奇跡に祝福を

善奈美

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奇跡に祝福を

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 何時かはそうなるって分かってた。毎日、僕に愛を囁いてくれていた人は、本来の人の元に戻って行った。
 
 僕はギュッとお腹の前で両手を握る。この子は産まれちゃいけないんだ。気を付けていたのに。普段もピルを使用し、事後も必ずアフターピルを服用していたのに。それなのに宿った命。
 
 学校側も僕の事情を分かってくれた。彼は一時的に記憶を失っていて、今は僕のことを全く認識していない。だから、担任に僕がお願いした。僕は家族から見放されていて、この学校はΩは学校に関係する費用はかからないけど。でもそれ以外はそれなりに費用が掛かるから、僕はΩでも出来るバイトをしていた。今は宿った子を堕胎するために必死で働く。
 
 そして、その日が訪れた。本当は産んであげたいけど、産んでもこの子が大変なだけだ。α至上主義の両親は、絶対にこの子を奪う。だって、この子はこの国のトップと言われる四つの一族のうちの一つ、西條家の血を引いてるから。
 
 担任に病院に行く旨を伝え了承を得ると重たい体と気持ちを引き摺って目的地に向かう。お医者さんから説明を受けて、承諾のサインをした。
 
 説明では、もしかしたら二度と妊娠は望めないと言うもの。僕としては運命が見つかって、その運命には婚約者がいた。その時点でもう、相手を見つける気はなかったから。
 
 ベットの上で待つように言われて、ウトウトしてたんだと思う。目覚めたら、目の前に彼がいた。僕は驚いて飛び起きたけど、彼の顔が怖かった。どうして怒っていて、どうしてこの場所にいるの。僕は彼の記憶が戻ってから近付くことすらしなかったのに。
 
「俺を人で無しにするつもりか」
 
 唸るように言われた言葉に息を飲む。
 
「俺も馬鹿じゃない。だから、従者に頼んでいた。記憶が戻って、失っている間に大事が起きた場合、知らせるようにとな」
 
 従者、それって幼馴染みの彼だよね。
 
「ま、最初は信じなかった。記憶を失ってる間のことなど、本当に綺麗さっぱり忘れてたからな」
 
 だが、と彼は続けた。どうにも周りの様子がおかしい。教師にしても生徒にしてもだ。そこで、言われた事を信じるために、訊いて回ったって。そうしたら、僕が彼の運命で、記憶が戻ると同時にバイトの数が増えたって。
 
「で、黙っておろすつもりだったのか」
「それは……」
「半分、いや、話を聞く限り、俺がほぼ、悪いよな」
 
 僕は俯いた。迷惑をかけたくなかったんだ。そりゃ、一人では命は宿らないけど。彼には可愛い婚約者がいて、その婚約者は僕を憎んでる。記憶を失っている間のことは、記憶が戻れば忘れてしまう場合があるって訊いていて。だから、態度がガラリと変わった彼に、僕とのことは綺麗さっぱり忘れたんだって分かった。そして、元に戻ったんだって。項を噛まれなくて良かったって。でも、戻らない体内に宿った命に責任を持ちたかった。だから、一生背負うつもりで、堕胎する事を決めたんだ。二度と相手を探さないで、死ぬまで弔おうって。
 
「拒絶出来なかった僕が悪いから」
「はっ、拒絶。出来ないだろう。お前、細すぎだ」
 
 否定出来なくて、黙るしかなくて。情けなくて涙がこぼれ落ちそう。でも、そこはぐっと我慢した。泣いても仕方ないから。ずっと、そうやって生きてきたから。
 
「ついでにお前についても調べた」
 
 調べられても何も出てこない。せいぜい、家族とは不仲で、疎まれていて。ああ、成績はすこぶる悪い。それでなくてもΩは能力が低いとされてるし。
 
「お前の両親だが、俺の両親が牽制を掛けた。今まで放っておいて、我が一族と繋がったからとしゃしゃり出てこられても不愉快なだけだ」
 
 えっと、何を言ってるの? 僕は不思議に思って彼の顔色を伺う。
 
「本当に物知らずだな」
 
 溜め息と共に吐き出された言葉に落ち込む。生きるので精一杯だったんだ。勉強なんてしてたら、生活もままならないし。本当は勉強だってしっかりしたいんだ。自分磨きだってしたい。これでもΩだから、見た目が気になるのは仕方ない。
 
