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王子は昨夜の皇子の様子を思い出していた。確かに、二国間で決められた約定に従い、より贄に相応しい者が選ばれただろう。元々、子孫を残す意味合いのない婚姻だ。求められるのは確かな事実のみなのである。
派遣される老夫婦は言い方を変えれば監査役に過ぎない。贄の身の回りの世話、快適に過ごす為に必要な事は行うが、そんなものはついでに過ぎない。選ばれた贄がこの場所で恙無く一生を終えれば良いのである。その後は、この地にある墓所に埋葬される。死しても尚、敷地の外には出られないのだ。
一度、足を踏み入れれば、出る事が叶わない監獄さながらなのである。唯一違うのは、罪人とは違い好きに生活をして良い点だ。絶対に行ってはならないのは外の情報を得る行為と、相手である贄を手に掛ける行為だ。つまりは、殺人沙汰になる事を厳しく禁止しているのである。
例外として獣王國側の贄が倭国側の贄に対して、不快な思いをした時、申し立てが出来ると言うものだ。しかし、今までの贄の婚姻でその様な申し立てをした者はいない。何方にとっても好き好んで来た訳ではない。生活習慣も違えば、種族としての違いもあるのだ。
少しばかり不快な思いをしたとしても、軽く流す事の方が多いのだろう。とは言え、扱いが難しいのも確かだ。従順かと思えばそうではなく、かと言って逆らう訳ではないがどこか馴染めていない。おそらく、今のこの状況に割り切れていない証拠だろう。その一端が、昨日言っていた事だとすると、事は簡単ではない。
何時頃からその様な関係を無理強いしていたのか。ただ、皇子の体は鍛え上げられている。それは、武人として必要な事を行なっていたからだ。王子の体力と差があるのは種族的な部分が大きいが、年齢的なものもあるのだろう。
ここで問題になるのが王の嫡子は全てにおいて精通していなくてはならないということだ。国の違いはあれど、倭国とて同じだろう。そうでなくては軍を動かす事など出来はしない。
皇子と皇太子である嫡子とはそれなりの年齢差がある。初めて皇子を抱いた感じでは、感度は申し分なかったが、やはり強い違和感を抱いていた様だ。誰とも触れ合っていないと言っていた事に嘘はないだろう。
今は隔離された場所に居るが、大きな問題が一つある。もし、皇子に対して皇太子が強い執着を持っていた場合だ。順当に進めば近い将来、確実に帝位を継ぐ。帝位を継いだ後、獣王國の王に皇子を返して欲しいと書簡を送ってくる事だ。今までその様な事はなかったが、皇子の取り乱した様子から、かなりの執着を持っている可能性がある。
確かに見た目は傾国の美女さながらだが、中身は真っ当な男のそれだ。男同士の趣味も無かっただろう。生まれた場所の関係であえて、色恋沙汰から遠ざかっていた。疎いのは仕方ないと言える。この件は下手をすると二国間の争いの火種になる。
王子は筆を執った。早い段階で手を打つ必要がある。だが、と王子は手を止める。この事が知れると、憶測だが皇太子は廃嫡の憂き目に合うだろう。今まで、如何にか二国が均衡を保っていたのはこの、贄の婚姻が妨害なく行われていたからだ。
皇太子ともなれば国でそれなりの力を持つ。絶対的な権力を握る前に、危険な芽は摘む他ない。再び紙と向き合い、王子は自国の王へと書簡を認めた。
それを手に老夫婦の元へと向かう。倭国側の贄は完全に外界と遮断されるが、獣王國の贄には少しだけだが外へ連絡を取る事が許されている。だが、それも一年の間だけだ。
「これを陛下に?」
「そうだ。急ぎだと伝えてもらいたい」
老夫は少し目を細めた。どうやら王子を探っている様だ。
「これは本当に必要な要件でしょうか?」
「ああ、争いを避けるためのものだ」
老夫は更に不躾な視線を王子に向けて来る。王子はそれを軽く流した。老夫とて、好きで観察しているのではない。そうしなければならないからだ。それが派遣された老夫婦に与えられた任務だからだ。
「後ろめたいものではない様ですね」
「ああ。少しばかり厄介な事があってな」
「それは親王様関係の様ですね」
王子は素直に頷く。ここで隠し事をしようものなら、書簡に認めた文章は獣王國の王の手には渡らない。
「承りました。直ぐにでも出立しましょう」
