浅い夜・薔薇編

善奈美

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Ⅷ 月夜の小夜曲

01 夜の風

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「待たないかっ」

 何時もの怒鳴り声が何時ものように響き渡る。ほぼ日課と言っていいその怒声に慣れてしまっているのか、声を投げつけられた本人は面っとしていた。

「待っても意味はないでしょう。嫌がってるもんは仕方がないでしょうに」

 肩を竦め、何とも憎らし気に切り返してくる。

「何人目だと思ってるんだ。お前は跡目を継ぐ気があるのか」
「継ぐ気はあっても、嫌がる相手を無理矢理娶っても、意味はないでしょう」

 長く伸ばした栗色の髪と金緑の瞳。黙っていれば美青年の彼は、とてつもなく腹黒かった。

「大体、我が吸血族は女性が少ない筈ですよ。よく、見つけてきますね」

 肩を竦め、溜め息を吐く。

「それだけ、部族の者が心配してるんだろうがっ」
「有り難迷惑ですね。それで、自分の大切な娘が不幸になったらどうするつもりです」
「それをお前が言うかっ」

 怒りに体を震わせ、一人熱くなっているのは父親で黒薔薇の現部族長だ。

「それに、私より主治医の方が深刻でしょうに」
「主治医は婚約が決まったばかりだっ」

 青年は目を見開いた。

 その事実に逃げ道を失った青年は、難しい顔をする。

「次はお前の番だ」

 してやったりと、父親は意地悪な笑みを浮かべる。

「相手の女性が嫌がっていたら、どうしようもないでしょう」

 青年は部屋を出て行こうと扉に歩を進める。

「リムリスっ」
「こんな口論は全く無駄ですよ。私の元に嫁ぎたがる奇特な女性が居るならお目にかかりたいですね」

 青年リムリスは肩を竦めながら、さっさと部屋を出て行った。取り残された父親は、顔を真っ赤に染め体を震わせていた。

 リムリスは何時ものように始まった一日に溜め息を吐く。父親に出会ってしまった不幸に、苛立っていた。

 何時もなら回避出来るのだが、最近特に五月蠅くなっているような気がした。成人し、それなりの年月が過ぎていること、父親がリムリスに跡を継がせたがっているのも判っていたが、相手が必要な場合はどうしようもない。

 基本的に結婚は親同士が勝手に決めるのが当たり前の吸血族にとって、何人もの婚約者に拒絶されるリムリスは異常だった。

 大抵は親の言いなりで結婚するのだが、リムリスの場合、泣いて懇願されるのだから仕方ない。

「また、喧嘩したの」

 背後からの声にリムリスは振り返る。そこにいたのは母親だった。リムリスと同じ色を持つ母親は苦手だった。

「喧嘩ではありませんよ。一方的に言われているだけです」
「嘘は駄目よ。貴方が一方的なんて、誰も信じないわ」

 母親は溜め息を吐くと、一つの提案を持ち掛けた。

「人間界、ですか」

 怪訝な表情でリムリスは訊き返した。

「外の世界を見て来たらどうかしら。新鮮だと思うわよ」

 リムリスは少し考え、長い髪を揺らした。

 興味がないと言えば嘘になるが、今の人間の世界は少しばかりきな臭かった。結界の外に出なくとも、それくらいは判る。

 だが、父親に永遠と嫌味を言われるよりは幾分ましに思えた。

 母親の顔を見詰め、小さく息を吐き出す。少しばかりおざなりな返事をし、その場から立ち去った。

 母親は腰に手を当て、仕方ないと溜め息をもらす。

 夜の始まりは何時も憂鬱から始まる。しかし、今日は特に厄日だとリムリスは心の中で悪態を吐いた。すっきりしない気分のまま、外へ出ると、大地を軽く蹴り空へ消えていった。

