。どう言う意味。
「魂の番、運命の番。そう言われるαとΩは普通の繋がりじゃない。見つけて仕舞えば、手に入れて仕舞えば手放せない。離れられないんだ」
Ωの名家、橘家のΩが知らないのか、そう理玖さんは橘君に問い掛けた。
「αは番を得た後、運命に出会ってしまうのではないかと恐れる。砂漠の中の砂粒程の中から見つけ出せるか出せないかの確率だ。滅多にそうはならないが。そして、俺は幸運にもその運命を番に出来たんだ。言っている意味が分かるか?」
Ωの数が極端に減ってしまった現在。魂の番と会える確率は天文学的に低い。それに、同じ時代に生まれていたとしても、年齢が合わない場合も多いんだとか。
橘君は驚愕に目を見開いて、顔色が確実に悪くなった。僕が狂うのは問題ないだろうけど、理玖さんが狂うのは問題だよ。西條家の後継者だし。四神の中でも高い能力を持つαだから。
「捕獲しろ」
理玖さんが静かに命令する。そうしたら、橘君に雇われている筈の破落戸の人達まで動いた。ああ、やっぱり、彼等は破落戸なんかじゃないのか。何となく、違う様な気はしてたんだ。
「……どうしてっ。お前達は僕に雇われたんだろうっ!」
「確かに」
男の一人がニヤリと笑う。
「その前に俺達は八葉だ」
「え?」
「八葉の葛葉だ」
「そうだ」
その声と共にもう一人入って来た。年はおそらく義両親より少し上だと思う。八葉……、たしか四神の下に居る華族の一族だよね。
「四花は勝手が過ぎたな。主上もご立腹だ。しかも、四神だけではなく、皇家からも至宝と言われる心律様に手を出すとは。愚か過ぎて何も言えない」
「……っ?!」
橘君は大きな目を更に見開いて僕を睨みつけて来た。至宝って、話が大き過ぎて、僕はついていけない。何より僕が至宝なんてあり得ないと思う。橘君の考えている事は間違えてないと思う。
「至宝……っ。そんな筈ないでしょう! 其奴は底辺のαの一族である小鳥遊家のΩだ!」
「知らないのか。小鳥遊家にΩが生まれた理由を」
理玖さんがなんとも言えない笑みを橘君に向け覗き込んだ。橘君は息を呑む。綺麗な顔に張り付いたその笑みの不気味さに。
「小鳥遊家はαの一族としては限界だった。αのみの婚姻を繰り返していたからな。一族はどうであれ、その血は浄化を求めた。その為に生まれたのが心律の母親と心律本人だ。さて、ここで問題だ。お前の一族、橘家はΩの名家と呼ばれるが、今はどうだ?」
橘君は理玖さんをただ見詰める。僕が固唾を呑んでいると、急に息がしやすくなった。手足の拘束も解かれる。そして、僕を楽な体勢で座らせてくれると、体に毛布を巻いてくれた。その人物はさっき入って来た破落戸と思っていた人達の一人。
「手荒な真似をしてしまいました。後で手当を。きつく縛ってはおりませんでしたが、無理な体制を強いました」
「……いいえ、あの、僕は大丈夫です」
申し訳なさそうに眉を下げられて僕はドギマギする。
「いいえ。理玖様に命令されていた事とは言え、その理玖様もかなり後悔を」
「本当に大丈夫です。どこも痛くはないですし」
それより、僕は橘君が気になった。改めて視線を橘君に向ける。理玖さんに覗き込まれてるのに、その顔色は真っ青で僕は驚いた。
「橘家、いや、四花はΩを生み出す為に何をしている」
橘君は強く首を横に振った。きっと知らないんだ。そして、理玖さんも正確には知らないんだと思う。
「お前は学校卒業前に他のαから番契約を持ちかけられなかっただろう? 他の四花出身のΩも同様だ」
理玖さんは僕と番になった。あの学校の四神は理玖さんだけ。そして、東條家の後継者である蒴さんは一般家庭のΩを番にした。じゃあ、他の四神もそうなの。四花から番を選ばなかったって事。
「今や四花のΩは能力が低すぎる。お前達は四神を潰すつもりか? 能力の低いΩは子供も中々産まない。理由は分かるな? 一族婚、もしくは四花内でのみの婚姻を繰り返し、その血はとてつもなく濃くなった。当然、八葉の後継者も四花から番は選ばないだろう。それだけ低くなった能力でよく、俺の番、などと言えたものだ。心律を傷付けた罪は重い」
僕は四花の事情は知らない。でも、実家がαとのみ婚姻していた事実は知ってる。だって、よくそう罵られたから。αの一族にΩが生まれる、その事を嘆いていた。同様にβが生まれた時も酷かったって。学校に通い出してから聞いたんだけど。
「……え?」
「聞こえなかったのか? お前は心律を馬鹿にしていた様だが、心律は隔絶された場所で虐げられて育った為に物を知らなかっただけだ。本人は頭が悪いと思っている様だがそうじゃない。部は弁えているし、この状況も正確に理解しているだろう。何より、お前と違って諦めが良すぎる。自惚れる事も絶対にない」
頭は絶対に良くないよ。蓮の頭が別物すぎて何時も落ち込んでいるくらいなんだから。
「君は主上に沙汰を渡される。まあ、良くて流刑。悪くて実験材料か。四花がどの様にしてΩを生み出していたのか、それをお知りになりたがっている。その方法を使っていた事が問題となり、Ωの出生率に影響を及ぼしていた可能性は否定出来ない」
橘君は恐怖に顔を引き攣らせた。もしかして、その事情を知ってるのかな? そうだよね。橘君って、本家の血筋だったと思うんだ。僕はそれでよく虐められてたから。本家で由緒正しい優秀なΩで、四神からだけじゃなくて皇家にも一目置かれてる。そんな橘君を蔑ろにしたら酷い目に遭うってよく言われた。でもこの状況。どう見ても酷い目に遭うのは橘君みたい。
