浅い夜・薔薇編

善奈美

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Ⅲ 薔薇の呪縛

05 SS01 初めての……

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 日が沈む。

 空が赤い色から紫色に変化し、紫紺の色に染め上げられる。白く煌めく星々と淡い光を放つ月。

 それは夜の住人が起き出す時間だった。

 シオンはアレンの館で目を覚ました。何度か瞬きを繰り返し、何処にいるのかをぼんやりと考える。体を起こそうとしたのだが、何者かに阻止されてしまった。

 寝ぼけ眼で隣に視線を投げ掛ける。そこでやっと気が付いた。

「僕……」

 思わず両手で頬を押さえた。ずっと焦がれていたアレンが隣にいる。昨日とは違いアレンは深い眠りの中にいるようだった。思わず観察してしまう。

 思いのほか睫が長い。茶の髪と同じ色をしている。吸血族は皆容姿端麗だが個人差はきちんとある。

 アレンは男らしさがあり、シオンとは全く逆の容姿をしていた。少し長めの前髪から鼻筋が通った整った顔をただ、飽きもせず眺める。

「安くないぞ」

 いきなりかけられた声に驚き身を引こうとしたのだが、叶うわけがなかった。何故ならアレンがシオンを拘束しているのだ。何とか逃れようとするものの、アレンが素早い動きでシオンを組み敷いた。

 全体重で押さえつけられ、抵抗してみるものの全く無意味だった。アレンは口の端を上げにやりと笑う。

「元気そうじゃないか。食事をしても良いか」

 アレンの問い掛けに、シオンは息を飲んだ。

「拒否権はないけどな」

 言うなりシオンの首筋に舌を這わせた。生暖かく独特の感触にシオンは体を強ばらせた。いきなり肌を強く吸われ、体が素直に反応を示した。

 アレンはシオンの反応に気を良くしたのか、更にシオンの肌を堪能し始めた。

「……あっ……」

 体が跳ねる。

 勝手に体温が上昇を始める。脈が早くなりシオンの肌がうっすらと紅を差した。

「シオン」

 耳元で囁く。その声すらシオンを感じさせていた。アレンは再び首筋に舌を這わせた。

 そして、シオンの肌に牙を立てた。

「アレンっ」

 一瞬、痛みが襲ったが、その後に来たのは甘美な疼きだった。アレンの喉が鳴る音がする。鼻を甘い血の香りが掠めた。

「……っ」

 キツく目を瞑り、その感覚をやり過ごそうとしたのだが、アレンが許してくれなかった。首筋から牙が抜かれ安堵したのも束の間だった。アレンは再び、シオンを堪能し始めたのだ。

