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Ⅲ 薔薇の呪縛
01 変化
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シオンは自分の姿に愕然とした。満月の夜、体に走った激痛に顔を歪めた。痛みに耐えながらカーテンを開け満月の光を浴びると、痛みは更に強くなった。
その後に身に起こった変化はシオンを混乱させるに十分な衝撃を持っていた。
短かった淡い金の巻き毛が長く伸び、薄く平らだった胸が女性のように変化した。手を見れば、筋張っていた筈であるのに柔らかい脂肪に覆われていた。
慌てて鏡に駆け寄り、はっきりと映し出された姿に目を見開く。
そこにいたのは、綺麗な琥珀の瞳に柔らかい肌をした美少女だった。
その場にへたり込み、シオン恐れ戦慄した。
頭をかきむしり、くぐもった嗚咽が漏れる。
喉の渇きは治まらず、更に姿まで変化をし行き場のない迷宮に迷い込んだようだった。そして、うずくまる。
たった一度の過ち。
誰にも相談出来ず、だが、確実に蝕んでいく体。最終的に待っているのは永遠の死だけだ。唯一、助かる方法は見込みはない。もし知られれば、与えられるのは断罪であり、癒しではない。
少しずつ精神が蝕まれていく。正気でいるのが困難になっていく。
月が欠けまた満ち、繰り返される変化。最初痛みが伴った変化も、慣れれば平気になった。
だが、正気でいられる時間が短くなっていく。
少しずつ外出する時間が減っていく。
血の狂気に走るのにそれ程時間はかからないだろう。だが、まだ、狂うわけにはいかなかった。
自分の腕に牙を立て、何とかやり過ごす。その繰り返しだった。
食事をすることもままならず、最後に生気を掠め取ったのは何時だったのか。記憶は曖昧で、はっきりとしなかった。
ゼロスとカイファスには最近は会っていない。アレンにも会っていなかった。
両親に爪弾きにされるように育ち、唯一の理解者であった姉は嫁いでいった。
相談したくとも誰にも相談出来ず、ただ、狂気が侵食していくだけだった。
何度、掟に背むき太陽の下に行きかけたのは一度や二度ではなかった。
近い内に吸血族の長に面会をしなくてはならない。許しを得、許可をもらうために。
淡い月の元、シオンは変化していた。何度と見せつけられた姿。彼はその変化に慣れてしまったのか、麻痺してしまったのか。崩れ始めた精神状態では判別するのは難しかった。
そんなとき、エントランスがざわめきに包まれた。誰かの怒鳴り声も聞こえてくる。
シオンは気になり、目深にフードを被り静かに廊下に出た。精神を蝕んでも好奇心は抑えきれなかった。
誰にも見つからないように、陰からエントランスを見下ろした。館を訪れたのは三人。うち二人はよく知った人物だった。
二人は長身だった。
癖のない茶髪はアレン。
波打つ銀髪はゼロス。
久し振りに見る姿は、以前と変わりがなかった。
もう一人、癖のない長い黒髪。華奢な体つき。ゼロスに寄り添うようにある姿はそれだけで幸せそうだった。
だが、その三人を迎えた二人の人物。シオンの両親は怒りを露わにしていた。
「認められるわけがない。カイファスは男じゃないか」
そう怒鳴ったのはシオンの父親だった。シオンはカイファスが何処にいるのか探した。
だが、三人以外の訪問者はなく、父親の怒鳴り声の真実がシオンは見えなかった。
アレンの姿を見るだけで、息が上がる。
喉を押さえ、荒い息を吐き出した。
「これは決定事項であり、実際にその変化を目の当たりにしている」
はっきりと言い切ったのはアレンだった。シオンは再び視線を戻す。
「本来なら婚姻の儀の後に報告するのが慣わし。だが、長は今回は特殊であるため、婚約が決まった時点で報告するのが望ましいと言われたのだ」
事務的に紡がれる言葉。シオンは今の内容にあり得ない考えが脳裏をよぎった。
「もしかして、カイファスは……」
小さく呟いた声は震えていた。そして、黒髪の女性が少し顔を上げた。そこにあったのは間違えなくカイファスの顔だった。
シオンは食い入るように見詰めた。
カイファスが女性になれば、間違いなくこうなるだろうという容姿。流れる艶やかな黒髪も、憂いを帯びた瞳も、全てが妖艶で美しかった。
シオンは無意識に体が動いた。縋りたい一心であったのかもしれない。
突然、腕を攫われ、カイファスとゼロスは引っ張られるまま連れ去られた。
それを呆然と見送ったアレンは青冷める。
「カイファスっ、ゼロスっ」
だが、二人は連れ去られ、館の奥深くに消えていった。微かに見ることの出来た姿は小柄で、華奢な体であると想像出来た。一房、こぼれ落ちていた淡い金髪が鮮明にアレンの脳裏に焼き付いた。