「ビクビクするな」
 
 呆れを多分に含んだ声音に、僕は萎縮する。こんな、雲の上の人と顔を合わせるのは本当は苦手なんだ。発情期中なら、意識はほとんど飛んでるから分からないし。記憶を失っているときは、こんな威圧的な気配じゃなかったから。多分、これが本来の彼なんだろうな。一族のトップに立つために、幼い時からいろいろ大変な思いをしてたんだろうと思う。
 
「とは言っても、お前の場合は無理か。随分と酷い扱いを受けていたようだな」
 
 労わるような言葉と、少し柔らかくなった声に視線を向ける。鋭さはそのままなのに、その視線に痛さを感じない。
 
「……それは」
 
 言えるわけがない。中等部に上がるまで、ほぼ、家から出してはもらえなかった。国の命令でこの学校に入学し、寮生活になると生活に必要な金銭は全く与えられなかった。だから、バイトをしてたんだけど。
 
「これからのことだが」
 
 これから、と言われて僕は首を傾げる。僕はお腹にいる子を手放すために病院に来たんだ。その考えは今も変わってないし、変えちゃいけない。目の前の人に迷惑が掛かる。
 
「ああ、変な事は考えるなよ。子供は産んでもらうからな」
 
 意味が分からない。だって、もう少しで卒業だから、妊娠した体では仕事も出来ない。Ωでできる仕事なんて限られてるから。多分、体を売ることになると思う。だから、妊娠出来なくなるのは歓迎なんだ。この子以外、僕には必要ないし。
 
「はあ、本当に頑固だな」
 
 産んだら、引き取ってくれるの。会うことが出来なくても、立派に育ててくれるの。
 
「この子を大切にしてくれる。僕は二度と会わないって約束するから。そうなら、頑張って産むよ」
「何言ってるんだ」
「あの、身の程は分かってるから。僕では釣り合わないし。この子はどうして僕の体に宿ったのかな。ピルも飲んでたし、アフターピルも欠かさなかったのに」
 
 本当に不思議で。どうして宿ったの。無理をしたんじゃないんだろうか。だって、薬はきつい筈だし。実際、服用中は気分が優れないことが多かった。
 
「はっきり言ってやる。どうも、お前は後ろ向きらしいからな」
 
 彼は本当に不機嫌な声で。再び泣きたくなった。
 
「お前の寮の部屋は俺の部屋に移った。それと、今日から一週間は、俺の実家にいて貰う。そんな体で丈夫な子が産めるのか? 両親には従者が既に話した後だった。俺が動く前に、既に動いてたくらいだからな。それに、俺の一族は子供が生まれにくい。能力が高いα家系の一族はどこも同じようなものだ」
 
 続いた話に、彼の両親も高校時代に出会い、早々に子供を授かるために頑張ったらしい。でも、やっと妊娠出来たのはそれから十年以上も後。僕が妊娠したと聞いた時、彼の両親は歓喜したらしい。記憶を失っていたほんのわずかな期間での妊娠。それは相性がとてつもなく良いということ。しかも、避妊薬を二重に摂取していた事実も伝えられたらしくて。
 
「お前が婚約者だと思ってる奴は、単に候補であるだけだ。彼奴は勘違いしていたようけどな。四神の一族の中には、血筋で相手を選ぶ一族もある。でもな、血が濃くなる可能性がある以上、俺の一族では基本、遠い血筋を選ぶんだよ。そういう意味では、彼奴は候補の中でも下の方だ。何代か前、あそこのΩを花嫁として迎えているからな」
 
 つまり、僕は何も悪い事をした訳じゃないの。婚約者から彼を奪った訳じゃないの。
 
「今回の騒動で、彼奴の一族は完全に俺の一族と切れた。勘違いも甚だしい事ばかりしてくれた。両親もかなりお冠だ。そうなれば、他の一族も追付いするからな。変に矜持を持たれてはやりにくい」
 