「……ア……レン……」

 息が上がる。

「知ってるか。吸血行為は欲望と直結してるんだ」

 シオンは潤んだ瞳をアレンに向けた。

「……どういうこと」

 アレンはただ笑うだけで、行為を続行した。

 牙を立てた首筋を丹念に舐めた後、更に下に唇を移動させた。

 いつの間にか夜着のボタンは外され、鎖骨から大胆に舌を這わせる。そして、辿り着いたのはシオンのささやかな胸の飾りだった。

 薄いピンク色の飾りを口に含む。執拗に舌で愛撫し、反対の胸は指を使い攻め立てた。

「なっ……何っ」

 目を見開き弓なりに背を反らせる。

「……あっ……あんっ……」

 口から漏れるのは喘ぎ声だった。シオンは驚き、いつの間にか自由になっていた両手で口を押さえた。

「声出せって。興奮するから」

 シオンはあり得ない感覚に涙目になりながら首を横に振った。

 キツく目を瞑り、ひたすら首を振る。アレンはそこでようやく一つの考えに行き着いた。

「自分でしたことないのか」

 その言葉にシオンはうっすらと瞼を開き、言われたことが理解出来なかった。

「ここを触ったことはないのかよ」

 アレンは躊躇うことなくシオンの下半身に手を進め下着の中に滑り込ませる。少し反応し始めたシオンを握り込んできた。くぐもった声が漏れる。シオンは更に首を振った。

「初めてか」

 アレンは何を思ったのか、シオンの下着を取り払い、脚を左右に開き身を沈めた。

 中途半端に夜着を身に付け、淫らな姿になっていることにようやく気付く。

 いきなり温かい粘着質なものに包まれたのに気付き少し身を起こした。アレンがシオンを口に含み、ワザと音を立てながら丹念に舐め始めた。

「……アレン……やめ……」

 シオンは初めての感覚に耐えられなかった。アレンの頭が激しく上下し始めると、体が何かを要求し始めた。

 出したいと。

 だが、シオンにはこの手の知識は皆無だった。

「やめてっ。判らないけど、出ちゃうっ」

 悲鳴に近い声を上げた。

「いいぜ。出せよ」

 アレンはシオンを含んだまま告げると、更に激しく攻め立てた。必死に堪えようとしたが、耐えられなかった。

 体が反り返り、痙攣したように震えながらシオンは達した。アレンは咥内で全てを受け止めると、躊躇うことなく嚥下した。

 シオンは荒い息を吐き出す。体が異常なくらい気だるい。アレンが何をしようとしているのか判らなかった。

「本当に何も知らないんだな。言い方は悪いが仕込めそうだ」

 言うなりシオンの顔を覗き込む。

「……何をするの……」
「お前を愛するんだよ」

 アレンはシオンの額に自分のを合わせ、至近距離で呟くように告げた。しかし、この行為と愛するが結び付かない。この倦怠感は嫌ではないが、怖くはあった。

「教えてやるよ」

 言うなり半開きの唇を激しく貪り始めた。最初から咥内に侵入し、舌を絡めてくる。歯列をなぞり、吸血族にとって大切な牙を執拗に舐められる。息苦しくなり顔を背けようとするものの叶わず、ただ、快楽に翻弄された。

 下唇を軽く噛み、快楽に染まったシオンをアレンは眺めた。瞳に涙を溜め、荒い息を吐き出した姿は色っぽかった。幼い容姿をしているシオンが欲に染まった姿は、たまらない魅力を放っていた。

 思わず頬に手を添える。しっとりと濡れた唇を指でなぞった。シオンはただ、息苦しく、空気を貪る行為を繰り返す。

「……もう……やだぁ……」

 シオンは駄々をごねるように首を振る。凄く息苦しいのに、体は何かを求めていた。だが、これ以上されたらおかしくなってしまう。

「これからだ」

 アレンはきっぱりと言い切り、更に深い口付けをしてきた。舌を絡める激しいキスはシオンから思考を奪っていく。抵抗してみても腕に力がなく、逆に求めているように見える。

 アレンはシオンの唇を貪りながら下肢に手を伸ばす。シオン自身に手を添え先端を親指の腹で刺激した。新たにきた刺激にシオンの細い腰が跳ね上がった。先端からは透明な密が溢れ茎を伝い奥にある蕾を濡らしていた。

「ねぇ……やめようよ……」

 未知の世界はシオンを不安にさせた。だが、アレンは目を細め愛しい者を見た。浅い息を吐き出し、シオンの耳元で囁く。

「シオンが欲しい。全てが」

 低く呟かれた言葉は艶を含んでいた。元々、早鐘のように脈打っていた心臓が更に跳ね上がる。

「……どうやって……」

 恐ろしかったが、問い掛けた。

「ここに俺を受け入れてくれないか」

 シオン自身を刺激していた指が更に奥にある蕾の皺を撫でた。既にしっとりと湿り、蕾は濡れそぼっていた。

「えっ」

 その場所は性交に使われる場所ではない。シオンは有り得ない望みに息を飲んだ。

「大丈夫。ちゃんと慣らしてやるから」

 シオンは首を振る。はっきりと恐怖が生まれた。男女間で行われる行為は朧気だが理解はしていた。

 自身の身に起こっていることが何であるのかようやく理解する。アレンはシオンを男の体のまま抱こうとしていた。

「無理だよ」

 はっきり発音が出来ないほど息を切らし、それでも無理だと訴えた。

「悪いが、止まらない」

 シオンが反応するより早くアレンは身を沈めると蕾に舌を這わせ始めた。指とは違う蠢く舌が皺を一枚ずつ慣らし始める。そうなるとシオンの足は有り得ないくらい開く形になる。閉じようとしても無駄な抵抗だった。