      †††


 リムリスは吸血族の結界を越え、森の中で着地した。辺りを見渡し、誰もいないことを確認すると歩き出す。

 森を出て少し行ったところに街がある。そこを目指した。

 夜の帳がおり、街に近付くにつれ、炎を宿す街頭が目に入る。吸血族は昼間は活動しない。活動したとしても、太陽の支配下にある日中は外には出ない。

 しかし、人間は昼も夜も活動している。命が短く魔力もないが、ある意味、魔族よりも逞しい種族なのかもしれない。

 街に入ると、まっすぐ中心部に向かった。噴水が目に入り、少し開けた場所は広場なのか、かなりの人間が行き交っていたが、リムリスを気にとめる人はいなかった。

 しかし、誰かの視線を感じる。真っ直ぐに感じる視線を探り当て、そちらに体を向けた。

「何か用でもあるのでしょうか」

 リムリスは何時もの黒い笑みを貼り付け、広場で占いをしているとおぼしき人間に話し掛けた。

 見た目は年老いた身なりをしているが、違うことは瑞々しい生命力で判った。強い魔力も感じる。

 人間に魔力があることに疑問を感じた。かなり、強い力だ。

「年寄りを装っても無駄ですよ」

 耳元で囁くと、その人物はあから様に体を硬くしたことが判った。

「私に用でもあるのでしょうか」

 占い用なのか小さな机に布を被せ、上には少し大きめの水晶が乗せられている。それほど純度が良いものではないのか、水晶の中には無数の亀裂が走っていた。

「それに、貴女には水晶など必要ないのではないですか」

 リムリスの言葉に小さく息をのむ。その気配にリムリスは嘲笑った。

「……どうして、今時期に来たんですか……」

 少し震えた声が問い掛けてきた。リムリスは意外な展開に、表情が変わる。それは明らかに面白がっていた。

「何故だと思います」

 目深に被った黒いフードから覗く瞳は空の色を映していた。リムリスはその色に意外にも驚いている自分に気が付く。

「……貴方は人間じゃない。こんな、如何にも戦争が始まりますって場所に来るような感じではないから……」

 リムリスも最初は来る気は更々無かった。ただ、父親から逃げてきただけだ。

「何故、人間ではないと」

 リムリスの問いに、その人物は顔を彼に向けた。深くフードを被っていても、顔を上げれば覗けるものだ。

 年の頃は十代半ば、リムリスが見ても綺麗だと思えるほど、整った顔立ちをしていた。

「貴方の中の時間は私達とは違う。ゆっくりと時を刻んでいるから」
「普通、それに気が付けば、関わらないように、視線を反らすのではないですか」

 リムリスの言葉に小さく笑う。

「夜の住人より、人間の方が獣だもの」

 視線を外すと、憎しみを込めるように、強い口調で彼女は言った。

「獣ねぇ」

 リムリスは意外な言葉を聞いたように嘆息する。

「では何故、占いなどしてるんです。余計に嫌な部分が見えるでしょうに」

 特に貴女は、と言うと彼女は俯いた。別の理由があるようだった。

「……私に出来る仕事なんてないのよ」

 絞り出すように放たれた言葉は痛みを宿していた。いきなり、彼女は息をのむと立ち上がり、水晶をひっ掴むと身を翻し路地に身を隠した。

 リムリスは驚いたのだが、理由は直ぐに判明した。数名の衛兵と覚しき男達が此方に向かってくる。

「おい、お前」

 リムリスはお前が自分を指していることに気が付いたが、あえて直ぐに反応を示さなかった。こう言う輩は下手に興奮させると面倒だ。

「此処に占い師がいただろう」

 その如何にも上からの目線で発せられた言い方に不快感が生まれたが、感情を押さえつけた。緩慢な動きで視線を向け、莫迦な振りを決め込む。

「はぁ。占い師ですか」

 彼女が姿を隠した理由が彼等であることは明らかだった。何故、一介の占い師に衛兵が数人で会いに来るのか。

「確かにお年を召したご婦人がいらっしゃいましたが、何処かに行ってしまいました」
「其処の兄さんの別嬪振りに興奮したんじゃないのかい」

 背後からの声にリムリスは振り返る。其処にいたのは少し年配の女性。占い道具なのか、カードを捲りながら此方を見ていた。