「二度と俺の前に姿を見せるな。勿論、心律にも子供達にもな。ああ、一つ言っといてやる。お前は心律を押し退けて俺の番になり、子供達の母親だと嘘をつくつもりだった様だが、蓮には通用しないぞ」
理玖さんの言葉に橘君は疑問を顔に貼り付けた。そうだよね、まだ二歳の幼子が、見たもの聞いたもの全部覚えてるなんて冗談だと思うよね。
「蓮は一度見たもの、聞いたものを忘れない。当然、母親の顔を忘れる筈もない。残念だったな」
理玖さんは馬鹿にした様に橘君に言い捨てた。橘君は愕然としてる。僕もね、蓮の能力には吃驚してるから。蓮の能力がどれ程凄いのかは、はっきり分かってない。それでも、普通の二歳児とは確実に違う。
橘君は大人しく連れて行かれた。僕はそれをただ見送る事しか出来ない。僕もだけど、己をきちんと見定めないと痛い目にあう。
「心律」
理玖さんに声を掛けられて視線を向けた。辛そうな表情はおそらく、本意ではなかったと言いたいんだと思う。僕は今回の事にしても、これから起こることにしても、理玖さんを責める気はない。それが必要だから実行しただけ。
「お疲れ様です」
僕は精一杯の笑みを浮かべた。理玖さんは驚いた様に目を見開く。
「橘君はどうなるの?」
理玖さんは小さく息を吐き出した。言いたくないんだろうな。でも、ずっと気になると思うんだ。僕はこれでも当事者だし。
「主上の沙汰がある。心律に行なっていた行為が自分に返るだけだ」
「それは仕方ないと僕でも思うけど。さっきの話だと、四花? そのものが問題みたいな感じに感じたんだけど」
理玖さんだけではなく、その背後に居る男の人達も驚いた様に目を見開く。流石の僕でも、あれだけ聞いたら分かるよ。四花はΩの名家。どうなっちゃうんだろうな。
「それは調べてからだろうな。まだ、はっきりとした事は分かっていない。ただ、Ωの出生率の低さが何かしらの要因によるものではないか、という憶測は父の代からされていた」
今に始まった事ではないって。つまり、手を出せない部分だったって事かな? でも、どうして今なんだろう?
「理玖様」
年配の男性が理玖さんに声を掛けて来た。どうしたんだろう。
「此処からは、主上が引き継ぐと」
「生ぬるい事をしたら、どうなるか流石の主上も分かって下さっているんだよな?」
理玖さんは剣呑な視線を男性に向けた。空気がピリッと引き締まる。
「分かっておられると」
男性が頭を下げる。
「ならいい。もし、軽くするような事をするなら、俺が分からない様に手を回す」
「その様に伝えます」
理玖さんの声の低さに体がブルリと震えた。四神は手を出されなければ何もしない。殆どの人達は知らないけど。ただ、手を出したが最後、徹底的に叩きのめされる。橘家、ううん、四花は一線を越えてしまったんだ。
理玖さんに何故か子供の様に抱き抱えられた。確かに僕は理玖さんと比べたら小さいよ。でも、子供抱っこ。地味にへこむよ。
「すまなかった」
別荘に戻る道すがら、理玖さんがポツリと呟いた。どうして謝られるんだろう。
「この旅行は彼奴を捕獲する目的だった」
「ああ、やっぱりそうなんですね。いくら平日っていっても、本当に何もない平日だったから」
「がっかりしたか?」
僕は小さく首を振る。僕の世界は本当に狭い。小鳥遊の屋敷と学校と寮。バイトのお店と西條家のお屋敷。それ以外は本当に何も知らない。だから、目的はどうであれ、別荘に来れたのは純粋に嬉しい。
「湖が本当に綺麗でした」
理玖さんと散歩した時の事を思い出して少しだけ興奮した。だって、誰にも何も言われずに景色を見る事が出来るんだよ。ずっと眺めてても、文句を言われないんだよ。最高の贅沢だよね。キラキラと陽の光を反射する水面は本当に綺麗で。周りの新緑はその光を受けて薄い緑の色を際立たせてた。
「何時も写真でしか見られなかった世界が自分の目で見られるなんて贅沢です」
僕は本心を包み隠さず伝える。世界はこんなに綺麗なんだ。今だって、上を見上げれば満天の星が木々の梢の間から見える。
「西條に居ればこんな事が日常茶飯事だ。穏やかな生活は少ない」
「うーん。僕は今までに無いくらい穏やかに生活できてますよ。ご飯の心配はないし、人の顔色を窺わなくていいし」
理玖さんに囲われてから、本当に穏やかな日常だよ。小鳥遊の屋敷の離れにいた時は、何時も家族の誰かが来るかもしれないと戦々恐々だった。誰かが来ると罵声が飛んで来る。それも、苛々した時の吐口に使われていたから、言葉もかなり汚かった。それを、記憶にない時から浴びせられて育ったから自分を肯定出来ない。それについては本当に理玖さんや義両親には申し訳ないって思う。自分が大切だと思える要素を根こそぎ奪われて育ったから。
「人の事など気にしなくていい。俺が守ってやる」
理玖さんは淀みなく言ってくれた。僕は少し驚いて理玖さんの顔を見詰める。そして、ぎゅと首に抱き付いた。
「また、何処かに連れて行ってください」
僕は少しだけ我が儘を言ってみる。何かを強請るなんて、今までした事はないから。
「今回の事が片付いて、星華の首が座ったら出かけよう」
「はい」
僕は返事をして、理玖さんの体温と安心感で意識がスッと落ちるのを感じた。何でもないと思ったんだけど、少なからず負担になってたみたい。気がついた時は西條家の別荘の部屋のベットで、理玖さんの腕の中だった。
