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Ⅹ 双月の奏
37 SS04 一緒に……
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ヴェルディラはファジュラとアーネストが、真剣にピアノに向かっている姿に触発され、ティファレトに視線を向けた。
「教えることは出来るわよ。でも、必要かしら」
ティファレトの疑問はもっともなのだが、一度興味を持つと、どうしても試したくなるのだ。
「ファジュラが大変だった姿を見てるから、ある程度なら判るけどさ、試してみたいんだ」
ヴェルディラはそう答えた。確かに、奏でている姿を見る限りでは簡単に見えるだろう。しかし、習ったことのあるティファレトは、素人が左右の手の動きを全く違う動きで奏でるピアノがとてつもなく難しいことを知っていた。
とは言え、折角持った興味を否定するのもおかしい。ファジュラとアーネストが使っているピアノは館の中で最も使い込まれているピアノだ。同じ部屋に二台のピアノは置いていないので、ティファレトは幼い子供が使うアップライトピアノが置かれた部屋にヴェルディラを誘った。
「こんな部屋があるんだ」
「ええ、アーネストが子供の時に使っていた部屋よ。私も使わせてもらった事があるわ」
調律は毎年行なっているので音の狂いもない。ティファレトが最初にお手本となる簡単な曲を奏でた。しかし、やはりと言うか、簡単には弾きこなせるモノではない。ファジュラがいかに特殊か思い知った瞬間だった。芸術関係の才能に恵まれていても、日々の練習で習得出来る技術まではどうする事も出来ない。
「……こんなに難しいんだ」
「まあ、左右で違う動きをするんですもの。時間をかければ何とかなるとは思うけど、無理をする必要はないわ」
そう言ったティファレトだが、ある事を思い付いた。それはアーネストとサイラスが来なくなってから、ジュリアスと遊びで行っていたものだ。つまり、右と左の役割を二人で分担するのである。合わせるのにかなり苦労するが、それでも、慣れればそれなりに聞ける音が奏でられる。
「私が左を担当するわ。だから、ヴィーラが右を弾くのはどうかしら」
ティファレトの提案にヴェルディラは少し驚いたが、それに乗ることにしたのだ。最初は上手く出来なかった。本来、一人で奏でる曲を二人で弾くのだ。別の難しさもあるが、達成感はかなりのものである。二人は夢中で弾いたいた為、ファジュラとアーネストが部屋に入って来たことに気が付かなかった。やっとの思いで一曲弾き終わると耳に届いた拍手の音。二人は驚き、音のする方に視線を向けた。
「何をしているのかと思ったら、面白い事をしている」
「ええ、面白いですね」
ティファレトは慌てて立ち上がると、ジュリアスとしていた遊びの一つだと告げた。
「そんな事をしていたのか」
「ええ。難しい曲はどうしても弾きこなせなかったのよ。それで、二人で考えたの。それぞれ担当したら弾けるのではないかって」
それに、この弾き方だと複雑な音階を弾きこなす事が可能だった。一人で弾いていたものを二人で弾くのだ。
「最終的にはニ台のピアノで弾いていたのよ。聴いている限りでは一人で弾いているように聴こえるけど、複雑な曲も弾きこなせるから二人でよく楽しんだの」
それを聞いたアーネストは思案する。ヴェルディラはヴァイオリンの奏者だが、それだけでは面白味がない。ティファレトがしていたのは連弾ではないので少し特殊だが、それは面白いのではないかと思ったのだ。
「そうだわ。父が私達がしている事に気が付いて曲も書いてくれたのよ。所詮は遊びだし、父も面白がっていたわ」
その曲は楽譜が残っていない。子供の為にただ、お遊びで書いた曲である。ティファレトは覚えているが、あくまで自分が担当していた部分だけだ。ジュリアスが覚えていれば再現も可能だろうが。
「聴いてみたいな」
「譜面は残ってないのよ」
「覚えているんだろう」
「ジュリアスの担当部分は無理だわ。一人では弾けない曲なのよ。アーネストでも多分無理よ」
つまり、完全に二人で弾くのを前提に考えられた曲なのだ。
