婚約破棄から始まる物語詰め合わせ

善奈美

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太陽と月が巡る刻

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 太陽と月、それぞれの神を崇める国があった。それぞれの国の王族は太陽の王と月の王と呼ばれ、百年に一度、決められた婚姻を行う決まりがあった。それは人が決めたことではなく、ニ神が決めた決め事だった。それを、太陽の神を奉じる国が一方的に破ったのだ。太陽の王子と王女は、月の王子と王女を貶めた。
 
「ふん。何が神が決めた決め事だ。我が国は月の国などと手を携える必要がない程、裕福なのだ。困っているのはそちらの国であろう」
 
 月の王女に向け、太陽の王子はそう言い切った。勿論、謁見の間での一コマである。それに慌てたのは太陽の国の重臣達だ。彼等はきちんと二国の決め事の意味を分かっていた。二国が友好国となり、国だけではなく世界のバランスを取っているのだ。それを、守るべき王族が破ったのである。
 
「そうですか。どうやら、王女殿下も同じ考えのようですわね。その物言いだと、白紙ではなく破棄。国同士、ましてや、神が託宣した事すら知らない様子ですわね」
 
 美しい長い癖のない黒髪と、黒銀の瞳の月の王女はこてんと首を傾げた。そして、すかさず周りに視線を向けた。重臣達は必死に否定するように横に首を振った。これは王子の独断だと言いたいようだ。しかし、太陽の王子と王女の背後。国王夫妻はどうやら知っていたようである。全くもって茶番だった。要請に応じ態々、この国に足を運んだというのに、この扱いである。月の王女の隣に立つ、弟の月の王子も呆れたような気配だ。一緒に来ていた者達も何を見せられているのかという気配を漂わせている。
 
 よくよく見れば、この場にいる必要のない、同年代の令嬢と令息の姿がある。月の王女は悟った。神の託宣より、自身の気持ちを優先させたようだ。これを愚かと言わずして何といおう。
 
 重臣達が慌てている事から、太陽の王国と月の王国の成り立ちを正確に把握しているのだろう。それであるのに、王族がこの低落だ。嘆かわしいとしか言えなかった。この様子では呼び出したにも関わらず、その足で帰国せよと言い出すのではないか。月の王女は溜め息をつきたいのを我慢し飲み込んだ。
 
「分かりましたわ。そのご様子では、私達との婚約を解消……。いいえ、破棄ですわね。その方々と婚約なさるのかしら。宜しくってよ。そのかわり、慰謝料はきちんといただきますわ」
 
 月の王女は顔に笑みを貼り付けた。それに慌て、顔色を変えたのは重臣達だ。彼等は月の王女が何を要求するのか理解していた。
 
「金銭か。卑しいにも程がある」
 
 太陽の王子は自分がしている行いを棚に上げて言い捨てた。
 
「いいえ。そんなモノ必要ありませんわ。と言いますか、入りませんわ。この国で作られたお金など、全く価値がありません。私達が要求するのは宝珠ですわ。我が国から贈られたものである事実。重臣の方々なら知ってますわね。それを慰謝料として要求いたします」
「ふん! あんなもの勝手に持っていけっ」
「殿下?!」
 
 太陽の王子の言葉に宰相と思われる者が顔色を青ではなく白くさせながら非難の声を上げる。国王を見れば普通に頷いている。月の王女と王子は表情を変えず心の中でほくそ笑む。あの宝珠は国に繁栄を与えるものなのだ。
 
「反対されると思っておりました。女神様も返して頂きたいとおっしゃっておりましたから」
 
 月の王女の言葉に、重臣達はギョッとした。つまり、月の女神は知っているのだ。太陽の王国の王族がが宝珠を邪険に扱っている事実を。重臣達は常々、王族に言っていた。あの宝珠は神そのものであると。何より、月の王族は今尚、神の声を聞いているのだ。太陽の王族との大きな違いである。
 
「それでは、その宝珠。お渡し願えますか?」
 
 太陽の王と王子は嫌な顔をしたが、持ってくるようにと指示を出す。幾らもしないうちに持ってきた宝珠は余りにぞんざいな扱いだった。鷲掴みで持ってきたのである。これには月の王国の者達だけではなく、太陽の王国の重臣達も絶句した。月の王女は慌てて自身が身につけていたストールで大事に受け止める。黄金に輝く宝珠は少し精彩がなかった。
 