「……っ……もう……やぁ……」

 シオンは体を捻りシーツに顔を埋める。アレンはその動きに素早く対応し、シオンをうつ伏せにすると細い腰を持ち上げた。

 恥ずかしい場所が晒され、アレンは更に愛撫を施す。少しずつ蕾が開花しヒクつき始めたのを確認すると、指を一本差し入れた。いきなりきた違和感に体が強張る。

「力抜けって」

 シオンは首を振った。どうしていいのか判らなかったからだ。

「ゆっくり息を吐き出して」

 言われるまま素直に息を吐き出した。

「……アレン……やだぁ……抜いて……」

 顔を後ろに向け哀願した。

「良くなるから」

 力が抜けたのを確認すると、更に深く指を進入させある場所を探した。内部はまだ狭く、指を締め付けてくる。

「……あっ……痛……」

 シオンはアレンが行為を止めてくれないことがはっきり判った。本当に良くなるのなら耐えるしかない。

「確か、この辺りに……」

 アレンの長い指がシオンの中の一点を探し出す。いきなり脳を貫く感覚がシオンを襲った。目を見開き力一杯シーツを握り締める。

 激しい反応を示した場所をアレンは容赦なく攻めた。

「あっ……何……怖いっ」

 強く首を振り喘いだ。頭が白くなるほどの衝撃。

 勝手に体が跳ね、歯を食いしばっても喘ぎ声が漏れる。もう、声を殺すことは無理に近かった。

「……あっ……ふぅん……」

 髪を振り乱し、喘ぐ。こんなのはおかしいと思うのに、体は少しずつ順応していく。違和感しかなかった筈であるのに、勝手に腰が揺らめき始めた。止めたいのに止められない。

 アレンが指を増やしても痛みよりある一点から与えられる刺激の方が強かった。気が付けば物足りなさを感じるようになり、更に奥に刺激が欲しいと体が訴え始める。

 恥ずかしくて口には出来ない。上気し潤んだ視線をアレンに向けた。高く腰を上げている自分に羞恥が生まれるのに、興奮していた。

「どうした」

 意地悪気にアレンは問う。判っている筈なのに、更に指を増やした。

「……っ……やぁ……」

 喉を仰け反らせ、身悶える。アレンはそのシオンの姿に完全に興奮していた。

 吸血族の肌は青白く体温も低い。冷たい体はよほどでない限り熱を持たない。だが、今のシオンの体はピンク色に染まり、うっすらと汗すら纏っている。夜着を中途半端に羽織ったままであるため、背中を見ることが出来ない。

 アレンは夜着の裾を捲り上げた。ハッキリと浮かび上がる背骨に指を滑らせる。

「……アレン……」

 慈しむように触れてきた指にシオンは反応した。

「失うかもしれなかったんだよな」

 アレンは今更、間に合った幸運を噛み締めた。もしかしたら、ここにシオンはいなかったかもしれない。愚かな自分のせいで、ありとあらゆる次元からシオンは完全に消滅していたかもしれない。