結果として、ジュリアスは自分が担当していた部分を覚えていた。二人で弾いた曲を、ファジュラとアーネストは簡単に再現したのだから舌を巻く。
「才能があるって恐ろしいな」
サイラスは苦笑いである。それを譜面に落としたのはファジュラだ。それを更にアレンジし、ヴェルディラとティファレトに手渡した。どう言う意味かと二人は首を傾げる。
「どう言う事かしら」
「二人で披露してみませんか」
ファジュラの言葉に二人は目を見開く。
「父さんにも確認は取ってあります。女性が演奏を披露するのは本当に稀ですが、ヴェルは特殊ですし。それにこの曲なら、母さんがヴェルを補助している事になるので問題ないだろうと」
ヴェルディラとティファレトは顔を見合わせる。
「祖父さんの曲はあまり現存してませんし、この曲は普通の曲ではありませんから、残すべきだと思うんです」
ファジュラはその曲に手を加えてしまったのが残念だと語った。確かに、ヴェルディラがピアノを弾きこなせないのだ。おそらく練習をしても慣れるまで、上手くは弾きこなせないだろう。最終的には原曲を弾けるようになるだろうが、慣れるまではアレンジしたものを練習してはどうかと提案された。
「残せるなら残したいわ。でも、良いのかしら」
「ええ。一応、長老様にも確認は取るそうです」
それでどうなったのかと言えば、ヴェルディラとティファレトの二人での演奏は話題をさらった。二人で弾く事で一つの曲になるその作品は画期的であり斬新だったからだ。
「面白い事を考えたのもんだな」
その曲を聴いた薔薇の夫婦達は瞳を輝かせていた。
「面白いのか」
ヴェルディラは首を傾げる。
「普通、こんな曲は書かないだろう。簡単なようだが、二人の奏者で上手く響くように曲を考えるのは難しいんじゃないか」
アレンの言葉にファジュラはそうかもしれないと思い当たる。ティファレトの父親はあまり才能に恵まれていないと言われていた。しかし、柔軟な考えが出来る、頭の柔らかい人物ではあったようだ。
「大切にするべきだと思う」
シオンはそんな事を言った。結果、ファジュラの一族はその曲を大切に伝えていく事になる。男ではなく、妻と娘が披露する曲として。
終わり。
「教えることは出来るわよ。でも、必要かしら」
ティファレトの疑問はもっともなのだが、一度興味を持つと、どうしても試したくなるのだ。
「ファジュラが大変だった姿を見てるから、ある程度なら判るけどさ、試してみたいんだ」
ヴェルディラはそう答えた。確かに、奏でている姿を見る限りでは簡単に見えるだろう。しかし、習ったことのあるティファレトは、素人が左右の手の動きを全く違う動きで奏でるピアノがとてつもなく難しいことを知っていた。
とは言え、折角持った興味を否定するのもおかしい。ファジュラとアーネストが使っているピアノは館の中で最も使い込まれているピアノだ。同じ部屋に二台のピアノは置いていないので、ティファレトは幼い子供が使うアップライトピアノが置かれた部屋にヴェルディラを誘った。
「こんな部屋があるんだ」
「ええ、アーネストが子供の時に使っていた部屋よ。私も使わせてもらった事があるわ」
調律は毎年行なっているので音の狂いもない。ティファレトが最初にお手本となる簡単な曲を奏でた。しかし、やはりと言うか、簡単には弾きこなせるモノではない。ファジュラがいかに特殊か思い知った瞬間だった。芸術関係の才能に恵まれていても、日々の練習で習得出来る技術まではどうする事も出来ない。
「……こんなに難しいんだ」
「まあ、左右で違う動きをするんですもの。時間をかければ何とかなるとは思うけど、無理をする必要はないわ」
そう言ったティファレトだが、ある事を思い付いた。それはアーネストとサイラスが来なくなってから、ジュリアスと遊びで行っていたものだ。つまり、右と左の役割を二人で分担するのである。合わせるのにかなり苦労するが、それでも、慣れればそれなりに聞ける音が奏でられる。
「私が左を担当するわ。だから、ヴィーラが右を弾くのはどうかしら」
