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08 名の所在
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季節が流れて行く。そんな風景を二人は眺めていた。外にあるベンチに座り、手には老夫婦が用意したお茶と、ベンチの空いた場所にはお菓子が置かれている。
二人はあの日から夫婦としての務めを果たしている。皇子の体が王子を受け入れる事にやっと慣れたのは三ヶ月を過ぎた頃だ。それでも未だにある違和感と痛み、強い圧迫感は抜けない。元々、体格に差があるのだ。体の作りそのものが獣人と人間では違いがある。言葉を介し、意思疎通に問題はなくても、体の相性となれば話は別である。
「もう少し加減をして下さい」
皇子は風に髪を遊ばせながら、少し不機嫌に言ってくる。 王子は皇子の愚痴に少し眉を動かすだけだ。皇子はそれを気配で察し、小さく息を吐く。
基本的に皇子に拒否権はない。受け入れるのが務めだからだ。そうは言うが、獣人の体力と、人間の体力には違いがある。皇子は王子の体力に負けない様にと、体力作りに励んではいる。問題はその体力作りを王子も一緒に行う事だ。
ただでさえ差があると言うのに、一緒に行っていては追いつく事が出来ないのだ。今はお茶を飲み和んでいるが、その前まで二人で剣術の鍛錬をしていた。勿論、剣など頼んでも用意をしてくれる事はない。そのため、二人は儀式の一週間後に近くの森へ赴き、丁度良い木を取って来た。直ぐには使えないので、ある程度乾燥させ、老夫婦に無理を通し、刃物で削り出した。
体力の為ではあるが、体を鈍らせない為でもある。日がな一日、何もせずにいては時間を持て余してしまう。
時には宮内にある書庫で二人、読み耽る時もある。とはいえ、今までの生活と違う、まったりと過ぎて行く時間には慣れる事はない。
忙しなく過ごして来た日々が、何の変化もない日常に変わる。顔を合わせるのは両国から派遣される二組の老夫婦と相手のみだ。この、広大すぎる敷地で、二人はただ、無為に時間を過ごしている。
今までの生活と違うと言う意味において、野生動物を当たり前の様に目にする光景もなかった事だ。今も目の前を小鳥が飛び、兎が跳ね、それを追う様に狐が襲いかかる。それを眺める二人には、野生動物は全く関していない。それは、歴代の贄の夫婦は捕獲等を行っていない証拠だ。野生動物に二人は敵だと言う認識がないのである。
「諦めろ。お前が如何に体力を付けようと、俺には勝てん」
「ですから、せめて、気を失う失態だけは避けたい」
「無理だろう。俺の国の女より体力がないんだからな」
王子の発言に皇子は項垂れる。まさかの獣人の女性より体力がない発言だ。少しばかり体力には自信があった皇子にしてみれば、心が折れるに十分な破壊力を持つ言葉である。
「まず、筋力が女以下だ。子供にも劣る」
「どれだけ体力があるんだ?!」
「さあな。へばる獣人など見たこともない」
確かに、皇子は剣術の稽古の後は息が切れ、相当量の汗で凄い事になる。逆に王子は涼しい顔をしているのだ。
「休憩なく半日以上、へばらない方がおかしい」
「二日三日通しで稽古をしても問題ないが」
皇子は獣人の底なしの体力には脱帽する。
「体力を付けようなどと考えるだけ無駄だ」
「無駄ではない。少なくとも体力がなくては付き合えません」
皇子は脱力したまま、きっぱりと言い切る。拒否権がなければ、体が負担を感じないようにしなくてはならないのだ。気を失い、意識が戻った時、まだ行為が続いている時がある。つまりは満足していないという事だろう。
「それだけ精力が旺盛で、子供が出来にくいとは」
皇子は王子が最初の頃に言っていた事を思い出す。
「種族的な問題だろうな。頑強な肉体を持つ故に、種を残す能力が低い」
王子は虚空に視線を向けたまま、事実を事実としてありのままに口にする。その様子に皇子は思う。人間は多くの子を残す能力を持つ。それは体が脆弱だからだ。獣人の拳の一撃で人間など簡単にその命を失うだろう。弱い故に、多くの子を残そうとする。それは本能だろう。