「いくら来たところで、あの婆さんは領主の所になんざ行きゃしないよ。諦めるんだね」

 突っぱねるように放たれた言葉は、恐れを知らないようだ。鋭い眼光を男達に向け、睨みをきかせる。リムリスは目をしばたいた。

「明日も来る」

 短い言葉を残し、男達は去っていった。あっさりと身を引いたことに、嫌な予感がした。

「誤魔化してくれて感謝するよ」

 占い師の女性はリムリスにそう言った。

「何時もなのですか」
「毎日、ね。あの娘のは占いじゃないからね。見たまんまを言ってるだけだ」

 女性は当たり前のように、世間話でもするような様子だった。

「あんたはあの娘に言っていた。水晶はただの飾りだよ」

 女性はカードを一枚捲る。出たカードの絵柄をリムリスに向けた。

「あんたはあの娘を変える者みたいだね。まあ、私の占いは当たる当たらないは運だが、これは当たってる感じがするね」

 リムリスは困惑した。

「若い、と知っているみたいですが」
「知ってるさ。この辺りじゃ、あの娘は有名人だ。知らないのはお偉いさんくらいだよ」
「それは、あの不思議な力ですか」

 リムリスの問い掛けに、女性は少し目を見開いた。

「あれが判るのかい」
「はぁ」

 驚きを隠しもしない声音がリムリスに向けられ、困惑以外の感情は浮かばなかった。

「あの力は母親譲りだろ。まあ、母親より強いのが問題だ」
「何故、そんな重要なことを私に言うんです」

 女性は鋭くリムリスを射る。その瞳はリムリスに居心地の悪い思いをさせた。

「あんたはあの娘を助ける者だ。たとえ、人間じゃなくてもね」

 長く生きていれば、沢山の人に関わっていれば、自ずと見えて来るものだ、と女性は溜め息を吐くように言った。

「あんたはあの娘に興味を持った。否定したいようだけどね」

 可笑しそうに笑われ、だが、不快感がないことにリムリスは驚いていた。

「さて、迎えに行くかね」

 リムリスは首を傾げた。

「どう言うことです」
「逃げたと言うことは、また、変なものが見えたんだろうよ」

 女性はリムリスを見上げ、その瞳は雄弁に語っていた。溜め息を吐き、肩を落とす。

「付き合ってくれるね」
「判りました」

 リムリスは今日は本当に厄日だと、嘆息しながら心の中で呟く。最近は厄介事と面倒事が一緒に来るようだ。

 纏めて来るのは勘弁願いたいと、つくづく思った。思ったところで、現実が変わる訳ではないが。

 女性は手早くカードを片付けると、路地に足を向けた。

「さて。何処に隠れたやら」

 本当の意味で捜すのだとリムリスは目を見開く。仕方なく、辺りを探った。気配は先、本人に会ったので判る。

「此方です」

 リムリスが迷いのない足取りで歩き出し、女性は慌てたように後に付いて来た。

 何度か角を曲がり、薄暗い角地でうずくまる影が見えた。女性は駆け出す。

「アリスっ」

 体をびくつかせ、その影は恐る恐る振り返る。見知った顔を見るなり、すがりつき泣き出した。

「……っ」

 その姿にリムリスは呆然となったが、あることに気が付き、眉を顰めた。

 切れてない。

 宥めようとしている女性から娘をはがすと、娘の頭をいきなり掴んだ。

「何するんだいっ」
「静かに」

 リムリスは娘を見詰め、娘の周りに薄い膜のような結界を張った。それは一時的なものだ。

 いきなり、静かになった頭の中に困惑し、何かが途切れる感じに目を見開いた。

「聞こえなくなりましたね」

 確認すると、娘は泣きながら頷いた。

 リムリスは小さく息を吐き出した。

「何が……」

 娘から手を放し、女性に視線を向ける。

「さっきの兵隊の意識と繋がったままだったので、一時的ですが、外界と遮断しました」

 リムリスが娘から離れれば、結界は解除される。本格的な結界ではないため、長くは続かない。

 ただ、触れたときに脳裏に焼き付いた映像に吐き気がした。兵なのだから血生臭いのは判る。隣国と戦をしていることも知っていた。しかし、あの映像は若い娘には耐えられる筈もない。

