置き去りの恋

善奈美

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紫綺&忍編

02 二大最強生物と最強調教師(紫綺視点)

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 正直、追い出されるかと思っていた。俺達の上にもう一人、子供が居ることを知ったのは偶然だった。秋保と氷室の血を引く兄。ただ、何方の家でも、居ないふりを決め込んでいた存在。そして、俺の下にもう一人。秋保の血を引かない氷室の血を引く弟。
 
 氷室側にももう一人。こっちは知っていた。俺の秋保側の三歳上の兄と氷室側の二歳上の兄。血は繋がっていないが戸籍上は秋保の子供として認識されていた。
 
 知りたいと思ったのは俺の立ち位置の曖昧さのせいだ。もともと、女児を望み、だが生まれたのが男児である俺を、あの父親は目に入れることもしなかった。だから、知りたかったんだ。家にさえ居ない、秋保家の長男。
 
 俺の下の戸籍上の弟についても調べた。高校生で長男の元で生活をしている。成績は非常に優秀。そして、これも知ったのは偶然だ。二人の共通点。学力だけではなく、世渡りも人並み以上だった。兄の貴羅は首席で高校を卒業し、調理師の専門学校卒業後、海外に出ていた。その間、弟の暁は一人捨て置かれ、それでも、学力は貴羅に引けを取らない。何より、二人の凄さは素行の悪い者達を従わせるということ。
 
 俺とは違う。それを知った時、正直に感じたのは怖さだった。俺は確かに父親はには目を掛けて貰えなかったが、母親はそれなりに愛情を注いでくれた。だから、本当の意味での孤独を知らない。二人からしたら、生っちょろいと言われるだろう。
 
「どうして、暁とユキまでいるの?」
 
 貴羅の声に視線を同じ方へ向けた。そこに居たのは二人の高校生。一人は言われなくとも分かる。貴羅とよく似た容姿だ。つまり、二人は母親に似てるんだ。
 
「お邪魔してます」
「雪兎が兄さんのご飯を食べたいんだって」
 
 あれ? 思ったより尖ってない。
 
「それより、其奴は誰? 嫌な感じがするんだけど」
 
 鋭く冷たい視線。さっきまでと雰囲気が違う。
 
「秋保側の弟」
 
 貴羅が軽い調子で言うと、あからさまに目を細めて観察されてる感じがした。
 
「うちに上げたのには、それなりの理由があるんだよね?」
「理由は響也かな」
 
 はい? 響也って? もしかして、さっきの高校生?
 
「キョウなの? だったら、問題ないね」
「おい。俺だったらどうして問題ねぇんだよ。聞いてたみたいに莫迦じゃねぇって言っただけだぞ」
 
 暁が何かを思案する表情を見せる。
 
「猛獣を手懐けたキョウが莫迦じゃないって言ってるんだから、まともだってことだよね?」
「おい。血が繋がってなくても戸籍上は兄貴だろうが。その言い方もどうよ? それに、猛獣って貴羅さんのことかよ?」
「そう。兄さんの事。で、その人は俺にしたら、他人も同然」
 
 害のない微笑み。でも、裏では何かを考えている。それは何となく分かった。それに響也と呼ばれた高校生、俺達の家庭の事情を分かってるのか?
 
「それにしたってさ」
「言い方悪いけど、俺にしたら兄さんもある意味同じ。ただ、認識してるだけ」
 
 俺とは違う綺麗な顔。そこに浮かんだのは、なんとも言えない笑み。
 
「その言い方は酷んじゃないの? 猛獣って言ったら暁もでしょうが?」
 
 酷いと言いながら、本当に思っているわけじゃない感じがした。背中を伝うのは冷たい汗。
 
「二大最強生物。言い合いはそこまでにしてくんねぇ? 不毛だからさ」
 
 あからさまに溜め息を吐いてるのは、響也と呼ばれた高校生。
 
「二大最強生物って……」
 
 眉間に皺を寄せたのは暁。
 
「不良を病院送りにしたり、脅して黙らせたりする人種。つまり、あんた等二人のことだよ。少しは認識しろよな」
 
 この子はどうして平然としてるんだ。しかも、暁の隣にいるやたらと綺麗な顔した子もそうだ。慣れてる、感じなのか?
 