「頼む」
老夫は一礼すると王子の前から辞した。争いの火種を獣王國の王がどの様に考えるのか。それは王子と同じ考えに至るか、それとも別のものになるのか。ただ、言えるのは人の執着は時として恐ろしい結果を招く。
「……何かあったのか?」
背後から遠慮がちに声が掛けられる。振り返ればそこに居たのは皇子だ。昨日の今日で少しばかり弱気になっている様だった。
王子は思案する。このまま秘密にする事も可能だ。かと言って、これからの時を一緒にするのだ。秘密は極力避けた方が良い。夫婦になったとはいえ、所詮は国同士が勝手に決めた婚姻だ。
「王に書簡を送った」
王子は皇子から視線を外す事なく言い切った。皇子はその事実に息を呑み、体が微かに震える。昨日の今日、獣王國に送られた書簡だ。皇子は内容がどう言ったものなのか想像してしまう。
「言っておくが、考えている様な内容ではない」
王子の言葉に皇子は目を見開く。
「お前に対する苦情じゃない。安心しろ。ただ、昨日の話の内容はそのままにしておけるものじゃない。一国の皇子だろう。少し考えれば分かると思うが」
皇子は王子が何を言いたいのかそこで漸く気が付く。王子は獣王國の王太子だ。今は廃嫡という憂き目にあっているが、国の為にと考え日々を生きていただろう。
昨日、皇子が王子に話した内容は本人以外が聞くと異常にうつるだろう。しかし、それを客観的に見た場合、どうなるだろうか。一国の皇太子が弟に執着している。その執着している弟が国の事情で封じられた。
皇太子が御位を継承した後、その執着が強いものだった場合、大変な事態になる。贄の夫婦として封じられた弟を取り戻そうと考える可能性は否定出来ない。
「分かるか。俺が外との接触を許されるのは贄の夫婦となって一年の間だけだ。つまり、手を打てる時間は限られてくる」
皇子は王子が言いたい事が理解出来た。今手を打たなければ、今後どうなるのか分からないのだ。
「俺達は国の為にこの地に封じられた。それは、国を守る為だ。しかし、昨日の話はそれを台無しにする可能性が高い」
皇子は頭がスッと冴えたような気がした。もし、王子が送った書簡の内容を、獣王國の王も同じ様に受け取った場合、倭国の皇太子の身がどうなるかなど考えずとも答えは出る。
贄の婚姻を提案したのは倭国だ。その倭国に不安の種が存在する。この関係を続けるなら、皇太子と言えど排斥するだろう。これは国の為であり、国民の安全の為だ。一人の皇太子を排除するなど躊躇う事はないだろう。
「……廃嫡に」
「その可能性が高いだろう。まあ、これに関しては王がどう考え、倭国の帝にどう伝えるかだ」
倭国の皇太子は目に余る行動が多い。王子が言わずとも、もしかすると廃嫡にされる可能性は十分にあった。それだけ、愚かな行動を取る人物だったのだ。
「驚かないんだな」
「……ここだけの話、兄上は少しおかしな行動をされる方だ」
本来なら敵国の王子に話して良いものではない。この話は倭国の中枢に大打撃を与える。だが、皇太子が愚かであっても、その下が同じとは限らない。第ニ皇子と第三皇子、つまり皇子の下の二人の兄は優秀だった。ただ、生まれた順番で後々、幽閉される運命だったのだ。
「随分と簡単に話すな」
「本来なら話さない。だが、一番上の兄は国の長になる器量はないからな」
女にも男にもだらし無い人だ。帝の嫡男として生まれ、周りから甘やかされて育った。帝は厳しく接していた様だが、母親が甘やかし放題だったらしい。
生まれた時から後宮で育ち、蝶よ花よと、それこそ皇女のように腫れ物を扱うように育てられたのだ。帝になった時、全てに精通していなくてはならないが、それに関しても怪しい。体を動かす事も、ましてや国にとって必要な勉学さえもないがしろにするような人物だ。
極め付けは血を分けた弟すら手に掛けようとする軽薄さだ。流石に帝に知られるのは避けなくてはならない。下の兄二人と共に、そのことに関しては口を噤んだ。ただでさえ廃嫡が濃厚だった。もし、下の皇子が帝に真実を話したとしよう。そうなると、皇太子の母親の一族が黙ってはいない。
「……結局、私達が口を噤んだところで綻びは出てくるという事か……」
皇子の微かな呟きは、耳の良い王子の耳は拾っていた。誰もが知っている獣人の能力を皇子は知らない。
