浅い夜・薔薇編

善奈美

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Ⅱ 月の繭

01 二日前

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 ゼロスはカイファスの部屋の前で立ち止まった。何時もと違う雰囲気に動きが止まる。

「ゼロス」

 薄暗い廊下から声をかけられ、ゼロスは声の主を捜した。元々、夜目がきくゼロスは直ぐに、声の主を捜し出した。

 カイファスと良く似た顔立ちをした女性だった。

「レイチェル」

 ゼロスは呟いた。

 レイチェルと呼ばれた女性は微笑み、態度でゼロスに付いてくるように促した。一瞬、躊躇ったが素直に従うことにした。レイチェルはカイファスの母親だ。

 美しい容姿をしているが吸血族だ。その魔力は侮れない。未練はあったが、仕方がなかった。

「お入りなさい」

 有無を言わせぬきっぱりとした物言いで、レイチェルはゼロスを促した。

 そこは家族が憩う場所であるのか温かな雰囲気の部屋だった。ソファにある人影が誰であるのか、容易に想像できた。

「ゼロス」

 耳に届く低い声にゼロスは身を引き締めた。何故なら、彼は一人息子であるカイファスを傷物にした張本人であり、しかも、吸血族ではなく銀狼の一族だ。

 嫌悪感をもたれたとしても仕方のないことだった。

「座りなさい」

 低い声は自身の前にあるソファを指差した。居心地の悪い思いをしながらゼロスは従う。

 ソファに座りゼロスは改めて声の主を見た。彫りの深い顔立ちをしている。癖のない黒髪は所々に白いものが混じってはいるが、弱々しさは微塵もなかった。

 レイチェルも光の元で見ると、その美しさが良く判った。

 癖のない金の髪、瞳は金緑。吸血族は瞳の色は様々だが、必ずと言っていいほど、金色がかっていた。

 それは魔の瞳だ。

「長からの命令だ」

 カイファスの父、アジルは目を細めた。探るようにゼロスを見、レイチェルに視線を向ける。

「貴方達がどういった関係かは判っていてよ。それに関して、咎めるつもりはないわ」

 レイチェルは溜め息と共に言葉を紡いだ。

「お互いが良ければ文句はないが、少々、問題が起こった」

 アジルは眉を顰める。ゼロスは首を傾げた。二人は何を言おうとしているのか、理解が出来なかった。

「まさか、あんなことになるなんて」

 レイチェルは両手で顔を覆った。

「次の満月の前日、吸血族の集まりが長の館で開かれる」

 アジルはゼロスをしっかり見詰めた。次の満月は一ヶ月後だ。今日が丁度、満月だった。

「長がカイファスと共にゼロス、お前が来ることを望んでおられる」

 ゼロスは軽く目を見開いた。

「何故、俺が」

 レイチェルは顔を上げ、溜め息を漏らした。

「カイファスの事に関してよ。貴方に責任があるわ」
「はっきりと判っている訳ではないが、お前がカイファスに変化を与えた。考えられないことだが」

 アジルは眉間に皺を寄せる。かなり、深刻な問題が起こっているようだった。

「それと、今日は満月。申し訳ないが、お引き取りいただこう」

 アジルはきっぱりと言い切った。カイファスと関係を持ってから、満月に会えないといったことはなかった。

 そう、先月の満月を除いて。

 ゼロスは立ち上がり、反論しようとしたが、言葉が喉元で止まった。二人の様子が、あまりに悲痛だったからだ。

「命令ではない。懇願だ。カイファスの為を思うなら、今日は帰ってくれないか」
「明日ならば、カイファスも貴方に会うでしょうが、今日は姿すら見せてはくれませんよ」

 アジルとレイチェルは続けざまに言った。

 ゼロスは立ち尽くしたまま、言葉が見つからなかった。

「絶対なのか」
「絶対だ。断言してもいい」

 ゼロスは腰を下ろし、髪をかき上げた。無理を通すことは出来るだろうが、カイファスの怒りをかうことになる。