 気のせいかな。随分と大事になってない。僕はただ、迷惑をかけたくなかっただけで。
 
「お前は俺が十八歳の誕生日の日に入籍する。手放す気はないし、宿った命を無碍にするつもりもない。いくら、記憶がないと言ったところで、周りはきちんと見ていた訳だ。俺が記憶を取り戻すと、お前が簡単に身を引いた事実も、周りの奴らが簡単に話した理由だ。担任と堕胎の話をしていたことも聞いていた奴がいた。当然、従者がその事実を確かめない筈がない。すぐにこの病院を探し出し調べた。妊娠の事実と、その日に堕胎の話を進めたと。無理をしてバイトをしていたのは、産むつもりがなかったからだろう。でなければ、もう少し、体を労った筈だからな」
 
 何も言い返せなかった。それは事実だったから。本来なら片親である彼に話すのが筋だけど。状況が普通ではなかったし、僕は運命だと気がついていたけど、彼はそうじゃない。本来なら、近づく事すら絶対にしなかった。それが、記憶を失うという、本来あり得ない状況になる事で近づくことになったんだから。
 
「こいつは連れて帰る。今後は我が一族の主治医に診せるから、この病院に世話になることはない」
 
 僕は驚いて、彼が声をかけた方に視線を向けた。そこにいたのは僕を担当していたΩ担当の産科の先生で。
 
「分かっていますよ。此方が彼のカルテです。写ですがね。病院としては患者のカルテは一定期間保管することが義務付けられている。特にΩのカルテはね」
「承知している。だが……」
「分かっていますよ。他言はしません。西條家を怒らせては大変ですからね」
 
 そんなにおっかないの、西條家って。僕は何故か体が震え出してた。だって、確かに凄いαの一族なのは知ってたけど。僕の知識はせいぜいその程度。
 
「これが彼が支払っていた前金です」
「施術前に取るのか?」
「ええ、最近は踏み倒す方がかなりいるのです。病院も慈善事業で運営しているわけではありませんし。それに堕胎は命を奪う行為です。それなりのリスクは持ってもらわなくてはいけませんからね」
 
 前金は当たり前に言われた。なんとなく分かっていたし、提示された金額を必死で稼いだんだ。食事もまともに摂ってなかったし。
 
「かなりの金額だな」
「ええ、まさか、期限までに用意出来るとは思っていませんでしたね」
 
 僕はギュッと両手を握り締めた。聞いた金額に驚愕したけど、お腹の子の将来を考えたら、産めるわけもなかった。西條家の血を引く子。それが知られれば、絶対に平和に暮らすことなんて出来ない。だから、奪った命に報いる為に、一生一人でいようと決めていたんだ。
 
「はあ、間に合って良かったと言うべきか?」
「でしょうね。彼の事を詳しく聞きたがった方が来ていましたし、その方についても私は知っていましたからね。西條家に代々仕える執事の家系」
「ふん。お前もだろう。変わり者め」
「そうですね。本来は貴方に仕えなければいけない立場でしょうか」
「まあ、此方の誘いを無碍にしたんだ。此奴の主治医はお前の弟になる。諦めるんだな」
「仕方ありませんね。まあ、時間稼ぎをしたのですから、これでチャラにしていただけるとありがたいですね」
 
 主治医の先生の言葉に僕は驚いて視線を向けた。もしかして、本来は来てすぐに施術する筈だったの。
 
「だろうな。もう夕方越して夜だ。何時迄も目覚めないし、心配したんだ」
「彼は疲れていましたし、少し待ってもらうついでに、看護師に頼んだのですよ。服用は体に害を与えますから、睡眠効果のある香を焚いてもらいました。普通の人にはほぼ効果はないですが、西條家の種で宿した子です。普通の子より強いですからね。母体が受ける負担はかなりのものです。なので、ちょっと促せば寝てしまうのですよ」
 
 先生、確信犯……。何より、看護師さん達がそれで納得するものなの。
 
「四神に刃向かう者は破滅を意味します。貴方の従者が現れた時点で、この処置に踏み切りましたよ。ただ、施術費用は偽りありません。彼の覚悟をみたかっただけです」
 
 僕はギュッと両手を握り締めた。覚悟なんていつも持ってる。何時どうなってもいいように。
 
「え?」
 
 急にふわりと浮いた体に慌てて縋れるモノに縋った。それが彼の首で慌てて離そうとしたら視線を向けられた。離すなって言われてる気がする。
 
「迷惑をかけた。まさか、こんな時間になるとは思っていなかった」
「いいえ、それだけ疲れていたのですよ。妊娠してからの話ではなく、生を受けたその日からね。報復は始まっているのでしょう?」
 