 近すぎた距離のせいで気が付かず、永遠に見失っていたかもしれない。白み始め山間から光が射し始めようとしていた一瞬、無我夢中だった。

 指を蕾から引き抜くと、シオンを上向かせた。いきなり体制を変えられ困惑する。

「アレン……」

 どうしたのかと問う前にキツく抱き締められた。アレンは震えていた。思わず背中に腕を回す。

「どうかしたの」

 シオンは不安気に問い掛けた。アレンの様子がおかしい。

「もっと……」
「えっ……」

 アレンは身を起こすと真剣な眼差しでシオンを見詰めた。

「もっと早く気が付いていれば……」

 シオンは何を言われたのか判らなかった。いきなり脚を大きく開かれると、アレンは脈打つ熱い杭の先端をシオンの柔らかくなった蕾に押し当てた。

「もう、我慢出来ない。すまない」

 アレンはシオンの耳元で囁くと一気に杭を埋めてきた。

「……っ」

 あまりの衝撃にシオンは目を見開き喘いだ。一気に体内が圧迫され息が出来ない。

 アレンの背に回していた腕に力が入り、思わず爪を立てる。性急に押し入ってきた熱塊に必死で耐える。頬を涙が伝い荒い息を繰り返した。

「シオン」

 シオンの首筋に顔を埋め、ゆっくりと腰を動かし始める。再奥まで穿たれた杭がシオンの秘肉を引きずり出すように抜かれると、一気に再奥を目指す。

 最初は苦しいだけだった。だが、動きが激しくなるにつれ感じる一点を掠められると背中を電流が走り抜けた。

 痛いし、苦しいのにそれだけじゃない。激しく脈打つ熱い熱塊がシオンを追い詰めていく。

「……あ……んッ……」

 アレンに抱き付き、喘いだ。

 シオンは初めての感覚に溺れた。アレンを体内で感じ、肌からもアレンを感じる。激しい動きも自分を求めてくれているのだと、全身で感じることが出来た。体の奥で甘美な思いが弾けそうだった。

「あぁっ……アレ……ン……っ」

 激しい動きに必死で耐える。再奥を穿たれる度に貪欲に求める自分がいた。

「……もっと……」

 思わず漏らす。

 アレンは驚いたように動きを止めた。快楽に染まるシオンを見下ろし、その乱れた姿に更に熱が高まった。潤んだ瞳は涙の膜に被われ、力無くアレンに回す腕が必死で縋り付いてきた。

 アレンは胸の奥が熱くなった。

 腰の動きを再開させると、シオンも幼いながら腰を振ってきた。

「……はぁ……ふぅ……んッ……」

 シオンからは絶えず嬌声が漏れ、下肢から響いてくる水音と重なり合いアレンは更に激しく腰を打ち付けた。

 初めてのシオンに優しくしようと考えていたのに、抑えが効かない。

「……っ……もっ……おくッ……」

 アレンが一際激しく再奥を穿ったとき、シオンがいきなり仰け反った。二人の間で擦られていたシオン自身から白濁が吐き出され、アレンを受け入れている後孔が収縮する。

 そのあまりの締まりにアレンは耐えきれなかった。そのまま欲望をシオンの中にとき放っていた。

「あ……あつッ……」

 鼻にかかる声がした。アレンは身を起こすとシオンを見下ろす。上気した頬が、潤んだ瞳がアレンを見詰め返した。荒い息をしながら、それでもシオンは何かを訴えていた。

 シオンの中に埋めたままの熱塊が、恥肉の動きで硬度を取り戻し始めていた。流石にいけないと思い引き抜こうとしたのだが、シオンが縋り付いてくる。

「シオン」

 だが、シオンは首を振った。

「アレン……もっとして……」
「体がっ……」

 アレンはシオンの体が心配だった。自分はいい。シオンの体を貪っているだけだ。だが、受け入れているシオンは違う。

「……良くなかったの……」

 不安気な泣きそうな声が問いかけてきた。

「違う。壊したくないんだ」

 アレンは本心を口にした。拒絶してしまった後ろめたさがいまだにある。否定し傷付けたのだ。

「大切にしたいんだ。だからっ……」
「大切にしてくれてるじゃない」

 シオンはかすれた声でアレンに告げた。

「助けてくれたじゃない」
 「違う。そうじゃない。俺はお前を苦しめた」

 本来なら、触れることなど許されない。それなのに、受け入れてくれた。

 行為を始めて、途中で気が付いた。小さな背中を見たときに、気付かされた。自分のしていることは我が儘であると。

「後悔してるの」

 シオンは涙が溢れてきた。勝手に血を奪い、勝手に想い、勝手に変化した。犠牲にしたくなかったのに、犠牲にした。

「……ごめん……なさ……」

 シオンは身を捩った。体内にあるアレンを感じながら、自分の意志で引き抜いた。いきなり圧迫感がなくなり、急に寂しくなった。後孔から温かい液体が流れ出してくる。思わず力をいれ流れてしまわないように無意識でしていた。