 ゼロスは諦めざる得なかった。たった一度の過ちが、全てを失うきっかけになることを知っていたからだ。

 静かに目を閉じ、息を吐き出す。気持ちを落ち着け、再び目を開いた。一瞬、銀の光が瞳によぎり、すぐ消えた。二人は目ざとくそれを察しはしたが何も言わなかった。

 銀狼の一族が特異な種族であることを二人は理解していたし、ゼロスがその中でも稀な存在であることも知っていた。

「大人しく引き下がった方が身のためだな」

 ゼロスは観念したように呟いた。

「おそらく、次の満月には会えるだろう。理由もその時に判る筈だ」

 吐き出すようにアジルは言った。

      †††


「もう、やめて……」

 カイファスは喘ぎながら懇願した。執拗に胸の飾りを嬲られ、頭の芯が痺れていた。だが、ゼロスはそんな言葉など無視し、指で摘んだり舌で愛撫を続けた。

 必要以上の刺激はカイファスを不安にさせた。何度となく抱かれ、その度に違う快楽を植え付けられていたが今回の刺激はカイファスには強すぎた。

「お願い……、本当に……っ」

 ゼロスは強く爪を立てた。その瞬間、カイファスの体が跳ね上がる。胸をそらし、目を見開いた。

 あまりの息苦しさに喘ぎ、首を振る。青白い肌が今は薄紅色に染まり、嫌でもカイファスが快楽に支配されているのが判った。

「やめて欲しいようには見えないな」

 ゼロスは唇を嘗めるとワザと敏感になっている胸の先端で言った。

 その微かな振動すらカイファスは快楽として感じているようだった。体を震わせ声を押し殺す。

 だが、カイファスのその行動はゼロスの欲望を更に掻き立てるだけだった。

 苦しげに身を捩りながら、無意識に出てしまう声を出すまいと努力しているのがゼロスには判っていた。

「判っていないようだな。声を殺せば更に俺に嬲られるだけだぞ」

 ゼロスは言葉でもカイファスを嬲ぶり始める。そして、更に別の場所を同時に攻め始めた。

 ゼロスはすべらかな肌を堪能するように指を滑らせ、既に反応し蜜を滴らせてる敏感な場所に手を伸ばす。

 最初は指の腹で先端に刺激を与えると、次いで包み込むように握り扱き始めた。

 乳首への攻めと、下肢部分から与えられる刺激に、カイファスは思わず悲鳴を上げた。

「……い、やぁ……っ」

 ゼロスから逃れようとするが、甘い疼きに肢体は麻痺し思うようにならない。

「ひっ……」

 のけぞり、永遠に続くのではないかと思える程の快楽になす術がなかった。

「この程度で降参か」

 ゼロスは挑発するように言った。しかし、今のカイファスに答えるだけの余裕はない。

 朦朧とした意識の中、ゼロスの顔に視線を向ける。カイファスの瞳は熱で潤み、息使いは荒く刺激が与えられる度に震えた。

「まだ、始まったばかりだぞ」

 ゼロスは口の端を少しあげ意地悪い笑みを見せた。中心の猛ったものの根元にどこから取り出したのか、きつく紐で縛り付けた。

 カイファスは驚き首を振る。

「……っ、やぁ……っ、取って……っ」

 既に涙で濡れている瞳で哀願する。根元を圧迫されると熱が消えない。いきたくとも、そこで止められ熱が体内を駆け巡る。

「自分ばかりが楽しんじゃあ、いけないよな」

 含み笑いで言われ、カイファスはしゃくりあげた。

 ゼロスはカイファスの泣き顔をしばし眺めた。そして、カイファスの脚を大きく開き、顔をそこに埋める。

 そこにある小さな蕾は既にヒクつき、赤く熟れていた。躊躇うことなく唇を寄せ嘗め始める。

 卑猥な音が響き、生暖かいざらついた舌の感触があり得ない場所から感じられたことにカイファスは驚き悲鳴を上げる。

「やめっ……っ、やだぁ……」

 喉を仰け反らせると、ゼロスの頭に腕を突っ張らせるが全く意味がなかった。

 少し癖のある銀の髪が乱れるだけで、ゼロスには何一つ、影響がなかった。

 ゼロスは最初、蕾を嘗めていたが、舌に力を入れると、中に侵入する。

 指と舌で愛撫し、とろけ始めた事を確認すると、指を二本差し入れる。