 彼は先生の言葉に目を細めて、口元に笑みを浮かべた。正直に恐ろしいって思う表情。
 
「Ωの価値を知らぬ者に、αを語ってもらいたくないな。何より、αだけでは社会は回っていかない。βに対する扱いもかなり酷い。少し痛い目を見てもらう。あそこの会社は年内には倒産だろう。その前に従業員が次々辞めていくんだ。会社として機能しなくなる」
「引き抜きですか?」
「さあな。両親がどんな手を使ったかなんて、俺が知る必要はない。それだけ、此奴の扱いが酷かったという事だ。別口でしっかり調べたみたいだからな。元々、業績は良くなかった。一族経営は良いとして、αとしての能力は底辺に近いだろうな。カリスマ性もなければ、先見の明もない。此奴が俺と婚姻した瞬間から、媚びへつらうだろうが、会わせるつもりはないからな」
「ええ。特に今は大事な時期です。大切にしてあげてください」
 
 先生は彼にそう言うと、僕に再び視線を向けた。
 
「大切にしてもらいなさい。四神はΩの大切さを知っています。本来なら、αはΩを守らねばならないのですよ。それだけの繋がりをαとΩは持っています。それを忘れてしまったαは多いですけどね。βを守ろうとした弊害でしょうか。優秀なαを生み出せるのはΩだけなのですからね。四神はそれを守っているからこそ四神なのですよ」
 
 そう言った先生は、少し辛そうな表情を見せた。
 
「話は聞いてる」
「ああ、もう大丈夫ですよ。流石に吹っ切れてますからね」
 
 苦笑いをした先生に、僕は首を傾げる。人のあれこれに気を回すことは出来ないけど、何となく辛そうなのは分かって。
 
 分かることがあるとするなら、Ω関係だと言う事。いくら国で保護されているとは言っても、根っこのところは変わらない。うちの家族みたいに。何せ、僕は家族の顔を知らない。知っているのは僕を育ててくれた人だけで。もし、家族は誰ですかって言われたら、間違いなく彼女のことだって言える。迷惑かもしれないけど。
 
 連れてこられたのは、これ、本当に家なの?
 
「どうした?」
 
 彼が僕を車から下ろしてくれたんだけど、呆然としていたのか問い掛けられた。だって、人が住むには煌びやかすぎない? それとも、四神ってみんなこんなところに住んでるの。
 
「本当にご自宅ですか?」
 
 恐る恐る問い掛ければ、彼は僕が何に萎縮しているのか気が付いてくれた。
 
「自宅だな。俺はここで生まれて育った」
 
 彼はそう言うなりまた、僕を抱き上げた。僕、自分の足で歩けます! そう言ったんだけど、却下された。信用出来ないと言い切られたら何も言えない。確かに相談もせずに堕胎しようとしたよ。それは色々考えた結果なんだ。
 
 玄関を潜ると大きなエントランスに出た。そして、まさかの土足。靴脱がない家って?!
 
「ああ、やっと連れて来れたんだね」
 
 そう声を掛けてきたのは本当に綺麗な人だった。Ωの中でも美しい人だって言える。同じΩなのに隠れたくなった。
 
「可愛いじゃないか。記憶を喪って正解だったね」
「いや、それは問題だろう。此奴の事を綺麗さっぱり忘れてたんだ」
 
 彼は少し落ち込んだ声音でそう言った。彼の記憶喪失は半年程。しかも、飛んできたボールが頭に直撃すると言う不幸だ。当たりどころが悪かったのか、色々な記憶が曖昧になってしまった。勉強や生活で必要な知識は普通にあったから問題なかったけど。ただ、人間関係が悉く失われた状態だった。それも、一族に仕えてくれている人や、両親、親類などの知識はそのまま。学校で築き上げた人間関係のみ消え去ってしまっていた。婚約者とされていたΩ達をものの見事に忘れていたのだ。阿鼻叫喚で学校が揺れた。大袈裟じゃなくて事実だよ。
 
「まあ、婚約者達の暴走が酷かったし、本当に相手を決めるのか心配ではあったけどね」
「母さんや父さんみたいに気になる人でもいれば、仲を深めようとは思ったよ。でもいなかったんだから仕方ないだろう」
「婚約者候補達の枠外にいたんじゃ、無理だよね」
「父さんは?」
 
