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浅はかな行動は身を滅ぼす

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 時に理不尽だと感じる事が起こる。まさに彼女はそんな場面に直面していた。伯爵令嬢として生を受けた彼女は、はっきり言って異性に全く興味がなかった。婚約者はいたが、それはあくまで家と家との繋がりの為であり、彼女の意思ではなかった。それなりに相手を尊重し、それなりに相手を務めていた筈である。それであるのに、いつの間にか婚約者は舞踏会などでパートナーとして隣に立つ事をしなくなった。理由など考えずとも分かる。つまり、婚約者がいながら、別の恋に走ったのである。彼女にしてみれば、これこそが恋の愚かしいところだと思っている。立場を忘れ、ただ、欲望に忠実に動く。果たして、そこに、利益が生まれるのか。
 
「はあ。本当に面倒です。だから、彼との婚約は嫌だと言いましたのに」
 
 そもそもこの婚約は彼方の家から持ち込まれたものだ。彼女の家は伯爵家とは言え、商売に成功し裕福なのである。一方、彼の方だが、経済的に困窮し、言い方が悪いが婚約を理由に援助を求めてきたのである。爵位だけは上であるので、此方に利がないとは言えないが、あるとも言えない。手に持っていた扇を開いては閉じ、開いては閉じを繰り返し、彼女は決断した。彼にではなく、彼の両親の元に向かう。家同士で決めたのなら、本人にではなく、当主に伝えるべきである。ちなみに、彼女の父親は嫌なら自分で断る事に同意している。その際、援助に関しては破棄と同時に打ち切ると契約書には明記されている。果たして、彼はその契約書に目を通したのだろうか。甚だ疑問である。
 
「少しよろしいでしょうか?」
 
 彼女が声を掛けると彼の両親が驚いたように目を見開く。仲睦まじいと声が聞こえてくるのに、その相手である彼女が目の前にいることへの疑問だろう。いい加減、現実を見てもらいたいと彼女は思っている。
 
「今日をもちまして、婚約を破棄させていただきます。浮気相手への贈り物に、援助金を使われるのは本当に嫌なので」
 
 彼女はいい顔で微笑んだ。その一言に周りも騒めく。目の前の彼の両親はこの言葉に漸く息子に視線を向けた。彼の隣で腕に手を絡めているのは目の前の彼女ではない。
 
「尚、援助は今を持って打ち切ります。契約書に従い、今まで此方で援助した金額、更に私に対する慰謝料。並びに、此方で派遣している従業員を引き上げさせます。勿論、浮気相手の令嬢にも慰謝料の請求はさせていただきますわ。まあ、彼方も爵位はあれど、経済的には困窮しています」
 
 彼女がツラツラと淀みなく言葉を吐き出すのに、目の前の彼の両親は顔色が明らかに悪くなった。
 
「ま、待ってくれないか。今打ち切られ、慰謝料を請求されれば、家が潰れ……」
「知りませんわ。不誠実であったのは其方の令息です。私は努力しましたわよ。季節の折のプレゼント、誕生日のプレゼント。ありとあらゆる便宜を図り、更に、学園での勉学の補助。私がしてきた事への報いがこれでは割にあいませんわ。それに一度とてプレゼントなど受け取ったこともありません。それとも、爵位が下なら従うのが当然、そう言われるのかしら。彼には散々言われましたわ。自分のお金ではないのに好き勝手に使われて。どんな教育をされましたの?」
 
 彼女は首を傾げた。柔らかな蜂蜜色の巻き髪が揺れる。同じ色の瞳は侮蔑を映していた。
 
「ヴァライラス侯爵閣下。覚悟なさってくださいな。私、馬鹿にされて黙っていませんわ」
 
 彼女はそう告げると踵を返し、その場を離れた。そして向かったのは元婚約者の元だ。優雅に歩み寄り、二人の前に立ちはだかる。
 
「私が今から言う事は決定事項であり、覆りません」
 
 彼女がいい笑顔を二人の前に見せた。周りはその笑顔に裏を感じたのか一歩引くが、二人は分かっていないようだった。
 
「今日この時をもって婚約は破棄です。嬉しいでしょう。其方の令嬢と堂々と婚約できましてよ。尚、援助の打ち切りと、今まで援助した全金額。並びに慰謝料を請求させていただきました。更に、其方の御令嬢の家にも今日中に慰謝料請求をさせていただきます。更に、其方の家に派遣している此方の従業員の引き上げ。更に取引の解除を宣言いたします。精々、精進なさる事ですわ。他の貴族家が取引きしてくれると良いですわね」
 
 彼女はそこまで一気に言い切り、反論される前にその場を後にした。その後、会場は騒然となったようだ。伯爵家とは言え、商売に成功し、国の中でも屈指の商会を経営している、ホライ伯爵家からの実質の取引き解除。つまり、この国で生きていけなくなった事に等しいのだ。二人は恋に恋した結果であろうが、二人の両親にしたらたまったものではない。ホライ伯爵家に目を付けられたら、商売など出来ないのだ。それを理解していないのは二人だった。高々、伯爵家。そう思っていたのである。しかし、そんなに上手くはいかない。浮気相手の令嬢の家も侯爵家。ベントレイ侯爵家当主は頭を抱えた。ホライ伯爵家と取引が出来なくなれば、回っていかなくなる。まさか、自分の娘がホライ伯爵家令嬢の婚約者と浮気しているなど知らなかったのである。貴族社会において、情報は何よりの武器。それであるのに身内のやらかしを把握していなかった。
 