†††
強い力に引き摺られ、二人は暗い一室に放り込まれた。仲良く尻餅をつくと、互いを見る。
強く閉められた扉の音に驚き視線を向けた。カチリと鍵が閉まる音に閉じ込められたのかと危惧したがそうではなかった。
扉を背に座り込んでいる小さな影が見える。目深にフードを被り、その姿は伺い知れない。
一房こぼれ落ちた淡い巻き毛の金髪が闇の中に浮かんでいる。
「君はカイファスなの」
問いかけてきた声は可憐だった。少し高い声音がいままで聞いたことのない声だったため、二人は怪訝な表情をした。
少し顔を上げてシオンは二人を見た。
「カイファスは女性になるの」
不安気な声は震え、再度、問い掛ける。
「誰」
カイファスは慎重に問うた。
「お願い、教えて」
自身を抱き締め、シオンは哀願した。もし、カイファスが女性になるのなら、その秘密が判るかも知れない。縋るような思いだった。
「お前、シオンか」
ゼロスは半信半疑であったが、その、特徴的な金の髪にシオンではないかと結論付けた。
弾かれたように顔を上げたシオンを二人は目を見開いて見詰めた。闇の中に浮かぶ姿は色素が薄く、見えにくい筈だがはっきりと認識出来た。
波打つ淡い色合いの金髪、どこまでも澄んだ琥珀の瞳。
小柄で愛らしい容姿はそのままに、しかし、その姿は女性であることを強く印象づけていた。
カイファスは驚き駆け寄った。目深に被っていたフードを外し、しっかりと顔を確認する。
フードを取ると淡い金髪がこぼれ落ち、金色の滝のように背に流れた。不安気な表情のシオンがカイファスを見上げていた。
「……僕に触れないで」
震える声でシオンは言った。頭を振り、両手で顔を覆う。
「……もう限界で、無意識に生気を吸い取っちゃうかもしれない……」
小さく呟かれた言葉に、ゼロスもシオンの目の前まで移動してきた。
闇の中でもはっきりと判る白すぎる肌は吸血族であったとしても異常だった。
「食事をしたのは何時だ」
ゼロスはいやな予感がした。触れただけで生気を吸い取るなど明らかに異常だ。
「……覚えてない……記憶も曖昧で……」
呟く言葉は切れ切れだった。自室に引きこもり時間の感覚など失せていた。
「誰の血を摂取したの」
カイファスの問いにシオンはあからさまに怯えた。恐怖の張り付いた瞳は見開かれ、否定するように頭を振る。
「どうして女性化したと思ってる。血の摂取がなければ女性化はしない」
カイファスはきっぱりと言い切った。
「シオン」
ゼロスは名を呼んだ。シオンは素直に顔を向ける。次の瞬間、シオンとカイファスは凍り付いた。
いきなり右手首を強く握られ、唇に柔らかなものが触れた。瞬間、体中に何かが流れてくる。
カイファスは動けなかった。目の前の光景に思考が付いていかなかった。
シオンは固まったまま、ゼロスが離れても腰が抜けたように動けなかった。唇はただ、触れただけだ。
「カイファス、食事をさせただけだぞ」
ゼロスは少し青冷めた顔をカイファスに向けた。食事の言葉に我に返る。
「空腹でまともな思考が働くかよ。血が無理なら生気をくれてやるしかないだろうが」
ゼロスは溜め息を吐くと髪を掻き上げた。カイファスは納得したように頷いた。おそらく、シオンは血の狂気に苛まれ始めている。
カイファスはシオンの両頬を両手で包み込むと、震える唇に口付けた。
シオンは更に目を見開き、体は全くと言っていいほど動かず、素直に生気を受け入れた。
カイファスは唇を離すと、意地悪気にゼロスに視線を向けた。それは明らかに当て付けだった。
ゼロスは大きな溜め息を吐く。
「教えて、血の持ち主は誰」
カイファスはシオンの両頬を包み込んだまま、問い掛けた。しかし、シオンは固く口を噤んだ。首を振り、拒絶の意志を伝えた。
「助かるには、その血の持ち主に会う必要があるだろ」
「僕は助かりたいんじゃない」
シオンはカイファスの言葉を否定するように言い切った。
「……今、なんて言った……」
カイファスとゼロスは意外な言葉を聞いたように息をのんだ。
「僕は長様に会いたいの」
シオンは俯き、両の手をきつく握り締めた。何故、女性化したのかの理由は知りたかったが、助かりたいとは考えていなかった。
「長に会ってどうする気」
シオンは顔を上げカイファスの手をそっと頬から外した。そして、悲し気に微笑んだ。
「《太陽の審判》を受けたいの。血の狂気に捕らわれる前に」
しっかりとした口調で言い切った。
「《太陽の審判》」
カイファスは目を見開き、体が小刻みに震えた。
「カイファス」
ゼロスはカイファスの異常に気が付いた。顔を覗き込むと普段も青白い顔が更に白くなっていた。
「《太陽の審判》って何だ」
ゼロスの問いに答えたのはシオンだった。