 目の前の人が何となく彼の母親なのは分かったんだけど。彼の問いに浮かべた表情にぞわりと冷たい何かが背を走った。
 
「ふふ。あのね。うちだけじゃなくてね」
 
 そう言葉を発して、右手の人差し指を頬に立てる。
 
「他の四神まで追随しちゃったんだよね」
「は?」
「あそこ、身の程知らずにも、他家にも盾ついてたみたいでね。優秀なαの一族なんだから、嫁を差し出すのは当たり前、だったかな。本当に馬鹿としか言いようがないよ。だってね、私達が潰しにかかってるんだ。無事なわけないよね」
 
 彼は大きく溜め息を吐いた。
 
「それでね。一週間の予定だったんだけど、それじゃ、安全は確保出来ないと思うんだよね」
「何をしたんだ?」
「やるなら徹底的にでしょ。まず、内部からじわじわと。気がついた時に既に遅かった、的なね」
 
 すごく和かな顔ですごいこと言いませんでしたか?
 
「あの会社で使い潰されてた優秀なのは全部引き抜いたよ。残ってるのはどこにも行けないような無能な者ばかり。ふふ」
「よく調べたな」
「調べる必要はないよ。だってね、働く人は雇用主を選べるんだ。それを勘違いしていたら、会社は潰れるよね」
 
 ほんの少し餌を撒けば分かる人には分かる。
 
「ああ、ごめんね。こんな殺伐とした話、まあ、そのうち、君にも覚えてもらうよ。でもそれは追々」
 
 え? 待って。僕もその策略みたいなの覚えないとダメなの。
 
「母さん。此奴の場合、まず、自己肯定を覚えてもらう所からだ。何せ、全部が後ろ向きだ」
「あらあら。こんなに可愛いのに。こんなに西條の血に馴染む血を持ってるのに。勿体無いよ。そうだ」
 
 そう言うなり手を一つ打つ。
 
「実はね。一族で君には期待してるんだよ、西條家も少しずつ人が減っていてね。まあ、私がもう一人産めれば良かったんだけど、そこは授かり物だからね」
 
 続いた言葉は若いうちにもう一人くらい産んでもらいたい、というものだった。いえ、これは授かり物なので僕ではどうする事も出来ませんが。
 
「はあ。その話はしただろう! 無事に産む事が前提だが、この体の細さを見てくれ! まず、人並みの体力をつけないと駄目だからな!」
「本当に誰に似たの。その堅実な感じ」
「とんでもない両親だからに決まってるだろうが!」
「私達は至って普通だよ。まあ、そのせいで何回も誘拐されてちゃ、そうなっちゃうのかな」
 
 今、面っと凄いこと言ってた! 誘拐って?! 僕の顔が青くなったのに気がついた彼が更に溜め息を一つ。
 
「此奴にその手の話は早すぎるだろう」
「そうだね。部屋はどうせ自分の部屋に連れてくんでしょう。生活必需品は揃えておいたけど、服や下着はまだだから落ち着いたら買っておいで」
「分かってる」
「とりあえず落ち着くまでここにいてもらいたいのが本音」
「了解した」
「じゃあね」
 
 ヒラヒラと右手を振って、軽い調子で歩いて行ったけど話している内容が凄い。え? あれに慣れないといけないの?
 
「とりあえず、少し落ち着いたら必要なものを買いに行こう」
「え? あの、寮にある物で問題……」
「問題あるからな」
 
 う、やっぱりですか。僕は素直にお口チャックした。
 
 僕の持ち物は基本的に擦り切れるまで使う。特に下着なんかは人に見えない分、後回しになってた。今身につけてるのはコンビニで買ってきてくれた物なんだけど。彼にしたらそれすら不満であるらしい。僕的には今までにない高級品だよ。一枚で千円するなんて、すごい高級品。気にするとこ、そこじゃないって言われそうだけど。
 
 運ばれたのは彼の部屋、ってこの部屋の広さとベッドの大きさなんなの?! 僕は若干パニックです。眩暈がします。
 
「部屋を用意してもいいんだが、今はここだ。色々、不穏だからな」
「不穏?」
「お前の家族はお前を痛めつけに走るだろう。何せ、俺とこうなったから会社を潰しにかかったんだ。いや、もう少しでぺちゃんこだな」
 
