浅い夜・薔薇編

善奈美

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Ⅹ 双月の奏

35 SS02 お見合い

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「思い出しましたわ」
 
 お互いの孫を腕に抱きつつ、ジゼルとお茶をしていたレイチェルが、いきなりそんなことを言った。
 
「いきなり、何を思い出したの」
 
 ジゼルは怪訝に首を傾げた。
 
「お父様のことよ」
「長様の」
 
 レイチェルは頷いた。この話しを知ったのは、実は結婚した後だった。
 
「お父様にはそれは沢山の婚約者がいたらしいのよ」
 
 実際、黒薔薇の部族の全ての独身女性が婚約者であったらしいのだが、余りの訳判らない性格のせいか、全てに振られてしまったようだ。

「ただ、お父様はお見合いが好きではなかったらしくて、逃げ回っていたようなんですの」
 
 鉄槌が下されたのは、アリスの存在であったようだ。我が儘を聞く代わりに、お見合いをして、すっきり振られろと言うのだ。
 
「全員に振られた話しは成人前から知っていましたわ。でも、その中に、何故か男性が混じっていたみたいで、その男性と言うのが、アジルのお父様だったんですのよ」
 
 ジゼルは目を瞬いた。
 
「婚約者の推薦は基本的に本人ではなくって、それなりの者でなくてはなりませんわ」
 
 ジゼルは頷いた。

「その推薦者をお父様は最後まで判らずじまいだったのですけど、実はお兄様のお父様だったみたい何ですの」
 
 ジゼルは驚愕に目を見開いた。恋愛関係の同性愛は認められても、結婚は認められていない。
 
「華奢で美人の婚約者が現れても、男性では論外ですし、お父様はそういう嗜好の持ち主ではありませんもの。それはそれは、お祖父様を問い詰めたようですわ」
 
 何より、レイチェルの祖母が烈火の如く、静かに怒りを露わにした。普通に考えて、当たり前の反応だ。

「流石のお父様もアジルのお父様を見たときに気が付いたようなんですが、その時にはアジルが生まれていましたし、追求はなさらなかったようなんですけど、一つだけ、問い詰めたようなんですの」
 
 つまり、推薦者を知りたがったのだ。男を女と偽り婚約者候補に出来るのだ。黒薔薇の前部族長ですら、会うまで気が付かなかった。
 
 しかも、推薦者を隠せるだけの実力者だ。数など限られている。にも関わらず、知られることがなく、事は沈静化したのだ。最大の理由はアリスの存在だったのだろう。

「どうして、知っているの」
 
 ジゼルは疑問を口にする。
 
「お父様が眠りに就く前にアジルが聞いたようなんですの。実はカイファスはアジルのお父様にそっくりなんですのよ」
 
 肖像画が残っているようなのだが、アジルが父親からそんな話しを聞いた後、全て片付けてしまったようだ。問題はないと思うのだが、もし、まかり間違って父親を推薦した者が知れれば、変な噂になりかねない。
 
「ファジールは知っているの」
 
 ジゼルは更に問い掛けた。

「知っていますわ。お兄様にアジルが話したようなんですが、実はお兄様は別口、つまり、自分のお父様から聞いていたようなんですの」
 
 ファジールとアジルはその事実を知り、互いの父親から聞いた話しを秘密にすることにしたのだ。では、何故、レイチェルが知っているのか。
 
「私、アジルのご両親の姿が見たくて、アジルが留守にしている間に家捜しをしたんですの。追求しましたら、今の話しを聞くことが出来たんですのよ」
 
 ジゼルは驚きに声も出ない。

「もう時効でしょうし、二人のお父様は深い眠りの中。ただ、アジルがお父様の姿が判る物を隠したのは、ある言葉を聞いたからだと言っていましたわ」
 
 女と偽りお見合いをしたのはいいだろう。冗談だったと済ませれば笑い話だ。だが、アジルの父親は本気で黒の長に恋情の思いをもっていたのだ。
 
「女にもてずに、男に想いを寄せられるって。まあ、お父様についていけるのなんて、訳の判らないお母様くらいですわ」
 
 自分の両親のことを、一刀両断するような、言いたい放題をレイチェルは口にする。

「それは、眠りに就くまで、と言う意味かしら」
 
 ジゼルは首を傾げる。
 
「そうみたいですわ。それはそれは、アジルは驚いたようで、両親が眠りに就いたのを見送った後、直ぐに実行したみたいなんですのよ」
 
 当然、アジルの母親もそのことを知っていた。アジルの母親は黒の長の婚約者の一人だったのだ。
 
「アジルのお父様は正直な方だったみたいで、アジルのお母様に最初に話したようですわ」
 
 アジルの母親は黒薔薇の部族長の館で垣間見たアジルの父親に淡い恋心を抱いた。

「考えようで、お父様の想いは成就したんじゃないの」
 
 ジゼルの言葉に、レイチェルは首を傾げた。
 
「どうしてですの」
「だって、自分の息子が想い人の娘と結婚したのよ。執念を感じるのは私だけかしら」
 
 レイチェルはあっ、と息を吐き出した。
 
「しかも、そっくりの孫まで生まれたのよ」
 
 二人は顔を見合わせる。そして、声には出さずに盛大な溜め息を吐いた。
 
 オモイとは、どれほど強い力を秘めているのか、思い知った二人だった。
 
 
 
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