 カイファスは新たに与えられた刺激に反応を示した。

 ゼロスの指は出たり入ったりを繰り返し、カイファスが一番反応を示した場所を攻め始める。

「……あっ……いやぁ……あぁ……っ」

 痛みは全くなかったが、違和感と共に訪れる快感にカイファスは気が狂いそうになる。

「……おねが……いっ……だから……もうっ」

 カイファスはいくにいけない熱を解放してほしくて仕方がなかった。根元に結わえられた紐を解こうと手を伸ばすが、ゼロスがそれを阻止する。

 まだ、駄目だと瞳が語っていた。

 カイファスは唇を噛み締め耐えるしかなかった。

 ゼロスは目を細めると、指を引き抜く。内壁を擦られる感覚に、体の芯が痺れた。

 カイファスの耳元で囁く。

「可愛い声を聞かせてくれ」

 そう言うなり両脚を抱え上げ、熱く固い男を蕾に押し当てる。カイファスはその感覚に恐怖を覚えはしたが、本能的に力を抜いた。

 ゼロスは最初、ゆっくりと侵入し、先が入ると一気に突き上げた。

「きゃあぁ……っ」

 あまりの質量にのけぞり、思わずゼロスの背中に爪を立てる。ゼロスは軽く背の痛みに眉を顰めたが意に介することなく腰を使い始める。

 激しい動きにカイファスは声を上げることしかできなかった。その行為に慣れ始めた肢体は貪るように恍惚となり、知らず腰が揺れる。

「くぅ……っ」
「もっと乱れてくれ」

 ゼロスもまた、熱に浮かされたように掠れた声で呟くと、カイファスの唇を奪い陵辱する。

 下肢への刺激で敏感になっていたカイファスは、口内の刺激にも貪欲に反応した。

 ぎこちなく舌を出すとゼロスはそれを味わうように吸い上げる。絡み合う舌と、体内を貫く男にカイファスは乱れ陶酔し、我を忘れた。

 唇が離れ二人の唇間に細い唾液の糸がかかる。ゼロスは腰の動きを早め、更に深く侵入した。

「もう……おね……がい……イカせて……っ」

 カイファスは懇願する。激しく体を揺すられ、イキたいのに根元を拘束されそれが許されていない。

「イキたい……っ」

 悲鳴に近い声にゼロスは微笑むと、更に動きが早くなる。

「一緒に」

 そう言うなり、ぐっと最奥を穿ちカイファスを悩ませていた紐を解く。

 カイファスはいきなり解放され限界に達していた性器から白く熱い飛沫が飛んだ。

「ああぁぁぁ―――っ」

 喉を仰け反らせると、悲鳴のように声を上げた。

 同時に体の奥に熱いものが放たれ、ゼロスもまた、同時に蜜を放ったことが判った。

      †††


 ゼロスはカイファスの上に崩れ落ちた。荒い息を吐き、快楽に酔いしれた体は気だるく、二人はしばらくそのままでいた。

 最初に動いたのはゼロスだった。まだ、カイファスの体内に収まっているものを腰を引き抜いた。

 微かな抵抗の後、引き抜いた場所から白濁した蜜が溢れた。

 カイファスはその刺激に体を震わせたが、あまりのけだるさに動くことが出来なかった。

「大丈夫か」

 ゼロスの問いに、まだ、熱で潤んだ瞳を向ける。微かに眉を上げ睨み付けた。大丈夫な筈はなかった。

「……大丈夫な筈がないだろ……」

 頭すら上げられず、そう言うのが精一杯だった。

「気を失わなくなっただけ進歩かもな」

 ゼロスは小さく笑うとカイファスを抱き上げた。

 カイファスは驚きと簡単に抱え上げられたことに軽い衝撃を受けた。小柄であることは否定しないが、ゼロスに比べ貧弱な体躯に今更ながら恥ずかしくなる。

「何処に行く気だ」

 ゼロスは肩にかつぎ上げているカイファスに視線を向ける。

「バスルーム」

 短く答え、大股で歩を進める。

 カイファスの館には部屋に必ずバスルームがある。吸血族は極度に他人に肌を晒すことを嫌う為でもあった。

 カイファスも例外ではないのだが、ゼロスの前では晒し放題だ。勿論、本人の意志ではない。

 バスルームに入るとゼロスはカイファスを肩に担いだままバスタブに湯を張る。

 カイファスは降ろすように要求したが却下された。仕方なく大人しくしている。