「お前の国の帝は無能なのか?」
王子の素朴な疑問に、皇子の眉間に深い皺が刻まれた。それは自国の帝を、皇子の父親を愚弄しているように聞こえたからだ。
「有能なら、お前達が口を噤んだところで知っていただろう。ただ、皇太子を廃嫡にする場合、それなりに強い理由が必要になる」
王子の言っている事は事実だ。無能だと知っていても、今まで皇太子としてその地位に収めていた。そうしておくことが、多くの子を持つ帝にとって必要だったからだ。つまり、皇子が贄の婚姻の贄として選ばれ、現状が動くと考えていたとしたら。その事実に皇子は体が冷たくなるのを感じた。
帝は無能な者では務まらない。朝廷はそれこそ魔の巣窟だ。傀儡にならないように、それなりに頭の回転が良くなくては飲まれてしまう。
「おそらく、昨日、お前が言った事柄について知っている可能性がある。そして、最初、口を噤んでいたとしても、その事に関してトラウマになっているお前が俺に吐露する事を見越している可能性もある」
帝が廃嫡を決定したとしても、母親の親族が出張り、揉め事が発生する。それを帝は分かっているのだ。そして、利用しようと考えている。
「こちらとしても、この婚姻に利益があると考えている。その婚姻を台無しにするような輩に容赦するつもりはない。俺が送った書簡はそれに関してだ。俺は王ではないからな。絶対に同じ考えで動いてくれるとは考えていない。それでも、必要だと思い動いた」
王子の視線が理解しろと言っている。それを感じ取り、皇子は嘆息した。王子は愚かではない。必要な事には冷徹に物事を進めていくだろう。皇子とてこのままではいけないと思っていた。一番上の兄が常軌を逸していると分かっているからだ。国と国との約定すら無視する。それを平然とやってのける。
獣王國から贄の婚姻がこのままでは恙無く遂行出来ないと進言されれば無碍には出来ない。帝はそれを待ち望んでいた。そして、倭国の中で権力闘争が勃発する。それは、皇太子を擁立する事で得た地位が、皇太子の所業のせいで全てが無に帰すということだ。
「自分でやった事は自分に返ってくる。それが、立場のある者であっても、必ず等しく償わなくてはならん」
王子の感情の籠らない声が、何故か、皇子の心に強く響いた。
派遣される老夫婦は言い方を変えれば監査役に過ぎない。贄の身の回りの世話、快適に過ごす為に必要な事は行うが、そんなものはついでに過ぎない。選ばれた贄がこの場所で恙無く一生を終えれば良いのである。その後は、この地にある墓所に埋葬される。死しても尚、敷地の外には出られないのだ。
一度、足を踏み入れれば、出る事が叶わない監獄さながらなのである。唯一違うのは、罪人とは違い好きに生活をして良い点だ。絶対に行ってはならないのは外の情報を得る行為と、相手である贄を手に掛ける行為だ。つまりは、殺人沙汰になる事を厳しく禁止しているのである。
例外として獣王國側の贄が倭国側の贄に対して、不快な思いをした時、申し立てが出来ると言うものだ。しかし、今までの贄の婚姻でその様な申し立てをした者はいない。何方にとっても好き好んで来た訳ではない。生活習慣も違えば、種族としての違いもあるのだ。
少しばかり不快な思いをしたとしても、軽く流す事の方が多いのだろう。とは言え、扱いが難しいのも確かだ。従順かと思えばそうではなく、かと言って逆らう訳ではないがどこか馴染めていない。おそらく、今のこの状況に割り切れていない証拠だろう。その一端が、昨日言っていた事だとすると、事は簡単ではない。
何時頃からその様な関係を無理強いしていたのか。ただ、皇子の体は鍛え上げられている。それは、武人として必要な事を行なっていたからだ。王子の体力と差があるのは種族的な部分が大きいが、年齢的なものもあるのだろう。
ここで問題になるのが王の嫡子は全てにおいて精通していなくてはならないということだ。国の違いはあれど、倭国とて同じだろう。そうでなくては軍を動かす事など出来はしない。
皇子と皇太子である嫡子とはそれなりの年齢差がある。初めて皇子を抱いた感じでは、感度は申し分なかったが、やはり強い違和感を抱いていた様だ。誰とも触れ合っていないと言っていた事に嘘はないだろう。