「違うっ」
「何処が違うの。後悔してるんでしょう。判ってる」

 アレンは同情したけ。ただ、自分は舞い上がっただけ。アレンは医者だから治療のつもりで婚約してくれただけ。

「放っておいてくれたら良かったのに」

 こんな惨めな思いをするなら、あのまま儚くなった方がよかった。

「違うんだ。後悔はしたよ」

 後悔の言葉にシオンはうなだれた。互いに血を摂取してしまった以上、離れることは出来ない。

「でも、後悔の場所が違うっ」

 その言葉にシオンはアレンに怪訝な表情を見せた。意味が判らなかった。

「俺はお前を蔑ろにしてた。ずっと会っていなかったのに気にも留めていなかった」

 アレンは目を細めるとシオンの頬に優しく触れる。

「苦しんでいるのを知っていながら答えを見つけ出すことがなかなか出来なかった」

 それは一番の後悔だった。

 今思うと、カイファスに抱いていた感情が愛情であったのかどうかも怪しかった。

 シオンが女性化したと知ったときの方が動揺が大きかった。初めて目の当たりにしたとき失言してしまうほどに、混乱したのだ。

「それは、カイファスを……」

 シオンはカイファスの名を口にした瞬間、胸に鋭い痛みが走った。忘れていたわけじゃない。

「……僕はずっと見てたから」

 アレンから視線を外すと、自虐的に呟く。

「そうじゃない。今ならはっきり判る。カイファスへの思いと、お前への想いは全く違う」

 アレンは言わなければいけなかった。傷付けたからこそ、言葉で伝えなくてはいけないと感じていた。

「勘違いしていたんだ」

 脳裏に浮かぶカイファスとゼロスの姿。婚約報告のために同行している間、嫌と言うほど見せつけられたにも関わらず何も感じなかった。

 あのときは感じないようにしていると思っていた。思い込んでいたのだ。

「お前の方が大切だと、あの瞬間、強く感じた。恐怖してしまうほどに。お前に血を口にしてもらえなくて無理矢理飲ませた。失うくらいならと……」

 シオンは疑問に思った。極限の状態で出した結論が間違いだったという話しは良く聞く。

「アレン……あのときって《太陽の審判》」

 シオンは問い掛けた。アレンは怯えたような視線をシオンに向けた。

「アレンは勘違いしたんだよ。僕に同情しただけだよ」

 自分で言った言葉が自分を抉った。一瞬、顔が苦痛で歪む。

「カイファスのときはこんなに悩まなかった。日にちを忘れるくらいに悩んでいたことに驚いた」

 アレンはうなだれた。

「言わないつもりだった。言えば軽蔑される。でも、言うことにした」

 アレンは視線を反らせたまま続けた。

「あの二人の婚約報告の旅に同行したのには理由があった」
「それは第三者が女性化の事実を説明するためでしょう」

 アレンは顔を上げ自虐的に笑った。

「どうして俺だったと思う」

 シオンは問い掛けられ息を飲んだ。

 考えればおかしい。別にアレンが同行する理由がない。両親なり長なりが付き添えば済む話しだ。

「……アレン……何かしたの……カイファスに……」

 それは直感だった。パーティー会場で怒りに震えるアレンを見ているからの結論だった。

 アレンはあのときのことを語る。本当なら隠しておきたかった。だが、人の口には戸が立てられないという。第三者の口から入る噂では不安になる。

 疑心暗鬼になり、不信感が生まれる。軽蔑されたとしても、自分の口から語ることをアレンは選んだ。

 一通り話し終えたアレンは目頭が熱くなった。あの日から失態ばかりを繰り返し、人を傷付けてきた。

 シオンの顔が見れなかった。どんな表情をしているのか。見てしまったら立ち直れないような気がした。

「アレン、顔を見せて」

 シオンは身を起こすと、半分脱げかけている夜着のボタンを締めアレンの前に座った。