「吸血族の最高刑罰だよ。血の狂気に捕らわれた者を救う唯一の方法なの」
シオンはしっかりとゼロスを見据えた。最初から、助かる気などなかった。血の摂取は長から許可を得て初めて実現すると言っても過言ではない。
それを犯せば罰せられるのは当たり前のことだ。
「僕は立派な犯罪者だから」
諦めた者が持つ、何もかも悟りきった表情が顔に貼り付いた。シオンにとって、生きることは無意味に近くなっていたのかもしれない。
毎日襲われる喉の渇き。意識すら遠のき、手放したくなるのを必死で押さえ込んでいた。そんなことは、何時までも続く筈がないのだ。
暴走しないように自身の血で間に合わせても更に渇きは強くなる。
「長が許す筈はない」
カイファスは呆然と呟く。だが、シオンは弱く首を横に振った。
「血の狂気に捕らわれていて、末期の症状を呈している者を放置すれば危険なことは判ってるでしょう。許す許さないの問題じゃなくて、吸血族の存続のために切り捨てるものは切り捨てなきゃ」
自虐的にシオンは笑った。
「連れて行ってくれるでしょう」
ゼロスはカイファスの肩に手をのせた。振り返ったカイファスに首を振る。決めるのはシオンであり、決意していることを覆すのは困難に近い。蝕まれた精神状態の中、決意したのなら尚更だ。
「親に言っていくか」
ゼロスの問いに、シオンは悲し気に顔を歪めた。吸血族の中でも雁字搦めに頭の固い者をあげるなら、間違いなくシオンの両親だ。
長の命令でカイファスとゼロスは満月の日にシオンの館を訪れた。それは、変化したカイファスを見せ、納得させるためだった。
実際は目の前に突きつけられても、認めようとしない頭の固い者達だった。
シオンとは友人関係にあったが、シオンの両親に会ったことは一度もなかったのである。
「あの人達は認めないよ。普通と違う者は必要ないんだ」
俯き、寂しそうに呟く。それは、あまりにも悲しいことだった。
†††
アレンは体が動かなかった。目の前で二人は連れ去られ、本来なら追い掛ける筈だ。だが、出来なかった。
二人を攫ったのが誰であったとしても、確実にアレンを拒絶していた。無意識にそれを感じ取り体が竦んだのだ。
「今のは」
アレンはシオンの両親に問い掛けた。シオンかとも考えたが、いくら小柄なシオンでも連れ去った人物は更に一回り小さかった。フードから髪が零れ落ちていたことを考えると髪は長い筈だ。
「当家には我々の他にシオンと数名の使用人しかいないが」
シオンの父親は訝しげに呟いた。母親も理解が出来ないのか首を傾げている。
ならば、今の人物は誰なのか。立ち尽くし、三人が消えた場所に視線を向ける。
どれくらいの時間が経過したのか。アレンは一つ、溜め息を吐いた。
館の闇の中から足音が聞こえてくる。ゆっくりとした足取りで、蝋燭の炎に照らされたのは連れ去られた二人と、ゼロスの腕に抱かれたフードを目深に被った人物だった。
ぐったりとした姿が普通でないことを物語っていた。
「アレン」
カイファスは真っ直ぐアレンに向かって歩いてきた。その後ろをゼロスが付いてくる。
「急用が出来た。今から長の館に行かなければいけない」
カイファスの言葉にアレンはゼロスに視線を移した。
「何」
あまりのことにアレンは混乱した。
「だから、説明を頼む。それが、仕事だよね」
カイファスは目を細めそれだけ告げると、シオンの両親を無視し外へと足を向けた。
ゼロスはアレンの横を通り抜けるとき、彼の耳元に小さく囁く。
「多分、説明しても認めないだろ。ある程度説明したら、お前も長の館に来い」
ゼロスは意味ありげに言った。アレンは弾かれたようにゼロスの顔を凝視する。
「必ず来い」
きっぱりと言い切り、ゼロスもカイファス同様、外へと姿を消した。
取り残されたアレンは呆然と立ち尽くし、三人が消え去った場所を睨み付けた。
†††
カイファスは呆れたようにゼロスを待っていた。何故、アレンを長の館に導くのか。
「こいつの相手はアレンだろう」
ゼロスは腕の中でぐったりとしているシオンを顎で示した。カイファスは目を見開く。
「勘だが、シオンの交友関係は広くない筈だ」
ゼロスは溜め息のように言葉を吐き出した。
「それに、お前を手に入れてから、二人とは顔を合わせていない」
ゼロスは目を細める。カイファスは手に入れたの言葉に俯いた。あれは今でも事故であると思っている。
結果、今のような状況になっていたとしてもだ。
「理由はもう一つある。だが、その前に馬車に乗ろう」
ゼロスの言葉にカイファスは頷き、御者に行き先を告げると乗り込んだ。ゼロスも後に続き、カイファスにシオンを預けた。
いくら元男性であったとしても今は女性体であり、はばかられたからだ。
カイファスは素直にシオンの頭を自分の膝の上に乗せた。
「もう一つの理由は」