 足の裏に湯気を感じ、思わず振り返った。

「汗をかいたからな」

 ゼロスは言うなり、カイファスを湯に浸した。カイファスはいきなり肌に熱い湯を感じ、肌が粟立つ。

 ゼロスもバスタブに入るとそれ程広くないため、互いの肌が触れ合った。

「今日は随分と気が利くな」
「まあ、な」

 ゼロスは軽く流すと、カイファスを見詰めた。

「明日のこともあるしな」

 ゼロスの言葉にカイファスは首を傾げた。

「何の事だ」

 カイファスは府に落ちなかった。明日は吸血族の集まりがある。主だった者達が長の館に集まり、互いの近況を語り合う。

「聞いてないのか」

 カイファス以上に驚いたのはゼロスだった。当然、聞かされていると思っていたのである。

「聞いてないが」

 ゼロスは溜め息を吐いた。そして、一ヶ月前に言われたことをかいつまんで話す。

「吸血族の集まりに長が」
「驚いてるのは俺の方だ」

 ゼロスは肩を竦めると首を振る。断ることは簡単だが、それでは角が立つ。銀狼の一族は普通の一族ではない。

 一族を維持するには吸血族、人狼族との関わりが必要不可欠だった。

「ちゃんと正装する事は知っているのか」

 カイファスの言葉にゼロスは体が硬直した。正装など持っている筈もない。

 カイファスは溜め息を吐いた。判っていたことだが、確認しておいて間違えはない。実際、ゼロスは知らなかったのだ。

「母上に頼んでおく」

 ゼロスは苦虫を噛んだように顔を歪ませた。

 カイファスは何故、ゼロスが長に呼ばれたのか判っていた。だが、彼にそれを言うことは出来ない。

「明日、太陽が沈んだら館に来て。月が出たら出発だから」

 ゼロスは頷いた。不本意ではあるが、多少の我慢は必要なようだった。

      †††


 ゼロスは館に着くなりレイチェルに拉致された。ご婦人の勢いに彼は完全にのまれ、言われるままに着替えた。

 今まで袖を通したことのない貴公子そのものの衣装にゼロスは愕然とした。何より窮屈だった。何時もは気楽な服を着ているゼロスだ。

 息苦しい上に、腰はサッシュベルトで締め付けられ、完全に借りてきた衣装そのものだった。

 何時もは無造作におろしている髪も紐で縛られた。

「まあ、貴公子様の出来上がりね。素晴らしいわよ」

 レイチェルは満面の笑みをゼロスに向けた。ゼロスにしてみれば、踏んだり蹴ったりだ。

「一つ、言っておきたいことがあるの」

 レイチェルは表情を改めた。ゼロスは目を細める。

「カイファスのことよ。あの子を護って欲しいの」

 何を言われたのか理解するのに数秒かかった。

「判らないって表情ね」

 溜め息を吐くと、レイチェルは語り出した。

 本人とゼロスは全くと言っていいほど自覚がないが、カイファスの放つ色気は尋常ではない。

 ましてや、元々カイファスは一族の紳士淑女に目を付けられていた。気が付いていないのは本人だけだったのだ。

 実際、仲を取り持つよう懇願されたこともある。しかも、カイファスはゼロスと関係を持った。

 無垢な時なら手を出すことを躊躇わせたが、カイファスは性を知った。今までになかった妖艶さがあだになりかねない。

「こうなったことは仕方がないと思うのよ。何時かは、通る道なのだから。ただ、相手が貴方だった。勘違いしないでね。否定しているわけではなくってよ」

 レイチェルは続ける。

 つまり、一族以外のしかも、特殊とも言える銀狼の一族に寝取られた。勘違いをしている輩は沢山いる。銀狼の一族の情報は正確に伝わってはいない。

「あの子は貴方に愛された。そして、変化したわ。その事については今は言えない」

 レイチェルは言葉を濁した。

「ただ、心配なのよ。親心だと思って頂戴」

 レイチェルの言葉を受け、ゼロスは考えた。

 カイファスに起こった変化が何であるのか全く思い付かない。確かに、彼は女性のように美しい。ゼロスが我慢できないほど、手に入れて独占したいと強く感じたことは否定できない。