「今は大人しくしてるでしょうが」
「今はだろう。若い時の逸話のせいで、どれだけ周りが迷惑したか考えろよな。アカがいい例だろう」
 
 貴羅にそう言った後、視線を暁に向ける。
 
「で、アカのせいでユキは服を剥かれたんだよ。忘れたとは言わせねぇからな」
 
 二人が黙った。この子は凄いんだな。
 
「で、貴羅さんはキッチン。待ってるだろ」
 
 そう言って視線を向けたのは、綺麗な顔した子だ。顔だけ見たらパッと見、どちらの性別か分からないが、身長が暁並みにある。
 
「仕事終わったばっかりの人間にさせるつもり?」
「このメンバーで食事を作れるのはあんただけ」
 
 何となく、この、響也って子が此処では最強な気がするんだけど。気のせいか?
 
 居間まで連れて行かれて、長椅子に座らされた。ローテーブルを挟んで三人が床に直に座る。
 
「で、名前と年齢と職業は?」
 
 はい?
 
「キョウ。そんな情報いらないんだけど」
 
 暁が尤もなことを言う。その心境、分からなくない。俺が同じ立場だったら、そう思うかもしれない。
 
「あのさ。貴羅さんが最初に店に入れてたんだよ。理由があんじゃねぇの? 何方のかは分かんねぇけどさ」
 
 この子、見た目が普通だけど何かが違う。それは直感だ。さっき、貴羅が恋人だと言った。有り得ないと思ったが、何となく、有り得るかもしれない。感が、とてつもなく良いんだな。俺を見て、莫迦じゃないと言った。確かに、家族や会社の部署内以外では莫迦な振りをしていたが、此処ではしていなかった。それでもだ。
 
「で、名前?」
「秋保 紫綺。二十四だよ」
 
 仕事は必要ないんじゃないか?
 
「で、仕事は失業予定、とかか?」
「どうして?」
「何となく。貴羅さんが一族の人といて、トゲトゲしてねぇし。あの人、正直者だからさ」
 
 その言動に、不審気に視線を向けたのは暁。
 
「あの人を正直者だって言うの、キョウぐらいだと思うんだけど」
「えー? 正直じゃん。子供よりタチ悪いんだぜ」
「それはキョウの前だけだよ。猫被った凶器なんだからさ」
 
 暁の言葉は間違えてないな。勢いで話したから言えたけど。本当の意味で面と向かったら、話せていたかは疑問だ。話し方は柔らかだったけど、気配が違った。その後、振りをしていると言ったあたりから、雰囲気が変化したんだ。
 
「まあ、最初は怖かったけどよ。それ言ったらアカもだぜ。二人して凶器で狂気。生きた生物兵器」
「それは言い過ぎじゃないの? 暁は優しいんだよ」
「ユキ、それはお前限定なの。いい加減、認識してくんね?」
 
 この三人、見てる分には面白いかも。見てる分にはね。
 
「それで、どうして、失業予定?」
「まだ、言ってないと思うけど」
 
 暁の言う通り、言ってない。
 
「だってよ。何か、聞いてた話と違うしさ、この人、普通なんだよな。強いて言うなら、顔が綺麗。お前んとこ、嫌味なくらい見た目いいじゃん」
「俺とこの人、血は繋がってないけど」
「貴羅さん繋がりで繋がってんじゃん。十分だろう」
 
 そういうものなのか?
 
「お袋と姉貴だったら、喜んで刺さり込んでくるぜ。美味しい設定だって」
「それはキョウの家庭環境が特殊すぎるからでしょう。普通は有り得ないから」
 
 特殊な家庭環境? 全くもって分からない会話だ。
 
「分かった! 自分の兄貴だと思うから問題なんだよ。此奴は近所の仲の良いお兄さん設定でいけばいいんだって。そうなると、呼び方変えねぇと」
「如何してそうなるの?」
「折角、面識もてたんだしよ。それに、この人、寂しいんだと思うんだよな?」
 
 いきなり視線を向けられ凝視された。言われたことに、神経がざわめいた。この子はやっぱり、普通じゃない。
 
「如何してそうなるの?」
 
 暁は不審気だ。隣に座っている子も、何故か俺を凝視してる。居心地が悪い。
 
「敢えて言うなら、目が寂しそう?」
 
 そう言った後、背後から喉の奥で笑うような声が聞こえた。振り返れば、其処に居たのは貴羅。
 
「流石、響也。抜け目ないね」
 
 貴羅の瞳の奥が怖い。本能的にそう感じた。
 
「そこで、全身使って脅すのやめろよ。アカも!」
 
 その叫び声に、二人の気配が変わった。この子、二人の調教師か何かなのか?
 
 
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