「……あんまりです。自国の神をこのように扱うなど」
 
 月の王女は小さく呟く。これでは神の声など届く筈がない。
 
「それでは、私達に用はありませんわね。これにて、御前を失礼しますわ」
 
 月の王女はこれ以上、話し合いは無用だと話を切った。何を言おうとも、この国の王族は変わらないだろう。優雅に一礼する。月の王女に合わせるように、一緒に来ていた月の王子と使節団の者達も礼をする。内心は礼などする必要がないと思っていてもおくびにも出さない。さっさと退出し、何も言われないのを良い事に急いで移動を開始する。
 
「お待ちくださいっ」
 
 彼等をその声が追いかけて来た。面倒だと思いつつ、月の王女と王子は振り返る。そこに居たのは、謁見の間にいた重臣達だ。一人、騎士服の男も混じっている。
 
「何かありましたか?」
「その宝珠をっ」
「必要ないと王族の方々が申しました。神をあのように扱うなど、罰当たりですわ。天罰を受けるべきかと思います」
「分かっておりますっ」
『いいや、分かっておらぬだろう?』
 
 月の王女の声が変わる。太陽の王国の重臣達は息を飲んだ。
 
『分かっておらぬ。今代の月の王女は巫女としての資質が強くてな。妾もこうして体を借りる時がある。あの場に妾は居ったのだよ。それの意味するところ、分かるだろう?」
 
 重臣達は全てが終わったと思った。まさか、女神が見ていたなど。誤魔化しが効かない。
 
『妾の夫が反応を示さなくなった。おかしいと思っておったのじゃ。まさか、この様な扱いを受けておったとは。この国は原初の姿に戻ろう。いや、違うの。荒廃した大地が横たわるだろうな』
 
 重臣達は恐れ慄いた。神の言葉は絶対だ。言葉には力があるのだ。
 
「国民は何も知らぬのです」
『そうであろうな。早めに事実を知らせてやるが良い。しかし、王族はこの場から動くことは罷りならん。王族と同じ考えの者もだ。己が犯した罪は己に還るのだ』
 
 月の女神はそう言うと、右手を差し出した。その瞬間、謁見の間から悲鳴が上がる。そして、重臣達の中にも悲鳴を上げた者がいた。その姿を見ると、体に鎖が絡み付いている。宰相は驚きに月の女神を凝視した。本来なら、失礼な行動だ。しかし、そうせずにはいられなかった。
 
『その鎖は王族と同じ考えの者という証であり、この国の土地に縛り付けられた者だ。国中の者を対象とした。それ以外の者は自由じゃ。好きにするが良い。他の国に行くもよし、月の王国に、いや、今この瞬間から、暁の王国と呼ばれるようになるだろうの。何せ、太陽の神である夫も月の王国で共に過ごすのだから』
 
 重臣達は知っていた。本来、ニ神は月の王国のある土地で暮らしていた。その土地にある兄妹が赦しを乞うために現れた。その当時、生き物が生きるには辛い時代だったのだ。故にニ神は力を貸した。その結果、この世界は安定したのである。しかし、その事実を太陽の神を崇めるべき太陽の王族は放棄したのだ。
 
『宰相よ。あそこにいた娘はお前の娘だな。お前はおかしな考えに染まっておらぬ。何故、娘はおかしな考えに染まった?』
 
 宰相は眉間に皺を寄せた。幼い時から言い聞かせていた。二国の繋がりが世界を安定させていると。しかし、宰相の娘はそれを理解出来なかった。目の前にあるものしか信じないと言い切った。今頃は鎖に囚われ、この国から逃れる術を失ったのだ。
 
「それに関しては、何も言えません」
『そうか。そうだろうの。神の声を聞くことが出来る王族が生まれないとは。太陽の王族と月の王族が婚姻を結ぶのは我等の声を聞くため。それを忘れ去るほどに愚かに成り下がっておる。神の声を聞かぬ者に世界を左右する存在とは成り得ん。妾の言葉の意味、其方ならわかるな』
 