今は隔離された場所に居るが、大きな問題が一つある。もし、皇子に対して皇太子が強い執着を持っていた場合だ。順当に進めば近い将来、確実に帝位を継ぐ。帝位を継いだ後、獣王國の王に皇子を返して欲しいと書簡を送ってくる事だ。今までその様な事はなかったが、皇子の取り乱した様子から、かなりの執着を持っている可能性がある。
確かに見た目は傾国の美女さながらだが、中身は真っ当な男のそれだ。男同士の趣味も無かっただろう。生まれた場所の関係であえて、色恋沙汰から遠ざかっていた。疎いのは仕方ないと言える。この件は下手をすると二国間の争いの火種になる。
王子は筆を執った。早い段階で手を打つ必要がある。だが、と王子は手を止める。この事が知れると、憶測だが皇太子は廃嫡の憂き目に合うだろう。今まで、如何にか二国が均衡を保っていたのはこの、贄の婚姻が妨害なく行われていたからだ。
皇太子ともなれば国でそれなりの力を持つ。絶対的な権力を握る前に、危険な芽は摘む他ない。再び紙と向き合い、王子は自国の王へと書簡を認めた。
それを手に老夫婦の元へと向かう。倭国側の贄は完全に外界と遮断されるが、獣王國の贄には少しだけだが外へ連絡を取る事が許されている。だが、それも一年の間だけだ。
「これを陛下に?」
「そうだ。急ぎだと伝えてもらいたい」
老夫は少し目を細めた。どうやら王子を探っている様だ。
「これは本当に必要な要件でしょうか?」
「ああ、争いを避けるためのものだ」
老夫は更に不躾な視線を王子に向けて来る。王子はそれを軽く流した。老夫とて、好きで観察しているのではない。そうしなければならないからだ。それが派遣された老夫婦に与えられた任務だからだ。
「後ろめたいものではない様ですね」
「ああ。少しばかり厄介な事があってな」
「それは親王様関係の様ですね」
王子は素直に頷く。ここで隠し事をしようものなら、書簡に認めた文章は獣王國の王の手には渡らない。
「承りました。直ぐにでも出立しましょう」
「頼む」
老夫は一礼すると王子の前から辞した。争いの火種を獣王國の王がどの様に考えるのか。それは王子と同じ考えに至るか、それとも別のものになるのか。ただ、言えるのは人の執着は時として恐ろしい結果を招く。
「……何かあったのか?」
背後から遠慮がちに声が掛けられる。振り返ればそこに居たのは皇子だ。昨日の今日で少しばかり弱気になっている様だった。
王子は思案する。このまま秘密にする事も可能だ。かと言って、これからの時を一緒にするのだ。秘密は極力避けた方が良い。夫婦になったとはいえ、所詮は国同士が勝手に決めた婚姻だ。
「王に書簡を送った」
王子は皇子から視線を外す事なく言い切った。皇子はその事実に息を呑み、体が微かに震える。昨日の今日、獣王國に送られた書簡だ。皇子は内容がどう言ったものなのか想像してしまう。
「言っておくが、考えている様な内容ではない」
王子の言葉に皇子は目を見開く。
「お前に対する苦情じゃない。安心しろ。ただ、昨日の話の内容はそのままにしておけるものじゃない。一国の皇子だろう。少し考えれば分かると思うが」
皇子は王子が何を言いたいのかそこで漸く気が付く。王子は獣王國の王太子だ。今は廃嫡という憂き目にあっているが、国の為にと考え日々を生きていただろう。
昨日、皇子が王子に話した内容は本人以外が聞くと異常にうつるだろう。しかし、それを客観的に見た場合、どうなるだろうか。一国の皇太子が弟に執着している。その執着している弟が国の事情で封じられた。
皇太子が御位を継承した後、その執着が強いものだった場合、大変な事態になる。贄の夫婦として封じられた弟を取り戻そうと考える可能性は否定出来ない。
「分かるか。俺が外との接触を許されるのは贄の夫婦となって一年の間だけだ。つまり、手を打てる時間は限られてくる」
皇子は王子が言いたい事が理解出来た。今手を打たなければ、今後どうなるのか分からないのだ。
「俺達は国の為にこの地に封じられた。それは、国を守る為だ。しかし、昨日の話はそれを台無しにする可能性が高い」
皇子は頭がスッと冴えたような気がした。もし、王子が送った書簡の内容を、獣王國の王も同じ様に受け取った場合、倭国の皇太子の身がどうなるかなど考えずとも答えは出る。