「帰って休んだ方が良いですよ。私と離れれば術は解除されますから」

 リムリスは立ち上がった。だが、娘は彼の服を咄嗟に掴み見上げてきた。不安に揺れる瞳が、リムリスを見詰めていた。

 はっきりと見た顔はやはり美しかったが、リムリスは目を細めただけで立ち去ろうとした。

「……また、聞こえるようになるの」

 不安に揺れる瞳が、震える声で問い掛けてきた。

「心配はありませんよ。力を消したわけではないので、元に戻りますから」

 しかし、娘は首を横に振った。

 女性は溜め息を吐く。

「用事がないなら、付き合って貰えるかい」

 仕方ないと肩を竦め、言われた言にリムリスはあからさまに大きな溜め息を吐いた。

 一日の始まりから、ろくな事がなかった。まさか、父親から逃げてきたのに、逃げてきた場所でも煩わしい思いになろうとは考えていなかった。

 娘を伴い薄暗い路地を進む。案内された場所はお世辞にも綺麗と言う場所ではなかった。小さい家がひしめくように建ち並び、兎小屋のような印象を受ける。その中の一つに二人は入り、リムリスも後に続くと扉を閉めた。

「感謝するよ」

 女性は娘を寝かしつけると、椅子に腰掛ける。

「私は魔族ですよ。判っているでしょうに」
「魔族の方があの娘にとっちゃ、百倍もましだろうさ」

 リムリスは首を傾げた。

「今が戦乱の真っ直中なのは判ってる筈だね」
「そうですね」

 リムリスはのんびりと相槌をうった。女性は破顔一笑する。

「戦に興味は無いのかい」
「血が流れるのは好きではありませんから」

 吸血族にとって血臭は命取りだ。好き好んで、戦場に行く者はいない。

「あの娘は何故、あんたを引き留めたと思う」
「判りかねますね」

 引き留められたとき、不安で瞳が揺れていた。

「あんたは外界からあの娘の意識を遮断した。離れれば術が解けると聞いて、離れてほしくなかったんだろ」
「どういうことです」

 リムリスは理解出来なかった。結界で外界と意識的に遮断されたら不安になるのではないか。誕生したときからそうだったらなおのこと、感覚の一つを奪われたら不安にならない方がおかしい。

