贄の婚姻

善奈美

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02 捕らわれて

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 彼は父である獣王から言われた言葉に何の感慨も浮かばなかった。彼には既に妻と息子がいる。倭国との過去の取り決めはある意味、獣王國にとっても有難いものだった。獣人はなかなか、子が生まれない。喧嘩っ早い気性ではあるが、子に対する愛情は他の種族と変わらない。
 
 獣王國の成人年齢は倭国の成人年齢とかなりの差がある。彼が結婚したのは十歳の時である。そして、幼い時から倭国との契約に従い、贄の結婚をする事は知らされていた。何故なら、獣王に子は彼の他に成人前の弟しかいないのだ。
 
「存外、長く持ったと思っているが、流石に五十年を超えると、な」
「分かっています。彼方は?」
「年齢が合うのは皇子だそうだ。次の満月の日輿入れしてくる」
 
 彼は小さく息を吐き出す。ここまで話が進んでいる事に驚きはない。前任者は良好な関係を築いていたようだが、今回もそうだとは限らない。
 
 そして、倭国側が輿入れすると言う事は、獣王國側が受け入れる準備をしなくてはならない。これは儀礼的なものだが、獣王國が夫役を、倭国が妻役を担う関係でもあった。
 
「直ぐに向かえと」
「そうだ。此ればかりは彼方の都合だと言われるが、此方の都合でもある。この取り決めを提案された事で、無駄な血を流すことがなくなった」
 
 倭国は自国民を守るための苦肉の策だったのだろうが、獣王國も減り続ける人口の歯止めになったのだ。
 
 彼の妻も息子も、こうなる事は事前に知っている。王家の者が直ぐに結婚するわけではなく、彼が贄に選ばれる可能性を秘めていたからだ。弟ではまだ、年齢が合わない。彼にしてもギリギリと言う所だ。
 
「年齢は?」
「今年十八になったそうだ。兄弟の中では一番の美貌の持ち主らしい」
 
 彼はそれを聞いても、何も感じなかった。脳裏を掠めたのは、彼の国の民達は残念がるのではないだろうか、と言う思いだけだ。歳の頃から考えて、皇子の中でも重要視されない位置にいるのだろう。倭国の帝は多くの子を成していると聞き及んでいる。
 
「……不憫ですね」
「そうだが、分かっているな? 此方が優位に事を運ぶのだ。それが取り決めだからな」
 
 あくまで、獣王國は倭国の提案を渋々受け入れた事になっている。本心など微塵も見せてはいけないのだ。国境を跨ぐ形で造られている宮は治外法権になる。前任者は相手にのみ話してしまっているかもしれないが、それは互いを信用するにたる信頼関係を築いたからに他ならない。逆に言えば、あの場所に送り出された者は、今後一切、国に関する情報を得られないのだ。
 
 此方の情報が遮断されると言う事は、宮内の情報も遮断される。唯一、得られる情報は、没する時のみになる。必要な物は派遣される老夫婦を通じて頼む形になるのだ。
 
 
      ⌘⌘⌘
 
 彼がその場所に赴いたのは、父王に言われた二日後だった。宮は使われていたからなのか痛みはなく、ただ、寝具などに使われていたリネン類や絨毯、カーテンなどが真新しいものに付け替えられていた。
 
 それは次に使う者の嗜好に合わせた物なのだろう。自室と用意されていた部屋は、王宮殿にある自室と似たような物が選ばれ、配置も似せてあった。
 
 この宮でする事など限られている。広大な敷地は多くの草花が植えられ、馬に乗ることも可能だ。そして、彼はある違和感に気が付く。宮から少し離れた場所に、硝子張りの建物がある。近付き中に入れば、そこには見たこともない植物が植えられていた。実を付けている植物もある。
 
 そこで思い出したのは時々、王宮に届けられる南国の果物だ。父王に聞いても何処から届けられた物なのか教えてはもらえなかった。幽閉に近い扱いだが、それなりに楽しみはあったのだろう。外からの情報が得られないのなら、季節を楽しむしかないのである。
 
 宮に戻り内部を確かめる。重厚な扉があり、開き中を確かめる。そこにあったのは天井まで収納された書籍の数かず。言語は様々だが、歴史書から趣味に至るまで、多くが所蔵されていた。ただ、そこに時勢を思わせる書物はない。それでも、これだけの書物があれば知識欲を満たす事は出来そうだ。
 
 次いで訪れたのは相手となる皇子の自室だ。板張りに畳と呼ばれる独特の敷物が一角に敷かれている。独特な匂いがあるが、不快ではない。家具も彼の国では見ない物が多いが、何となく用途は察する事が出来た。不意に天井を見上げれば、梁が剥き出しになっている。おそらく、敢えてこのような作りなのだろう。
 
「少しでも快適に、か」
 
 贄の婚姻は両国の平和を維持するためのものだ。だからこそ、隔離はされるが大切に扱われる。此処に居れば外で何が起ころうとも、憂一つないだろう。だが、この静かな場所で命が尽きるまで、ただ一人と対峙しながら生活をするのだ。唯一の他人は間違いが起こらないようにと、両国から老夫婦が派遣される。
 
 まさに籠の鳥なのだ。この身一つで戦争というものから国民が解放される。歴史書にあるような、凄惨な事態にはならない。それでも思うのは、王宮殿に置いてきた妻と息子の事だ。分かっていた事とは言え、二度と会えないとなると心がざわついた。
 
「殿下」
 
 彼に声を掛けてきたのは、獣王國側から派遣された老夫婦だ。彼等は此れから一年の間、彼と相手の世話をする事になる。食事から掃除、洗濯、庭の手入れ。年齢のせいもあるのだろうが、派遣されるのは一年と決められていた。そして、此処での事は決して口外してはならない。
 
「明日が満月だ。不備はないな?」
「はい。彼方の国から世話人も到着致しました」
 
 明日から、新たな生活が始まる。会ったこともない皇子と一生を共にするのだ。
 
 
      ⌘⌘⌘
 
 満月が照らし出すそんな中、一つの輿が静かに宮に近付いて来た。誰かに手を借り降りてきた姿は、女性の衣装を身に纏った者だった。綺麗に着飾り、遠目でよくは分からないが、化粧を施されているのだろう。哀れだとは思うが、これが取り決めであり、倭国が獣王國に提示してきた事柄でもあるのだ。
 
 倭国側から派遣された老夫婦に誘われ皇子が部屋に入る。彼は背後から皇子が室内を見渡している姿を視界に収める。
 
「俺の相手は男だと聞いていたが」
 
 声を掛けた彼に皇子は振り返る。長い黒髪を結い上げ、煌びやかな髪飾りで飾られている。挑むように彼を睨みつけているが、端正な顔立ちは、獣人とは明らかに違うものだった。
 
「この様な形をしているが男です」
 
 皇子はきっぱりと言い切る。りんとした強さを宿した瞳は黒色だった。彼は表情が歪んだことを自覚する。それは加虐的な気分になったからだ。此れから、目の前の存在が妻であり、彼と触れ合うことの出来る唯一の存在となる。
 
 皇子の両手を拘束し、衣を引き裂き、自由を奪う一連の動作を、彼はただ、他人事のように見詰めていた。
 
 
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