カイファスの問いと共に馬車が動き出す。
「簡単だ。シオンはどちらかと言えば俺達よりアレンと仲が良かった筈だ」
カイファスはゼロスの言葉に軽く目を見開く。ゼロスは溜め息を吐き、意識を手放しているシオンに視線を向けた。
「困ったことがあるなら、まあ、今回は女性体になったのを知りたかったからだろうから、お前を連れ去ったのは判る」
ゼロスは脚と腕を組み外に視線を向ける。綺麗な満月が魔力に満ち溢れた光を放ち、辺りは淡い光に照らされていた。
「詳しくは判らないが、おそらく、二人の間に何かがあった。否、アレンは全く気が付いていない可能性もある」
カイファスはシオンの髪を優しく撫でた。柔らかい感触は、彼自身の髪と全く違っていた。
「どう言うこと」
カイファスは判らないと、小さく首を振る。
「女性化に必要なのは、自分の想っている人物の血だ」
ゼロスはカイファスに視線を戻し言い切った。
「シオンは自覚がある。血の渇きに苛まれてはいるが、そうなった理由を判ってる。つまりは、その相手を思い俺達に誰かを言わない」
ゼロスには確信があった。それは単なる勘でしかなかったが、間違ってはいない筈だ。
「でも、アレンだと断定するのは」
カイファスは言葉を濁した。
「多分だが、シオンは自分の意志で血を摂取したんじゃないか」
「まさか……」
カイファスは信じられなかった。吸血族はむやみに血を摂取しない。誘惑に駆られることもあるが、思いとどまる。それは、唯一の存在となる血の主を生涯手元に置ける確信がない限り手を出すことはない。
稀に自身を滅ぼしても、血に触れてしまう者もいたが。
「女性化した理由は判らなくても、喉の渇きは理解していた。つまりは、何時かはくる血の狂気を判っていた」
ゼロスは言葉を続ける。
「吸血族にとって血液は媚薬みたいなものだろう。一度、口にしてしまえば離れられない」
カイファスは苦痛に顔を歪めた。確かに一度、血に触れてしまえば取り返しがつかない。
カイファスの場合は特殊で、血を摂取した後ゼロスの生気を取り込んでいた。それは無意識であったとしても、正気を保つには十分な効力を発揮していた。
だが、シオンは違う。血を摂取することなく、しかも、生気すら絶っていた。何時血を摂取したにせよ、長い時間耐え続けていたことはその様子から伺いしれた。
「媚薬と言うより麻薬に近い」
カイファスは苦し気に呟いた。彼自身は激しい喉の渇きを知らない。それは幸運だったに違いない。
だが、シオンは長い間苛まれ、命すら尊いとは思わなくなっているに違いなかった。
「麻薬、か」
ゼロスは呟いた。
吸血族が他の種族と明らかに違う点は血を摂取すると言うことだろう。血液に依存してしまう者もいるくらいだ。
「シオンが口を割らない以上、はっきりとはしないがこのままでは長が認めるわけがない」
ゼロスはきっぱりと言い切った。吸血族はそれ程、人数的には多くない。過去に失った命は今に影を落としている。
カイファスは頷くとシオンに視線を向けた。
シオンはなにも知らない。長が簡単に《太陽の審判》を許す筈がない事実を。吸血族がどれ程、他の種族と比べ人数的に劣っているその事実を理解していない。
救われる可能性があるなら、長はその道を選ぶ。シオンは女性化しており、相手が認めれば婚姻を許される事実を。
カイファスだから許されたのではない。絶対的に男性の数が多い吸血族にとって、シオンは稀な存在であり失うべき命ではないのだ。
「気が付いてほしい」
カイファスは小さく呟いた。死に急ごうとしているシオンをカイファスは悲し気に見詰める。
「多分、気が付かないだろうな」
ゼロスは溜め息混じりに呟いた。カイファスは弾かれたようにゼロスに視線を向ける。
ゼロスはそれに気付き、目を細めた。
「判っていないようだな。シオンは最初から《太陽の審判》を望んだ。つまり、救われるかもしれない可能性を最初から諦めたんだ」
カイファスは唇を噛み締めた。
「もしもの話だが、シオンの両親がお前の親と同じような感覚の持ち主なら、また、違っていたかもしれない」
カイファスは自身が変化したとき、両親にすがった。それは、何の躊躇いもないごく普通の行動だ。
だが、シオンは違っていた。
シオンの両親はカイファスの変化にあからさまな拒絶を示していた。
もし、シオンの状態を知っていればそのような反応はしない筈だ。
つまり、シオンは両親に何も告げてはいない。全て抱え込み、自身で決着を付けようとしている。
「何にしても、シオンから全てを聞かなければ、長は認めないだろうな。俺が長なら間違えなく認めない」
ゼロスはきっぱりと言い切った。
「シオンは教えてくれるだろうか」
カイファスは不安気に呟いた。ゼロスは少し考えるような仕草を見せる。
