贄の婚姻

善奈美

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07 瑕

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 皇子が目覚めた時、そこは与えられた部屋のベッドの上だった。ゆっくりと体を起こすと、つきり、とした痛みが体に走る。後ろに感じる違和感に、知らず眉間に皺が寄った。
 
 視線を窓へと向けると、カーテンが風に靡いている。外に広がる景色は憎らしい程の光を浴び鬱陶しい。違和感に耐えながらベッドから起き上がる。
 
 昨日与えられた苦痛は体に刻み付けられている。無理に動こうとすると、秘部は無理矢理拓かれた事で未だに何かが入り込んだ感覚が抜けていない。体に不快感がない事から、処理をしてくれている様だが、其れを行なったのが誰であるのか気になった。
 
「お目覚めですか?」
 
 掛かった声に皇子は視線を其方に向ける。其処にいたのは倭国側から派遣された老婆だ。手にはお茶の用意をしてきたのか、盆を持っている。
 
「今は昼か?」
「昼前です」
「そうか」
「お食事はどうなさいます?」
 
 皇子は食事よりも体を洗いたかった。不快感はないが、どうしても清めたかったからだ。
 
「湯は何時でも使える様になっております」
 
 老婆はそう言うと、ベッド脇のサイドテーブルに緑茶の入った湯呑みをそっと置く。
 
「お好きな時に」
 
 老婆はそう言うと静かに退出した。湯が何時でも使えるという事は、言われずとも答えは出る。何時いかなる時どうなるか分からないという事だ。あくまで主導権は王子側にあり、皇子は受け入れるしかないのだ。
 
 少しぬる目のお茶を一口含み、皇子は違和感が強い体を叱咤し、湯殿へと足を進めた。
 
 昨日使った湯殿に足を向ける。あの時はどの様な設か、じっくり見る余裕はなかった。何より薄暗かった事もある。一応、屋内だが大きな窓を作る事で、より外から明かりが入る様になっている。獣人に合わせているのか、部屋同様作りそのものは大きい。
 
 皇子は単衣を脱ぐと、ゆっくりとした歩調で浴室に足を踏み入れた。何時も湯が張ってあるからか、浴室内は暖かい。湯気の向こうに見える景色は、さっき部屋から見た様に憎らしい程の晴天だ。
 
 一つ一つの動作を行う度に昨日の事を思い出してしまう。割り切ればいいのだろうが、切り替えるには短い間に起こった出来事に気持ちがついていけていないのだ。
 
 体の痛みより、心の痛みの方が強かった。皇子はきちんと納得し、この場所に赴いているつもりだった。それは頭で思っているだけであり、本当の意味で納得していなかったのだと痛烈に感じたのだ。
 
 しかも、あの行為は一度きりではなく、王子の気分次第で何時いかなる時に求められるのかも予測不能だ。知らず眦に涙が滲む。其れを誤魔化すために慌てて湯船に入り、乱暴に湯を頭から被った。頭から滴り落ちる湯が、浮かんだ涙を洗い流す。
 
 自身の体を強く抱き締め、声を殺して泣いた。仮に互いに心を向ける時間があればまた違ったのかもしれない。たとえ同性であろうとだ。何故なら、倭国の帝には女性の妻の他に男性の妻がいる。それは歴代の帝の中にはその様な趣味の者がいたからに他ならない。女性の場合は基本的に政治的意味合いが強い。それは皇子の生まれる順番で、全てが決まってしまうからだ。
 
 体験して初めて分かる事も多いのだ。女の様に扱われることがこれ程の打撃を受ける事だと知らなかったのだ。何時か慣れる日が来るのだろうか。皇子はただ、湯に体を沈めながら自問自答を繰り返していた。
 
 
      ⌘⌘⌘
 
 
 王子は一人外で草原を眺めていた。昨日の行為に納得はしていない。王子にしてみればたいした事ではない。問題は皇子は気丈に振る舞っていても、心に大きな瑕をおっているだろうという事だろう。体付きや行動から、皇子は武人として生きてきたのだろう。
 