あれって、何があったんだろうって。少しパニックになったんだけど。すぐに冷静になった。僕が知らなかっただけで、裏では色んな事が起こってたんだなって思う。これからも、頻繁にこんな事が起こるんだろうなって。僕絡みじゃなくて、蓮と星華絡みが増えそう。うん、確実に増えるね。誘拐とか普通に起こりそうだけど、蓮はあんまり心配ないな。二歳児でも一人で対応しそうな感じがするし。
別荘にいたのは二泊三日。その間、理玖さんと義両親が言い合いをしていた。次も義両親がついて行くと主張すれば、理玖さんが付いてくるなと反論。そして、いつの間にか、理玖さんの祖父母四人も参戦していた。僕はと言えば、蓮と星華と遊んでたんだけど。まあ、星華は寝てるだけなんだよね。本当に手の掛からない子なんだよ。蓮もだったけど。
「おかあさん。おとうさん、どうしたの?」
「うーん。お祖父さんとお祖母さんとひい祖父さんとひい祖母さんとお話ししてるってしか言えないかな」
理玖さんが言うには、今までここまで干渉してくる事はなかったみたい。それが僕と結婚して蓮が生まれて星華が生まれると、干渉してくる様になったとか。会いに来るたびに、蓮と星華だけじゃなく、僕にも色々買って来てくれるんだけど。理玖さんはそれが気に入らないみたいで。最近では、僕のものは理玖さんが選びたいと義両親に主張してた。子供達のも選びたいと更なる苦悩を滲ませていた。
「ふーん。おとうさん、おこってるよね?」
「そうだね。でも、幸せなんだと思うよ」
怒るって行為は体力がいる。はっきり言って、どうでもいい相手に怒ろうなんて思わない。疲れるだけだし。
「おかあさん、だいじょうぶかな?」
「大丈夫だと思いたい」
あくまで思いたいんだけど。永遠と繰り返される目の前の光景。蓮はしっかり記憶してると思う。後でみんなに攻撃しなきゃいいんだけど。でも、これも幸せの一つなのかなって思うよ。
第一子の息子、蓮はまだ二歳でありながら、既にαとしての片鱗を見せている。片鱗じゃないかもしれない。一度聞いた事は忘れていない。西條家の義理の両親は歓喜していた。能力が高いのは凄いと思うけど、僕としては下手なこと言えないので黙ってしまう。それじゃいけないのは分かってるけど、下手な事覚えたらどうしようってなる。
先日産んだのは女の子。見た目は何となくΩかなって思う。名前は星華。僕が産んだ二人の子供は、西條家の特徴が色濃く出ていて、本当に僕の子かなって思う。
「あの、どういう事ですか?」
僕は困惑に首を傾げた。理玖さんの言っている事が理解出来なくて。
「ん? だから、旅行に行くぞ」
「いえ、それは分かるんですけど」
「両親も行くし、勿論、子供達も行く」
それに関しては問題ないけど、どうして、今なんだろう。だって、ガッツリ何もない平日なんだよ。
「休みの日だと人が多くて楽しめないだろう」
まさかの理由だった。
「それと、少し気になる事があって」
「気になる事?」
僕は首を傾げるけど、理玖さんは苦笑いをするだけだった。まさか、あんな事を画策しているなんて僕は知らなかった。確かに、妊娠してから西條家に守られていて、危険なんて感じることもなかった。蓮を出産して、約一年後に星華を妊娠したから更に外に出なかったから。
よく晴れた平日。そう、平日なんだよね。どうも、僕が全く遊びをしてこないまま成長してしまった事を、理玖さんと西條の義理の両親が気にしていたみたいで。僕は今、西條家が持つ別荘の一つに来ている。山に囲まれた静かな場所で、別荘の近くには湖もある。でも、車で一時間も掛からずに大きな街に出られる場所で。つまり、この別荘がある一帯は西條家の所有地なんだとか。規模が違いすぎてどう反応していいか分からない。
「二人でボートにでも乗ってきたらどう?」
義母さんが提案してくれた。僕としてはボートより少し歩きたい。ずっと家の中だったから(家の中がありえないくらい広いけど)、外の空気を吸いたい。緑が多くて、初夏だから風も爽やか。こんな場所、今まで来た事がなかったから新鮮。
「寒くないか?」
「丁度いいです。どうかしたんですか?」
「……いや」
歯切れが悪い。急に旅行に行く事になった理由かな。僕では考え及ばない何かがあったのかな。
「隠し事?」
理玖さんの眉間に皺が寄る。珍しいと思う。基本的に僕には悟られないように無表情が多いのに。
「あ、いや。覚えてるか?」
急に話しが変わり、少し困惑する。覚えてるって言われても。何の事だろう。
「従兄弟の蒴だ」
蒴さんは東條家の嫡男で、理玖さんの従兄弟。覚えてるも何も、顔を合わせる度に二人で言い合いをしている。僕達の子を嫁にって。蓮はαだし一応、跡取りだから無理なんだって言っても聞かなかった。僕が妊娠中にも盛大に口喧嘩してたけど。
「無理難題を言われたんですか?」
「違う。嫁が妊娠した」
蒴さんは高校時代に相手が出来て、理玖さん同様誕生日と共に入籍。頑張ってるけど子供が出来ないと嘆いていた。それも、何故か僕が産んだ子と似たような年齢を狙ってた。彼の今の狙いは確実に星華だと思うんだけど。
「もしかして、婚約の打診をしてきたんですか?」
理玖さんは更に眉間に皺を寄せる。Ωが生まれる確率は実はαより低い。でも、星華は女の子だし、彼方に生まれるのが男の子でも女の子でもαなら問題ないから。
「彼方の両親まで乗り気で。ただ、問題が他の四神からも打診が来てる」
え? 星華、大人気なの?