「長が訊き出すだろう。納得するために」
ゼロスは落ち着いた口調で言った。全ては長の館ではっきりとする。カイファスは諦めるように目を閉じた。
その後に身に起こった変化はシオンを混乱させるに十分な衝撃を持っていた。
短かった淡い金の巻き毛が長く伸び、薄く平らだった胸が女性のように変化した。手を見れば、筋張っていた筈であるのに柔らかい脂肪に覆われていた。
慌てて鏡に駆け寄り、はっきりと映し出された姿に目を見開く。
そこにいたのは、綺麗な琥珀の瞳に柔らかい肌をした美少女だった。
その場にへたり込み、シオン恐れ戦慄した。
頭をかきむしり、くぐもった嗚咽が漏れる。
喉の渇きは治まらず、更に姿まで変化をし行き場のない迷宮に迷い込んだようだった。そして、うずくまる。
たった一度の過ち。
誰にも相談出来ず、だが、確実に蝕んでいく体。最終的に待っているのは永遠の死だけだ。唯一、助かる方法は見込みはない。もし知られれば、与えられるのは断罪であり、癒しではない。
少しずつ精神が蝕まれていく。正気でいるのが困難になっていく。
月が欠けまた満ち、繰り返される変化。最初痛みが伴った変化も、慣れれば平気になった。
だが、正気でいられる時間が短くなっていく。
少しずつ外出する時間が減っていく。
血の狂気に走るのにそれ程時間はかからないだろう。だが、まだ、狂うわけにはいかなかった。
自分の腕に牙を立て、何とかやり過ごす。その繰り返しだった。
食事をすることもままならず、最後に生気を掠め取ったのは何時だったのか。記憶は曖昧で、はっきりとしなかった。
ゼロスとカイファスには最近は会っていない。アレンにも会っていなかった。
両親に爪弾きにされるように育ち、唯一の理解者であった姉は嫁いでいった。
相談したくとも誰にも相談出来ず、ただ、狂気が侵食していくだけだった。
何度、掟に背むき太陽の下に行きかけたのは一度や二度ではなかった。
近い内に吸血族の長に面会をしなくてはならない。許しを得、許可をもらうために。
淡い月の元、シオンは変化していた。何度と見せつけられた姿。彼はその変化に慣れてしまったのか、麻痺してしまったのか。崩れ始めた精神状態では判別するのは難しかった。
そんなとき、エントランスがざわめきに包まれた。誰かの怒鳴り声も聞こえてくる。
シオンは気になり、目深にフードを被り静かに廊下に出た。精神を蝕んでも好奇心は抑えきれなかった。
誰にも見つからないように、陰からエントランスを見下ろした。館を訪れたのは三人。うち二人はよく知った人物だった。
二人は長身だった。
癖のない茶髪はアレン。
波打つ銀髪はゼロス。
久し振りに見る姿は、以前と変わりがなかった。
もう一人、癖のない長い黒髪。華奢な体つき。ゼロスに寄り添うようにある姿はそれだけで幸せそうだった。
だが、その三人を迎えた二人の人物。シオンの両親は怒りを露わにしていた。
「認められるわけがない。カイファスは男じゃないか」
そう怒鳴ったのはシオンの父親だった。シオンはカイファスが何処にいるのか探した。
だが、三人以外の訪問者はなく、父親の怒鳴り声の真実がシオンは見えなかった。
アレンの姿を見るだけで、息が上がる。
喉を押さえ、荒い息を吐き出した。
「これは決定事項であり、実際にその変化を目の当たりにしている」
はっきりと言い切ったのはアレンだった。シオンは再び視線を戻す。
「本来なら婚姻の儀の後に報告するのが慣わし。だが、長は今回は特殊であるため、婚約が決まった時点で報告するのが望ましいと言われたのだ」
事務的に紡がれる言葉。シオンは今の内容にあり得ない考えが脳裏をよぎった。
「もしかして、カイファスは……」
小さく呟いた声は震えていた。そして、黒髪の女性が少し顔を上げた。そこにあったのは間違えなくカイファスの顔だった。
シオンは食い入るように見詰めた。
カイファスが女性になれば、間違いなくこうなるだろうという容姿。流れる艶やかな黒髪も、憂いを帯びた瞳も、全てが妖艶で美しかった。
シオンは無意識に体が動いた。縋りたい一心であったのかもしれない。
突然、腕を攫われ、カイファスとゼロスは引っ張られるまま連れ去られた。
それを呆然と見送ったアレンは青冷める。
「カイファスっ、ゼロスっ」
だが、二人は連れ去られ、館の奥深くに消えていった。微かに見ることの出来た姿は小柄で、華奢な体であると想像出来た。一房、こぼれ落ちていた淡い金髪が鮮明にアレンの脳裏に焼き付いた。
†††
強い力に引き摺られ、二人は暗い一室に放り込まれた。仲良く尻餅をつくと、互いを見る。
強く閉められた扉の音に驚き視線を向けた。カチリと鍵が閉まる音に閉じ込められたのかと危惧したがそうではなかった。