 王子は後継者として隣国であり敵対関係にあった倭国の事はよく知っている。かなり特殊な国だ。王家や皇家はその血筋を残すために王や帝は多くの妃を持つ。それならば他の国も似た様なものだ。問題は後継者問題だ。
 
 倭国の後継者は男の第一子だ。もし第一子に問題がある場合は次の子が帝位に就く。ここで問題になるのが他の皇子達である。獣王國は基本的に子供が授かりにくい。そのためか、王家に複数の王子が生まれても、多くは国の要職に就く。一族を上げて国をいい方に向けていくのだ。勿論、王になるのはその中で能力のある者を選ぶ。
 
 倭国は獣王國とはかなり違う。歴史の中で骨肉の争いがあったと聞く。その関係なのか、皇位に就かなかった者は年齢に関係なく幽閉になる。要らぬ問題を増やさないためだ。皇子も兄の誰かが帝位に就けば幽閉された。例外は軍に属する皇子だが、その皇子にしても、ある一定の年齢で幽閉されると聞き及んでいる。
 
 後継者に選ばれなかった皇子は基本的に独身だ。つまり、血筋を残すことが疎まれているという事だろう。皇子は王子に妻子があると聞いた時、かなり驚いた表情をしていた。衝撃だったのだろう。倭国と獣王國ではあまりに違いすぎる。しかも王子は王太子だった。王子は自分の能力には自信がある。自信があったとしても、倭国と結んだこの取り決めが獣王國を救った事に変わりはないのだ。
 
 もし、あのまま争っていれば、戦争に勝てたとしても獣王國そのものは国として機能はしていなかっただろう。獣人は一度箍が外れると我を忘れる。知らずに命を失った者も少なくはない。
 
 王子はそこまで考えを巡らし、深く溜め息を吐いた。いくらここで考えても、答えなど出ている。王子と皇子は二度と外へ出る事は出来ない。取り決めだという事もあるが、別の意味合いもあるのだ。
 
 種族が違うとは言っても、基本的に個人同士で諍いが起こる事は余程でなければない。特に、国同士で取り決め、選ばれたとなれば相手を知ろうと努力をする。実際、王子は皇子に対して敵対心を持っていない。
 
 ここに問題があるのだ。一緒に生活をする事で、親しみが生まれる。そうなると、其々の国について知らずに話してしまう。そんな状態で自国の者と接触したとしよう。故意ではなかったとしても、自国が知らない情報を漏らしてしまう可能性があるのだ。
 
 そのため、贄の婚姻に選ばれた者は一年後、一度だけ自国の者と面会が許される。二度と会えなくなるその前に、もう一度、顔合わせをさせようというのだ。その際、贄の夫婦はある誓いをさせられる。
 
 それは、閉ざされた宮内での事は一切口にしないというものだ。そうなると、贄の夫婦は殆ど口を開かないらしい。面会に来た者が一方的に話し、終わる事が多いらしい。
 
 王子は空を仰ぎ見る。雲一つない空は太陽の光を容赦なく降り注ぐ。だが、獣王國の様に太陽の光は強くなく柔らかい。王子は空に向けていた視線を宮へと移す。
 
 儀式の後、王子は皇子の体を清め、彼の部屋のベッドに横たえた。いくら体を鍛えていたとしても、体にかかった負担はかなりのものだろう。本来なら、女性が担う役目だ。年齢が決められている以上、拒否権はなかったのだろう。それが分かるだけに不憫でならなかった。本来ならそんな心配をする必要などないだろう。だが、あの皇子は危なっかしいのだ。
 
 流石に本人には言えないが、どうしたものかと王子は悩んでいる。皇族の中で一番見目がいいと言うのは、ある意味危険を孕んでいる。見た目の良さに身を滅ぼす者もいるからだ。だが、皇子は見た目に関して頓着している様には見えない。本当の意味で考えていないのか、別の意味を孕んでいるのか。王子では推し量る事は出来ない。
 
 風が王子の体毛を撫でる。考えるだけ無駄な問題を延々と考えている事に苦笑いが漏れる。本人と向き合わなくてはどうにもならないと言う事が分かっているからだ。軽く首を振り、王子は宮に戻って行った。
 
 
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