野生の動物も理論的には同じだ。食物連鎖の頂点に位置する動物よりも、その下にいる動物の方が繁殖能力がある。種を残す為に多くの血を残そうとするからだ。
この大陸にいる獣人は肉食獣を祖先に持つ。他の大陸には鳥類を祖先に持つ獣人もいるらしい。肉食獣は草食獣に比べて種の繁殖能力が低い。
「考えても仕方のない事だ。俺達がこの土地に封じられる事で、要らぬ争いを避ける事が出来る。その事実だけが真実だ」
「そうですね」
「まあ、お前の体力は俺には勝てん。せいぜい、柔軟体操をきっちりやるんだな。その方が効果的だ」
王子の物言いに、皇子は口に含んだお茶を吹き出してしまった。
確かに無理な体勢を強いられている。それは否定しないが、的確に指摘してきた王子に、皇子は肯定も否定も出来なかった。
二人はまだ、互いに名を与えあっていない。名がなくとも不便でない事もある。逆に名を与える事を二人は恐れてもいた。名は全てを表す。名を与え合う事で、二人の関係に変化が起こるのではないかと考えられるからだ。
「……何時迄もこのままでは駄目だろうな」
「言われたのか?」
「毎日だ。無くとも不便はないからな」
老夫婦は基本的に王子に対しては殿下、皇子に対しては親王様と呼び分けている。それは、其々の国でそう呼ばれていたからだ。
これがお互いとなれば、王子は皇子に対してお前、皇子は王子に対して貴方と呼んでいる。つまり、本当の意味で不便はないのだ。
「元の名を使うのは厳禁だからな」
「そうですね」
元の名は封じられ、新たに互いに名を贈り合う。つまり、赤子に贈られる最初の贈り物をお互いでするよう求められている。ただ、この贄の夫婦の名は基本的に秘密にされる。世話をする老夫婦にも教えることはない。もし、耳にしたとしても外でその名を口にする事は禁止なのだ。
「何もしなくてよいが、面倒な事も多いな」
「禁止事項も多いですしね。何もしないが基本だ」
この、何もしない、が二人には苦痛なのだ。互いに重い溜め息を吐き、青空を流れる白い雲を眺め、何処までも続く草原を眺め、動物達を眺める。変化のない日々が二人には苦痛でしかなかった。
二人はあの日から夫婦としての務めを果たしている。皇子の体が王子を受け入れる事にやっと慣れたのは三ヶ月を過ぎた頃だ。それでも未だにある違和感と痛み、強い圧迫感は抜けない。元々、体格に差があるのだ。体の作りそのものが獣人と人間では違いがある。言葉を介し、意思疎通に問題はなくても、体の相性となれば話は別である。
「もう少し加減をして下さい」
皇子は風に髪を遊ばせながら、少し不機嫌に言ってくる。 王子は皇子の愚痴に少し眉を動かすだけだ。皇子はそれを気配で察し、小さく息を吐く。
基本的に皇子に拒否権はない。受け入れるのが務めだからだ。そうは言うが、獣人の体力と、人間の体力には違いがある。皇子は王子の体力に負けない様にと、体力作りに励んではいる。問題はその体力作りを王子も一緒に行う事だ。
ただでさえ差があると言うのに、一緒に行っていては追いつく事が出来ないのだ。今はお茶を飲み和んでいるが、その前まで二人で剣術の鍛錬をしていた。勿論、剣など頼んでも用意をしてくれる事はない。そのため、二人は儀式の一週間後に近くの森へ赴き、丁度良い木を取って来た。直ぐには使えないので、ある程度乾燥させ、老夫婦に無理を通し、刃物で削り出した。
体力の為ではあるが、体を鈍らせない為でもある。日がな一日、何もせずにいては時間を持て余してしまう。
時には宮内にある書庫で二人、読み耽る時もある。とはいえ、今までの生活と違う、まったりと過ぎて行く時間には慣れる事はない。
忙しなく過ごして来た日々が、何の変化もない日常に変わる。顔を合わせるのは両国から派遣される二組の老夫婦と相手のみだ。この、広大すぎる敷地で、二人はただ、無為に時間を過ごしている。
