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勘弁してください!

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「今日を持って、貴様との婚約は破棄させてもらう!」
 
 響いた声に誰もが驚き視線を向けた。今日は建国を祝う宴だ。その最中にあって、宣言したのはこの国の王太子であった。婚約破棄を告げられたのはこの国唯一の公爵家の令嬢である。令嬢の名はレティシア・リーデンブルグ。王太子の名はブライン・ルーデンブルグである。令嬢は何一つ驚いてはいなかった。何より、目の前のブラインは盲目になっている。傍に立つ令嬢は爵位が低く、更に頭も非常に悪い。問題は令嬢は影武者を立て、全ての試験はその影武者が行なっていた。その為か、見た目の成績だけは非常に良かったのだ。
 
「ルチアは素晴らしい頭脳の持ち主であり、爵位は低いが俺の妃として問題ない。何より、貴様と違って謙虚であり俺を立ててくれる」
 
 この王子は何を言っているのか、レティシアは溜め息を吐きたいのを必死で飲み込んだ。流れる様な長い銀髪と、琥珀の瞳の彼女は非常に見目が美しかった。しかし、美しいだけではいられないのが貴族社会である。当然、ありとあらゆる情報を手に入れ、精査し、それを有効活用してこその貴族である。それであるのに、国の頭となるべき次代の国王がこれでは国が傾くだろう。
 
「よって……」
「お前は何を考えている!」
 
 荒々しい声の主に視線を向ければ、この国の現国王だ。レティシアは慌てて令嬢としての礼を取った。だが、ブラインの隣にいる令嬢は腕にしなだれ掛かり国王が現れても態度を改めなかった。頭がスカスカなのは知っていたが、この国最高権力者に対して非礼も良いところである。
 
「今この場を持って宣言しよう。一方的な婚約破棄がなされた場合、その者の王族、貴族籍は剥奪とする。これは先代の時代にも起こり混乱をもたらした。ただ、気に入らないから、浮気をしていた者が断罪されないなど言語道断」
「ち、父上……」
 
 ブラインは父親である国王の宣言に動揺する。今の言葉が真実なら、ブラインは廃太子に留まらず、王族ですら無くなるのだ。話の感じから、貴族となることも出来ない。
 
「お前は我が兄上の愚かな所業を聞かせたであろう。何故、余が国王となったのか。よいか、王族、貴族の婚約とは契約だ。その契約をまともに守ることも出来ない者が何故、王族、貴族としての恩恵を受けることが出来よう。そんなに勝手に好きな者と一緒になりたいなら、柵のない平民になるがいい。誰も文句は言わん!」
「お、お待ちください、父上」
「ええ?!、ブライン様、王族じゃなくなっちゃうの。それなら一緒にいても意味ないじゃない」
 
 ブラインが王族で無くなると聞いた令嬢はそんな事を言い放った。
 
「言っておくが、お前の貴族籍も剥奪だ。当たり前だな。婚約者のいる男に媚を売り、婚約破棄になる様に拐かした。その罪はその身を持って償うべきである」
「ええ?! 私は王子様のお妃様になって、贅沢をしたいんです」
「貴女は莫迦ですか?」
 
 レティシアは思わず口を出す。
 
「王妃教育とは、それはそれは血を吐くような努力をしなくてはなりません。今の貴女では最初の段階で脱落ですわ。私は五歳からその教育を受けておりますが、未だに終わりませんのよ」
 
 レティシアの言葉は真実だ。覚えることが多いうえ、学生としての勉学にも励まなくはならない。しかも、成人間近のこの時期は公務も務めなくてらならないのだ。しかも、王太子であるブラインはその公務を悉くサボっていた。その穴埋めもレティシアはしていたのだ。
 
「誰かが代わってくれるというのなら喜んでお渡しします」
 
 二人分の公務に、王妃教育と勉学。王太子の婚約者でなくなれば、王妃教育と公務は無くなるのだ。願ったりである。
 
「陛下。こうしてはどうでしょう。私がしていた王妃教育と公務。勿論、殿下もですが、同じようにして差し上げてはいかがです? 殿下は王妃教育の厳しさを身をもって知るべきでしてよ。文武両道が王妃に課せられた務めです」
 
 レティシアの言葉には不穏なものが含まれていた。文武両道。つまり、武術も王妃教育に含まれている。いい笑顔を見せたレティシアに王太子と浮気令嬢は震え上がった。
 
「「え?」」
「近衛騎士団長様は居られまして?」
 
 レティシアの言葉に、見目の麗しい一人の美丈夫が現れる。
 
「何でございましょう?」
「陛下の言葉をお聞きになりして? 王太子殿下は廃嫡だけでなく王族でもなくなるそうですわ。でも、その前に、王族とは、そこに嫁ぐ令嬢に課せられていたものは何なのか。教えて差し上げたいの。私にしていた一通りをこの場でご教授して差し上げて」
 
 近衛騎士団長は国王に視線を向けた。国王は鷹揚に頷く。
 
「皆様、離れてくださいな。危険でしてよ。団長様、私にも剣を下さい。私も一緒に教えて差し上げますわ。団長様は殿下をお願いします」
 
 レティシアはそう言うと、良い笑顔を見せた。受け取った細剣を浮気女令嬢に突き付ける。
 
「自分の身は自分で守らなくてはいけませんのよ」
 
 素早い動きで浮気令嬢の首筋に剣先を突き付けた。浮気令嬢は青い顔が更に白くなり、尻餅をついた。
 
 その後、どうなったのかと言えば、当然、勉強の一つもまともにしていなかった王太子と、平気で婚約者のいる男に粉をかける浮気令嬢は断罪された。まさに手も足も出なかったのだ。
 
「レティシア嬢、申し訳なかった」
 
 国王は非公式に謝罪した。
 
「いいえ。私は王族に嫁がなくても良くなるのなら問題ありませんわ。これで自由ですわね」
 
 にっこり微笑んだレティシアだったが、国王の方が一枚上手だった。
 
「いやいや、ここまで完璧に学んでいた其方の努力を無駄にはせんよ」
「え?」
 
 レティシアは一気に血の気が失せた。国王の背後から現れたのは、廃太子となった馬鹿王子と似た容姿の少し年下の男の存在があったからだ。
 
「余の甥であるサイラスだ。実はな、彼奴は使い物にならないだろうと、早い段階で王太子教育をサイラスに施しておったのだ」
 
 レティシアは目眩を起こしそうになった。つまりはこうなると予め知っていたのだ。知っていて放置したのだ。公衆の面前でやらかせば、言い訳は出来ない。ブラインに何一つ言えない状況をあえて作り出したのである。
 
「勘弁してください!!」
 
 レティシアのそんな叫びは、遠い彼方へ消えていった。
 
 
終わり。
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