 僕は思わず竦み上がる。声すら出ないよ。優しくベッドに降ろされたけど、行動と言葉のギャップについて行けない。
 
 そこに扉をノックする音が響く。彼は短く声を掛けた。ゆっくりと開かれた扉の前にいたのは執事服を着た出来る感じの初老の人物。
 
「東條様がお見えです」
「こんな時間にか?」
「嫁が決まったんだ。見せてくれてもいいだろ。来年には父親か。羨ましい限りだ」
 
 そう言いながら入ってきたのは彼とは違う種類の綺麗な顔をした同年代の学生。あ、制服が違う。
 
「五月蝿いぞ」
「従兄弟に向かってその言い草。慣れてるけどね」
 
 何を言われても気にした風でもなくサッサっと部屋に入って来て、僕を覗き込んだ。待って、こんな綺麗な人に見詰められたら、僕どうして良いか分かんなくなるよ。
 
「へえ、あそこの一族の割に、そんな感じはしないのな。いや、あの噂、本当なのかもね」
「噂?」
「おい!」
 
 東條様って言ってた。って、四神の一つ、東條家の次期当主?! 従兄弟って事は、もしかして、彼のお母さんって今の東條家の当主の兄弟?! 僕の許容量超えて来た。倒れて良いかな。
 
「いいだろう。此奴にしたら、逆に感謝するかもしれないだろう」
「どう言う意味ですか?」
「うーん、あのね。君を閉じ込めて外に出さなかった理由が、あの一族の中でも爪弾きにされてたΩの産んだ子だって噂」
「え?」
「待て!」
「知っておくべきだろう。知る事で少なくとも、家族だと思っていた奴等に非道になれるんだ」
 
 彼は従兄弟君の言葉で眉間に皺を刻んだ。Ω、僕以外にいたの?
 
「彼女はもうこの世にいない。知っている筈だ」
 
 従兄弟君の言葉に彼は息を吐き出した。
 
「お前を育てた女性。覚えているか?」
「勿論です! 僕が家族って言えるのは彼女だけで……」
 
 待って、今の話だと彼女はΩで一族の人で。僕のお母さん……。
 
「嘘……」
 
 この世にもう居ないって。だって、僕が学校に上がる前まではちゃんと元気で。
 
「保護出来なかった」
 
 保護……。保護って。
 
「お前の前の主治医。彼奴が相手だった。本来なら、お前は彼奴の元で母親と共に育つ筈だったんだっ」
 
 ひゅって、息が詰まった。そんな話知らない。違う。僕には何一つ秘密にされてたんだ。ただ、Ωと言うだけで、あの離れに監禁に近い状態で捨て置かれた。考えてみればおかしかったんだ。彼女は家政婦とかそんな感じではなかった。
 
「……僕……」
「ああ、お前の、いや、違うな。あの一族の墓には入ってない。少し強引だが、彼奴の妻として一族からは出ている。安心しろ」
 
 意味が分からなかった。その後の説明で、彼女の妊娠が発覚し当然、番となり籍を入れる予定だった。ところが、その直後、彼女は監禁されたのだ。元々Ωには冷たい一族だ。監禁されたまま産み落とされたのが僕で、しかもΩだった。一族の人間は更なるΩに驚愕し隠蔽しようとした。
 