扉を背に座り込んでいる小さな影が見える。目深にフードを被り、その姿は伺い知れない。
一房こぼれ落ちた淡い巻き毛の金髪が闇の中に浮かんでいる。
「君はカイファスなの」
問いかけてきた声は可憐だった。少し高い声音がいままで聞いたことのない声だったため、二人は怪訝な表情をした。
少し顔を上げてシオンは二人を見た。
「カイファスは女性になるの」
不安気な声は震え、再度、問い掛ける。
「誰」
カイファスは慎重に問うた。
「お願い、教えて」
自身を抱き締め、シオンは哀願した。もし、カイファスが女性になるのなら、その秘密が判るかも知れない。縋るような思いだった。
「お前、シオンか」
ゼロスは半信半疑であったが、その、特徴的な金の髪にシオンではないかと結論付けた。
弾かれたように顔を上げたシオンを二人は目を見開いて見詰めた。闇の中に浮かぶ姿は色素が薄く、見えにくい筈だがはっきりと認識出来た。
波打つ淡い色合いの金髪、どこまでも澄んだ琥珀の瞳。
小柄で愛らしい容姿はそのままに、しかし、その姿は女性であることを強く印象づけていた。
カイファスは驚き駆け寄った。目深に被っていたフードを外し、しっかりと顔を確認する。
フードを取ると淡い金髪がこぼれ落ち、金色の滝のように背に流れた。不安気な表情のシオンがカイファスを見上げていた。
「……僕に触れないで」
震える声でシオンは言った。頭を振り、両手で顔を覆う。
「……もう限界で、無意識に生気を吸い取っちゃうかもしれない……」
小さく呟かれた言葉に、ゼロスもシオンの目の前まで移動してきた。
闇の中でもはっきりと判る白すぎる肌は吸血族であったとしても異常だった。
「食事をしたのは何時だ」
ゼロスはいやな予感がした。触れただけで生気を吸い取るなど明らかに異常だ。
「……覚えてない……記憶も曖昧で……」
呟く言葉は切れ切れだった。自室に引きこもり時間の感覚など失せていた。
「誰の血を摂取したの」
カイファスの問いにシオンはあからさまに怯えた。恐怖の張り付いた瞳は見開かれ、否定するように頭を振る。
「どうして女性化したと思ってる。血の摂取がなければ女性化はしない」
カイファスはきっぱりと言い切った。
「シオン」
ゼロスは名を呼んだ。シオンは素直に顔を向ける。次の瞬間、シオンとカイファスは凍り付いた。
いきなり右手首を強く握られ、唇に柔らかなものが触れた。瞬間、体中に何かが流れてくる。
カイファスは動けなかった。目の前の光景に思考が付いていかなかった。
シオンは固まったまま、ゼロスが離れても腰が抜けたように動けなかった。唇はただ、触れただけだ。
「カイファス、食事をさせただけだぞ」
ゼロスは少し青冷めた顔をカイファスに向けた。食事の言葉に我に返る。
「空腹でまともな思考が働くかよ。血が無理なら生気をくれてやるしかないだろうが」
ゼロスは溜め息を吐くと髪を掻き上げた。カイファスは納得したように頷いた。おそらく、シオンは血の狂気に苛まれ始めている。
カイファスはシオンの両頬を両手で包み込むと、震える唇に口付けた。
シオンは更に目を見開き、体は全くと言っていいほど動かず、素直に生気を受け入れた。
カイファスは唇を離すと、意地悪気にゼロスに視線を向けた。それは明らかに当て付けだった。
ゼロスは大きな溜め息を吐く。
「教えて、血の持ち主は誰」
カイファスはシオンの両頬を包み込んだまま、問い掛けた。しかし、シオンは固く口を噤んだ。首を振り、拒絶の意志を伝えた。
「助かるには、その血の持ち主に会う必要があるだろ」
「僕は助かりたいんじゃない」
シオンはカイファスの言葉を否定するように言い切った。
「……今、なんて言った……」
カイファスとゼロスは意外な言葉を聞いたように息をのんだ。
「僕は長様に会いたいの」
シオンは俯き、両の手をきつく握り締めた。何故、女性化したのかの理由は知りたかったが、助かりたいとは考えていなかった。
「長に会ってどうする気」
シオンは顔を上げカイファスの手をそっと頬から外した。そして、悲し気に微笑んだ。
「《太陽の審判》を受けたいの。血の狂気に捕らわれる前に」
しっかりとした口調で言い切った。
「《太陽の審判》」
カイファスは目を見開き、体が小刻みに震えた。
「カイファス」
ゼロスはカイファスの異常に気が付いた。顔を覗き込むと普段も青白い顔が更に白くなっていた。
「《太陽の審判》って何だ」
ゼロスの問いに答えたのはシオンだった。
「吸血族の最高刑罰だよ。血の狂気に捕らわれた者を救う唯一の方法なの」
シオンはしっかりとゼロスを見据えた。最初から、助かる気などなかった。血の摂取は長から許可を得て初めて実現すると言っても過言ではない。
それを犯せば罰せられるのは当たり前のことだ。
「僕は立派な犯罪者だから」