「まだ、産まれたばかりだ。それなのに、何を考えてっ」
理玖さんの言いたい事も分かるよ。子煩悩だもんね。蓮と星華に愛情捧げまくってるもんね。僕なんて本当に真綿に包まれてる感じだし。理玖さんと一緒になるまで邪険に扱われてたから凄く戸惑った。
「僕としては本人次第って言いたいけど……」
国のトップ四神。下手をすると、別の国の偉い家柄の人と婚約って話もあるかもしれない。一応、四神の上に帝がいるんだ。僕は会った事がない。義両親と理玖さんは新年の挨拶に行ってるみたい。僕は出産、妊娠で行かなかった。でも、次は子供達と一緒に行く事になってる。何でも僕の実家(本当は元主治医の先生が父親)のゴタゴタにも手を貸してくれたみたい。そうだよね、そうじゃなきゃ、僕のせいだって言ってた人達が引き下がるとは思えないから。
「僕は柵とか、その辺りに無知だから」
湖畔を二人で歩きながら本当に申し訳なくなる。普通、Ωって言っても世情に疎くはないと思う。でも、僕の世界は閉じられていて、帝がいてその下に四神がいる程度しか知らない。四神って言われてるけど、華族の中で上位四家を言うんだ。それは、中等部に上がってすぐ教えられた。子供でも知ってる知識でも、正確に知りえていないかもしれない為の処置だったみたい。僕としては有り難かった。
「心律の場合は仕方ないだろう。外の情報を遮断されて育ったんだ」
「そうだけども……」
屋敷の離れで、監視下に置かれた状態で育った。中等部に上がる年齢になった時、国から定められているからと寮に入れたんだ。初めて目にした外の世界に恐怖しかなかった。ただ、あの当時、僕を世話してくれていた女の人が母親だって知らなかった。教えてくれたらよかったのに。でも、今考えてみると、もし母親だと僕が知ってしまったら引き離されていたのかもしれない。
「本当なら言わないでおこうと思っていた」
理玖さんが諦めたようにそんなことを口にした。何でも、両親からも伝えるように言われたらしい。僕には策略とかの才能はない。だから、守られていなさい、そう言われてる。それでも、知らなくてはいけない。知らないままでは危険だと判断されたら話すとは言われてた。四神の西條家は確かにα上位の一族だ。婚姻相手は出来る限りΩを選ぶ。それは一族の能力を低下させない為に。
「心律に攻撃していたΩを覚えているか?」
「え? うん」
理玖さんが記憶を失って僕を気にするようになってから、そのΩの子にかなりやられた。僕も理由が分かっていたから為されるがままにしていたんだけど。理玖さんが助けてくれるから陰で結構虐められたんだ。
確かΩの名家出身の子だったと記憶してる。橘家だったっけ? 下の名前は残念だけど覚えてない。苗字を呼ぶだけで目くじら立てられたし。
「実はな。うちの警備の人間が数人怪しい奴を捕まえたんだ」
よくよく話を聞くと、逆恨みらしい。僕のせいで四神から相手にしてもらえなくなった。Ωの名家、そう言われるのは、Ωの出生率が高いから。そうなると、αの名家に嫁ぐ場合が多いみたい。確かにΩから生まれる子は基本的に高い能力を持ってる。そして、Ωの名家と言われているって事は、矜持を持っているって事。
「今回の事は切っ掛けに過ぎなかったんだよ」
「どう言う?」
「橘家は何代にも渡って四神と婚姻を結んできた。つまり、血が近くなり過ぎたんだよ」
近い血筋同士での婚姻は血が濃くなってしまう。理玖さんの両親にしても橘家のΩは選ばない予定であったみたい。理玖さんが気に入ればそれを受け入れたみたいだけど。でも、次代からは橘家ひいては四花は除外する予定だったんだって。それは他の四神にしても同様で、蒴さんのお嫁さんは全く家柄とか関係のないβを両親に持つ一般家庭の人。僕は母親がα至上主義の家柄だった小鳥遊家。今ではお取り潰しになって名前すら存在しない。一族全てが島流にあった。しかも、バラバラの場所に送られたらしい。
Ωの名家と呼ばれるのは桜家、椿系、橘家、楪家の四家。その中でも橘家は何代にも渡り四神に嫁いで来た。そのせいで、高い矜持を持つようになり、手に負えなくなっていたらしい。しかも、皇家にも嫁いでいたようで、更に鼻持ちならなくなっていたみたい。
「実は主上に忠告は受けていた。他の家は部を弁えていた。橘家はそれを全く理解していなかったらしい。主上に呼び出されてかなり厳しいお言葉をいただいたみたいだが、彼奴は理解していなかった」
彼奴とは僕を率先して虐めてた彼だよね。うん、自分が選ばれるって自信満々、じゃなくて婚約者って言い切っていた。綺麗で可愛い見た目に反して、かなりきつい性格だったなって。
僕はチラリと理玖さんを盗み見る。橘君は多分、理玖さんが好きなんだと思う。気配は人を寄せ付けない程鋭いんだけど、見た目は本当に綺麗なんだ。僕が横に立つのは本当に勇気がいるんだよ。義両親も綺麗な顔立ちをしていて。僕としては毎日ドギマギしてる。だって、家族だって言われるんだよ。確かに理玖さんと結婚はしたけど、実は式とかはまだしてなくて。その前に子供を二人も産んじゃったし。今更なんだけど。
「彼奴の居場所が掴めない」
「え?」
「橘家には釘を刺した。どうして、四神が婚約者として除外したのか説明した。現当主は理解を示したよ。近い血は生まれてくる子供に悪影響を与える。しかも、橘家は一族での婚姻を繰り返していた」