「でもな、Ωは国に管理されてる。申告しないのは反逆罪になり監獄される」
 
 渋々僕は出生届を出してもらえたらしい。その後は僕の記憶にある生活だ。中等部に上がるまで監禁に近い生活を強いられた。学校に入ったは良いが生活費はもらえなかった。
 
「お前が学校の寮に入り、お前の母親はあの場所から逃げ出した。当然、彼奴は迎えに行ったんだ。だがな……」
 
 逃げに逃げ、もう少しという瞬間、彼女は不幸にも車に跳ねられてしまった。
 
「遺体はこちらで確保した。実は彼女を彼奴の妻として法的手続きをした後、お前も籍を移している。知らなかっただろうが」
 
 僕は目を見開いた。じゃあ、生活費が貰えなかったのは。でも、中等部の時、先生に三年間は生活費の心配はないって言われて。
 
「彼奴が影からお前を手助けしていたが、高等部に上がるとそれがままならなくなった」
 
 どうやら妨害を始めたらしかった。気に食わないΩが一族の血から生まれた。それが許せなかったのだろう。
 
「一族の血族にΩが生まれた。その意味を彼奴らは考えるべきだったんだよな」
 
 従兄弟君は馬鹿にしたようにそんなことを言い笑う。
 
「αとしての血がΩを求めたってことだ」
 
 衝撃の事実だ。
 
「まあ、何にせよ。四神としては君は歓迎されてる。それどころか、子供が出来にくい血筋なのに妊娠したんだよ。こちらとしても君の血筋は欲しい。だから、頑張って」
「へ?」
「手を貸すって言ってんの」
「もしかして?」
「そ、伯父さんと親父がもう、ヤバいくらいノリノリだよ」
 
 彼が従兄弟君の言葉に脱力してる。四神が全て共感したとか言ってたけど。まさか、本当に潰しにかかってるの?!
 
 
 その後、僕は出産まで彼の自宅に留め置かれた。理由があまりにもあんまりだった。僕が家族だと思っていた人達が、僕のせいで会社経営も一族としての矜持も地に落としたと喚き出した。当然、そんな世迷言を信じるαはいなかったみたいだけど。結果として、今まで積み上げ、握り潰していた罪という罪を炙り出され投獄されることになったらしい。僕がいうのも何だけど、馬鹿なのかなって思う。
 
 僕が産み落とした子は男の子で、育つにつれその能力の凄さからαだろうって言われた。うん、僕も吃驚だよ。この子、一度聞いた事は多分忘れてない。下手なこと言えない。彼の両親も驚いていたんだけど。何よりも一番驚いていたのは彼だった。容姿は西條の血筋を色濃く写していて。サラリと流れる赤みの強い癖のない髪のとか。
 
 本当は僕は学校に戻らないといけなかったんだけど、何故か戻れなくなった。理由が速攻で妊娠したから。いや、どういう事?! 当然、周りは驚愕だよ。確かに産んだ子が一歳を迎えて訪れた発情期。二人で盛ったのは確かだけど、もう少し僕としては休みたかったんだよ。出産、大変だったんだよ。
 
 妊娠したと聞いて飛んできたのは従兄弟君家族。前のめりで僕の両手を取って、熱く語られた時、僕だけじゃなくて彼と彼の家族も脱力した。
 
「凄い! これは是非ともその子はうちの子と!」
「おい! 巫山戯るなよ。まず、まだ、子供がいないだろが!」
 
 彼が従兄弟君家族に噛み付く。その通りだよね。従兄弟君は結婚はしてるんだよね。彼も今や大学生だし。僕には家庭教師をつけてくれた。まず、初等部から習い直しさせられてる。理由が基礎学力がないのに中等部、高等部の授業についていける訳がない、というものだった。根本的だったみたいで。僕、馬鹿ではなかったらしい。単に基本的なのを知らずに専門的なのを詰め込もうとしていたのが原因だった。少しずつ勉強もなにより、自分磨きは彼に強制的にさせられてる。ポツリと呟いたら即連れて行かれて吃驚した。
 
 そんなこんなで二人目も無事産まれて、その子は女の子で、何故かΩ的容姿だった。僕的にはαならよかったのにって思ってたんだけど。彼の両親が何故か歓喜してた。どうしてだろう、って首を捻ったら彼は苦笑いしてた。二次成長期に入らないと正確には分からないのに。Ωみたいな容姿で、実はαだったって話も少ないまでも絶対じゃないのにね。僕はそれから彼のお母さんに色々教わってる。本当に色々。でも、策略とか僕には不向きで、すぐに見破られて無理はさせないって彼の両親に言われた。子供達はすくすく育ってる。周りからは次の子を望まれてるけど、彼が僕は遊ぶこともさせてもらえてなかったから、旅行なりさせてやりたいって言ってくれて。次の子は未定。これから色々なことがあると思うけど、乗り越えていける力をもらったって思ってる。僕の母親のお墓参りも毎年連れて行ってくれて、僕の本当の父親である先生にも定期的に合わせてもらってる。実感は薄いけど。なにより、大切にされてるって実感しながら、日々、生活してる。
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