諦めた者が持つ、何もかも悟りきった表情が顔に貼り付いた。シオンにとって、生きることは無意味に近くなっていたのかもしれない。
毎日襲われる喉の渇き。意識すら遠のき、手放したくなるのを必死で押さえ込んでいた。そんなことは、何時までも続く筈がないのだ。
暴走しないように自身の血で間に合わせても更に渇きは強くなる。
「長が許す筈はない」
カイファスは呆然と呟く。だが、シオンは弱く首を横に振った。
「血の狂気に捕らわれていて、末期の症状を呈している者を放置すれば危険なことは判ってるでしょう。許す許さないの問題じゃなくて、吸血族の存続のために切り捨てるものは切り捨てなきゃ」
自虐的にシオンは笑った。
「連れて行ってくれるでしょう」
ゼロスはカイファスの肩に手をのせた。振り返ったカイファスに首を振る。決めるのはシオンであり、決意していることを覆すのは困難に近い。蝕まれた精神状態の中、決意したのなら尚更だ。
「親に言っていくか」
ゼロスの問いに、シオンは悲し気に顔を歪めた。吸血族の中でも雁字搦めに頭の固い者をあげるなら、間違いなくシオンの両親だ。
長の命令でカイファスとゼロスは満月の日にシオンの館を訪れた。それは、変化したカイファスを見せ、納得させるためだった。
実際は目の前に突きつけられても、認めようとしない頭の固い者達だった。
シオンとは友人関係にあったが、シオンの両親に会ったことは一度もなかったのである。
「あの人達は認めないよ。普通と違う者は必要ないんだ」
俯き、寂しそうに呟く。それは、あまりにも悲しいことだった。
†††
アレンは体が動かなかった。目の前で二人は連れ去られ、本来なら追い掛ける筈だ。だが、出来なかった。
二人を攫ったのが誰であったとしても、確実にアレンを拒絶していた。無意識にそれを感じ取り体が竦んだのだ。
「今のは」
アレンはシオンの両親に問い掛けた。シオンかとも考えたが、いくら小柄なシオンでも連れ去った人物は更に一回り小さかった。フードから髪が零れ落ちていたことを考えると髪は長い筈だ。
「当家には我々の他にシオンと数名の使用人しかいないが」
シオンの父親は訝しげに呟いた。母親も理解が出来ないのか首を傾げている。
ならば、今の人物は誰なのか。立ち尽くし、三人が消えた場所に視線を向ける。
どれくらいの時間が経過したのか。アレンは一つ、溜め息を吐いた。
館の闇の中から足音が聞こえてくる。ゆっくりとした足取りで、蝋燭の炎に照らされたのは連れ去られた二人と、ゼロスの腕に抱かれたフードを目深に被った人物だった。
ぐったりとした姿が普通でないことを物語っていた。
「アレン」
カイファスは真っ直ぐアレンに向かって歩いてきた。その後ろをゼロスが付いてくる。
「急用が出来た。今から長の館に行かなければいけない」
カイファスの言葉にアレンはゼロスに視線を移した。
「何」
あまりのことにアレンは混乱した。
「だから、説明を頼む。それが、仕事だよね」
カイファスは目を細めそれだけ告げると、シオンの両親を無視し外へと足を向けた。
ゼロスはアレンの横を通り抜けるとき、彼の耳元に小さく囁く。
「多分、説明しても認めないだろ。ある程度説明したら、お前も長の館に来い」
ゼロスは意味ありげに言った。アレンは弾かれたようにゼロスの顔を凝視する。
「必ず来い」
きっぱりと言い切り、ゼロスもカイファス同様、外へと姿を消した。
取り残されたアレンは呆然と立ち尽くし、三人が消え去った場所を睨み付けた。
†††
カイファスは呆れたようにゼロスを待っていた。何故、アレンを長の館に導くのか。
「こいつの相手はアレンだろう」
ゼロスは腕の中でぐったりとしているシオンを顎で示した。カイファスは目を見開く。
「勘だが、シオンの交友関係は広くない筈だ」
ゼロスは溜め息のように言葉を吐き出した。
「それに、お前を手に入れてから、二人とは顔を合わせていない」
ゼロスは目を細める。カイファスは手に入れたの言葉に俯いた。あれは今でも事故であると思っている。
結果、今のような状況になっていたとしてもだ。
「理由はもう一つある。だが、その前に馬車に乗ろう」
ゼロスの言葉にカイファスは頷き、御者に行き先を告げると乗り込んだ。ゼロスも後に続き、カイファスにシオンを預けた。
いくら元男性であったとしても今は女性体であり、はばかられたからだ。
カイファスは素直にシオンの頭を自分の膝の上に乗せた。
「もう一つの理由は」
カイファスの問いと共に馬車が動き出す。
「簡単だ。シオンはどちらかと言えば俺達よりアレンと仲が良かった筈だ」
カイファスはゼロスの言葉に軽く目を見開く。ゼロスは溜め息を吐き、意識を手放しているシオンに視線を向けた。