贄の婚姻を提案したのは倭国だ。その倭国に不安の種が存在する。この関係を続けるなら、皇太子と言えど排斥するだろう。これは国の為であり、国民の安全の為だ。一人の皇太子を排除するなど躊躇う事はないだろう。
「……廃嫡に」
「その可能性が高いだろう。まあ、これに関しては王がどう考え、倭国の帝にどう伝えるかだ」
倭国の皇太子は目に余る行動が多い。王子が言わずとも、もしかすると廃嫡にされる可能性は十分にあった。それだけ、愚かな行動を取る人物だったのだ。
「驚かないんだな」
「……ここだけの話、兄上は少しおかしな行動をされる方だ」
本来なら敵国の王子に話して良いものではない。この話は倭国の中枢に大打撃を与える。だが、皇太子が愚かであっても、その下が同じとは限らない。第ニ皇子と第三皇子、つまり皇子の下の二人の兄は優秀だった。ただ、生まれた順番で後々、幽閉される運命だったのだ。
「随分と簡単に話すな」
「本来なら話さない。だが、一番上の兄は国の長になる器量はないからな」
女にも男にもだらし無い人だ。帝の嫡男として生まれ、周りから甘やかされて育った。帝は厳しく接していた様だが、母親が甘やかし放題だったらしい。
生まれた時から後宮で育ち、蝶よ花よと、それこそ皇女のように腫れ物を扱うように育てられたのだ。帝になった時、全てに精通していなくてはならないが、それに関しても怪しい。体を動かす事も、ましてや国にとって必要な勉学さえもないがしろにするような人物だ。
極め付けは血を分けた弟すら手に掛けようとする軽薄さだ。流石に帝に知られるのは避けなくてはならない。下の兄二人と共に、そのことに関しては口を噤んだ。ただでさえ廃嫡が濃厚だった。もし、下の皇子が帝に真実を話したとしよう。そうなると、皇太子の母親の一族が黙ってはいない。
「……結局、私達が口を噤んだところで綻びは出てくるという事か……」
皇子の微かな呟きは、耳の良い王子の耳は拾っていた。誰もが知っている獣人の能力を皇子は知らない。
「お前の国の帝は無能なのか?」
王子の素朴な疑問に、皇子の眉間に深い皺が刻まれた。それは自国の帝を、皇子の父親を愚弄しているように聞こえたからだ。
「有能なら、お前達が口を噤んだところで知っていただろう。ただ、皇太子を廃嫡にする場合、それなりに強い理由が必要になる」
王子の言っている事は事実だ。無能だと知っていても、今まで皇太子としてその地位に収めていた。そうしておくことが、多くの子を持つ帝にとって必要だったからだ。つまり、皇子が贄の婚姻の贄として選ばれ、現状が動くと考えていたとしたら。その事実に皇子は体が冷たくなるのを感じた。
帝は無能な者では務まらない。朝廷はそれこそ魔の巣窟だ。傀儡にならないように、それなりに頭の回転が良くなくては飲まれてしまう。
「おそらく、昨日、お前が言った事柄について知っている可能性がある。そして、最初、口を噤んでいたとしても、その事に関してトラウマになっているお前が俺に吐露する事を見越している可能性もある」
帝が廃嫡を決定したとしても、母親の親族が出張り、揉め事が発生する。それを帝は分かっているのだ。そして、利用しようと考えている。
「こちらとしても、この婚姻に利益があると考えている。その婚姻を台無しにするような輩に容赦するつもりはない。俺が送った書簡はそれに関してだ。俺は王ではないからな。絶対に同じ考えで動いてくれるとは考えていない。それでも、必要だと思い動いた」
王子の視線が理解しろと言っている。それを感じ取り、皇子は嘆息した。王子は愚かではない。必要な事には冷徹に物事を進めていくだろう。皇子とてこのままではいけないと思っていた。一番上の兄が常軌を逸していると分かっているからだ。国と国との約定すら無視する。それを平然とやってのける。
獣王國から贄の婚姻がこのままでは恙無く遂行出来ないと進言されれば無碍には出来ない。帝はそれを待ち望んでいた。そして、倭国の中で権力闘争が勃発する。それは、皇太子を擁立する事で得た地位が、皇太子の所業のせいで全てが無に帰すということだ。
「自分でやった事は自分に返ってくる。それが、立場のある者であっても、必ず等しく償わなくてはならん」
王子の感情の籠らない声が、何故か、皇子の心に強く響いた。
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