「軽蔑なんてしないよ。だから、顔を見せて」

 シオンは判っていた。アレンはカイファスを好きだった。行動を起こしてしまったというのなら、それは素直な気持ちの表れだ。

 俯いたままのアレンの両頬を両手で包み込んだ。アレンの体が強ばるように震えた。

「どうして、そんなことを言うの。普通なら黙ってるよ」

 シオンは穏やかな諭すような口調で語り掛けた。

「俺はお前を傷付けた。自分がしてしまったことを黙っていて、噂としてシオンの耳に入るくらいなら……」
「うん」

 シオンは頷き先を続けるように催促する。

「噂として耳に入るくらいなら、自分から白状した方がましだと思ったんだ」

 この半年間、アレンは愚かな行動ばかりを繰り返していた。それに対して弁解するつもりはない。だからと言って、このまま知らぬ存ぜぬで過ごすことは出来なかった。

 気持ちに気が付いたからこそ、尚更、言っておきたかった。

「アレン、どうして自分を責めるの。僕だって同じだよ」

 アレンは驚いたように顔を上げた。シオンは何を言っているのか。

「あのとき、すぐに言っていれば良かった。そうすれば、変化する前に、アレンを苦しめる前に逝けたのに、怖くて言えなかった」

 シオンは自分が犯してしまった過ちに恐怖した。閉じこもり、アレンと向き合おうとしなかった。例え、罵声を浴びせられたとしても、これほど苦しむことはなかったのだ。

 アレンは青冷めた。シオンは今、何と言った。

「終わりにするつもりだったんだよ。全部、僕という存在をリセットするつもりだったの。アレンは知ってるよね」

 シオンの目尻から一粒、涙がこぼれ落ちた。

「僕は誰にも望まれてなかった。両親にも疎まれてるくらい。だから、こうも考えたんだ」

 シオンの顔が歪んだ。

「僕は勝手にアレンの血を盗んだ罪人だって。変化したのは断罪で、償うために、見せしめのために姿が変わったんだって」

 今でも思い出す。初めて襲った激痛が、愚かしい過ちを浮き彫りにしたのだと。

「カイファス達に縋るしかなかったんだ。長様に会うにはそうするしかなかった」

 カイファスの姿を見たとき、純粋に驚いた。自分だけではなくカイファスも変化していた。その事実に驚きはしたが、犯した罪が消えるわけではなかった。

 強硬に《太陽の審判》に拘ったのは、存在価値を見いだせなかったからだ。

「どうして、許してくれたの」

 シオンはアレンに質問した。

 アレンはそんなことは考えなかった。ゼロスに問われ、口走った言葉に後悔はしたが、血の摂取に対して責めるつもりはなかった。

「悪いのは俺だ」

 それしか言えなかった。

「答えになってないよ」

 シオンは涙が止まらなくなった。アレンの気持ちが見えなかった。ただの同情なら、離れなくてはいけないが互いに血を交換した今では遅すぎる。

「離れていかないでくれ」

 アレンは哀願した。シオンが離れていくなど耐えられない。一緒にベッドを共にし、その肌に触れ体温を感じた。

 最初は同情かもしれないと考えたことも事実だ。だが、今は離れるなど考えられなかった。

 頬を包み込むシオンの両手を掴み、その体を優しく抱き締めた。

 信じてもらえないのは仕方なかった。不安にさせたのはアレン自身だ。

「側にいてくれ」

 シオンはアレンの胸に抱き付いた。

「いていいの……」

 その言葉に腕に力を入れた。

「眠りにつくまで、側に……」
「……うん」

 シオンは素直に頷いた。そして、小さな我が儘を口にする。それを聞いたアレンは破顔した。

「心配しなくても、抱いてやる」

 その台詞にシオンは胸が熱くなった。

 その日、二人は部屋に籠もったまま互いを抱き締め続けていた。

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