Ωでも血が濃くなりすぎると、子供が出来にくくなる。それは研究で明らかになってる。実際、橘家はその数を減らしているらしい。外の血を入れる事も視野に入れているとか。
「もしかしたら、心律に対して何かしら仕掛けてくる可能性が少なくない。自宅にいるにも関わらず、破落戸を送り込んで来ている」
橘君ならするかも、って、変に納得した。他の取り巻きの子達は理玖さんが記憶を取り戻した後、僕を囲い込んだ事実を理解した。学校でその説明を大々的にしたみたい。みたいって言うのは、僕は無理が祟って体が思うように動かなかったから。あの後、学校は休学扱いになってて、今もそのままなんだって説明されてる。高等学校の知識を身に付けたら、改めて学校に通って卒業する予定なんだけど。
「大学に行っている間、気が気じゃない。もし、心律が居なくなったらと」
「僕は基本、庭にも出ないから大丈夫だと思う」
「それでも絶対じゃないっ」
もし、捨て身になっていたら何を仕出かすか分からない。理玖さんはそう言い切った。僕は危機感が薄いと言われる。危険とは無縁ではなかったけど、自分自身を重要視してなかった。だから、どうなろうと関係なかったって言うのが真実なんだ。
「蓮や星華にとって心律は大切な母親だ。俺にしても心律なしの生活は考えられなくなってる」
僕は曖昧な笑みを浮かべた。何度も言われる。大切だと。自分を大切にしてほしいと。何度も何度も。でも、僕には自分を大切にするって意識がとてつもなく低い。
生まれてから与えられた場所は、あまりにも閉鎖的だった。母親であった人を世話をしてくれている人としか認識出来ない環境だった。両親だと偽りを口にしていた小鳥遊の当主夫妻は結局、一族のことしか考えていなかった。外に出て初めて気が付いた。Ωは国に保護されていた。優秀なαを生み出せる存在。だからこそ、高位になればなるだけ、伴侶となるのはΩが優先されていた。それなのに、小鳥遊一族はΩを排除していた。理玖さんと結婚し、義母から色々と教わる過程で気が付いてしまった。時々会う偽りの両親。彼等の能力は四神以前の問題だった。αの一族の中でも底辺に位置していた。α同士での婚姻を繰り返し、その結果、αとしての能力が落ちていく。ただ、αである矜持だけは誰よりも高かった。裏でありとあらゆる悪事に手を染めていた。Ωだけではなくβの扱いも最低だったらしい。その為か、四神が少し促せば簡単に小鳥遊一族が経営していた会社は傾いていった。取引先から袖にされ、従業員も次々と辞めていく。かなり脅しをかけられた人達もいたようだけど、四神が後ろににいたのだ。安全だと確信してから彼等は会社から離れた。
「どうしてかな。僕は僕が大切じゃない。でも、理玖さんや子供達やお義父さんとお義母さんは本当に大切だよ。僕を受け入れてくれたんだもん」
僕の言葉に理玖さんが眉間に更なる皺を刻んだ。どうやったら自分を大切に思えるんだろう。両親だと思っていた人達は僕を否定した。兄弟だと思っていた人達も同様に否定して罵声を浴びせてきた。それが普通で当たり前だったから、どう切り替えていいのか分からない。でも、周りが大切だから、必要だと言われれば何でも身に付けたい。策略とかはちょっと無理だけど。
少し散策をして、その後、お風呂をいただいて、家族で夕食を共にした。今まで、家族って言える存在はいなかったから擽ったい。蓮はまだ二歳だけど、いつの間にやら一人で食べられるようになってた。えっと、二歳児ってこんなに何でも出来るんだっけ? 疑問しか浮かんでこないよ。逆に星華は産まれたてだから、別の部屋で乳母の人に見てもらってる。最初は自分でって思ったんだ。蓮の時にそれが無理である事を自覚した。まず、蓮が一歳まで発情期は来なかったんだけど、その後が大変だった。定期的に来る発情期はどうする事もできない。普通のαとΩの番は二人で育てるみたいだけど、蓮が普通の子なら問題なかったんだ。まあ、本当に普通ではなくて。異常に頭がいいし、特に記憶力。
「おとうさん、このおにく、まえにたべたやつだよね?」
「よく覚えてるな」
理玖さんに褒められると得意気な表情を見せる。その表情は間違いなく二歳児。でも、普通じゃないんだよ。
「このまえのほんはおもしろかったよ」
「もう読んだのか?!」
「うん」
しかも、言葉まではっきりしてる。多分、今の僕より確実に知識が多いと思うんだ。焦りはないけど、この子、本当に僕の子かな? 理玖さんの子、はみんな納得すると思うけど。僕が片親、有り得ないって言われるよ。
先に休んでいてほしい、そう言われて一人でベッドに入った。蓮は星華と同じ部屋で今日は休んでる。理玖さんにそう指示されたから。
うつらうつらし始めて不意に耳に入った声。言葉は聞き取れないけど、一つは理玖さんだった様に思う。声は複数人。目を開けたいのに開けられない。そんな感じだった。体が揺れてる。何かに包まれていて体は暖かいけど、顔を冷たい空気が打ってる感じがする。