「なんと言う事をしてくれたんだ……」
「お父様。高々、伯爵家ではありませんか」
 
 娘のその一言に、ベントレイ侯爵は激怒した。爵位など商売に於いて重要ではない。爵位が上で、商売も順調であれば問題ないがそうではないのだ。
 
「愚か者が! ホライ伯爵家に睨まれて商売などできんのだぞ!」
 
 父親の剣幕に令嬢は目を見開く。
 
「今まで贅沢できたのは、ホライ伯爵家の力添えがあったからだ。請求された慰謝料の金額を知っているのかっ。お前がしでかした事が我が家に与える影響を考えなかったのかっ!」
「では彼の家に助けを……」
「馬鹿者が! 何故、ホライ伯爵令嬢が婚約者であったと思っているんだ! 援助してもらう為だ! お前達のせいで高額な慰謝料請求。更に彼方の家は援助金の全額を返さねばならん。婚約は契約だ。それを違えれば、報いを受けるのは当然だ!」
 
 侯爵令嬢はそこで初めて顔色を変えた。大変な事になってしまったのだ。知らなかったでは済まないのである。
 
「しかも、彼方は更にお前とヴァライラス侯爵令息の婚約を要求してきた。つまり、他家に頼って資金援助を受けるのは許さないと言われたも同然なんだ。お前が修道院に入るのも許さないと、強く言われたんだ。分かるか。つまり、勘当してなあなあにするのは許さないと。そう言われたんだぞ!恥を知れ!」
 
 ベントレイ侯爵令嬢は、浮気をしていた時はそんな事、考えもしなかったのだ。
 
「しかも、ホライ伯爵令嬢がヴァライラス侯爵家に援助金を出していた。つまり、お前のような御気楽令嬢ではないのだぞ! ヴァライラス侯爵令息と結婚し、自分達で稼いで支払いをするんだ! 私から一切の援助はしない。ヴァライラス侯爵も同じ考えだ! 自分でしでかした事は自分達でなんとかしろ!」
 
 ベントレイ侯爵はそれだけ言うと、娘を顧みず部屋を出て行った。
 
「お父様! 待ってください! 反省しますから、見捨てないで!」
 
 しかしながら、ベントレイ侯爵は娘を許さなかった。侯爵家で売れるものは全て売り払い、とりあえず、慰謝料を全額支払った。しかし、その金額はきっちり娘に請求したのだ。他の兄弟、母親、更には親戚すらもベントレイ侯爵令嬢を助けはしなかった。
 
 一方、ヴァライラス侯爵家でも同じように息子に全ての責任を負わせる事にした。ベントレイ侯爵と相談し、一時的に全額支払い、その金額を二人に請求する。そう決まったのだ。
 
「え?」
「聞いていなかったのか。全てお前達で支払うんだ。踏み倒す事は許さん。婚姻後、すぐに出て行ってもらうが、毎月きっちり金の請求はする」
「意味がっ!」
「分からんのか! 我が家に支払われていた援助金はホライ伯爵令嬢が稼いだ金だ。お前のようにふらふら遊んでいるわけではないのだぞ。父親とは違う商会を立ち上げ、成功を収めている。そんな相手を敵に回したんだぞ。しかも、ベントレイ侯爵令嬢と結婚する事を条件に出してきた。勘当することも許さないとな。このままではお前のせいで共倒れだ!」
 
 ヴァライラス侯爵令息はここにきて、漸く理解した。敵に回してはいけない相手を怒らせたのだ。爵位が下の婚約者であると侮っていた。それが、こんな形でしっぺ返しが来るなど考えてもいなかったのだ。
 
「侯爵家は次男に継がせる。勘当は出来ないが、貴族籍からは出させてもらう。貴族としての勤めすらまともに出来ない者が貴族を名乗るなど許されん!」
 
 その後、二人は幾らも経たないうちに結婚。貴族籍から外され、その日のうちに屋敷から出された。二家から用意された家で馬車馬のように働く日々が待っていた。要求された月々の金額がかなり高額であったのだ。
 
「二人はどうして何も考えなかったのかしらね」
 
 ホライ伯爵令嬢は小さく息を吐き出す。侯爵家を存続させるには当然二人は勘当されるだろう。しかし、彼女はそれを許さなかった。何故なら、本人達だけではなく、両親も悪いのだ。二人を育てたのは他でもない、彼等の親なのだから。
 
「また、考えてるの?」
「あら、どうなさったの? 今日は隣町で商談だと聞いていたわ」
 
 彼女に語りかけてきたのは新しい婚約者だ。爵位は同じ伯爵。しかも、彼はすでに爵位を継承し、立派に領地を経営している。更に、商会も経営していた。
 
「考えもしますわ。与えられているお金が何処から来ているのか、それすら考えずに湯水のように使っていましたものね、あの二人」
 
 風の噂では休みなく二人で働いていると言う。しかし、返す金額の多さにその内、借金奴隷に落ちるのではと囁かれていた。そのままでは夜逃げしそうなのだそうだ。
 
「自分の行いは返ってくるものだろう?」
「そうね。何時かは気が付くと思っていたのよね」
 
 私もまだまだ甘い、彼女はそう独白する。今更、何かを言ったところで過去は変えられない。まあ、己の罪は己で責任を持たなくては、彼女はそう締めくくった。
 
 
終わり。
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