 女性はリムリスの様子に苦笑する。

「人間と魔族は感覚が違う。あの娘は力を嫌ってるからね。その力のせいで母親が死んだんじゃあ、尚更だ」

 リムリスは目を見開いた。その様子に、女性は目を細める。

「あの娘の母親はあたしの妹だ。まあ、そう言う経緯で育てることになってね」

 嫌なわけではないと、言葉を続けた。占いは仕方なくやっている。仕事がないためだ。生きて行くにはそうするしかない。

「あんた、あの娘を嫁に貰ってくれないかい」

 いきなりの言葉に流石のリムリスも息をのむ。

「冗談で言ってるんじゃないよ。旦那も息子も徴兵されちまった。このまま行けばあの娘も連れて行かれちまう」

 女性は遠い目をした。

「姪子さんはそれを望むとは思えませんよ。確かに魔力があることには驚きましたけどね」

 リムリスは溜め息を吐く。あの魔力は吸血族の魔力と少し違う。もしかしたら、別の種族の血を引いているのかもしれない。

「何かあったら、助けてやってくれないかい。迷惑だとは思うんだけどね」

 女性の表情が悲しみを映し出した。

「なんで年寄りのふりをしていると思うんだい」

 リムリスは目を瞬かせた。

「領主があの娘を見たら、即、手込めにするだろうよ。力云々じゃない。欲望を満たすためにね」

 考えたくなかったが、それは真実だった。下手に恵まれた容姿で生まれたことが不運だったのだ。

 ごく普通の容姿なら、そんなことも無かっただろう。白磁の肌に透けるような金髪。空の色を映す瞳。それに力が合わされば、誰でも手に入れようと躍起になるだろう。

 リムリスは垣間見た姿を思い出す。

 容姿端麗の吸血族から見ても、確かに綺麗だと言い切れた。まだ、幼さを残すその顔は確かに将来、ずば抜けた美人になるだろうと予想出来た。

「考えてくれないかい。あんたなら、あの娘を守れる筈だ」

 魔族の、しかも腹黒いと言われているリムリスに、女性は躊躇い無く懇願した。

「私には多くの女性が婚約者として与えられたのですが、皆が皆、嫌がり泣き出し懇願したのですよ。そんな輩に大切な姪子さんを託す気ですか」

 リムリスはたまりかね、今までの女性関係を口にした。

 女性は驚いたのか、目を見開きリムリスを凝視した。

「何でだい」
「はぁ。腹黒いからだそうです。確かに、一腹も二腹もありますがね」

 リムリスは別に好きで腹黒い訳ではない。立場上、人が良いでは務まらないからだ。父親も判っている筈なのだが、部族長になるには妻となるべき者が必要だった。

 たとえ後継者に恵まれなかったとしても、立場上の問題で花嫁がいなくては跡目を継げないしきたりだったからだ。

 積極的に誰かに執着する気がないのも、問題だったのかもしれない。

「腹黒い……ね」

 女性は考えるように腕を組んだ。

「あたしにはそうは思えないが、あんたの種族は平和主義なのかい」
「平和というか、血生臭いことは、どんなことがあっても避けます。命に関わりますから」
「それは、吸血鬼だからかい」

 リムリスは眉を顰め立ち上がる。女性を凝視し、強く拳を握り締めた。

「何を驚いてるんだい。そんな牙をしてたら、何となく判るもんさ」

 肩肘をつき、リムリスを見上げた。細められた目に、殺意や悪意は感じられなかった。

「人間にとって我々は恐れの対象何じゃないですか」
「確かにね。だが、ここ何百年、噂すら聞かない。まあ、吸血鬼を悪者にして、安全を確保している奴等も居るには居るけどね」

 リムリスは信じられない面持ちで女性を見詰めた。

「それに、あんたからは血の臭いがしない。だから、あの娘はあんたを引き留めたのさ」

 リムリスは力なく椅子に体を沈めた。髪を掻き揚げ、溜め息を吐く。この女性は肝が据わっているのか、何も考えていないのか。魔族を目の前にして、全く動じていないことに驚いた。

 「それに、もうそろそろ、領主はしびれを切らす。断り続けているからね」

 女性が一番懸念しているのはそれだった。あれでも、丁寧な対応だった筈だ。

 今の領主に戦の才はない。今まで保っているのは、別に指揮する人間がそこそこ有能だからだ。

 問題なのは領主には野心があると言うことだ。この戦で手柄を上げ、のし上がろうとしている。そのために、何としても失敗するわけにはいかない。

 そんな中で、下町によく当たると評判の占い師のことを聞きつけたのだろう。

「この街を出たらどうなんです」
「そうしたいのはやまやまだが、あの娘は体が弱いんだよ。力のせいなのか、はたまた、他の事が見えるせいなのか」

 女性は溜め息を吐いた。

「旦那も息子も亡くなった今、この街に執着はないんだけどね」

 リムリスはその事実に目を見開いた。

「亡くなられていると」
「あの娘が、アリスが教えてくれたよ。あたしに会いに来たと言ってね」

 女性は悲しみを瞳に宿し、架空を見詰めた。

「アリスと言う名なのですね」

 リムリスは改めて娘の名に関心を示していないことに気が付いた。

 しみじみと言ったリムリスに女性も少し表情を変えた。

「そう言えば、言ってなかったね」
「はぁ」

 リムリスは頭を掻く。

「私はニーナで、あの娘はアリスだ。まあ、名前を呼び合うことも稀だから、忘れていたね」

 女性ニーナは溜め息を吐く。

「私はリムリスと言います」
「お互い、名乗ってなかったんだね」

 あれだけの話しをしておいてと、ニーナは苦笑した。

「戦は勝てそうなんですか」
「難しいだろうね。思うんだが、権力がある奴は周りを見ちゃいない」

 一番被害を被るのは、弱い者達だ。

「無駄な血を流すなど、無意味だと思うんですけどね」

 リムリスはやり切れない気分になった。

「夜が明けるね」

 ニーナの言葉にリムリスは窓を見た。明かり取りと言うより、空気を入れ替えるための物なのか小さい。

 たった一晩の出来事だが、リムリスが生きてきた中で一番濃いものだった。如何に結界内が安全で平和であるか気が付いた。

 肌を刺す緊張を伴った空気は心を疲れさせる。ニーナに気付かれないように眉を顰めた。

 嫌な予感に体の中がざわめいていた。
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