目覚めた時、そこは見慣れない場所だった。おそらく、どこかに連れてこられたんだと思うんだ。それなのに、冷静に考えている自分がいる。生まれてから理玖さんと一緒になるまで、かなり酷い環境に身を置いていた。だから、大抵のことで驚いたりはしない。足は縛られているし、両手は背中で縛られてる。口は紐で括られてた。うん、捕まったんだね。で、考えたのは、朧気に聞いた声。酷く不機嫌な声と、必死に説得する様な声。つまり、今の僕のこの現状は、ある程度、西條家側は知っているってことだよね。食事に何か混ぜていたのかもしれない。運ばれている間、目覚めなかったから。少しずつ目が闇に慣れてくる。何もない小屋に放り込まれたんだって事は分かる。床に直に横たえられてるから、少し体が痛いし、床はひんやりと冷たい。
目覚めてそれ程経たずに数人の男達が入って来た。その後ろには記憶にある顔。ああ、理玖さんが言っていた事はこれなんだなって冷静に考えられた。
「本当に、図々しいんだよ。お前がどうして理玖様の子供を産んでんのっ! しかも二人も! 能力が高い四神の子供を産むのは僕達四花って決まってるんだ!」
ああ、成る程って思った。僕もそこそこ勉強したし、策略は無理でも、それなりに教えてもらったから。つまり、橘君は勘違いをしている。四神の花嫁は何も四花が担わなければならない訳ではない。それどころか、血の濃さで子孫が残せなくなって来ている。それを理解していない。
「お金を払ったんだ。此奴を滅茶苦茶にしてよ! 体を汚して、狂ったらいいんだ!」
橘君は狂った様に笑い出した。精神的に追い詰められると、人っておかしくなるよね。僕はおかしくなる神経が育ってなかったから問題ないんだけど。そうか、汚されちゃうか。理玖さんの元には戻れないかも。蓮と星華にも会えなくなるのかな。まあ、僕は産んでいいって言われなかったら堕ろす予定だったし。産んだとしても、西條家の嫁にはなれないと思っていたから。
「その後、僕が理玖様をお慰めしてあげるんだ。そして、番にして頂くんだよ。お前が僕から理玖様を奪ったんだ! タダで済むと思うなよ! ああ、そうそう。お前の子供は僕がちゃんと育ててあげる。僕が本当の母親だって嘯いてね!」
キンキンと甲高い声で叫ばれると耳が痛い。確信した様に高笑いをする姿が、何故か憐れに見える。言いたくても口が猿轡になってて言えないけど。そして思ったんだけど、入って来た男の人達、様子が変じゃないかな。僕を汚すんだよね。でも、気配がおかしいよ。どっちかと言うと、橘君の方が危険な感じがするんだけど。
「何やってるんだよ! さっさと、此奴を……っ」
「そこまでだ。やっと、姿を見せたな」
扉が開く音と共に声のする方に視線を向けたら、そこには理玖さんがいた。やっぱりあの声は理玖さんだったんだ。
「自分勝手に言いたい放題していた様だが、何様のつもりだ。俺は心律以外必要ない。もし、狂ってしまったとして、どうして俺が無事だと考えたんだ? 心律が壊れれば俺も壊れるんだよ」
橘君は驚いた様に目を見開く。僕もその辺りは良く知らないんだよ。どう言う意味。
「魂の番、運命の番。そう言われるαとΩは普通の繋がりじゃない。見つけて仕舞えば、手に入れて仕舞えば手放せない。離れられないんだ」
Ωの名家、橘家のΩが知らないのか、そう理玖さんは橘君に問い掛けた。
「αは番を得た後、運命に出会ってしまうのではないかと恐れる。砂漠の中の砂粒程の中から見つけ出せるか出せないかの確率だ。滅多にそうはならないが。そして、俺は幸運にもその運命を番に出来たんだ。言っている意味が分かるか?」
Ωの数が極端に減ってしまった現在。魂の番と会える確率は天文学的に低い。それに、同じ時代に生まれていたとしても、年齢が合わない場合も多いんだとか。
橘君は驚愕に目を見開いて、顔色が確実に悪くなった。僕が狂うのは問題ないだろうけど、理玖さんが狂うのは問題だよ。西條家の後継者だし。四神の中でも高い能力を持つαだから。
「捕獲しろ」
理玖さんが静かに命令する。そうしたら、橘君に雇われている筈の破落戸の人達まで動いた。ああ、やっぱり、彼等は破落戸なんかじゃないのか。何となく、違う様な気はしてたんだ。
「……どうしてっ。お前達は僕に雇われたんだろうっ!」
「確かに」
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その声と共にもう一人入って来た。年はおそらく義両親より少し上だと思う。八葉……、たしか四神の下に居る華族の一族だよね。
「四花は勝手が過ぎたな。主上もご立腹だ。しかも、四神だけではなく、皇家からも至宝と言われる心律様に手を出すとは。愚か過ぎて何も言えない」
「……っ?!」
橘君は大きな目を更に見開いて僕を睨みつけて来た。至宝って、話が大き過ぎて、僕はついていけない。何より僕が至宝なんてあり得ないと思う。橘君の考えている事は間違えてないと思う。
「至宝……っ。そんな筈ないでしょう! 其奴は底辺のαの一族である小鳥遊家のΩだ!」
「知らないのか。小鳥遊家にΩが生まれた理由を」
理玖さんがなんとも言えない笑みを橘君に向け覗き込んだ。橘君は息を呑む。綺麗な顔に張り付いたその笑みの不気味さに。
「小鳥遊家はαの一族としては限界だった。αのみの婚姻を繰り返していたからな。一族はどうであれ、その血は浄化を求めた。その為に生まれたのが心律の母親と心律本人だ。さて、ここで問題だ。お前の一族、橘家はΩの名家と呼ばれるが、今はどうだ?」
