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Ⅴ 十六夜月
05 真実
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「長様」
シンは改まったように黒の長の前に進み出た。
「本当のことを告げなくて良かったのですか」
シンの言葉に黒の長は振り返る。
「知らせる必要は無いですよ。これ以上、傷付く必要はないでしょう」
シンは確かにそうだと思っていた。だが、ファジールは知らない。人間の娘の真の姿を。
「彼女は根っからの娼婦ですよ。ファジールの身なりでそれなりの身分だと察したのでしょうね」
嫌悪感を露わにし黒の長は吐き捨てた。あのとき、ファジールは気が動転していた。
娘の演技に気が付かなかった。
娘は襲われたのではなく、ファジールに一泡吹かせようとしていた者達を誘惑したのだ。
「楽しんだ後、まるで襲われたように装った。許されないことです。ファジールは我が一族の主治医。あのような穢らわしい娘に渡す気はありませんでしたよ」
黒の長は当時を思い出す。ファジールは助けを求めた。その求めに応じ匿ったのだが、すぐに本性を表したのだ。
だが、娘は知らなかった。襲おうとしていた者達もファジールも吸血族だと。
「知った後、半狂乱になりました。滑稽でしたよ」
黒の長は喉の奥で笑った。その笑みは背筋が冷たくなるほど黒いものだった。シンは見慣れているのか、表情一つ変えない。
「産まれた子はどうなさったのですか」
シンは今まで訊かなかった。だが、今回のことで気になり始めた。もし、二人が訊きに来たらどうするつもりなのか。
「赤子は別の部族に託しました。誰の種にせよ、我が部族の血筋です」
父親を捜すつもりはなかった。だが、女児の少ない吸血族は年が離れていても婚姻する。
「親子の婚姻は認めません。捜さないのなら、別の部族に託すしかありません。まあ、父親かもしれないと、名乗り出た者達がいましたけどね」
ひっそりと出産した筈だが、やはり気になったのだろう。ファジールの行動と、黒の長の館内での動きに感づいたようだった。
「彼等には死産であったと告げたました。関わり合ってもらっては困りますからね」
全ては闇に葬るのだ。
娘の記憶を封じたのはファジールだが、そのあと、黒の長は全ての記憶を封じた。
「少しの記憶も残さずに、娘は自分自身すら判らない状態で両親の元に帰ったのですよ」
黒の長は完全に記憶を抹消することで、記憶が甦る可能性を潰したのだ。結果、娘は幸せを手に入れることになる。
娘の両親は途方に暮れた。だが、記憶を失ったことで全くの別人に変わったことが吉と出たのだ。
「幸せな一生であったことは間違いないのですよ。記憶を失ったことで別人になったのですからね」
黒の長は意外な結果に驚いたくらいだった。幸せになってもらうつもりは更々無かったからだ。
「課程はどうあれ、あの娘は幸せを手に入れたのですから、不必要な情報を二人に与える必要は無いのですよ」
シンは無表情でその言葉を受け取った。そして、納得した。
黒の長は目的のためなら、他者を奈落に突き落としても実行する。それは、一族を護るためだ。
「この話しは他言無用です。判りましたね」
シンは頭を垂れ、退出した。
黒の長は窓の外に視線を向ける。空が白み始めていた。
シンは改まったように黒の長の前に進み出た。
「本当のことを告げなくて良かったのですか」
シンの言葉に黒の長は振り返る。
「知らせる必要は無いですよ。これ以上、傷付く必要はないでしょう」
シンは確かにそうだと思っていた。だが、ファジールは知らない。人間の娘の真の姿を。
「彼女は根っからの娼婦ですよ。ファジールの身なりでそれなりの身分だと察したのでしょうね」
嫌悪感を露わにし黒の長は吐き捨てた。あのとき、ファジールは気が動転していた。
娘の演技に気が付かなかった。
娘は襲われたのではなく、ファジールに一泡吹かせようとしていた者達を誘惑したのだ。
「楽しんだ後、まるで襲われたように装った。許されないことです。ファジールは我が一族の主治医。あのような穢らわしい娘に渡す気はありませんでしたよ」
黒の長は当時を思い出す。ファジールは助けを求めた。その求めに応じ匿ったのだが、すぐに本性を表したのだ。
だが、娘は知らなかった。襲おうとしていた者達もファジールも吸血族だと。
「知った後、半狂乱になりました。滑稽でしたよ」
黒の長は喉の奥で笑った。その笑みは背筋が冷たくなるほど黒いものだった。シンは見慣れているのか、表情一つ変えない。
「産まれた子はどうなさったのですか」
シンは今まで訊かなかった。だが、今回のことで気になり始めた。もし、二人が訊きに来たらどうするつもりなのか。
「赤子は別の部族に託しました。誰の種にせよ、我が部族の血筋です」
父親を捜すつもりはなかった。だが、女児の少ない吸血族は年が離れていても婚姻する。
「親子の婚姻は認めません。捜さないのなら、別の部族に託すしかありません。まあ、父親かもしれないと、名乗り出た者達がいましたけどね」
ひっそりと出産した筈だが、やはり気になったのだろう。ファジールの行動と、黒の長の館内での動きに感づいたようだった。
「彼等には死産であったと告げたました。関わり合ってもらっては困りますからね」
全ては闇に葬るのだ。
娘の記憶を封じたのはファジールだが、そのあと、黒の長は全ての記憶を封じた。
「少しの記憶も残さずに、娘は自分自身すら判らない状態で両親の元に帰ったのですよ」
黒の長は完全に記憶を抹消することで、記憶が甦る可能性を潰したのだ。結果、娘は幸せを手に入れることになる。
娘の両親は途方に暮れた。だが、記憶を失ったことで全くの別人に変わったことが吉と出たのだ。
「幸せな一生であったことは間違いないのですよ。記憶を失ったことで別人になったのですからね」
黒の長は意外な結果に驚いたくらいだった。幸せになってもらうつもりは更々無かったからだ。
「課程はどうあれ、あの娘は幸せを手に入れたのですから、不必要な情報を二人に与える必要は無いのですよ」
シンは無表情でその言葉を受け取った。そして、納得した。
黒の長は目的のためなら、他者を奈落に突き落としても実行する。それは、一族を護るためだ。
「この話しは他言無用です。判りましたね」
シンは頭を垂れ、退出した。
黒の長は窓の外に視線を向ける。空が白み始めていた。
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