 宰相は静かに頭を垂れた。
 
 月の王国の使節団が太陽の王国を去って幾らもしないうちから太陽の王国に変化が始まった。緩やかな変化に、しかし、確実に変わっていく国に、国民達は不安を募らせていく。そんな中で齎された情報は驚愕であった。
 
 太陽の王族が月の王族を蔑ろにした事実と、太陽の神と月の女神がこの国を見限った事実が告げられた。
 
 何より、鎖に囚われた人は国から出ることが出来ないと大々的に報じられたのだ。国民達は数ヶ月前にあった出来事を思い出す。突然現れた体を覆う鎖。国民の中にも多くないまでも居たのだ。
 
 太陽の王族はといえば、月の王国の使節団が帰ってすぐ変化が始まった。美しい黄金の髪と瞳を持っていた王族はその色を変えた。くすんだ様な茶の髪と瞳。王族と呼ぶにはあまりにも貧相な姿だった。最初は月の王女と王子が何かしらしたのではないかと考えた。罵倒を吐き捨て、本人達がいないにも関わらず、口汚く罵った。そんな事を続ければ続ける程、彼等は変化していく。
 
「それは業というものです」
 
 王族の前で宰相は淡々と言ってのけた。太陽の王子と婚姻した娘にすら容赦なかった。久々に見た娘の姿が、劇的に変化していたからだ。宰相は侯爵家の者で王家と血族的繋がりがある。豪華ではないが、薄い色合いの金髪と榛色の瞳をしている。娘も同じであったが、茶色に変化していた。月の女神はこうなると知っていたのだろう。神の恩恵があるからこその色彩。宰相に変化がないのは、太陽の神と月の女神に王族と繋がりがある者ではないと認識されただけなのだろう。
 
「……業だと?」
 
 太陽の王子は呆然と呟く。
 
「月の王族は神の声が聞こえているばかりか、その身に神を降ろしておりました。あの場に女神様が居られたのです」
 
 宰相は淡々と真実を告げる。神を宿した宝珠に対してのぞんざいな扱い。太陽の王国が月の王国よりも豊かだと言い切った愚かな言動。世界の始まりの国は月の王国がある土地なのだ。その事実すら、太陽の王族は忘れ去った。他の重臣を輩出している貴族家の方がより詳しく知っていただろう。つまり、太陽の王国は今回でなくとも、近いうちに国として破綻していた。神を怒らせたのだ、無事ですむわけがない。
 
 太陽の王子はただ、自分の我を通したかっただけだろう。今代が丁度百年目の婚姻の時だった。本来なら、義務としてでも受け入れるべきだったのだ。
 
「今日は御前を辞すために来ただけです。我が家は娘を残し、この国を出ます。他の貴族、平民もほぼ、移動出来る者は移動を始めました」
「どういう事だ?!」
 
 太陽の国王は驚きに目を見開く。
 
「この場におられる方々は鎖に囚われておられますね。その鎖は神があの時に置き土産として贈られたものです。その鎖はこの土地に縛り付け移動が出来ません。お忘れなきよう」
 
 宰相はそう言うと、さっさと立ち去る。あれ程に城には多くの人々が働いていた。しかし、気が付けば、殆どの人々の姿が消えていた。残っている者はあの時、鎖に囚われた人のみ。
 
 ゆっくりと荒廃していく太陽の王国は、緩やかな変化と共に、数年でその姿を消す。太陽の王族もまた、緩やかにその命を散らせた。
 
 
「姉上」
「分かっていた事です。知らなかったのは太陽の王族だけでしょう。あの国の宰相は知っていました」
 
 その宰相は今や、月の、嫌、暁の王国の重臣の一人だ。暁の王女と王子と呼ばれる様になった二人は、愚かにも忘れ去ってしまった太陽の王族を思う。ただの箱となった太陽の王国。中身はほぼ空っぽであり、国として機能していない。そればかりか、干魃で作物は育たない。税収も望めない。しかも、他国からの物資すら届かない。他国も太陽の王国が神の怒りに触れた事を知っており、手助けするつもりはないのだろう。もしまかり間違えて神の怒りが飛び火する事を恐れているのだ。
 
「結局は、自分の行いは自分に返ってくるのです」 
 
 暁の王女は憂いと共にそう言葉を漏らした。
 
 
終わり。
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