橘君は理玖さんをただ見詰める。僕が固唾を呑んでいると、急に息がしやすくなった。手足の拘束も解かれる。そして、僕を楽な体勢で座らせてくれると、体に毛布を巻いてくれた。その人物はさっき入って来た破落戸と思っていた人達の一人。
「手荒な真似をしてしまいました。後で手当を。きつく縛ってはおりませんでしたが、無理な体制を強いました」
「……いいえ、あの、僕は大丈夫です」
申し訳なさそうに眉を下げられて僕はドギマギする。
「いいえ。理玖様に命令されていた事とは言え、その理玖様もかなり後悔を」
「本当に大丈夫です。どこも痛くはないですし」
それより、僕は橘君が気になった。改めて視線を橘君に向ける。理玖さんに覗き込まれてるのに、その顔色は真っ青で僕は驚いた。
「橘家、いや、四花はΩを生み出す為に何をしている」
橘君は強く首を横に振った。きっと知らないんだ。そして、理玖さんも正確には知らないんだと思う。
「お前は学校卒業前に他のαから番契約を持ちかけられなかっただろう? 他の四花出身のΩも同様だ」
理玖さんは僕と番になった。あの学校の四神は理玖さんだけ。そして、東條家の後継者である蒴さんは一般家庭のΩを番にした。じゃあ、他の四神もそうなの。四花から番を選ばなかったって事。
「今や四花のΩは能力が低すぎる。お前達は四神を潰すつもりか? 能力の低いΩは子供も中々産まない。理由は分かるな? 一族婚、もしくは四花内でのみの婚姻を繰り返し、その血はとてつもなく濃くなった。当然、八葉の後継者も四花から番は選ばないだろう。それだけ低くなった能力でよく、俺の番、などと言えたものだ。心律を傷付けた罪は重い」
僕は四花の事情は知らない。でも、実家がαとのみ婚姻していた事実は知ってる。だって、よくそう罵られたから。αの一族にΩが生まれる、その事を嘆いていた。同様にβが生まれた時も酷かったって。学校に通い出してから聞いたんだけど。
「……え?」
「聞こえなかったのか? お前は心律を馬鹿にしていた様だが、心律は隔絶された場所で虐げられて育った為に物を知らなかっただけだ。本人は頭が悪いと思っている様だがそうじゃない。部は弁えているし、この状況も正確に理解しているだろう。何より、お前と違って諦めが良すぎる。自惚れる事も絶対にない」
頭は絶対に良くないよ。蓮の頭が別物すぎて何時も落ち込んでいるくらいなんだから。
「君は主上に沙汰を渡される。まあ、良くて流刑。悪くて実験材料か。四花がどの様にしてΩを生み出していたのか、それをお知りになりたがっている。その方法を使っていた事が問題となり、Ωの出生率に影響を及ぼしていた可能性は否定出来ない」
橘君は恐怖に顔を引き攣らせた。もしかして、その事情を知ってるのかな? そうだよね。橘君って、本家の血筋だったと思うんだ。僕はそれでよく虐められてたから。本家で由緒正しい優秀なΩで、四神からだけじゃなくて皇家にも一目置かれてる。そんな橘君を蔑ろにしたら酷い目に遭うってよく言われた。でもこの状況。どう見ても酷い目に遭うのは橘君みたい。
「二度と俺の前に姿を見せるな。勿論、心律にも子供達にもな。ああ、一つ言っといてやる。お前は心律を押し退けて俺の番になり、子供達の母親だと嘘をつくつもりだった様だが、蓮には通用しないぞ」
理玖さんの言葉に橘君は疑問を顔に貼り付けた。そうだよね、まだ二歳の幼子が、見たもの聞いたもの全部覚えてるなんて冗談だと思うよね。
「蓮は一度見たもの、聞いたものを忘れない。当然、母親の顔を忘れる筈もない。残念だったな」
理玖さんは馬鹿にした様に橘君に言い捨てた。橘君は愕然としてる。僕もね、蓮の能力には吃驚してるから。蓮の能力がどれ程凄いのかは、はっきり分かってない。それでも、普通の二歳児とは確実に違う。
橘君は大人しく連れて行かれた。僕はそれをただ見送る事しか出来ない。僕もだけど、己をきちんと見定めないと痛い目にあう。
「心律」
理玖さんに声を掛けられて視線を向けた。辛そうな表情はおそらく、本意ではなかったと言いたいんだと思う。僕は今回の事にしても、これから起こることにしても、理玖さんを責める気はない。それが必要だから実行しただけ。
「お疲れ様です」
僕は精一杯の笑みを浮かべた。理玖さんは驚いた様に目を見開く。
「橘君はどうなるの?」
理玖さんは小さく息を吐き出した。言いたくないんだろうな。でも、ずっと気になると思うんだ。僕はこれでも当事者だし。
「主上の沙汰がある。心律に行なっていた行為が自分に返るだけだ」
「それは仕方ないと僕でも思うけど。さっきの話だと、四花? そのものが問題みたいな感じに感じたんだけど」
理玖さんだけではなく、その背後に居る男の人達も驚いた様に目を見開く。流石の僕でも、あれだけ聞いたら分かるよ。四花はΩの名家。どうなっちゃうんだろうな。
「それは調べてからだろうな。まだ、はっきりとした事は分かっていない。ただ、Ωの出生率の低さが何かしらの要因によるものではないか、という憶測は父の代からされていた」
今に始まった事ではないって。つまり、手を出せない部分だったって事かな? でも、どうして今なんだろう?