「困ったことがあるなら、まあ、今回は女性体になったのを知りたかったからだろうから、お前を連れ去ったのは判る」
ゼロスは脚と腕を組み外に視線を向ける。綺麗な満月が魔力に満ち溢れた光を放ち、辺りは淡い光に照らされていた。
「詳しくは判らないが、おそらく、二人の間に何かがあった。否、アレンは全く気が付いていない可能性もある」
カイファスはシオンの髪を優しく撫でた。柔らかい感触は、彼自身の髪と全く違っていた。
「どう言うこと」
カイファスは判らないと、小さく首を振る。
「女性化に必要なのは、自分の想っている人物の血だ」
ゼロスはカイファスに視線を戻し言い切った。
「シオンは自覚がある。血の渇きに苛まれてはいるが、そうなった理由を判ってる。つまりは、その相手を思い俺達に誰かを言わない」
ゼロスには確信があった。それは単なる勘でしかなかったが、間違ってはいない筈だ。
「でも、アレンだと断定するのは」
カイファスは言葉を濁した。
「多分だが、シオンは自分の意志で血を摂取したんじゃないか」
「まさか……」
カイファスは信じられなかった。吸血族はむやみに血を摂取しない。誘惑に駆られることもあるが、思いとどまる。それは、唯一の存在となる血の主を生涯手元に置ける確信がない限り手を出すことはない。
稀に自身を滅ぼしても、血に触れてしまう者もいたが。
「女性化した理由は判らなくても、喉の渇きは理解していた。つまりは、何時かはくる血の狂気を判っていた」
ゼロスは言葉を続ける。
「吸血族にとって血液は媚薬みたいなものだろう。一度、口にしてしまえば離れられない」
カイファスは苦痛に顔を歪めた。確かに一度、血に触れてしまえば取り返しがつかない。
カイファスの場合は特殊で、血を摂取した後ゼロスの生気を取り込んでいた。それは無意識であったとしても、正気を保つには十分な効力を発揮していた。
だが、シオンは違う。血を摂取することなく、しかも、生気すら絶っていた。何時血を摂取したにせよ、長い時間耐え続けていたことはその様子から伺いしれた。
「媚薬と言うより麻薬に近い」
カイファスは苦し気に呟いた。彼自身は激しい喉の渇きを知らない。それは幸運だったに違いない。
だが、シオンは長い間苛まれ、命すら尊いとは思わなくなっているに違いなかった。
「麻薬、か」
ゼロスは呟いた。
吸血族が他の種族と明らかに違う点は血を摂取すると言うことだろう。血液に依存してしまう者もいるくらいだ。
「シオンが口を割らない以上、はっきりとはしないがこのままでは長が認めるわけがない」
ゼロスはきっぱりと言い切った。吸血族はそれ程、人数的には多くない。過去に失った命は今に影を落としている。
カイファスは頷くとシオンに視線を向けた。
シオンはなにも知らない。長が簡単に《太陽の審判》を許す筈がない事実を。吸血族がどれ程、他の種族と比べ人数的に劣っているその事実を理解していない。
救われる可能性があるなら、長はその道を選ぶ。シオンは女性化しており、相手が認めれば婚姻を許される事実を。
カイファスだから許されたのではない。絶対的に男性の数が多い吸血族にとって、シオンは稀な存在であり失うべき命ではないのだ。
「気が付いてほしい」
カイファスは小さく呟いた。死に急ごうとしているシオンをカイファスは悲し気に見詰める。
「多分、気が付かないだろうな」
ゼロスは溜め息混じりに呟いた。カイファスは弾かれたようにゼロスに視線を向ける。
ゼロスはそれに気付き、目を細めた。
「判っていないようだな。シオンは最初から《太陽の審判》を望んだ。つまり、救われるかもしれない可能性を最初から諦めたんだ」
カイファスは唇を噛み締めた。
「もしもの話だが、シオンの両親がお前の親と同じような感覚の持ち主なら、また、違っていたかもしれない」
カイファスは自身が変化したとき、両親にすがった。それは、何の躊躇いもないごく普通の行動だ。
だが、シオンは違っていた。
シオンの両親はカイファスの変化にあからさまな拒絶を示していた。
もし、シオンの状態を知っていればそのような反応はしない筈だ。
つまり、シオンは両親に何も告げてはいない。全て抱え込み、自身で決着を付けようとしている。
「何にしても、シオンから全てを聞かなければ、長は認めないだろうな。俺が長なら間違えなく認めない」
ゼロスはきっぱりと言い切った。
「シオンは教えてくれるだろうか」
カイファスは不安気に呟いた。ゼロスは少し考えるような仕草を見せる。
「長が訊き出すだろう。納得するために」
ゼロスは落ち着いた口調で言った。全ては長の館ではっきりとする。カイファスは諦めるように目を閉じた。
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