今までの生活と違うと言う意味において、野生動物を当たり前の様に目にする光景もなかった事だ。今も目の前を小鳥が飛び、兎が跳ね、それを追う様に狐が襲いかかる。それを眺める二人には、野生動物は全く関していない。それは、歴代の贄の夫婦は捕獲等を行っていない証拠だ。野生動物に二人は敵だと言う認識がないのである。
「諦めろ。お前が如何に体力を付けようと、俺には勝てん」
「ですから、せめて、気を失う失態だけは避けたい」
「無理だろう。俺の国の女より体力がないんだからな」
王子の発言に皇子は項垂れる。まさかの獣人の女性より体力がない発言だ。少しばかり体力には自信があった皇子にしてみれば、心が折れるに十分な破壊力を持つ言葉である。
「まず、筋力が女以下だ。子供にも劣る」
「どれだけ体力があるんだ?!」
「さあな。へばる獣人など見たこともない」
確かに、皇子は剣術の稽古の後は息が切れ、相当量の汗で凄い事になる。逆に王子は涼しい顔をしているのだ。
「休憩なく半日以上、へばらない方がおかしい」
「二日三日通しで稽古をしても問題ないが」
皇子は獣人の底なしの体力には脱帽する。
「体力を付けようなどと考えるだけ無駄だ」
「無駄ではない。少なくとも体力がなくては付き合えません」
皇子は脱力したまま、きっぱりと言い切る。拒否権がなければ、体が負担を感じないようにしなくてはならないのだ。気を失い、意識が戻った時、まだ行為が続いている時がある。つまりは満足していないという事だろう。
「それだけ精力が旺盛で、子供が出来にくいとは」
皇子は王子が最初の頃に言っていた事を思い出す。
「種族的な問題だろうな。頑強な肉体を持つ故に、種を残す能力が低い」
王子は虚空に視線を向けたまま、事実を事実としてありのままに口にする。その様子に皇子は思う。人間は多くの子を残す能力を持つ。それは体が脆弱だからだ。獣人の拳の一撃で人間など簡単にその命を失うだろう。弱い故に、多くの子を残そうとする。それは本能だろう。
野生の動物も理論的には同じだ。食物連鎖の頂点に位置する動物よりも、その下にいる動物の方が繁殖能力がある。種を残す為に多くの血を残そうとするからだ。
この大陸にいる獣人は肉食獣を祖先に持つ。他の大陸には鳥類を祖先に持つ獣人もいるらしい。肉食獣は草食獣に比べて種の繁殖能力が低い。
「考えても仕方のない事だ。俺達がこの土地に封じられる事で、要らぬ争いを避ける事が出来る。その事実だけが真実だ」
「そうですね」
「まあ、お前の体力は俺には勝てん。せいぜい、柔軟体操をきっちりやるんだな。その方が効果的だ」
王子の物言いに、皇子は口に含んだお茶を吹き出してしまった。
確かに無理な体勢を強いられている。それは否定しないが、的確に指摘してきた王子に、皇子は肯定も否定も出来なかった。
二人はまだ、互いに名を与えあっていない。名がなくとも不便でない事もある。逆に名を与える事を二人は恐れてもいた。名は全てを表す。名を与え合う事で、二人の関係に変化が起こるのではないかと考えられるからだ。
「……何時迄もこのままでは駄目だろうな」
「言われたのか?」
「毎日だ。無くとも不便はないからな」
老夫婦は基本的に王子に対しては殿下、皇子に対しては親王様と呼び分けている。それは、其々の国でそう呼ばれていたからだ。
これがお互いとなれば、王子は皇子に対してお前、皇子は王子に対して貴方と呼んでいる。つまり、本当の意味で不便はないのだ。
「元の名を使うのは厳禁だからな」
「そうですね」
元の名は封じられ、新たに互いに名を贈り合う。つまり、赤子に贈られる最初の贈り物をお互いでするよう求められている。ただ、この贄の夫婦の名は基本的に秘密にされる。世話をする老夫婦にも教えることはない。もし、耳にしたとしても外でその名を口にする事は禁止なのだ。
「何もしなくてよいが、面倒な事も多いな」
「禁止事項も多いですしね。何もしないが基本だ」
この、何もしない、が二人には苦痛なのだ。互いに重い溜め息を吐き、青空を流れる白い雲を眺め、何処までも続く草原を眺め、動物達を眺める。変化のない日々が二人には苦痛でしかなかった。
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