「理玖様」
年配の男性が理玖さんに声を掛けて来た。どうしたんだろう。
「此処からは、主上が引き継ぐと」
「生ぬるい事をしたら、どうなるか流石の主上も分かって下さっているんだよな?」
理玖さんは剣呑な視線を男性に向けた。空気がピリッと引き締まる。
「分かっておられると」
男性が頭を下げる。
「ならいい。もし、軽くするような事をするなら、俺が分からない様に手を回す」
「その様に伝えます」
理玖さんの声の低さに体がブルリと震えた。四神は手を出されなければ何もしない。殆どの人達は知らないけど。ただ、手を出したが最後、徹底的に叩きのめされる。橘家、ううん、四花は一線を越えてしまったんだ。
理玖さんに何故か子供の様に抱き抱えられた。確かに僕は理玖さんと比べたら小さいよ。でも、子供抱っこ。地味にへこむよ。
「すまなかった」
別荘に戻る道すがら、理玖さんがポツリと呟いた。どうして謝られるんだろう。
「この旅行は彼奴を捕獲する目的だった」
「ああ、やっぱりそうなんですね。いくら平日っていっても、本当に何もない平日だったから」
「がっかりしたか?」
僕は小さく首を振る。僕の世界は本当に狭い。小鳥遊の屋敷と学校と寮。バイトのお店と西條家のお屋敷。それ以外は本当に何も知らない。だから、目的はどうであれ、別荘に来れたのは純粋に嬉しい。
「湖が本当に綺麗でした」
理玖さんと散歩した時の事を思い出して少しだけ興奮した。だって、誰にも何も言われずに景色を見る事が出来るんだよ。ずっと眺めてても、文句を言われないんだよ。最高の贅沢だよね。キラキラと陽の光を反射する水面は本当に綺麗で。周りの新緑はその光を受けて薄い緑の色を際立たせてた。
「何時も写真でしか見られなかった世界が自分の目で見られるなんて贅沢です」
僕は本心を包み隠さず伝える。世界はこんなに綺麗なんだ。今だって、上を見上げれば満天の星が木々の梢の間から見える。
「西條に居ればこんな事が日常茶飯事だ。穏やかな生活は少ない」
「うーん。僕は今までに無いくらい穏やかに生活できてますよ。ご飯の心配はないし、人の顔色を窺わなくていいし」
理玖さんに囲われてから、本当に穏やかな日常だよ。小鳥遊の屋敷の離れにいた時は、何時も家族の誰かが来るかもしれないと戦々恐々だった。誰かが来ると罵声が飛んで来る。それも、苛々した時の吐口に使われていたから、言葉もかなり汚かった。それを、記憶にない時から浴びせられて育ったから自分を肯定出来ない。それについては本当に理玖さんや義両親には申し訳ないって思う。自分が大切だと思える要素を根こそぎ奪われて育ったから。
「人の事など気にしなくていい。俺が守ってやる」
理玖さんは淀みなく言ってくれた。僕は少し驚いて理玖さんの顔を見詰める。そして、ぎゅと首に抱き付いた。
「また、何処かに連れて行ってください」
僕は少しだけ我が儘を言ってみる。何かを強請るなんて、今までした事はないから。
「今回の事が片付いて、星華の首が座ったら出かけよう」
「はい」
僕は返事をして、理玖さんの体温と安心感で意識がスッと落ちるのを感じた。何でもないと思ったんだけど、少なからず負担になってたみたい。気がついた時は西條家の別荘の部屋のベットで、理玖さんの腕の中だった。
あれって、何があったんだろうって。少しパニックになったんだけど。すぐに冷静になった。僕が知らなかっただけで、裏では色んな事が起こってたんだなって思う。これからも、頻繁にこんな事が起こるんだろうなって。僕絡みじゃなくて、蓮と星華絡みが増えそう。うん、確実に増えるね。誘拐とか普通に起こりそうだけど、蓮はあんまり心配ないな。二歳児でも一人で対応しそうな感じがするし。
別荘にいたのは二泊三日。その間、理玖さんと義両親が言い合いをしていた。次も義両親がついて行くと主張すれば、理玖さんが付いてくるなと反論。そして、いつの間にか、理玖さんの祖父母四人も参戦していた。僕はと言えば、蓮と星華と遊んでたんだけど。まあ、星華は寝てるだけなんだよね。本当に手の掛からない子なんだよ。蓮もだったけど。
「おかあさん。おとうさん、どうしたの?」
「うーん。お祖父さんとお祖母さんとひい祖父さんとひい祖母さんとお話ししてるってしか言えないかな」
理玖さんが言うには、今までここまで干渉してくる事はなかったみたい。それが僕と結婚して蓮が生まれて星華が生まれると、干渉してくる様になったとか。会いに来るたびに、蓮と星華だけじゃなく、僕にも色々買って来てくれるんだけど。理玖さんはそれが気に入らないみたいで。最近では、僕のものは理玖さんが選びたいと義両親に主張してた。子供達のも選びたいと更なる苦悩を滲ませていた。
「ふーん。おとうさん、おこってるよね?」
「そうだね。でも、幸せなんだと思うよ」
怒るって行為は体力がいる。はっきり言って、どうでもいい相手に怒ろうなんて思わない。疲れるだけだし。
「おかあさん、だいじょうぶかな?」
「大丈夫だと思いたい」
あくまで思いたいんだけど。永遠と繰り返される目の前の光景。蓮はしっかり記憶してると思う。後でみんなに攻撃しなきゃいいんだけど。でも、これも幸せの一つなのかなって思うよ。
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