ティファレトの提案にヴェルディラは少し驚いたが、それに乗ることにしたのだ。最初は上手く出来なかった。本来、一人で奏でる曲を二人で弾くのだ。別の難しさもあるが、達成感はかなりのものである。二人は夢中で弾いたいた為、ファジュラとアーネストが部屋に入って来たことに気が付かなかった。やっとの思いで一曲弾き終わると耳に届いた拍手の音。二人は驚き、音のする方に視線を向けた。
「何をしているのかと思ったら、面白い事をしている」
「ええ、面白いですね」
ティファレトは慌てて立ち上がると、ジュリアスとしていた遊びの一つだと告げた。
「そんな事をしていたのか」
「ええ。難しい曲はどうしても弾きこなせなかったのよ。それで、二人で考えたの。それぞれ担当したら弾けるのではないかって」
それに、この弾き方だと複雑な音階を弾きこなす事が可能だった。一人で弾いていたものを二人で弾くのだ。
「最終的にはニ台のピアノで弾いていたのよ。聴いている限りでは一人で弾いているように聴こえるけど、複雑な曲も弾きこなせるから二人でよく楽しんだの」
それを聞いたアーネストは思案する。ヴェルディラはヴァイオリンの奏者だが、それだけでは面白味がない。ティファレトがしていたのは連弾ではないので少し特殊だが、それは面白いのではないかと思ったのだ。
「そうだわ。父が私達がしている事に気が付いて曲も書いてくれたのよ。所詮は遊びだし、父も面白がっていたわ」
その曲は楽譜が残っていない。子供の為にただ、お遊びで書いた曲である。ティファレトは覚えているが、あくまで自分が担当していた部分だけだ。ジュリアスが覚えていれば再現も可能だろうが。
「聴いてみたいな」
「譜面は残ってないのよ」
「覚えているんだろう」
「ジュリアスの担当部分は無理だわ。一人では弾けない曲なのよ。アーネストでも多分無理よ」
つまり、完全に二人で弾くのを前提に考えられた曲なのだ。
結果として、ジュリアスは自分が担当していた部分を覚えていた。二人で弾いた曲を、ファジュラとアーネストは簡単に再現したのだから舌を巻く。
「才能があるって恐ろしいな」
サイラスは苦笑いである。それを譜面に落としたのはファジュラだ。それを更にアレンジし、ヴェルディラとティファレトに手渡した。どう言う意味かと二人は首を傾げる。
「どう言う事かしら」
「二人で披露してみませんか」
ファジュラの言葉に二人は目を見開く。
「父さんにも確認は取ってあります。女性が演奏を披露するのは本当に稀ですが、ヴェルは特殊ですし。それにこの曲なら、母さんがヴェルを補助している事になるので問題ないだろうと」
ヴェルディラとティファレトは顔を見合わせる。
「祖父さんの曲はあまり現存してませんし、この曲は普通の曲ではありませんから、残すべきだと思うんです」
ファジュラはその曲に手を加えてしまったのが残念だと語った。確かに、ヴェルディラがピアノを弾きこなせないのだ。おそらく練習をしても慣れるまで、上手くは弾きこなせないだろう。最終的には原曲を弾けるようになるだろうが、慣れるまではアレンジしたものを練習してはどうかと提案された。
「残せるなら残したいわ。でも、良いのかしら」
「ええ。一応、長老様にも確認は取るそうです」
それでどうなったのかと言えば、ヴェルディラとティファレトの二人での演奏は話題をさらった。二人で弾く事で一つの曲になるその作品は画期的であり斬新だったからだ。
「面白い事を考えたのもんだな」
その曲を聴いた薔薇の夫婦達は瞳を輝かせていた。
「面白いのか」
ヴェルディラは首を傾げる。
「普通、こんな曲は書かないだろう。簡単なようだが、二人の奏者で上手く響くように曲を考えるのは難しいんじゃないか」
アレンの言葉にファジュラはそうかもしれないと思い当たる。ティファレトの父親はあまり才能に恵まれていないと言われていた。しかし、柔軟な考えが出来る、頭の柔らかい人物ではあったようだ。
「大切にするべきだと思う」
シオンはそんな事を言った。結果、ファジュラの一族はその曲を大切に伝えていく事になる。男ではなく、妻と娘が披露する曲として。
終わり。
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