ファンタジー詰め合わせ

善奈美

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ある日の憂鬱

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「やはり、これでは駄目でしたか」
 
 何とも怪しい部屋で、これまた怪しい人物が独り言ちしている。言葉を向けられた先にあるのは診察台だが、その上に転がっているのは肉塊である。白衣を身に着けているところを見ると、医師だと言いたいが、目の前の光景が裏切っている。血に濡れた両手、その右手には鋭いメスを持ち、身につけているのは白衣。それとは対照的に、血の気を感じない青白い肌、赤い瞳は鋭く何かを狙っている。その姿はまさに、何処ぞでありとあらゆるモノを手にかけている殺人者さながらだ。
 
 この怪し気な人物。怪しい部屋にいることは確かだが、置かれている器具が実験器具であるため、おかしな感じを受ける。しかしながら、このどこかおかしな人物は立派に医師として認識されているのである。腕の良し悪しは別としてだが。
 
『何人殺せば気がすむの?』
 
 その篭ったような声に怪し気な医師は視線を向ける。向けた先はフラスコだ。液体の入ったその実験器具には、何やら生き物の姿がある。
 
「殺してませんよ。私は何時如何なる時も患者を助けるために手を尽くしています」
『目の前の肉塊を目の当たりにして、それを言い切る神経が分からないわ』
「口が過ぎますよ。そのおかげで、貴女は生きているのでしょうに」
 
 怪し気な医師は怪し気に笑う。その肉塊は一体、どのような形状をしていたのか、知るのはかなり難しいだろう。せいぜい、手足があるということが分かる程度だ。頭らしいものには毛の存在が認められるが、認められるだけで、本来の姿が想像出来ない。手を尽くした結果とは思えないその診察台の存在を、本当に治療したのだろうか。
 
「薬品の中でしか生きられない生命体の貴女の大切な餌ですよ。この塊がなければ、存在を維持するのは難しいのですから」
『不完全に作り出したのは貴方よ!』
 
 フラスコの中かから聞こえる声が、怒りに震えている。よくよく目を凝らすと、人型の小さな存在を認めることが出来る。白い肌白い髪。赤い瞳に尖った耳。その体は中性的で何も身に付けてはおらず、長い髪が体を覆っている。薬品の中にいる為に、その髪は波立つように広がり、フラスコの中に漂っていた。
 
「仕方ないでしょう。私とて、まさか、何千という実験の中で、生命体が出来上がるとは思っていなかったんですよ。私は趣味で医師をしていますからね」
『医師じゃないでしょう! 医師として病院を開いているのは、実験材料を手に入れる為じゃないの! 苦労せず材料が飛び込んで来るのだもの! 目の前の診察台の上の肉塊がいい例だわ!』
 
 フラスコの中の小さな存在は、診察台の上を指差した。診察台からは血が滴り落ち、床に広がっている。普通の神経ならば卒倒するだろうがいかんせん、この医師は人ではない。
 
「魔族なんですから、私の手にかかれば助かるか、命を失うか、何方かであることは分かっていますよ。当然、死んだ時は私の実験材料になるんです。知っていて私に体を委ねているのですから」
『違うでしょう! 言葉巧みに言いくるめて、知らないうちに麻酔を打たれて、目の前の姿にしてるじゃない。私は生まれてから、助かった魔族を一度だって見てないのよ! 同族を切り裂いて楽しいの?!』
「おや。魔族は他の事など考えませんよ。自分さえ良ければ良いのですから」
 
 フラスコの中の小さな存在は口を閉ざし、唇を噛み締める。それを見届けた怪し気な医師は、肉塊と化したそれ ・・を大きなフラスコの中へ放り込む。怪し気な薬品を更にフラスコの中に入れ、楽しそうに振る。その姿はまるで、面白い玩具を与えられた子供の表情に近い。
 
「さあ。食事の時間ですよ。余す事なく吸収しなさい。それが貴女の仕事なんですから。私が実験をしやすくするための、ね」
 
 その顔は医師のそれではなく、狂気に狂った者のそれだった。
 
 
終わり。
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