 実際、ゼロスは卑怯とも思える手を使い、無理矢理体を拓いたのだ。本人にとって不本意だったに違いない。

「まあ、私達もあの子の相手が男性であったことにショックは受けたけれど、今となっては良かったのかもしれないわ」

 レイチェルの言葉を理解するのはかなり、難しかった。

 何故なら、ゼロスには肝心の情報がない。

 レイチェルは不意に窓に視線を向けた。月が登り始めている。慌ててゼロスをエントランスに連れて行った。

「お願いね」
「二人は行かないのか」

 ゼロスの問いにレイチェルは小さく笑った。

「もう、随分と一族の者達には会っていないわね。爵位をカイファスが継承したから、私達は気楽でいられるのよ」

 レイチェルはゼロスの背を押した。

「長が貴方の疑問を解決してくれる筈です」

 振り返りレイチェルを見たゼロスは息をのんだ。彼女は瞳を潤ませていた。

「ゼロス」

 エントランスにはカイファスとアジルの姿があった。

 カイファスはいつもと変わらぬ隙のない姿をしていた。

 最近は乱れた姿ばかりを見ていたゼロスは、彼が伯爵である事実を思い出していた。

「似合うじゃないか」

 カイファスはからかうように言った。

「冗談は止めてくれ。窮屈で」

 ゼロスは肩を落とすと今の感想を述べる。まさか、一生着ることがないような衣服に身を包むことになろうとは。

「くれぐれも粗相のないように。特にゼロス」

 アジルはゼロスに視線を向け、釘を差した。ゼロスにしてみれば、この姿で粗相を働くのはかなりの無理をしなくてはならない。

 大人しくするしかなさそうだった。

「では、行ってきます」

 カイファスは二人に告げた。

「長から、直接二人に話がある」

 アジルの言葉に二人は頷いた。ゼロスはその為に今日の集まりに参加するのだ。

「行こう」

 カイファスは先に外に出る。玄関先には馬車が止まっており、それに二人は乗り込んだ。

 馬車はゆっくりと走り始める。

「息苦しい」

 ゼロスは溜め息のように言葉を吐き出した。

「我慢するんだな」

 カイファスは苦笑いした。ゼロスは長身であり、世の女性達が見れば溜め息を漏らすかもしれない。その考えに至り、カイファスは胸の奥に痛みを感じた。

 少なからずゼロスに依存している事に気が付く。

 いきなり黙り込んだカイファスにゼロスは首を傾げた。

「どうかしたのか」

 ゼロスの問にカイファスは軽く頭を振った。向かい合わせで座っている為、表情の変化がすぐ判る。

「訊きたいんだが」

 カイファスは訊いてみたかった。ゼロスは手に入れたいと彼に言った。そして、事実、ゼロスはカイファスを手に入れた。

 他人が見れば狂気に近い関係に違いない。カイファスは自分が男性にあの様な扱いを受けることになるなど、想像したことすらなかったのだ。

「何が訊きたいんだ」

 ゼロスは首を縛っているリボンと素肌の間に指を入れ、緩めようとしているところだった。

「男が好きなのか」

 カイファスは俯き問い掛けた。ゼロスは一瞬、動きを止める。

「どうだと思う」

 ゼロスは逆に問い掛けた。

 カイファスは泣きたくなった。もし、ゼロスは男好きでただ、獲物を狩る感覚でカイファスを手に入れたのならどうすればいいのか。

 あの時は必死だった。ゼロスが離れていくことが、耐えられないと感じた。だからこそ、完全に身を任せたのだ。体でつなぎ止めることが出来るとは考えてはいない。

 だからといって、それ以上の魅力が自分にあるなどと考えてもいない。

 黙り込んだカイファスの腕をゼロスは掴み、自身に引き寄せた。

 いきなりだった為、カイファスの体は抵抗なくゼロスの腕に収まる。

 驚き、カイファスはゼロスを見上げた。

「どうして、そういう考えになるのか判らないな。男好きな訳があるか。ただ抱くだけなら、女の方がいいに決まってるだろ」

 カイファスが何を思い質問したかなどゼロスは判っていた。時々見せる不安気な表情が、それを語っていた。

 だが、本人が訊かない以上、あえて答えていなかったにすぎない。

「男好きな訳じゃない。お前だから欲しいと思った」

 カイファスはその言葉に涙が頬を伝った。ゼロスはカイファスの頬に口付けた。そして、軽く唇を合わせる。

 そして、両手でカイファスの頬を軽く打った。

「今日はこれ以上は駄目だな」

 ゼロスは残念そうに言った。

 何を言われたのか最初理解していなかったカイファスだが、すぐに顔を真っ赤に染めた。ゼロスが何を言ったのか、その先の言葉に黙り込む。

「我慢するさ」

 ゼロスは先までカイファスが座っていた座席に座り直した。

 カイファスはいきなり体温を感じなくなり、物欲しげにゼロスに視線を向ける。

「大切な日なんだろ。俺達の時間は長いからな」

 ゼロスは肩を竦めた。何時もなら、今のカイファスの表情を見るなり欲情し、押し倒し、滅茶苦茶にしているところだ。

 今日は理性というものをフル稼働させ、欲望を抑えつけた。

「俺も訊きたいんだが、何故、長が俺を呼んだのか、お前は知ってるんじゃないのか」

 ゼロスの言葉に、カイファスは心臓が飛び出すのではないかと思った。知ってはいたが、その情報は長の許可がなければ口にする事は出来ない。それ程に、重要で秘密にしなくてはならないものだった。

 ゼロスはカイファスが固まった事に何度目かの溜め息を吐き、諦めたように頭を振る。

「着いたみたいだな」

 カイファスは馬車の小窓から外を見た。月明かりに照らされ、目的地の長の館は夜闇の中浮かんで見えた。
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